悪質勇者の策略で町に置き去りにされたので、魔王級魔導師と全力で幼馴染たちを取り戻そうと思います。
影が薄い。
と、言われて生きてきた。
幼馴染のワイズとナージャ、ユエンズとエリンが御伽噺の勇者に憧れて旅をしているという男に『パーティを組まないか』という話を本気にしてから半年。
幼馴染組唯一の男であるミクルはーーー荷物持ちになっていた。
「おもい……」
「大丈夫? ミクル……」
ワイズ。
明るく元気で気遣いも出来る。
金髪碧眼で、村で一番可愛く器量もいいと評判の女の子だ。
武器は剣を使う。
正直勇者を目指すという男……リーダーよりも腕が立つ。
「ねえ、リーダー。やっぱりミクル一人にこの荷物は多いよ。アタシ、自分の分は自分で持ってもいいでしょ?」
ナージャ。
ワイズの妹だ。
姉に劣らず愛らしい容姿。
武器は短剣。
素早い攻撃で敵を翻弄する。
「ダメよ、二人とも! ミクルは軟弱なんだから! ……もっと男らしくなってくれなきゃ……旅に出たのに軟弱なままなんて、村に帰って馬鹿にされるのはミクルなんだよ!」
ユエンズ。
村長の娘だ。
最年長でみんなの姉御的存在。
他人にも自分にも厳しいから、勘違いされやすいが、本当は誰より心配性。
身長と胸が小さいのを気にしている。
前衛が多い為、職業は弓師。
「ま、魔道士見習いのミクルに筋力付けさせようってのも、全員分の荷物を持たせるのも、さすがにどーかと思うけどね。ねえ、お兄さん、なんでミクルにばっかりこんな事させるわけ? 軟弱なのは否定しないけど、移動中ずーっとこれじゃあモンスターに襲われた時すぐ戦闘態勢には入れない。効率悪いと思うんですけどーぉ」
エリン。
村に捨てられていた赤ん坊。
村長のところに引き取られて、ユエンズと姉妹のように育てられた。
肌が浅黒く、瞳も片目が禁忌の紫色。
なのに珍しい光属性の魔力を持っている。
なので強制的に回復士。
本人は「ガラじゃないのに……」といつもこの職業以外を選べず肩を落としている。
「だ、大丈夫だよ、おれは……重いけど……も、持てないわけじゃ、ないから」
「そーう?」
「辛くなったら言ってね!」
「そ、そうよ。鍛える事は必要だけど、無理は禁物なんだからね……!」
「ユエンズ言ってる事矛盾してない?」
「し、してないわよ!」
「…………」
まただ。
ミクルは勇者志望を自称する男の視線に気付いていた。
幼馴染たちに囲まれて、話しかけられるのは勇者志望の男、リーダーでなくミクル。
幼馴染なのだから、彼女らが気楽に話しかけてくるのは無理もない。
しかし、この男はそれを面白くなさそうに見てくる。
その視線を浴び続け、ミクルの中の疑念が確信に変わりつつあった。
この人はーーーリーダーは、ミクルの幼馴染たちを……拐かそうとしていただけなのではないか?
若く可愛らしい彼女たちを村から連れ出して、娼館に売り払おうとか、酷い事をしようとしていたのではないか?
次の町は少し大きな町、エルール。
(エルールに着いたら……村に帰ろうってみんなに言おう)
村長たち、彼女たちの家族たちは十五を過ぎたら一度だけ旅をして世間を知る事は村の掟にある。
だから、心配だが送り出す。
『ミクル、エルールだ。エルールまで行ったら帰ってこい。あの勇者志望だとかいう男は信用出来ないからな……』
『は、はい、村長……』
娘可愛い村長や、ワイズたちの両親にもそう頼まれている。
この町までは村からほぼ一本道。
少し遠いお使い程度と思えばいい。
ユエンズに話せばすぐに話はまとまるだろう。
宿に着いたら……そう、思っていた。
「あ、そうだ。みんな、この町には温泉があるんだぜ」
「「「温泉⁉︎」」」
リーダーの言葉にワイズとナージャとユエンズが嬉しそうな声を上げる。
宿の隣には温泉があり、その温泉には美肌の効果があるんだとか。
得意げに言うリーダーにすっかり三人はその気になっている。
唯一あまり興味なさそうにしていたエリンも、ミクルとみんなを見比べていた。
これは、入りたいんだな。
うん、と頷くと、少し嬉しそうな顔をした。
「あ、じゃあ、おれ先に宿にみんなの荷物運んでます……」
「え? そうか? まあ、隣だしな。ミクルも荷物を置いたら来るといい」
「はい……」
何より足が痛い。
リーダーがやけに嬉しそうな笑顔だったので、ますます疑念は確信に近付いた。
だが、ここで気にしておくべきはリーダーの笑顔の『質』であるべきだったのだ。
宿に女子四名と男二人の部屋を取る。
荷物をそれぞれの部屋に置いて鍵を掛けた。
温泉……ミクルも足がパンパンだ。
何しろ全員分の荷物を運んでいたのだから。
無自覚に胸が踊り、隣の温泉へと向かおうとした。
「よう」
「?」
宿を出た途端に数人の男たちが待ち構えており、ミクルへ「お前がミクルか?」と問うてくる。
左右を確認するがミクルという名の人物は……というよりもミクル以外の人物は、近くにいない。
「……あ、え、だ、だれ……」
「へへ……」
「!」
ブォン、と振り下ろされた鉈を、右に倒れるようにして避ける。
男たちは、馬を連れてきてそれに乗ると、今度は剣を抜いた。
(あ、やば……)
卑下た笑い。
馬は四頭。
男たちは四人。
全員が馬に乗ると、ミクル目掛けて馬の上半身を起こし、蹄で踏みつけようとした。
町の人たちは驚いた顔をしている。
けれど、彼らに助けを求める声をミクルは出せなかった。
男たちは剣を持ち、馬に乗っている。
ヒュッ、と息を吸う。
もつれる足を叱咤して、家と家の隙間に逃げ込んだ。
魔道士見習いのミクルは体力がない。
それに、剣を持つ強靭な男たちに追い回されてはミクルを助けようとした町の人たちも危ないと感じた。
奴らはミクルが見た事のない目をしていたのだ。
(人を殺した事の、ある人……)
直感的にそう感じた。
家の隙間を抜けると、森がある。
ここまで走っただけで息が上がった。
それでも頭はどこか冷静で、そして確信めいたものが胸を支配している。
あの男たちは、リーダーの仲間だ。
絶対にそうに違いない……と。
「いたぜ!」
「!」
馬が家をあっという間に回り込んできた。
ハッとした時には遅く、手前の男の後ろにいたくすんだ緑のシャツの男が縄を輪にして放り投げてくる。
どことなくのんびりしているミクルはその縄の輪っかが頭に入って、引っ張られた事で輪が締まるまで危機感がなかった。
「うえ!」
「引け!」
馬が駆け出すと、縄が締まる。
慌てて指を食い込ませ、緩めようとするが縄は馬が引いているのだ。
ぐんっと引っ張られれば倒れ込み、そのまま走る馬に引きづられて森の中へと連れていかれた。
いや、こいつらの目的は恐らくミクルをこのまま縊り殺す事だ。
首に恐ろしい力で縄が食い込んでいく。
このままだと、確実に首の骨が折れて……死ぬ。
(む、り……)
指ごと縄が首に食い込む。
引きずられる衝撃、痛み、熱さ。
砂や小石が皮膚を突き刺す。
頭上はケタケタ笑う男たちの声。
形振りなどかまっていられない。
悶え、のたうち回る。
助けを呼ぼうにも声は出せない。
何しろ首がしまっているのだ。
呼吸も出来ず意識が朦朧とする。
『ミクル!』
『ミクル〜』
『何かあったらすぐに言うのよ!』
『怪我したらすぐにアタシに言ってよ?』
幼馴染たち、四人の顔が浮かぶ。
自分が死んだら、彼女たちはどうなる?
弱くはない。
彼女らは決して弱くない!
だが……。
『ミクル、エルールだ。エルールまで行ったら帰ってこい。あの勇者志望だとかいう男は信用出来ないからな……』
村長とワイズたちの両親の心配そうな表情。
親が流行病で早くに亡くなったミクルを育ててくれた、村のみんな。
村で一人にならないように、仲間に入れてくれたワイズたち。
自分がここで死んだら彼女たちはーー。
そう思うとまだ、ギリギリ意識を手放さず持ちこたえられる。
彼女たちを、あと男はどうするつもりなのか。
ミクルを殺してまで手に入れようとする、理由。
絶対にロクでもない!
死ねない、と強く思う。
(絶対に! 死ね、ない!)
「ここまでくればいいか」
「どうだ? 死んだか?」
「ん? なあ、空がおかしくねぇか?」
「なんだよ、雷くれぇで。それよりさっさと吊るしちまおうぜ。あとは獣が食ってくれんだろ」
「あ、ああ、そうだな」
馬が止まる頃には、ミクルの体は血塗れになっていた。
森の木々、小石で背中や腕の服は破れて小さな傷が無数に出来ている。
指もまた喉に食い込み、縄で擦れて血塗れ。
男たちはその縄をもう一度引き、近くの木に輪になっていない方の縄を引っ掛けようとした。
「わあ!」
カッ、と雷が光る。
男の一人が頭を押さえた。
その様子に、縄を吊るそうとしていた男二人が笑う。
「なんだよ、雷くらいでビビりすぎだぜ」
「だ、だってよぉ〜、俺聞いた事あるんだ。雷は魔王がくる前兆だって〜」
「モンスターたちの親玉っつーアレか? ぷぷぷ! んなの御伽噺の中だけだろ〜」
「そうそう。それよりも今日の酒、今日の飯だぜ。おら、さっさと終わらせるぜ、こんなツマンネー仕事」
ぐ、ぐ、ぐ……。
力が抜けてすっかり重くなった死体というのは、実に重たい。
小柄な少年ではあるが死んでしまえば、生きている時よりも不思議と重量が増す気がした。
木の枝に縄をかけ、死体が吊るように引っ張り続ける。
ようやく木の下まで死体がきた。
その時だ。
「もし」
「ひい!」
「道を尋ねたいんだが」
その場に聞きなれない声がして、男たちは肩を刎ねあげる。
この状況は言い逃れが出来ない。
リーダー格の男が剣を引き抜き、前へ出ると……声の主は頰を人差し指と中指で撫でた。
唇は弧を描き、ひどく愉しげ。
見慣れない服装と、夜の帳が降り始めた薄暗い森では異様に眩しく見えた……その男。
まるで発光しているかのように、姿がはっきり目に映った。
「お、おう、なんだテメェ、魔道士か?」
「魔道士? ほう、それがこの世界の魔法使いの呼び名かな? 面白い! 本当に世界によって扱いが違うのだな」
「? なんだこいつ……」
他の三人が縄から手を離す。
剣を抜き、リーダー格の男の隣に近寄った。
三人の目にもその男は異様、異質に映る。
線が細く、見た事もない服装。
艶やかな顔立ちと、女のように編まれた薄い紫色の髪。
細められた薄い紫の目に、男たちの心臓がキュウと縮んだ。
「わ、災いの紫……」
「て、テメェ何者だ?」
「ほう! 僕に名を問うか。まあ、いい、これも何かの縁だ、名乗ってやろう。僕の名はオディプス・フェルベール。王だ」
「は?」
「はぁ?」
王?
王と言ったか? この男。
顔を見合わせる。
それから、また男へ向き直る。
「頭のイカれた野郎らしいな」
「見目は良い。男娼館にでも売っぱらってやろうぜ」
「ああ、こりゃあ高くつくだろう」
「……ほうほう、この世界はそんなものもあるのだな。だんしょうかん……何の事かよく分からない。説明してくれ、それはどういうものだ?」
「行って体験してみりゃすぐ分かるぜ!」
男の一人が襲い掛かる。
ぐっ、とその足にミクルが引っ張った縄がひっかかり、男は倒れ込んだ。
「!」
「なに⁉︎ このガキ!」
「……………………」
ずるり、と起き上がったミクル。
顔は小石が刺さり、血みどろだった。
それでも起き上がる。
起き上がらなければならない。
自分を救ってくれた少女たちを守らねばならないから。
「まだ生きてーー」
「そうか、もういい。教えてくれないのなら……その脳に直接聞こう……」
「あ⁉︎ 待ってろ、テメェはあと…………あ?」
「うーーーうわあああああああぁぁぁぁぁ⁉︎」
ミクルは目を見開いた。
話し声は所々聴こえていたが、男たちに話しかけた青年は両手を払うように広げる。
すると、ミクルへ剣を向けた男が……骨と皮と臓器に、分かれた。
漂う血液の一滴一滴。
声も出ない光景。
男たちの中には腰を抜かして、失禁した者もいるほど。
一瞬のうちに男が一人……バラバラになった。
「どれ」
青年がその脳に指を差し込む。
紫の瞳が銀色に変わると、ほんの数秒で指は引き抜かれた。
失禁した男を置いて残りの二人は悲鳴をあげ逃げていく。
残された男は、そのまま泡を吹いて気絶。
無理もない。
ミクルは放心状態だった。
現実が現実として受け止められない。
これはどういう事なのかーーー。
「なんだ、だんしょうかんとは男の娼館の事か。それに、あまり豊富な知識ではないな。がっかりだ」
「……っ」
ぱちん、と指を鳴らす青年。
すると、骨と臓器と皮……そして血液になっていた男は、元の人間の姿に戻る。
でもバラバラにされた記憶は残っているのか、そのままへたり込んで赤子のように一メートルほどハイハイで進むとそのまま倒れた。
「あ……あ…………ふっ……」
「おや」
……男たちではないが、衝撃が大きすぎる。
ミクルもまた、その場で倒れ込んだ。
*********
「ハッ!」
「起きた起きたー」
「…………。ぎゃああああああぁ!」
目を覚ました。
するとそこには人をバラバラにし、元に戻した青年が座っている。
慌てて立ち上がり、後退りするとすぐに背中が大木にぶち当たってしまった。
「⁉︎ ……あれ、怪我……」
「治したけど」
「え、治し……」
ズタボロだった服も、引きづり回されて血塗れだった全身も。
痛みが消え、服も直っていた。
夢だったのかと思うほど元通り。
だが夢ではないはずだ。
ミクルの足元には血の付いた縄が残っている。
恐る恐る、青年を見る。
「あ、あの、あな、あなたは……」
「オディプス・フェルベールだ。この世界には勇者を狩にきたのだが、君は勇者がどこにいるか知っている?」
「…………」
禁忌の紫の瞳。
それも、両目とも……。
「……⁉︎ ……⁉︎」
それに今なんと?
勇者を借りに来た?
勇者は知らないが勇者志望の男なら知っている。
関係者だろうか、と訳も分からぬまま「ゆ、勇者を、借りるって……」と聞き返す。
すると思わぬ答えが返ってくる。
「うん? 借りになど来ないよ。僕は『狩』……仕留めに来たと言っている」
「⁉︎」
「理由かい? 最近勇者の中に勇者らしからぬ、否、勇者を名乗るに足らぬ者が多いという。僕は聖界十二勇者の一人、炎帝と契約して一時、生前に近い体と魔力を取り戻した存在。いわゆる神霊だ」
「…………」
「ああ、分からないならいい。つまり、勇者と名乗る割に全然勇者してないゴミを始末に来たんだ。他の奴らはどうだか知らないが、僕は勇者という称号を持つ者は特別な者でないと許せない。なので相応しくない者がそれを名乗るなら始末する。文字通り『狩る』よ。まあ、それだけの事なのだがね。……で、少年、君は勇者を名乗る不届き者を知らない?」
「……………………」
ヤバい人だ。
さすがのミクルにも分かる。
この人はーー昨日の男たちなど鼻で笑えるレベルでヤバい人物だ。
頭がぐるぐると混乱する。
どうしよう。
絶対関わっちゃいけない系だ。
どうしよう。
めちゃくちゃ話しちゃったし色々聞かされてしまった。
これは、断ると始末される流れでは……。
「ゆ、ゆ……ゆ、勇者……」
「そう、勇者」
「…………」
いや、だがよく考えると……ちょうどいいような気がした。
ミクルは幼馴染たちを村に連れて帰りたい。
村長たちとも約束している。
そして、多分その事を四人に話せば、四人は頷いてくれるだろう。
納得しないのは勇者志望の『リーダー』。
始末……殺すのはさすがに可哀想だが、そこは彼が『勇者志望』なので見逃してもらえるかもしれない。
「あ、あ、あの、あの……勇者、志望の人なら……」
「ほほう?」
というわけでオディプスという青年を連れてエルールの町へと戻る。
日は登り、町は賑わい始めていた。
宿にいるので連れてくる、とオディプスを森の側で待たせたのは彼の瞳が両目とも『禁忌の紫』だったからだ。
それでなくとも彼は容姿が美しい。
昨日の男たちでなくとも、変な連中に目を付けられたら大変だと思った。
「…………」
それにしても、とミクルは自分の手を見る。
破けた指の皮膚も、縄を引っ掻いて剥がれた爪も、服も……何もかも元通り。
こんな事が出来るのは魔法だけ。
となると彼は魔道士……いや、治癒でこれほどの事が出来るのは賢者か大賢者のレベルなのでは……。
一応ミクルは魔道士見習い。
治癒魔法も軽傷を治すヒールや、毒を中和するポイズンヒールぐらいしか使えない。
やはり治す事においては光魔法の使えるエリンには敵わなかった。
特化した属性も特になく、攻撃魔法は全て初期から覚えられるものばかり。
少し怖いが、話せば割とちゃんと答えてくれたし……とそこまで考えていると宿の真ん前に着いた。
扉を開くとカウンターの受付嬢が目を丸くする。
「あら、あなた昨日の!」
「あ、あの、あの……おれの、パーティのみんなは……」
「今朝町を出ちゃったわよ? 何か忘れ物?」
「……え?」
町を出た?
忘れ物……。
いや、町を出たと言ったのか⁉︎
驚いてカウンターへ身を乗り出す。
「ど、ど、ど! どういう、事、ですか!」
「どうって……昨日、リーダーさん? があなたは冒険者ギルドの人に呼び出されて、指定の任務を受けたから先に町を出たって……。あ、もしかしてもう終わらせてきたの? すごいわね」
「ちが! ……お、おれ、ぼ、冒険者、ギルド、は、は、は、入って、は、入ってない!」
「ええ⁉︎」
冒険者はモンスターを討伐したり、そのモンスターから採取出来る副産物を採取したり、貴重な薬草を探し出したり、そういう一般人には難しい事を請け負う危険な専門職だ。
そういう者たちは総じてギルドに所属して仕事をする。
一般人や、商売をしている人間はギルドに依頼して冒険者にモンスターを退治してもらったり、物を集めてきてもらったりするのだが、ミクルは冒険者になるつもりはなかった。
少なくともミクルには、なかった。
ワイズたちはここに来るまでレベルが上がる度に「これなら冒険者も夢じゃないかも」とはしゃいでいたけれど……。
「そ、そんな……まあ、じゃあ、あの男は女の子たち連れてどこ行ったの……?」
「わ、分かりませんか⁉︎」
「ご、ごめんなさい……仲間だと思ってたから……まさか違うの?」
「…………っ」
宿の人は悪くない。
恐らく『リーダー』にそう聞かされて信じたのだろう。
ワイズたちも『リーダー』にミクルは冒険者のギルドに頼まれて別な町に先に旅立った……と聞かされたのかもしれない。
だからその町へ向かって行った?
どこへ行くとは聞いていないらしい宿の受付嬢に地図を頼む。
すぐに持ってきてくれた受付嬢は「あんた、ギルドに連絡しておくと、冒険者たちが探してくれるよ」と教えてくれる。
強く頷いて、まずは彼らが行ける町の目星を付けた。
エルールの町から行く事の出来る町は四つ。
西、エクシ。
西南、グルネ。
南、イケイヨ。
南東、スーネクケ。
「どうかしたのかい」
「あ、女将大変なんですよ! 昨日泊まった男の冒険者と女の子四人! もしかしたら女の子たち騙されて連れてかれちまったのかもしれないって」
「なんだって? どういう事だ?」
「それが〜」
「…………」
ミクルは顎に指を当てて考える。
だがいくら考えても分からない。
自分がいなくなった後、四人は大丈夫か?
爪を噛む。
考えなければ、必ずこの内のどれかに行ったはずなのだ!
「持ち物があるなら追跡魔法で向かった先を調べられるけど」
「! ……これ! ……あ……」
「ひい! き、禁忌の紫⁉︎」
宿の女将と受付嬢が叫ぶ。
耳元で聞こえた第三者の声に、ミクルは取り出し掛かった鍵を胸にしまう。
形の良い唇が、弧を描いた。
「急いでるんじゃないの」
「…………、…………、……っ」
胸にしまった鍵を……取り出した。
それをオディプスに渡す。
「ほうほう、魔石で出来た魔陣の鍵か。珍しいものを持っているな」
「⁉︎ し、しっ……」
「昨日、君を解体して知識で得た。特筆すべきものではないと思ったが、そうかこれがそうか」
「⁉︎」
解体って言ったぞ。
という事は、昨日気絶している間にミクルもまた、昨日の男のようにーーー⁉︎
「…………」
やはりヤバい人だ。
ヤバいどころの騒ぎじゃなくヤバい人だった。
なんてこった、と頭を抱える。
何もかも遅いけど。
「南東の方角だな」
「!」
「返すよ」
「!」
顔を上げる。
すると、魔陣の鍵が放り投げられる。
これは……ワイズに貰った宝物。
ぎゅっと握り締めて地図を見下ろした。
「僕の目的はその『勇者志望』だ。案内してくれるな、少年?」
「…………ミ、ミク、ミクル……おれ、ミクル、です」
「ああ、そうだったかな。あれ、そうだっけ? いや、まあ、どうでもいい事だ。僕は勇者を名乗る者以外に今特別興味はないからなー」
「…………」
怯える女将と、受付嬢に頭を下げる。
さっさと出て行ったオディプスを追い、外へと出た。
「あ、お待ち!」
「!」
「ほらこれ。この町の地図だ」
「?」
受付嬢が怯えながらも追いかけてきてこの町の地図を手渡してきた。
お客に渡しているのだろう、お土産物屋さんや道具屋などが描いてある。
「冒険者ギルドに届けを出しておいき。冒険者の方でも、その人攫いを、探してもらえるはずだよ」
「あ、え、えと、あ……」
「そうだな、それが良いだろう。人手は多いに越した事はない」
「あ、えーとじゃあ! 気を付けてね!」
「あ、ありが、ありがとう、ござい、ます」
親切な受付嬢だ。
『禁忌の紫』であるオディプスを怖がっていたけれど、ミクルにそう助言して地図まで……。
素直に頭を下げた。
受付嬢は手を振って愛想笑いを浮かべている。
「ではまずギルドというのでその勇者志望の届けを出そう」
「……は、はい……」
これはパーティメンバーに置き去りにされた魔道士見習いの少年が、禁忌の紫に魅入られて成長していく物語。