機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その二 悪友嬌声ルームサービス
このホテルの宿泊部屋は初めて見たがなるほど、あのポンコツが誇りに思うのも理解できるくらい偉く整っていた。ベッドは見るからに柔らかく、窓は大きく開放感があり、海が見えて景観もいい。
「ふむ、早かったではないか。よもや魔族が客だからと手を抜いてはおるまいか?」
魔王はベッドで王者然として座っていた。クロノディアスが彼の前に跪く。俺もするべきなのか? しなきゃいかんのか?
「何をしている! 王を前にして不敬極まりない!」
「良い。この者は我々の世界とは違う者だ。礼が出来ただけ上出来と言えよう。ゆえに我は無礼を許す。早く料理を差し出せ」
面倒臭いなこいつら。思っても無論声には出さない。俺は運んだ料理と酒を丸テーブルに置いて、皿に被せていた銀の蓋を外した。香草と肉の焼けた匂い。空きっ腹が締め付けられる。
「こちらが注文された……あっ! ……肉と酒でございます」
――――料理名と酒の名前を聞き忘れた。魔王が怪訝そうな顔色をしていたが、特に言及されないので気にせずにグラスへ酒を注ぐ。薄めた黄金色をしていた。甘く芳醇な香りが広がる。おぉ……と、二人は感嘆の声を上げた。誇りで腹の虫を押し殺す。
「ではさっそく頂こうか」
「お待ちください魔王様。匂いだけで味がなっていない可能性もあります。毒が入っているやもしれません。ここは私が毒味致しましょう。問題があればこの男を始末しましょう」
本当に忠実な配下なのか疑いたくなるほど素早く、魔王が持っていたフォークとナイフを物の見事にかっぱらい、その刃で一閃。神業とも言うべき技術で肉を断ち斬る。そして頬張った。咀嚼し、ぷるぷると体を震わせる。目が過剰なまでに見開いていた。
「……これは、まずいですね。きわめてまずい。仕方がないので魔王様、これは私が全部貰っておきましょう」
「待て! 貴様我が右腕でありながら主君の分を食べようとするとは何事だ!」
部下というよりは友達同士なのか? 二人は肉を巡って腕を掴みあい、醜い獣のごとく取っ組み合いを始め出す。……もう出て行って良さそうだな。
「またのご利用をお待ちしております」
「あとで同じのをまた頼むやもしれぬ! よければシェフを呼べ! 最高だったとな!」
去り際の背中に向けて、魔王は肉を食い千切りながらそう叫んだ。俺は最大限に努力した笑顔を浮かべて扉を閉めて、駆け足でその場を離れる。厄介事は懲り懲りだ。けどおかげで容疑者を二人減らせた。
あいつらは爆破予告をするタイプじゃあない。爆破するときはきっと堂々と現場で宣言してから起爆スイッチを押すタイプのやつらだ。それよりもやはり怪しいのは寝たフリをした幼女と最初にチェックインした二人組の客。
『仕事は無事完了しましたね。あなたのことですからてっきりトラブルを起こすのではと心配でしたよ。引き続きこの調子で頑張ってください。エントランスに帰還をお願いします』
無線に入るカノンの声。声色はどことなくご機嫌だ。けどこのままエントランスに戻る前に俺は一つやるべきことがあった。
「すまんがカノン。少し待ってくれ。あの客が……シュトラフとユリシスだったか。あいつらが犯罪者って証拠を掴んでやる」
俺の見る目が本当だったと分からせてやる。非科学的なんて言ってくれたあの融通の利かない機械に目に物言わせてやるのだ。俺は二人が泊まる部屋まで向かった。
『やめなさい! お客様のプライベートを守るのが絶対です!』
「そのまま無線をつけてろ。部屋内の音を拾える道具を持ってきてる」
俺はその機械をポケットから取り出して、部屋の扉に当てた。ガサゴソと服が擦れる音を最初に拾う。機械も正常稼働だ。経験が正しければ今頃犯罪計画でも立ててるところに違いな――――。
「んあっ! あん! ……ぁっ! ひゃう……!」
耳に入ってきたのは色のある嬌声。俺のなかで世界が凍り付いた。まさか、まだ昼だっていうのにそんなことをしてるとは思わなかったんだ。女のほうはともかく、シュトラフとか言った男は色欲のなさそうな面構えだったし、相応の歳もあった。なのに……なのに……!
頭が真っ白になった。動悸がする。顔が熱っぽい。任務でこういう場面に遭遇したことはあるじゃないか。落ち着け俺。いちいち恥ずかしがるんじゃあない。
『……バロン、あなたはワタシにお客様の喘ぎ声を聞かせたかったのですか? ワタシが機械だから良かったものの、間違いなくセクハラです。ワタシが機械だったから良かったですけど間違いなくセクハラですよ……!』
念を押すように二回も言った。声は上擦っていて、明らかに恥ずかしがっている。機械らしくない。
「わざとじゃないからな……! 俺はこういうのは苦手なんだ。何が好きでそんな悪趣味な――」
『とにかく帰還しなさい。あなたには説教と休憩が必要です』
気迫のこもった声。俺は逆らえずにしぶしぶその場を後にした。