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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
一章:全ての役者が揃うまで
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機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その一 5 観察眼が見据える狂喜

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 狭間時刻で、この世界においての時間が十五時になった。南国気候なのか天気は太陽は真昼時と大差ない。暖かな光を差し込めている。けれども接続先の世界によっては昼だったり夜だったり、そもそもそんな概念すらないところもあるらしい。言われてみると確かに、俺がこの世界に行くときは早朝だった。


「何をボケっとしているのですか。次元ゲートが開く反応がない限りは別の仕事をする。感知したら即座にフロントクラークとして受け付ける。つねに気遣いの心を持って仕事を見つけ出しなさい」


 カノンは際限なく仕事をし続けていた。人間では交信不可能な異生物(スイカほどの大きさをした昆虫相手には発光によって言葉を伝えていた)の食事要望に対応したり、今日の夜に開催するというホテル創立記念パーティの準備も進めながら、隙あらば俺の横を通り過ぎてそんなことをぐちぐちと言うのだ。


「馬鹿を言うなよ糞機械。それで入口から爆破犯が入ってきたらどうする? なぜ客全員に荷物チェックを行わない」


 そもそもとして、犯人はすでに宿泊している客の可能性だってあるんだ。こんなごっこ遊びをしてる暇なんかない。いますぐにでも適当な理由で客を呼び集め情報を探るべきだ。


「仕事をすれば必然的にホテル内を何キロも移動します。その方が犯人と遭遇するのでは? 幸い……と言っていいのかも微妙ですが、立地上お客様は多くありません。それでも今はチェックインのお客様が来る可能性が高いのでフロントにいてもらいますが」


 機械であること自体が気にくわないが、澄ました顔でぐちぐちと言ってくるのも腹立たしい。開発者の趣味なのか知らんが、無駄にルックスがいいのも気を逆撫でる。女の人は苦手だ。……こいつは人ですらないが。


「仕事を見つけられないのであればせめて少しでも異世界他国のマナーやルールを記憶し――――」


 ピピピピと耳元で音が鳴ってカノンは発言を止めた。機械だか魔術だかが次元ゲートの開門を探知し、耳につけていた無線機に信号を送ってきたのだ。つまりはこれから、別世界から客が来ると言うわけだ。


「音の種類からして第五世界です。魔術と科学の両方が発展している世界ですが、ここに来れる一般人はその世界にいません。ここから来る存在は八割が人間系統です。残り二割がキノコに翼と鋏が生えた宇宙人」


 いつ科学技術による武器や魔法とやらで爆破してくるか分からないから警戒しろということだろう。宇宙人相手では悪い奴かどうかを判断するのも難しいかもしれない。宙を浮かばれたら重量感知型の罠は無理だし、体温がなければサーモグラフィー反応もできまい。


 しかし最初の嫌がらせの件もあって、てっきり仕事は見て覚えろとか言って何も説明してくれないかと思っていたが、そういう事はしないらしい。


「カノン、安心しろ。もし敵がこのホテルに手を出すようならその前に頭を撃ち抜く。もしくは腕を吹き飛ばす。すぐに対応ができないなら客室に爆弾を仕掛ければいい」


 同じ過ちは犯さない。だからハッキリとした声で明言してやったのに、次の瞬間ゲンコツが振り下ろされる。避けるのは容易だったが威力もさほどないので頭に直撃させてやった。


 ガツンと景気のいい音が響く。その衝撃で乱れた俺の髪を、慌てて整えると彼女は俺を罵った。


「敵じゃなくて、お客様です! 罠を! 置くな! 撃つな! あなたとは違う世界の者ですから、細心の注意を払って接客しますよ。チェックイン手続きをした方の字が読めなければ万見の眼鏡を頼りなさい。その魔法具はあらゆる言語を読めるようにしてくれます」


 カウンターに置いてあるメガネを指差しながら、彼女はエントランスへと早歩きで向かい、満面の笑みを浮かべて客を待ち構える。瞳の蒼が鮮やかに輝き、銀の髪を優雅に舞わせる。太陽、風、全てを計算に入れた所作だった。


「第五世界からようこそお越しくださいました。この世界では果物も非常に安価で販売しております。チェックインも承りますので、どうぞごゆっくりなさってください」


 カノンは両手で球を描くような仕草をすると、その手を客に突き出すような動きを取る。疑問に思ったのは一瞬だけだ。多分、その動きが向こうの世界での挨拶なのだろう。


 客は二人組だった。一人は紳士服に身を包んだダンディな白人。白髪で髭も生やしていて、目元のクマが濃い。


 もう一人は少女だった。男と同じ白髪だがその髪は彼と違って若々しく、腰の辺りまで伸びている。しかし問題なのは身に纏う服。あれじゃまるで踊り子だ。最低限の部分が隠されているだけの露出の高いもので、小麦色の肌が露わになっている。目のやり場に困るものだった。


 いや、宇宙人じゃないだけ幸いか?


 二人はカノンの挨拶に笑顔を返すと、吹き抜けのエントランスや噴水を一瞥していく。


「見てシュトラフ! 屋内にまで植物がある! 初めてのホテルがこんな異世界なんてすごいことじゃない!? お客もホテルマンも異世界級ね! ほらあそこ、巨大ワニが二足歩行で白いスーツ着てるわ!」


 少女の外見年齢は十四、十五程度だろうか? しかしその言葉遣いや動きはやや幼く、喜々として目を輝かせて鈴のような声を鳴らした。ピョンピョンと跳ぶたびに服が際どいくらいに靡く。男の方はそんな彼女を窘めると、カウンターの方へ、こちらへと歩み寄った。


「このホテルは予約はいらないと聞いたのだが、チェックインは可能かね?」


「ああ、可能だ。けどスイートルームに関しては予約がないと無理だ。普通の部屋でいいか? けれど空いてる部屋のなかで一番いい部屋を用意する。こちらに名前を書いてくれ。料金は横の機械を使えば問題なく清算できる」


 あんな少女を連れてホテル爆破なんてことはしないと思うが、最大限に警戒を巡らせて、ホテルマンの仕事を行いながら男の呼吸音を、腕を瞳を見据える。……琥珀色の双眸。少女も同じ目の色をしていた。だがその色彩の奥底にあるものがまるで違う。


 書類に名前が書かれた。シュトラフ・シルヴァーとユリシア・メディム・アボリジナル。シュトラフが男の方だ。彼は器用にペンを回して返却する。あとは入金すれば正式に客として認めることになる。そしたらバーサーカーの奴に部屋のキーを渡して、荷物を運ばせればフロントクラークとしての仕事はひとまず完了。だがその前に尋ねたいことが出来た。


「すまないがホテルの手続きとは別に一つ聞きたいことがある」


「ああ、私も一つ聞きたいことがあったところだ。このホテルで今日、創立記念パーティの一環として文字通り世界中から宝石を集めた展覧会があるそうじゃないか。何時から、どこで行われるか分かるかね?」


「その宝石を盗みでもするのか? ホテルを爆破しないなら俺は止めないが」


 少女の瞳は純粋な恋心を含んでるだけだ。この髭面で、日頃からキセルでも咥えてそうな野郎を好いてるから一緒にいる。けどこの野郎は確実に犯罪者の目をしていた。純粋な少年のような物欲と享楽を求める危険な目だ。


 シュトラフはジッと俺を見据えてきた。僅かに頬を引き攣らせて、白い髭を弄る。


「ふむ、面白いジョークだ。だがそんな口調と発言では――――」


「お客様! 部下が大変失礼な態度と言動を取ってしまい大変申し訳ございません! ワタクシ共の教育と監視が滞っておりました」


 俺とシュトラフの間を割って入るようにカノンが駆けつけた。深く手を突き出して、向こうの世界のお辞儀を見せる。


「いやいや、面白かったから気にしないでくれ」


「そう言ってくださるとありがたいです。以降このような不備を起こさぬよう善処致します。そしてこの出来事が幸運だったと思えるように、お客様は特別にスイートルームへご案内致しましょう。朝食のほうも優待させていただきます」


「お客様、部屋へご案内致します。また、今日の二十時から開催する当ホテル創立記念――――」


 カノンが視線を送るとすぐさまバーサーカーが客二名を部屋へ案内しに動き出す。廊下へと向かった三人の声が遠く、遠くなって、聞こえなくなった瞬間、紫色の睥睨が向けられた。


 次の刹那、俺の頬を視認できないほどの速さで何かが殴打する。一瞬の激痛だった。瞬きしたときにはもう、痛みは通り過ぎていて、機械少女の一見華奢な手が振り下ろされた後だ。そして痛いとぼやく暇も与えずに、彼女はグイと顔を近づけた。どう見ても怒っていた。


「お辞儀を絶対しなさい。敬語を使いなさい。あなたの世界にもあったはずです。翻訳機は全てを包み隠さず翻訳するのですよ!? あなたの無礼も、お客様を犯罪者呼ばわりしたことも!」


 機械のくせに偉く感情的になって、彼女は俺のこめかみに指を突きつける。光刃を出す機能があるなら、オンにされたら頭蓋も脳みそも切り裂かれるだろう。けど納得がいかない。俺はチェックインの手続きはしたし、相手もさして不快には思っていない。


「客だってホテルマンがいなかったら困るはずだ。敬語ってのは敬うべき相手に使うものだろ? ビッグファーザー以外はその対象じゃない」


 俺には彼女達がここまで客に丁寧な物腰で接する理由が分からなかった。宿屋なんて、カウンターに人がいればいいほうだ。飯があるなら最高。ましてエアコンだのウェルカムドリンクだのお客様だの、理解ができない。


 それで言葉に苛立ちを込めると、彼女は怒りを露わにするのをやめた。毅然とした態度のままジッとこちらを見上げ続け、尖り声を発する。


「ここはワタシ達の世界です。いつまでも治安維持隊でいるのなら、出禁にします。ワタシも怒られるでしょうが、その方がホテルのためになる。そのときあなたに仕事を任せたビッグファーザーがどういった反応をするか見るといいでしょう」


 ビッグファーザーを失望させるわけにはいかない。ああ、機械の命令に逆らえないのは屈辱だし、尊敬してない相手に敬語と礼なんてハッキリ言って論外だが従うしかない。思わず舌打ちが零れた。


 けど一つだけ、絶対に俺が正しいことがある。彼女はホテルのためにならないミスをした。


「……あの男は間違いなく犯罪者だぞ。殺人鬼とかではないが、平気で価値あるものを壊したり、他人の不幸を嘲るタイプのやつだ。小賢しくて、プライドが高い。女のほうも盲愛してる。厄介な目だ」


「目を見ただけで犯罪者か判断できるなんてあり得ません。本当に区別をつける方法があるのなら、それは科学では不可能です」


 警告しても信じる様子はなかった。カノンが呆れたように一蹴したそのとき、再び次元ゲートの開門音が鳴り渡る。また次の訪問者が来るようだ。


「あなたは同じミスをしない人だと信じております。これからこのホテルに来るお客様は第一世界……剣と魔法の世界から来られます。服を整えて、汗を拭って、笑顔の準備を。魔法に驚いて叫んだりしないようにしてくださいね?」


 カノンはさきほどまでの態度を一変して満面の笑みを浮かべた。ビジネススマイルだが偽物の笑顔とも思えない。機械仕掛けにこんなことを考えるのも変な話だが、俺の存在以上に仕事の楽しさを噛み締めているように見えた。


「爆破犯人見つけてもお客様だからとか言って放置しなければいいけどな」


 彼女の姿を見るとどうにも俺が稚拙に思えて、目を瞑りながら嫌味を吐いた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「こちらの部屋になります。カードキーはチェックアウトの際にご返却ください。スイートルームの冷蔵庫の中身、菓子類は全て無料サービスとなっております。どうぞごゆっくり」


 ガチャリと扉が閉まる。白いシーツが伸びたダブルベッド。木製のシーリングファンが回転を続けて涼しい温度を保っている。窓の外からは巨大なプール。椰子の木の奥にオーシャンビュー。しかし水平線は途中で途切れていて、玉虫色の霞が掛かっている。そこが世界の終点なのだ。


「シュトラフ! 見て! ここのホテルシャワーとバスタブが一緒じゃないの! それにトイレが別の部屋にあるわ!?」


 ユリシスは洗面所に感動して声を上げた後、ベッドへとダイブする。少女の体が沈むようにバウンドするなか、シュトラフはベランダに出てキセルを咥えた。


「いやはや、ときどき君が羨ましくなるよ。ユリシス。その活発さと緊張感の無さを見るとね。心が安らぐ。嗚呼……私はあの三人と会ってとても緊張した。ベルマンの男ですら手練れじゃあないか。しかし一番の問題は受付の男だな」


「初めてね。あんな無礼な接客業の人。それに二人でホテルに泊まるの! あの人凄いわ! スイートルームの鍵を渡すように言われたとき、私の目を見てダブルベッドの部屋を選んだのよ! これで……ふふ、今夜が楽しみね?」


 ユリシスはぺろりと舌を出して妖艶に笑う。その褐色の肌をシュトラフに摺り寄せて、はぁはぁとおかしなくらいに息を荒らげる。目がハートだ。


「悪いが夜は仕事だろう? ああ、にしても初めてだ。目を見られただけで盗人だとバレてしまったのは」


 シュトラフは南国の風を浴びながら、感傷的に呟いた。

質問があったので答えます。

参考ホテル。

ホテルニラカナイ西表島

帝国ホテル(資料のみ)

シェラトングランド・ミラージュリゾート,ポートダグラス

ヒルトン・ワイコロア・ビレッジ


参考文献。

ホテルで働く人たち

帝国ホテル伝統のおもてなし

上流顧客を満足させるプロフェッショナルサービス

イラストで分かるユニバーサル接客術

ゲームシナリオのためのSF辞典

ゲームシナリオのためのファンタジー辞典

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