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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:パーティが終わるまでに
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幼妻と浮気したい俺 その六 導かれて世界の果てに

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「こっちよ! 可愛い奥様が待ってるわ!」


 オカマ口調でピンク色のゴリラが道を駆ける。ドスドスと地面を鳴らしながら巨躯に見合わない速度で外廊下の石畳を蹴り込んでいく。


「待って、待ってくれ! 速過ぎ、て……! 息がッ」


 俺は必死に彼? を追いかけた。汗だくになりながら慣れない老いた身体で駆ける。駆ける。疾駆する。見慣れない南国植物を置き去りにして、プールサイドを突っ切って、一瞬でも気が緩んだら置いてかれてしまいそうなくらいに全力で走るホテルマンを追い続ける。


「遅くなれば遅くなるほど彼女は自分を責めるわ! 大丈夫! 今この道に誰もいないから安心して走りなさい!」


 ゴリラはそう言って石煉瓦の塀を乗り越えて巨大なキノコが蛍光する異質な森を遠慮なく駆け進む。整備された道なんかない。彼がその巨躯で一瞬にして獣道を作っていく。


「怒られないのか!?」


 腕を伸ばして、身体を引っ張り上げて、片足でまたいで、なんとか塀をよじ登って、転びそうになりながらキノコの真横を走る。


「怒られるわけないわ! お客様がホテルのルール! 普段はダメだけど今はこれぐらい些細なこと!」


 腐葉土を革靴で蹴り上げる。踏む潰された小さなキノコをさらに踏みつぶして、ろくに先も見えない夜闇を、派手なピンクの背中だけを見て走り続ける。


 ――――跳躍。キノコの森が開けてどこか分からないが入り組んだ煉瓦道に出る。白く塗られた壁。やや古風なコテージタイプの宿舎が複雑に立ち並んでいる。不規則に生えた巨大な樹木のうえにすら小屋があった。


「観光は夫婦で! 道はこっちよ!」


 再び駆け出すゴリラの後を慌てて追いかける。階段をあがって、降りて、跳んで、島の峡谷を沿って螺旋状に伸びる道を走って走って走り続けて、横断するように伸びた橋にまで着く。


 橋には赤鱗を纏った巨大なドラゴンが居座っていた。幹みたいに太い剛腕。巨躯を支える後ろ足。その身体よりも巨大な両翼。竜は俺に気づくと興味深そうに厳つい顔を近づけた。この世界の野生動物か? いや、よくみるとホテルマンの腕章が尾に巻いてある。


「コヅカハルト様ですね。エルフィ様は迂回する形でこの橋の先へ向かいました。このまま真っ直ぐに走ってください。そうすれば追いつけるはずです」


 ドラゴンは鋭利な牙を持ちながら、反してあまりに物腰穏やかな口調で俺にそう告げるとバサリと、一気に飛翔した。翼が巨大な影を作り強風が渦巻く。


「さぁ走っちゃいなさい! このまま真っ直ぐ、森のなかを突っ切れば転送ゲートのある場所に行けるわよん!」


「あ、ありがとうございます!」


「今度は夫婦でお店に来てくれると嬉しいわぁん!」


 ゴリラの応援を背に俺は走った。風が吹き荒れる橋を駆けて駆けて、情緒的なコテージも底の見えない峡谷も、一定間隔にある灯りも横切って、置き去りにして黒く染まる水平線と手前に生い茂る森だけを見続ける。


「プラフォード、ついてきてるか?」


『もちろんです。まさか結末を見届けるなとは言いませんよね?』


 バチバチと紫電が迸ってかすかにオゾン臭が鼻を刺す。ずっと隣にいてくれてるらしい。半透明の黒いパワードスーツを一瞥したら、彼は不可視状態に戻った。


「いや、見届けてくれ。信頼してるんだ。……それで俺はエルフィになんて言えばいいと思う」


 走り続けて高鳴っていく心臓。だらだらと汗が流れて体中に血が巡って、火照る身体。果てていく呼吸。けど橋を駆けていくと吹き上げる夜風で頭が冷えて、思考が戻ってくる。不安が込み上げてくる。


『彼女に謝りなさい。礼を言いなさい。あとは自分で考えろ……そう言いましたが、そうですね。あなたが思ったことを全て言いなさい。隠し事をしないで、弱さも馬鹿な考えも全て吐きなさい』


「そんなのでいいのか……?」


『そんなのができていなかったからエルフィ様が離れたのではありませんか』


 思わずうめき声をあげたくなった。その通りだ。俺は勝手にエルフィのことを思ったつもりで最低なことをした。説明もせずに嘘をついて、求められた愛の言葉にも応えられなかった。


「っ……!」


 握り拳に力を込めて歯を噛み締めて加速した。速く、もっと速く。彼女に逢いたい。謝りたい。ホテルマンの人たちはこんな俺に協力してくれた。これ以上は俺にしか変えられない。


『そうですね……。あとは、エルフィ様も自分の本当の姿を隠しておりました。受け入れるべきです。もう一つ言うなら、彼女はあなたに甘えたがっていますが、それ以上に甘やかしたいんです。凄い人だ。だからあなたは自分の弱さも明かすべきだ。格好つけたって彼女にバレてる。全部、全部です』


「……分かった。全部話す。落ち着いてきた……ありがとうプラフォード」


『二人で感謝してくれないと困りますよ』


 橋を抜けた。整備された土の道を蹴り上げて、淡く蒼く蛍光する蛍らしき生物が舞う森のなかをまっすぐに、まっすぐに。


 やがて道は木材になってそれでも駆けて駆けて駆けて、夜の闇と生い茂る木々が深く、より異世界じみてくるほどエルフィに近づいている実感がして、動悸が止まらなくなって、湿った空気が入っては出て入っては出て、脚が攣ってしまいそうなくらい全力疾走を続けた先、ようやくその場所に出た。


 古く錆びれた遺跡のような広間。石造りにしか見えない不明な建材でできた柱。階段。祭壇。一段上がるごとに高鳴る心臓が締め付けられて、心細くなっていく。熱帯気候のはずなのに湿度を感じられなくて、だらだらと流れ落ちていたはずの汗が夜風で乾いていく。身体だけが冷えていく。


「……どうにかなるだろうか」


 透明迷彩のプラフォードに声をかける。土壇場で、直前で急に足が重くなってくる。


『それを決められるのは神ではありません。あなたです』


「そうだな。ああ、けどちょっとだけ待ってくれ。三十秒だけ頭を整理させてほしい」


『……行け!』


 ガツンと物理的に背中を押された。前のめりに転びそうになって咄嗟に足を踏み伸ばす。二歩、三歩。途端に祭壇が紫の五芒星を浮かばせて――――。

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