機械仕掛けと世紀末潜入捜査員その二 追跡脅迫ルームサービス
【機械仕掛けと世紀末潜入捜査員 その二】
まさか頭のなかに直接語り掛けられるとは思わなかった。この技術が広まったら反逆者達の逮捕がさらに難しくなるかもしれない。傍受できず、証拠も残らない完璧な会話手段だ。
「カノン、このホテルで一番旨い酒と飯ってなんだ」
ホテルマンとして働かないととやかく言われるので仕方なく彼女に尋ねる。幸い、予約の客は全員チェックインを終えていたし、新たにゲートが開く様子もなくカウンターは落ち着いてきていた。
「全てが全てのジャンルにおいて一番でございます。しかし何故突然そのようなことを? ああ、なるほど。食べてみたいのですね」
したり顔で彼女は瞳を光らせる。紫の妖しい光。艶やかな唇。スーツ姿でも色っぽい。けどこいつは治安維持隊に向いてないな。致命的に推理力がない。それともお客様が相手じゃないとポンコツになるのか?
「あなたはいかにも馬鹿舌でしょうけど、このホテルの料理を食べたが最後、間違いなく元の世界のものを食べるのは不可能でしょうね。何が食べたいですか? 休憩のときにクラーゲンか輝夜姫に頼めば作ってもらえますよ。どうせなら食べたことのないものがいいでしょう。シャーマンマタンゴのソテーとか、陸鯨のソイソース漬けとか」
「うるさい馬鹿プログラム! 違えよ! 魔法とやらでルームサービスの注文が入ったんだよ。あの……魔王? とその連れから。一番旨い飯と酒を持って来いって。何があるかとかも全然分からないから聞いたんだ」
説明した途端、カノンの顔つきが変わった。目つきは刹那険しくなって、けどすぐに完璧な作り笑いを浮かべながら俺に顔を近づけて詰問してきた。近い。目と鼻の先だ。客には見られないようにくるりと向きを変えられる。
「なんでもっと早く言わないのですか。サービスは一秒でも早く届けるべきなのですよ!」
「お前が勝手な勘違いして語り始めただけだろうが」
指摘すると思うところはあったのか、視線を逸らして顔を赤らめる。機械なのにいちいち仕草が細かいし、可愛らしいのが無性に腹立たしい。拗ねるな。頬を膨らませるな。俺がそうされると戸惑うのを見て嘲るな。
「しかし一番旨いものですか。どれも最高のクオリティである以上好みの問題としか言えませんね。二人とも魔力枯渇をしてましたし、胃に優しいものが良いでしょうか」
「いやーあいつらは確実に肉派だ。けど酒は甘いのが好きな気がする。でも確かに油っぽいのもきついな。ボリュームがあるけどくどくないメインと、甘い酒がいいな」
「また眼を見たら分かると言うつもりですか? ……今回に限っては判断材料がないので任せますが。クラーゲン、話は聞いてましたね? 作りなさい」
(もう作ったってなー! 転送するぞー。竜種のランチタイムのせいで運ぶ余裕はないのだな)
頭のなかで嫌に甲高い少女の声が響いたかと思うと、給仕用のカートと共に料理が転送されてくる。
「バロン、分かっていますよね?」
カノンのやつが保護者面して俺に問う。俺は脊髄反射で求められた言葉を呪文のように唱えた。
「廊下は走らない。客とすれ違ったら笑顔。素早く仕事をこなす。素早く仕事をする。完璧に。ミスっても冷静に」
「オーケー。行ってきなさい。ただしお客様と言うように心がけて」
これじゃあ爆破予告を出した犯人を捕まえる余裕もない。愚痴りそうになったが、その言葉は胸に留めて仕事を遂行することにした。
ホテルは宿泊客の宗教やサイズから棟分けされているが、魔族とやらは人型の分類のおかげで近い。大きさも問題ないからか転送装置とやらにも乗らなくて済む。三階まであがってプールを見下ろせる外廊下を移動するだけだ。
だが、何事もなく平和に料理を運搬することは難しいかもしれない。俺は早足に一人エレベーターへ乗り込んで警戒を強めた。
「……尾けられてるな。あの勇者とか名乗ってた客か?」
おそらくだがフロントの時点で尾行されている。あの赤い蜥蜴女だ。容姿こそ綺麗な人だったが目は完全に殺意の塊。誰かを殺したくってしょうがないってのがあまりにも露骨だった。
カノンを攻撃しようとしたから麻薬針を投げたが、その所為でマークされたのか? けど攻撃されたら正当性を持って処分できる。爆破の容疑者が一人減るなら結構だ。
『三階です。ドアが開きます』
もうエレベーターが着いた。銃をいつでも引き抜けるように、けれども自然体で目的の部屋へと向かっていく。彼女の気配はすぐ読み取れた。階段の物陰に隠れている。殺意が露骨過ぎてとても分かりやすい。ビリビリと肌を苛んでくる。
移動していくと定期的に彼女も距離を詰めてきた。隠れよう、隠れようという気持ちは分かるが逆に目立っている。間違いなくアホの子だ。目的地まで後数メートル。振り返っていっそ声を掛けるべきか? 悩んでいると、不意にもう一人の気配がした。慌てて手鏡で誰かを確認する。
深紅の双眸に飴色の髪。高身長の男。……誰だったか。そうだ、ロリっ娘を嫁にした予約客だ。カノンを作った会社の社長息子で、名前は確か……そう、コヅカハルト。彼は足音を殺しながらも堂々と勇者の元へ歩み寄って彼女の肩に触れた。
「ほぇっ!?」
少女はあまりにもみっともない声をあげて尻尾と翼を強張らせる。コヅカハルトは優しく微笑みながら彼女の耳元で囁いた。俺は耳がいいから聞き取るのは容易だ。
「お嬢さん。客もとい従業員への過剰な追跡行為はこの世界では追放対象だよ。記録映像も取った。これをカウンターに提出すればあなたは処置を受けることになる」
彼は脅迫めいたことを言うと勢いのまま壁ドン。やってることは傍から見て犯罪そのものだが、なぜか彼の瞳は正義に輝いている。勇者は尾行に後ろめたさがあったのか、さらに動揺して目をグルグルとさせていた。
「え、えっ、いや、私はただ魔王を!」
「事情はどうでもいいんです。ただちょっと手伝ってほしいことがありましてね」
彼は勇者の手を引っ張って階段を下りていく。運が良かった。これで厄介事もなく仕事に従事……爆破予告犯探しに集中できる。勇者が弱みに付け込まれて何されようが俺の知ったこっちゃない。
「お客様、ご注文を届けに参りました」
インターフォンを押して声をかけると、ガチャリと扉が開く。蒼い髪。凍えるような冷徹な双眸。魔王もそうだが、絶大な力を持っている思春期を拗らせてしまった野郎の末路は見ていて痛々しいものがある。
「入るがよい。今再び、魔王様への謁見を許可しよう。光栄に思うがいい」
「ありがたき幸せです。お客様」
屈辱でしかない。こんなやつに深々と頭を下げるなんて! 嗚呼、ビッグファーザーよ。お許しください。このことは任務完了後に告白しよう。俺はプライドを対価に部屋へと入った。