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経緯

あれがこうなって


これがそうなって


それがああなった


「――という感じらしいわよ。で、どういうわけかサーディクはグラナートの誓いを手に入れて、その洞窟に隠したというわけ。しっかしバッドエンドねえ……愛しの人は取られちゃったわけでしょ。とり返すくらいの勢いはなかったのかしら?」

 民宿「幻夢荘」の部屋にて、夕食として支給されたご飯をかっ込みながらの会話である。久しぶりのまともな食事で、二人とも箸が止まる様子はない。幸いなことに、ご飯と飲み物はお代わり自由であったので、心おきなく満腹になることができた。

「陰ながら見守りたかったんじゃないですか? どうやらあまり押せ押せな恋ではなかったようですし」

 はー、と幸せな溜息をついてロートがベッドの縁にもたれかかる。その上では、イリスが大の字になって寝ころんでいた。時刻はもう幼子があくびをしている頃。

 満腹のためか、いやに眠たかった。

「どちらにしろ、グラナートの誓いがあるとわかっただけでも大収穫ですよ。後はゆっくり探すだけです」

 あちらこちらでの聞き込みを終え、キチンと夕食の前に帰ってきた二人。

 イリスの服が変わっていたことと、いつの間にか腰の袋からいくつかの金品がなくなっていたことに驚きつつもお互いの情報を交換して、今に至る。

 部屋に一つだけおかれたランプと、僅かながらの月光によって灯りをともしている。満天の星がまたたきながら闇を支配していた。

 ランプの中で煌々と燃え続ける火が揺れて、影が揺らいだ。

「そういえば、明日が仮面祭らしいですよ。知ってました?」

「ふーん……」

 眠いせいか、興味のなさそうな反応をする。

 大あくびをしながら、口を手で押さえる。かなり疲労がたまっているようだ。

 あくびはうつるというもので、ロートも眠そうな素振りをした。

「ふああぁ〜」

 こくり、こくりと瞼が閉じようとする。

 誘惑に負けるのは、心地よかった。

「じゃあ……明日は仮面でも持っていきましょうかね……」

 その言葉も、届いたものかどうか。


 ――眠りはなぜ時計の針を早く進めるのだろう。

 東に向いた窓から朝日が差し込んで、眩しかった。天然の目覚まし時計である。

 春の夜明けは遅すぎもせず、早すぎもしない。ちょうど光と闇を二分する。

「ふああぁ〜」

 眠る時も起きる時も、どうしてこう間の抜けた声しか出ないのだろう。安心感の表れだと思えないこともないのだが。

 同じように寝ぼけた様子のイリスが、上体を半分だけ起こした状態で目をこすっていた。

 寒さや人の気配ではなく、陽の光で目覚められるというのはなんと幸せなことなのだろう。

「おはようございます」

「ん……おはよう」

 昨日あれほど詰め込んだというのに、既に胃の中は空に近く。食べ物を催促する音がねだるように鳴り響く。どちらから出てきた物とも知らず、

「朝ご飯貰ってきて」

「……はーい」

「飲み物は冷たいやつね」

「わかりました」

 まだ半分とじている瞼を強引にこじ開け、立ち上がる。たまっていた疲れはすっかり抜け落ち、体がスムーズに動いた。

 朝の冷気で程よく冷たくなっているノブを回し、手前に引くと風が吹きこんできた。

 春風などではなく、ただ単に空気の流れのようだ。フードがめくれないように、軽く頭を押さえた。

 階下におりて主人から出来たての朝食とあたたかい挨拶をもらい、盆に載せた飲み物をこぼさないように部屋へ戻る。

 ドアの前に立ち、両手がふさがっていることに気付く。

「ししょうー。開けて下さい」

「……はいはい」

二度寝でもしていたのか、のっそりとドアが開かれる。

 ロートの持っていたカップをひったくると、一息もつかずに飲みほした。

「ぷはーっ。あー美味しい」

「よかったですねえ」

 二人分の食事が載った盆を、一つだけある机の上に置き配っていく。

「それにしても美味しそうですねえ……」

 色とりどりのおかずに加えて、誘うように湯気を立てるその姿をみていると、自然に食欲が増した。

 綺麗に並べられた料理を前に二人で向き合い、両手を合わせる。

『いただきま〜す』

 合唱のように重なった。

 箸を進めつつ、ロートが話を始める。

「今日の予定はどうしますか?」

「どうしようかね――何か考えてよ」

「考えてよ、といわれても……とりあえず宿から出ましょう」

「その前に洗顔が必要ね」

「……情報収集の続きでもしましょうか? 今度はもう少し詳しそうな人たちに」

「そろそろ限界よねえー。一般人から聞くのは」

 たとえ馴染みの深い話だとしても、詳細な部分まで覚えているわけでも、正確な地名を知っているというわけでもない。これ以上の発見は難しい。

「歴史家、とかいるのかしら」

「いそうですよ。けっこう深い謎を持っているみたいですし、興味のある人は多いでしょう」

「じゃあ、ロートはその人たちに当たってきてちょうだい」

「八つ当たりですか」

「誤解されるようなことをいわない。あたしも別行動でいろいろ調べてみるから、そっちの筋はよろしく」

 ひらひら手を振るイリス。

「それも誤解されそうな発言ですね……と、それはさておき了解しました。明日あたりには動きだせるようにしておきます」

「よろしくー」

 おそろしく人任せな雰囲気で、朝食を平らげたイリスが寝ころぶ。

「食べてすぐに寝ると太りますよ」

 ロートは肩をすくめてみせた。

「うるさい! あたしは太らない体質なの!」

 世の女性が聞いたら泣いてうらやましがるだろう。

 今日もさして変わったことは起こらないだろうな、と心の中で呟く。仮面祭があるくらいか。適当に遊んで、グラナートの誓いを手に入れれば問題はない。

 あくびをひとつしながら、ロートは伸びをした。関節がいくつかポキパキとなる音が聞こえる。

もっと柔軟性を身につけなさいよ、というイリスの説教は無視することにきめて、ふらりと外に出たのであった。


 さほど歴史のない図書館だが、使われない場所に埃は溜まっていく。ロートと男が対面している、辞書のような無駄に分厚い本に囲まれた床はうっすらと白くなっていた。

 先ほどまで、騎士サーディクの詳しい話を聞いていたところである。街中探しまわった挙句、意外と近くにいたのは驚きだった。

 まさか宿から数メートルと離れていない家に住んでいたとは……。

「ありがとうございました。大変参考になりました」

 丁寧に頭を下げる。

 邪魔なのではないかと思えるほど立派な白銀のあご髭をたくわえた老人が大儀そうにうなずいた。

「若いのに、結構なことじゃ……歴史に興味を持つ子は年々減っておる。お前さんみたいな子は珍しいよ」

「――そうですか」

 歴史や物語の裏には、必ず何かが見え隠れしている。

 そこから何を見つけ出し、どう生かすかが重要なのだ。それなのに、興味すら持てないとは――。

「今を生きられればいい、ということなのじゃろう。何と嘆かわしい」

 世界中どこでも、若者は老人の理解を超えるものらしい。それが良いのか悪いのかは別として。

 もう一度お礼を言って、記憶のあいまいな部分がいくらかあるということで連れてこられたひと気のない図書館を後にする。

 仮面祭が今夜だったこともあり、待ち合わせの時間は早めにしてある。

 ロートは散歩気分で通りを歩く。

 暑くもなく、寒すぎもしない気温がとても気持ちいい。自然と足も動いていった。

 が。

 待ち合わせていた露店の前にイリスはいつまでたっても現れず、かなりの待ちぼうけをくらわされた。そのうえ、結局ロートが探しに出ることになったのだ。

 心配よりも、多少の怒りの方が心を占めている。

「どうせ買い物でもしているんでしょう……ドレスだ、とか何とか言って」

 普通に考えればそうなる。

 試着室にいくつもの洋服を持ち込んで、どれがいいかと悩んでいるイリスの姿が目に浮かぶようだ。最後には全部買い取るのだろう――いつ着るのだか。

 とかなんとかぼやきつつ、歩きまわっていたら日が暮れてしまった。

 そして――あの少女、サラ・ハーレットに出会ったのである。


ようやく冒頭につなげました。

時間軸の移動にはお気を付けください。

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