機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その六 立ち直りノックアウト
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その六】
意識が戻って全てを理解するのに時間はいらなかった。即座に体を起こす。まだ目がチカチカして頭痛も残っていたけれど麻痺などの後遺症はない。手足、義手含め全て正常に動く。
軽い火傷をしていた。皮膚が衣類に擦れると痛む。……死んでない。結局はあの手榴弾も非殺傷用のものだったらしい。なら蹴り飛ばすべきだったかもしれない。……今更考えたところで手遅れか。
俺は休憩室のベッドで寝かされていたようで、衣服もスーツではなく締め付けのない緩やかな恰好になっていた。隣を見るとカノンとバーサーカーが俺を見詰めていた。青の赤と双眸。どちらの眼も怒りの感情はなかった。同情もない。カノンのくせに俺を心配していたのか?
「ようやく起きましたかバロン・フォールズ。体は正常に動きますか?」
カノンは華奢な手で俺に触れようとして、けど目を見るなり慌てて引き戻した。……俺はこんな状況になっても機械に触れられることが嫌だったのだろうか。表情に出たのだろうか。
彼女が機械だからって心の底から拒絶はもうできなくて、酷いことをしてしまったような自責が積もる。いや、今は俺のことなど優先ではない。
「それより侵入者はどうなった……?」
侵入者。そう、侵入者への対処が最優先だったのだ。ホテルマンとしても、治安維持隊としても。だが……駄目だったらしい。カノンは小さく首を横に振った。バーサーカーは自責するように俯く。
「バロ、ン。謝って も、謝り、きれない。あの爆弾の、直後 に、奇襲され、た。されてしまっ、た。逃げられ、た。動物にも、全員」
「気にしないでいい。俺の失敗だ。罠が全て危険性の少ないものだと断定したのが馬鹿だった。……急ぎ過ぎた」
本当に最低な失態だ。少し冷静に考えれば予想できたことだったはずだ。わざわざ危険性のない罠を配置して油断させに来ていると、俺たちが時間稼ぎだと判断して強行突破することを考慮していると。
いままで一度だってこんなミスは犯したこともなかった。なぜだ? 俺の世界と違ってこのホテルではまるで命の危険がないからって油断したのか? いやそんなの言い訳にすらならない。ホテルマンはホテルで命の危険がないからって弛むか? そんなわけない。ああ、俺は最低だ。
頭を抱えると目頭が熱くなった。それだけは誰にも見られたくなかったから慌てて顔を拭う。
(バーサーカー、ディナー用の食材を捕まえに行くからすぐにエントランスに来てくれ。クラーゲンも可能なら同行してくれ。シャンタク鳥の卵を取りにヴーアミタドレス山の地下に行くよ)
支配人の念話が頭に響く。パーティに使う食材が次元門を通じて逃げてしまったから、俺のミスが他の奴らの負担になっていた。
「呼ばれた、から。失礼す、る。手榴……弾、抱え、るなん、てオレにはできな、い。お前は 誇、るべきだ。助け、られた。ありがと う」
バーサーカーは背筋を伸ばして力強く自身の胸に拳を当てた。……俺の世界の、治安維持隊の敬礼の一つだ。最も仕事に貢献した者へ行う賞賛の動作。……違うんだ。俺はそんなんじゃない。
「……ありがとう」
俺は形だけの礼の言葉を返した。バーサーカーが部屋をあとにする。カノンは気を伺うようにずっと黙っていた。凜として透き通った蒼レンズの瞳が煌めく。……何を考えているのか分からない。造り物の白銀の髪がエアコンに揺られていた。無機質ながら可憐さでもあった。けど、それでも本能のどこかで俺は機械を警戒していて脚が強張る。
「だいぶプライドがへし折られましたね。今のあなたは最初と比べて相当可愛げがありますがお客様の前には出せません」
俺の今の姿が滑稽だったのか不意に彼女は笑った。淡々としながらも穏やかで自然な微笑み。あと少し呼吸の再現が完璧だったら俺はカノンが機械だと分からなかったかもしれない。そしたらあの手に触れれたのだろうか。
「何を思い悩んでいるのです。らしくもない。今日半日観察していましたが何兆ものデータと比較した確実なデータ理論に基づくに、あなたは傲慢でプライドが高く自己中心的で絶対的存在に依存する駄目人間です。落ち込むフリなどやめたらどうです?」
「……喧しい。慰めるか罵倒するかどっちかにしろよ」
「なら罵倒しましょう」
グイとカノンが顔を近付けた。俺は反射的に壁に背をつけて身を退いて、手が無意識のうちに武器を探す。次の瞬間には理性が上回って咄嗟にその行動をやめた。カノンは敵じゃない。気に食わないことばかりだが俺を攻撃する存在じゃない。
「……っ! すまん」
カノンは気にする様子もなく俺のうしろ、壁にかかった収納入れを取り出すと目の前においた。電気銃、ワイヤー、注射器、その他もろもろもの俺の装備が全て丁寧に入れられている。
「立ちなさい。すぐに装備を整えなさい。身だしなみがなっていません。ミスして落ち込むのは構いませんが胸のなかに収めなさい。何か失態をしたならワタシ達がフォローします。けどそれはお互い様です。ウジウジしないでください。前世は蠅ですか?」
何が罵倒しましょう……だ。澄まし顔で恥ずかしいこと言いやがって、励ましてくれてるじゃないか。慰めてくれてるじゃないか。カノンは機械のくせに嘘つきだった。ああ、クソ。誰が蠅だ。誰がウジ虫だ。彼女の言葉を何度か頭のなかでリピートして心を奮い立たせる。
確かに治安維持隊として許されないミスをした。向こうの世界ならまず間違いなく体はぐちゃぐちゃになって即死している。けど、運がよかった。むしろ喜ぶべきなのだ。ああ、偉大なる父よ。俺は命ある限りこの身を捧げます。……汚名を必ずや返上し、カノンにこの借りを返すぐらい役に立ってやる。じゃなきゃ、俺は機械ごときに負けたことになる。それは許されない。
「二度と同じミスはしない」
「当たり前です。ワタシに二度も盗聴した喘ぎ声を聞かせたいのですか?」
「よしてくれ。もう過ぎたことだろ。俺だって好きで聞いたわけじゃない。しかしあんな女の子が…………いや、考えるべきじゃないな」
思い出すだけでいまだに心臓がバクバクするし顔が熱っぽくなる。破廉恥だ。踊り子みたいな服装もそうだがあんな声……しかも昼間だぞ。落ち着こうと思って胸に手を押し当てた。スーツとは違う柔らかい布地。ゆっくりと深呼吸していくと顔の紅潮が引いていく。
「そういえば、俺の服を着せ変えたのはバーサーカーか? 俺が無力化させられたときに武器を鹵獲されないようにいつも爆弾仕込んでるのによく作動させなかったな」
「ですから罠を仕掛けるのはあれほどやめろと言ったではありませんか。バーサーカーが死にかけましたよ。ワタシが武装を解除させて服を変えました」
「は? 下手なジョークはよしてくれ。だってカノン、あんたの思考プログラムは――――」
機械のくせにそういう男女の接触的なものとかに弱いピュアッピュアな仕様なんだろ。そう口にする前にカノンは悪鬼のごとき双眸で睨みつけてきて、俺は押し黙った。
――――沈黙。多分数秒だったが酷く長い静寂に感じた。ホテルの賑わう物音がするのに、休憩室のなかだけは音がなかった。やがて彼女は口をぷるぷると震わせて耳をぽっと赤く染めて顔を背けた。
「…………思っていたより筋肉質でしたね」
「おもってたよりきんにくしつでしたね?」
不意に彼女が発した感想を呑み込めなくて、耳に聞こえた音をそのまま返す。やめろ。機械のくせに一丁前に照れるな。淡々とした口調で言えばいいのにもったいぶるみたいに黙った挙句にか弱い声を出さないでくれ。
直視すると頭に電流が走った。整った顔立ちでしおらしい表情をされると胸が締め付けられて、思わず可愛いだとか、庇護欲の類が込み上げる。くらくらと眩暈がした。
「本当に俺を脱が――――」
「二度も聞きますか?」
食い気味に発言を被せられる。彼女が俺の身体を? あの華奢な手が触れたのか? 見られたあげく着替えさせられた? 女の人に恥ずかしい想いをさせて? いやいやいや! 彼女は機械だ。……機械に見られたのか?
考えれば考えるほど脳みそが沸騰していく。機械に武装解除させられた? 着替えさせられたってことは女の人に半裸以上の状態を見せたってことで……なんて卑猥なんだ。
「バロン・フォールズ。鼻血が出ています」
「なんてことだ……。俺はもう婿になれない。機械に制圧された。治安維持隊隊長なのに……ああ、なんてことだ。しかしこれは逆に天命なのか? ビッグファーザーにすべてを捧げろという導きだとしたら――――」
(カノン、バロン、もうすぐパーティが始まるから来てもらっていい? 食事が遅れるだろうから、少し作戦会議さ。君たちに場を繋いで貰いたい)
頭に響く支配人の声に対応するにはだいぶ時間がかかった。




