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異次元ホテルへようこそ!  作者: 終乃スェーシャ(N号)
一章:全ての役者が揃うまで
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機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その一 3 機械仕掛けの嫌がらせ

 ピシリと空気が凍りついた感覚。滲み出る緊張を抱いたのはアンドロイドのほうだ。機械のくせに一丁前なリアクションをしてくれる。反して、支配人のほうはあまり驚きを示さなかった。


 しかし不意に、ああ! と思い出したように手をポンと叩くと、彼は楽しげに触手をうねらせる。


「そうかそうか。君がバロンか。ビッグファーザーから話はよく聞いてるよ。君の活躍ぶりに感謝していたよ。観察眼と武術の才能を特に買っていた」


 やはり俺は期待されてこの任務に当てられたのだ。しかしこんな素晴らしい話が聞けるとは思わなかった。ああ、ビッグファーザー。愛してる。


 頬が緩んでしまいそうになって、俺は思わず両手で叩いた。新しい場所に来て、しかも直々の任務を受けて浮かれてしまっていた。


「その話はあとでじっくり聞きたい。どんな風に言ってたかをもっと詳しく。……ゴホン! それで本題に戻るが調査協力を――――」


「いいよ。爆破予告の話もビッグファーザーから既に聞いてる。けどお客様として行動するには君も不便だろう。関係者以外立ち入れないところもあるし、なにより他のお客様の情報をお客様に渡すことはできない。どうだろう、よければ調査期間の間ホテルマンに扮するのは」


 思いもよらずにいい流れだった。客として客に接触すれば警戒されるが従業員としてであれば何も問題なく目を、呼吸をその微細な動きに面を向けられる。いい条件だった。


「もちろん仕事はしてもらうよ。今日はこのホテルの大事な創立記念パーティだからね。たとえ神や勇者が爆破予告の犯人だとしても中止にするつもりはない。大丈夫、その点に関しては難しい仕事はやらせないし、君の監視もとい先輩としてカノンちゃんをつけるから」


 仮面の奥の目線を追った。多分だが、あの女アンドロイドのことだろう。彼女の顔に視線を向けると、機械の分際で人間みたく溜め息をついた。


「……はぁ。ちゃんづけはお止めください。支配人。それと失礼を承知で物申しますが、簡単な仕事だろうと彼に勤まるとは思えません。爆破予告についてもワタシ達で対処すべきです。戦力は十二分にあります。いままでだって自己防衛の信念を貫いてきたではありませんか」


 ピキリと、俺のなかでこめかみが鳴った。機械に馬鹿にされている。ビッグファーザーから仕事を任されたこの俺が。いや、まだチャカの使い時じゃない。殺戮機械と違ってまともに喋る程度の機能はあるからな。敵を知るには観察しなければならない。


「バロン君、懐に手を入れないようにね? 我々は少しの間かもしれないけど仕事仲間になるんだから」


「正気ですか? ワタシは機械だからどうにでもなりますし、他のホテルマンだってほとんど亜人か半神です。性能が違います」


 たかがホテルマンにスペックを求め過ぎだと思う。


「おい機械女。364だ……この数字の意味が分かるか? もしかしたら今日で365になるかもしれない数だ」


「どうせ、いままで機械をぶっ壊した数だとか言うのでしょう?」


「ご名答。人型機械なんてナンセンスな物をガラクタにするのに五秒もいらないな」


「試してみますか? これでも元護衛用アンドロイドです」


 ガチャリと腕の部分が変形させて、カノンはフォトンブレードを俺の首元に突きつける。光刃が蒼く煌めく刹那、俺は服の袖に隠していたナイフの一本を彼女の眼球……レンズ部分に向けた。


「はいはい! そこまで。もし暴れたらビッグファーザーへの物資支援は打ち切るし、カノン、君をクビにしちゃうぞ」


 カノンは小さく舌打ちをすると大人しく光刃を消して腕の変形を戻す。俺は俺で、ビッグファーザーに迷惑は死んでも掛けたくないからナイフをしまった。


「まぁ仕事があんまりにも成り立たなかったらクビにすればいいさ。それで彼が犯人捜しを放棄するなら我々で爆破を止めよう。けどカノンちゃん、君が先輩役としてサポートしてくれたら出来ると信じての発言だったんだけどなぁ」


 支配人は爆破のことを軽く受け止めているのか、それとも飄々とした奴なのか。この男は観察していても感情を、思考を掴めそうにない。


「分かりましたやります。支配人、そのうえでワタシがいればこのホテルはどんな問題でも乗り越えられることを証明してみせましょう」


 カノンはあまりにも単純だった。少し煽られると食い気味に乗っかって、俺のほうをジロリと睨みつけた。嫌悪と苛立ちの感情。機械なのに人間みたいに自然な表情を浮かべて俺に手を差し伸ばす。


「改めて初めまして。第二世界で神隠しにあって以降四十年ほどこのホテルで勤務しております。要人護衛及び介護雑用アンドロイドのkanon.ver2.6と申します。バロン・フォールズ、チェックインまで二時間しかありませんが、それでもホテルマンの仕事をするつもりですか?」


「接客なんて六歳のガキにだってできる。それを俺ができないとでも?」


 否、できないはずがない。俺は彼女に応えて握手を交える。するとカノンは邪悪な笑みを浮かべて、手を強く握り返した。


「オーケー。人間風情がどの程度仕事できるか確かめましょう。まずはその凶器と砂と放射能を含んだボロ服を着替えてもらいます」


 されるがままに更衣室まで移動。適当なロッカー、ベンチ、扇風機。多様な種族がいるのだろう。翼や四本腕、尻尾などに対応した服まである。立ちくらみがするくらいスーツの種類が多い。一応、人間サイズのものも用意されていた。……そもそもこんなにも予備の服を用意しなければならない理由が分からない。


 疑問を頭の片隅においててきぱきと着替えていると、カノンは歩み寄って分厚い辞書を十数冊程度手渡してくる。受け取ると、嫌な予感が重量になって伝わってきた。


「着替えたらこちらの言語についての本を全て暗記してください。十五世界の主要な四十二の言語をまとめたものです」


 なるほど。道理で機械のくそったれが偉ぶれる。試しに数ページ捲るもまともに読めない。


「……全部覚えろと?」


「覚えられないのであれば工夫しなさい。優先順位は付けておきました。単語帳だの紙だのはその辺から適当に拝借してください。四十分後にホテルマンとしての最低限のルールを教えますので、それまでに終わらせるように。まさか出来ないとは言いませんよね?」


 ――――出来るわけがない。


「はーっはっはっはっは! ははははははは! ……面白い冗談だ。出来ないわけないだろ。こんなもの、五十メートル離れた相手の脳天を拳銃で撃ち抜く練習と比べたら……はは! 俺は仕事を任されたんだ。やらなきゃいけないんだよ」


 強がってしまうと見透かすようにカノンは微笑んだ。紫の瞳が悪戯に光る。妖艶な唇をニヘラと歪めて、流れるような所作をもって俺から距離を取る。髪は揺れると花の香りがした。このホテルのシャンプーの匂いだろうか。


「ではでは、楽しみに待っておりますよ。バロン・フォールズ。下等な人間種さん?」


 ガチャリと扉が閉まる。間違いなくこれは無理強いだ。ハラスメントだ。数秒、我を忘れてボケっとしてしまったが、俺は慌ててぱらぱらと辞書を捲った。以前誰かが使ったのだろう。俺にはわからない言語での書き込みが多い。


 ……時間があればともかく、一時間じゃどの言語も中途半端になるだけだ。俺がすべきことは、そう、相手とコミュニケーションを可能にすること。


「やってやる……! やってやるよ畜生!」


 ビリビリと最低限の単語があるページだけ破いた。それでも四十二言語。相当な分厚さだ。それから俺はカラーペンを手に取った。無論、文字列を色塗りするなんてナンセンスなことはしない。やれるだけのことはする。無理だったら……いや、頭は下げたくないな。

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