幼妻と浮気したい俺 その三 決別
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大好き大好き大好き大好き。ずっと一緒にいたい。初めてを全てあなたに捧げたい。心も、体も、すべて上げるから全て欲しかった。
「あは。ははは。新婚旅行なのに……こんなこと」
あんまりにも惨めだった。寝たフリをして、彼の知らない部分を知りたくて騙した結果がこれだ。自業自得だ。神様が罰を与えたのだ。
「うぅ……。ひぐっ……」
涙が止まらない。きりきりと胃が締め付けられて、肺が痙攣するみたいに嗚咽する。彼はすでに熟睡しきっていて、シーリングファンが風を作る音だけが嫌に響いていた。
政略結婚は所詮ビジネス的な契約に過ぎないけれど、それでも愛おしくて、同じ屋根で暮らしていた日々が楽しくて。だからわたしは今この瞬間が苦しくて仕方なかった。
愛を求めたのは間違いだったの? わたしの想いが一方的だっただけ? 空回って、重圧になった? 思考して、わたし自身に嫌気が差す。
「あはぁ。全てをあげる。わたしの名誉も幸福も」
愛してると尋ねたときに彼が毅然として口にしてくれた『もちろんだ』という言葉。
……嬉しかった。今も何度も頭のなかであの一瞬をリピートし続けている。だから頬が熱っぽくなるのが我慢できなくて、けどそれはあまりに滑稽で、目頭が熱くなり続ける一方だった。
コヅカハルトの奥さんとしてあまりにはしたない姿で、けれどもいくら止めようとしたって自制が効かなかった。
「わたしは……わたしは……っ!」
彼の言葉を信じたい。何か大変な勘違いがあったんだと。けれどもし、彼がわたしを愛したうえであの写真の女の人に惚れてしまったならば。
「……急がなきゃ」
わたし達の世界じゃ浮気は重罪だ。世界を跨ぐ大企業の社長息子の不祥事なんてあっちゃいけない。わたしは彼がスキャンダルの渦に呑まれるのは嫌だ。だから、電気銃を撃ち込んで、浮気相手に左手の薬指の指輪を投げ渡そう。
わたしは決意した。最初で最期の夫婦旅行になっちゃうけど、彼の愛の妨げになりたくない。政略結婚のためにわたしに構って、本当に好きな人と結ばれないなんて駄目だ。
「愛してるわ……あなた」
優しいところが好き。男らしいところが好き。わたしが誘惑すると顔を真っ赤にしながら頭を撫でるだけなのが好き。その手の大きさが好き。指の柔らかさが好き。空回りなところが好き。
床に倒れ伏せるあなたを抱え上げた。重かったけど、今のわたしにとってなんら問題はなかった。ベッドに乗せる。薬瓶をテーブルに置いて彼の手を握った。……温かい。ごつごつしてるけど、柔らかい。
わたしは目を閉じた。本当はもっとロマンチックな状況で、たとえば夜闇に染まった海辺とか、ディナーの後、このスイートルームのベランダで二人寄り添いながらとか。そういうときにしたかったけど、きっと叶わないから。
あなたの頬に触れた。薬の効果は嫌になるくらい効いていて、わたしの指が触れたところで反応の一つだってない。それでもわたしは顔を近づけた。力のない唇に唇を合わせる。目覚めたとき、あなたはこの接吻を記憶にもしてないだろうけど。それでもわたしは一生覚えてる。脳髄をわし掴みにするような刹那の記憶を焼き付けた。
「……行ってくるね。あなた」
愛してるから、わたしは彼と別れるために浮気相手を探すことにした。ぎゅっと銃を握り絞める。部屋をあとにすることにもう躊躇いはなかった。外廊下からは黄昏時の空が広がっていた。木々はもう黒く染まろうとしていた。




