機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その二 客室にて
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「んあっ! あん! ……ぁっ! ひゃう……!」
扉前に隠しておいたカメラで聞き耳を立てられたことに気づいたユリシスは忍び足でドアの近くまで歩み寄った。ニヤニヤと小悪魔的な微笑を浮かべながら艶声を上げる。
彼が喘ぎ声を聞いた恥ずかしさと罪悪感から顔を真っ赤にしてその場を離れるのを見て、さらにクスクスと嘲った。
「ふふ、シュトラフもあれぐらい可愛かったらいいのになぁ?」
褐色の体をくねらせて、絹のような白髪で肩を撫でる。ユリシスはわざとらしく瞳を潤ませて椅子に座ってコーヒーをキめる男を見つめた。スーツ姿のその男は、シュトラフ・トリスタンは髪の毛同様に白く染まった自分の髭を撫でるだけで、少女の言葉には無反応だった。
ユリシスはムっとして、じゃれるようにシュトラフの膝に乗った。それから布をぺらりと翻して自慢の褐色肌を、太ももを見せつける。体を摺り寄せて、柔らかく、甘い香りのする髪でシュトラフの頬を撫でる。
「ユリシス、今はやめたまえ。改めて計画を確認しようというところだったろう?」
「不届きものを追い払ってあげたんだから誉めてよ」
少女は琥珀色の瞳を無邪気に輝かせてこちらを見上げる。シュトラフはあくまでも毅然とした態度を保ちながら、ユリシスの頭を撫でて言った。
「次は扉を開けてやるといい。あんな自分を売るような方法は淑女としてよろしくない」
少女は撫でられると満足そうに目を閉じて彼の手を掴んだ。そこに顎を乗せて脱力。さながら猫のような立ち振る舞いだった。
「……まぁ、話すこともさほどないわけだがな。緻密に計画を立てたところで思い通りに行ったこともあるまい。まず最初にやるべきことは――」
「予告状を送り付けることね! でもいいの? 彼、疑っちゃってるけど」
「予告状は送る。だが今回は魔術も科学も用いよう。そうでなければ危険な場所だ」
シュトラフはタブレットをテーブルに置いて、写真に収めておいたホテルの案内図を開く。迎賓館を指差した。賓客接遇プロトコールのための場所で、他種族に対応するためにホテルのなかでも特に大きな施設だ。
その場所で、この世界で二十時に創立記念パーティが行われる。その一環としてホテルの常連である宝石コレクターのやつが展覧会を開くのだ。
「ここに我々が盗むべき石がある。漆黒の宝石……ルナティックストーンだ」
「ふふふ……楽しみね。シュトラフ。きっと盗む瞬間は体がゾクゾクするに違いないわ!」
ユリシスは溶けるような笑みを浮かべた。頬を紅潮させて私の瞳の奥底を覗く。シュトラフは笑い返してやった。
「犯行時に停電を起こせるように細工が出来れば望ましい。次元ゲートは閉鎖されるだろうから我々で穴を作っておく。そしてもう一つやっておきたいのは――」
「他の客に変身魔法を付与できるように細工することね! 任せて頂戴。呪術は私の得意分野なんだから」
ユリシスは指から微量の魔力を放出すると宙にハートを描いた。乱れのない力の流れ。少女は褒めてとばかりにシュトラフに頭を摺り寄せる。
「さっそく準備と行こうか。私は送電装置のほうを細工できないか確かめてくる。ユリシスは魔法を頼んだ。……油断はしないようにな。客とてただ者はいない」
「キスしたら油断しないであげる。ほらほら、んーっ」
ユリシスは目を閉じて唇を撫でると顔を寄せてくる。シュトラフは頭を抱えて嘆息すると、彼女の額に一発、デコピンを放った。パチンと景気の良い音が響く。
「あ痛ぁ!? でも大好き!」
私もさ。――――シュトラフはその言葉は口にしなかった。言葉に出したが最期、怪盗ではなくなってしまう。そんな小さな拘りが彼の紳士的精神だったし、怪盗としての心得だった。
「ルナティックストーン……狂った愛。本当にぴったりね」
ユリシスは嘲るように呟いた。