表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/19

刺客


丸じゃないのね


いや、四角じゃないですから……。


 家々から光は消え皆が寝静まっている頃、不自然なほどに気配のない男が足音一つ立てずに道を闊歩している。道路は舗装されているので歩く音がよく音が響くはずなのだが、砂利の転がる僅かな音さえも夜空に届かない。

 その頭上には隅から隅まで埋め尽くさんとしているかのような満天の星と、一線を画した満月が顔をのぞかせている。銀色の光がわずかに男の影を映しだしていた。彼の気配のように儚げだが、そこにしっかりと存在していることは確かだった。

 深夜特有のどこか不安にさせるような静寂が男を包み込むが、全く気にはならない。むしろ、安堵を感じるほどである。男にとって暗闇はすみかのようなものだった。光の当たらない世界でずっと生活してきた。そして、暗部の人間として暮らしている。

 胸のポケットに入れた一枚の手紙を届けるだけ。簡単な任務だ。本来なら下っ端にやらせるところだが、直々の頼みでは仕方なかった。それに、宛先はなかなか手強いという。だが見つかりさえしなければなんの心配もない。

 問題はない、そう心で何度も繰り返した。

 要は気づかれなければいいだけの話なのだ。見つからなければ、闘いにもならない。正体に気付かれる可能性も低くなる。

 腕に自信はあった。この世界では凄腕と恐れられているほどだ。だが、それに対するおごりは微塵もない。常に最も効率的な方法で任務をこなすだけ。それだけだ。

「ここか」

 誰にも聞こえないような、唇を動かしただけのような。声にならない言葉を発する。

 常人なら暗くて見えないような看板、男の目には鮮明に「幻夢荘」と映る。わざわざ見なくても、街のことなら熟知していた。誰がどこに家を持っていて、どの道がどこに通じているのか。男の頭の中には地図よりも正確な情報が詰まっている。

 侵入の方法は既に決めてあった。

 窓から入り込み、痕跡を残さずに去る。単純で明快な、それでいて効果的な手段である。

 さて、早めに終わらせてしまおうと、跳躍しようとしたその時。何者かの気配を感じて踏みとどまった。

 今までなんの予兆も感じ取れなかった。完璧に自分を消すことができる存在はそうそういない。見当は、すぐについた。

「こんばんは。あたしたちに何か用かしら? こんな夜分に」

 言葉の一つ一つに刺が含まれている。うっすらと笑みを口元に浮かべ、宿の壁にもたれかかりながら睨みを利かせてくるその姿は、迫りくる実態を伴った冷気のようだった。夜の住人とはまた違うプレッシャーをまとっていた。

 紫の髪が腰にまでさがり、月光と相成って端麗な輝きを発している。夜風に吹かれて流れるイリスの髪はまるでアヤメの花のようで。

 その横にはローブを着こんだ少年が立ち、表情は見えないがふてぶてしいように思える。フードの奥からは冷たい視線を感じた。彼の冷淡さも隣にいる女性に負けず劣らず鋭かった。

「答えてもらわなくとも結構ですよ。大体の見当はついています」

 口調こそ丁寧だが皮肉のこもった、挑発するような声音だった。

「……」

「あら、無言? まあいいけどね」

 男は答えない。ただ黙って見つめ返すのみだ。

 しばらく沈黙が息を返すが、一陣の風が吹き抜けてロートが口を開いた。

「何か用事があってきたのではないのですか? 僕も早く寝たいので、案件を済ませてもらえると助かるのですけど」

 欠伸するふりをするが、演技だとすぐにわかった。

「……これを」

 男が懐から封筒を取りだす。

「誰から?」とイリスは尋ねた。

 男は無言で歩み寄りイリスに手紙を手渡す。その間も、彼の動作は全く音を立てなかった。

 空から降り注ぐかすかな光に目を凝らすと、純白の下地に複雑な模様が銀色で描かれているのがわかる。開き口の先端はリボンで止められていて、高級感がにじみ出ていた。

「サラさん――ですか?」

 ロートが訊くが、男は背を向けて歩み去ろうとする。

 完全に闇と一体化していて、気を抜けば見分けがつかなくなりそうだった。黒服に包まれた背中は夜に溶け込んで、かろうじで顔が認識できるくらいだった。

「あ、待ちなさいよ」

 イリスがホルスターから銃を抜き取り無防備な男の背中に向ける。殺気を感じて男が足を止めるが、振り向く様子はなかった。立ち止まったままの訪問者にイリスが話しかける。

「なんだ、それは。とでも考えているんでしょうね。いいわ、ひとつだけ教えてあげる。これはね、あなたの命を簡単に奪えるものよ」

 脅すように、突き放すように響く言葉の数々が果たして男に影響を与えているのか、微動だにしない男の姿からはまったく読み取ることができない。

 崩しがたい緊張した空気の中、ロートが静かに男に向かって歩を進めた。小さいが、殺しそこなったわずかな音が反響する。

「お話を聞かせてもらえますか?」

 隙ができたのは一瞬だった。

 話しかけたその瞬間、男は大きく跳躍し近隣の家の屋根へと飛び乗る。二人の視線が途切れ、あわてて追いかけようとしたが、男は何の手がかりも残していってはくれなかった。

 あきらめる他に手段はなさそうだった。

「逃がしたか……。ちゃんと見張ってなさいよ!」

「僕のせいですか? 師匠がしっかり威嚇しておけばよかったんですよ!」

 イリスの見苦しい八つ当たりに、ロートが反論する。

「あんたの方が近かったんだから、もっとしっかりするべきでしょ! 何か文句ある?」

「ありますよ! 師匠は飛び道具を持ってるんですから、動いたらすぐに止めるべき立場じゃないですか!」

「なによ! 無闇に撃つわけにはいかないんだから!」

「それでも威嚇くらいはできるでしょう!」

「いいえ――」

「――できます――――」

「――――」

 二人の喧騒が夜の街に響く。

 

人の声とはこれほど大きかったものかと家々を飛び移りながら思う。もう地上へ下りても安全だったが、この時ばかりは空に身を任せていたかった。

 まさか、待ち伏せを食らうとは……。

 考えてみれば、なにも落ち度があったわけではない。むしろ、任務をこなした上で逃亡まで成功したのだから上出来の部類にはいるだろう。しかし、それでも己に非があったのではないかと思案してしまうのは、プロとしての意識からだった。

 それと同じくしてもう一つの懸念事項が頭をよぎる。

 彼らは襲撃を予期していた。

 つまり、全てを見透かされているということ。

「また、巡り合うだろう……」

 それも、かなり近しい内に。

 ひょっとしたら剣を交えることになるかもしれない。あのイリスという女が持っていた武器、正体はつかめないが、非常に危険なものだと感じた。それに、あの弟子の存在も見過ごせない。見たところ、まだまだ甘いところはあったがかなりの腕前は持ち合わせているようだった。油断すれば、容赦なく返り討ちに合うだろう。

「サラ様に知らせなくては、な」

 事態は意外と急展開になりそうだ。

 ちらり、と。彼の主が居る場所へ目を向ける。

 警護のための焔が盛大に焚かれている。たいまつが小刻みに動くと、それは巡回兵だということが一目でわかった。窓から見える明かりは、未だに消えていない。

 ほかの場所ではとうに消灯されている。単なる夜更かしならばいいのだが、姫君となるとそうもいかない。いろいろ為すべきことがあるのだ。

 また仕事を増やしてしまうことに後ろめたさを覚える。

 なるべくなら裏で潰して楽にさせてさしあげたい。

 しかし、今回ばかりはそういうわけにもいかないのだ。何と言っても、あの「グラナートの誓い」が関わることなのだから……。


「……ふう……ものすごく疲れましたね……なんだか無駄なことを延々と続けていた気がします」

 ぜいぜいと荒い息を吐きながら果てしない脱力感に襲われる。結局、数十分に及ぶ口論は体力切れで終わった。住民たちの迷惑そうな顔を無視しながら、いつまでも続くかと思われた師弟喧嘩は幕を閉じた。

「……物凄い虚脱感と睡眠欲を感じるわ。なんでかしら……」

 争いなんて、冷静になってみれば馬鹿馬鹿しいものが多い。今回の騒動も例外なく意味のない労力だった。

 多大な時間と力の代償に得たものは、急に重たくなった瞼を閉じようとする睡魔のささやきだけ。

「……寝ましょうか」

「――そうね」

 雨降って地固まったのかどうかは分らないが、すんなりと同意してふらつく足を懸命に運びながら部屋へと戻り、ベッドと床に倒れこんだ。

 気がつけば、何故か太陽が高く昇り切っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ