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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
エピローグ:異次元ホテルへようこそ
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機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その十 新たなお客様

【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その十】




 狭間時間にして午前五時。誰かが部屋の前を通った気がして目が醒めてしまった。ベッドが柔らかい。……ここはどこだ? ああ、いや、落ち着け。そうだ。ホテルだ。ホテルの寮室だ。寝ぼけて浚われたかと思いかけた。


 ゆっくりと身体を起こす。寝ぼけれる程度に安眠してしまったのは初めてかもしれない。とにかく部屋を出た。この気持ち悪いぐらい気配を殺して、生命を感じさせない歩き方は――――。


「やっぱりカノンか」


 廊下の水晶照明の状態を一個一個手作業でチェックしていたのか。手に持っていたそれを戻すと彼女はふわりと振り向く。計算しつくされた動きが白銀の髪を不自然なくらい自然に靡かせる。紫紺のレンズで俺を覗いた。


「おはようございます」


 俺の世界の、治安維持隊への敬礼をしてくる。見惚れてしまいそうな笑みを浮かべてくる。冷静になれ。落ち着け。もう寝ぼけてないんだ。言い訳はできない。……彼女は機械だ。敵ではないけれど、それでも機械だ。


 寝てる間にカノンへの耐性がリセットされたかもしれない。フリーズしてしまうと、彼女は嘲るように肩を浮かせた。


「起こしてしまったようですね。気配は殺したつもりですが」


「……それだよ。見えてる戦闘機が突然透明になったようなもんだ。警戒するだろ」


「参考にしておきます。まぁどちらにせよそろそろ起こすつもりでした。朝食を摂りましょう。あなたの世界とは違って味も良いですよ」


 悔しいが否定できない。試食したときの感動は途方もない。ビッグ・ファーザーに懇願して俺の給料と引き換えに部下をここに召集させれないものか……士気もよくなると思うのだが。


「エネルギーの補充が出来次第、勇者を送りましょう。……本当によろしいのですか? 彼女はあの世界にいない生物です。怪物扱いされるかと思いますが」


 怪物っていうのは話も通じないやつのことだ。それは巨大な蠍だとか、心のない殺戮機械だとか。少なくとも俺にとってはもうカノンも勇者もその定義から外れている。


「大丈夫だ。偉大なる父の民は皆、強靭な心がある。それに幸い人間臭いほうだろ。ちょっと蜥蜴の尻尾とそれっぽい翼と角があるくらいだ」


「そう言うのでしたら問題ないのでしょうね。でしたら、この世界で彼女に出来るのは見送ることだけです」


 『異次元ホテル行動基準――さすが異次元ホテルと言われるために』に書かれた最後の一項がふと頭で再生される。


 挨拶は信頼と感謝の表れです。誰であろうと独りで生きることはできず、我々ホテルマンはお客様があってこそ成り立つ存在です。


 しかし世界を旅立たれる際、我々ホテルマンはこれ以上お客様にどうすることもできなくなってしまいます。だから我々はいってらっしゃいませと――。


「…………祈ることに意味はあるのか?」


「そればかりはワタシにも分かりません。ですがホテルマンは結局のところ、可能なことしかできません。あらゆる行動のなかで最後にできることが祈ることなだけです。たとえ結果が出ていることでも祈ったりするものでしょう? 賭け事や、試験様々なことを」


 こればかりは賛同できない。祈るのは自己満足の域じゃないか。咄嗟に思ったことを口にしようとして、カノンの細い指が俺の口に触れる。柔らかな感触。女の人の指が、口に、……ッ!?


 心臓が止まり掛けたけどなんとかすぐに冷静さを取り戻す。俺の世界のハンドサインだ。意味は……そう、黙って聞いてろ。まだ話の続きはある、だ。


「存外、祈りがあるかないかで旅は変わるものですよ? 想いには魔力があります」


(二人で親睦を深めてるところ申し訳ない! 次元ゲートの反応があった。予約されていないお客様が来る! 朝食前にそちらに対応を頼めるかい!?)


(了解。ただ親睦を深めてるは誤解だ。血も涙もない機械相手に俺はそんなことしてない)


(承知いたしました。しかし誤解しないでください。血も涙もいらないだけです)


 口だけは達者な奴め。睨みつけると紫の光が妖しげに煌めく。ニヤリと笑みを浮かべてながら、カノンは地面を蹴り込む。俺も後を追った。寮の廊下を駆けながら大慌てで髪形を整える。


 階段を飛び降りてロッカールームへ。カノンはそのままフロントに出る。俺は扉の熱探知センサーを解除して、ワイヤートラップを解除して……。


(バロン! 急ぎなさい)


(わかってる! 罠を仕掛けすぎた!)


 なんとかお客様がフロントに来る前に制服に着替えてフロントへ。カウンターを飛び越えて入口でカノンの隣に並ぶ。


(未知の世界からお客様だ。言語はサポートするけど気をつけて)


 支配人の言葉と同時、ゆっくりとガラス扉が開く。脚も腕もない。直径一メートルほどの玉虫色に煌めく光球。それが知的生命体なのかもわからなくて、思考が止まり掛ける。昨日だったら止まっていた。


 カノンがちらりと目配せしてくる。言うべき言葉は分かってる。爆破予告犯は無論探すが俺だって学んだ。疑いすぎると対策を取られる。厄介だ。だから自然と一息をおいて、カノンと比べてだいぶ下手な笑顔を浮かべながら俺は言う。


「異次元ホテルへようこそお越しくださいました――――」




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「Yhraaaaaaaaaaaaa……!(祈っておくべきだったわ。考えておくべきだった)」


 全身を覆う一対の黒翼を生やした邪悪なる神のしもべは後悔を巡らせた。かの闇黒たる王に従う身でありながら、ドリームランドへの帰還はさらに遠く困難なものになろうとしている。


「モジャモジャ! 頼む! 助けてくれ! ビチビチに触手でビチ殺される!」


 プギープギーと喧しいくらいに鳴き声を張り上げて豚が叫ぶ。モジャモジャと呼ばれた青いタランチュラは呆然として周囲を眺めていた。昨日の逃走劇を思い返す。


 勇者と名乗る少女の力で檻から脱出。その後、怪盗と自称する怪しいカップルに手を貸して次元ゲートを開けたまでは良かった。ああ、よかったとも。


「ここはどこだなんだぁ?」


 モンブラン卿は嘆息するように呟く。複眼の見据える先、鬱蒼とした樹木がコバルトブルーの葉を茂らせる森が崖下に広がる。白銀の太陽。真っ赤な空。樹海を蹂躙する四足歩行の巨大機械が空を滑空するドラゴンを砲台で撃ち落とし、光線が薙ぎ払う。


『اكتشف البطل. تخلص من فورا』


 背後から理解できない声が響く。振り向くと金属質な二足歩行の怪物。背丈は3メートルを超す巨大な――ばちばちと紫電と火花を散らして、金属を軋ませて、無骨な砲がオレ達を覗いていて。


「くそ! また来た! 何がヒーローだ! オレっちはただの豚だっての!」


 三匹は慌てて逃げ出す。けど生憎、もうホテルとは関わりのない話だ。

長かった! ここまで読んでくれた方。ブクマや評価をしてくださった方。アドバイスをくれた方。誠に感謝です!!

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