勇者と魔王の最終決戦 その二 チャンス到来
二章:パーティが始まる前に
【勇者と魔王の最終決戦 その二】
「しかし魔王様……ここの宿屋は我々が征服した地で見たものとは比較になりませんね。規模も、各個の戦闘力、サービス、部屋の素材に至るまで、王族諸侯の物が粗大ごみに思えます」
穏やかな時間を約束せし勝利のベッド。身を投げ出すと全てを受け入れるかのごとくそれは体を深く沈める。魔力枯渇に陥った我々にポーションまで無償でくれる従業員。それも水で薄めたものではなく純粋な、原始たる魔力そのものだ。向こうの世界であればエリクサーだとか言われる品物。おかげで全身の倦怠感も相当楽になった。
「まことに恐ろしいな。小さな世界だが征服するとなると骨が折れそうだ。……して、クロノディアスよ。一つ問題を与えよう」
「はっ! 命に代えてでもお答えしましょう!」
そんなマジなものではないのだが、クロノディアスは我が前に跪き頭を垂れる。最低限の魔力も纏い、冷気が部屋に広がっていく。せっかくの絨毯が氷漬けだ。だが南国気候のこの世界ではなかなかに良き冷房かもしれぬ。
「クロノディアス、我が右腕にして至高の配下よ。汝ならこの場を征服するにあたってまずなにを行う」
「……小さな世界です。戦力としては私と魔王様がいることで雑魚の支配は容易でしょう。警戒すべきは兵糧の確保。この世界の食糧事情を把握することです。つまりは――――」
「ランチタイムといこうではないか。勇者の襲撃の所為で何も食べておらん。客として扱われてるうちに腹に入れてしまおう」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「なにこのベッド! しゅごい……こんなの生まれて初めて……むふぅ!」
ばふばふと尾を打つと柔らかにそれは受け入れる。翼を仰げば軽やかに純白のシーツは揺れる。
暗殺してやると心のなかで誓ったものの魔王の手がかりも見つけられず、仕方なく案内された部屋。だが間違いない。これは魔族の罠だ。
何気なくベッドに腰を下ろしたが最後、今まで使ってきたどの寝具とも比較にならないふかふか度合い。柔らかな太陽の香り。顔を埋め、バタ足せずにはいられなかった。
「あぁ、このままダラダラしてたいわ……」
このベッドは人をダメにする。心までもほだされそうになっていく。でも駄目だ。頑張れ私。従業員も他の客も、魔王より強いのが結構いる気もするけど、挫けちゃダメ。勇者は魔王を殺すものだ。皆のためにも私があいつを倒すんだ。
励まして、奮い立たせて立ち上がる。ちょうどそのとき、こめかみに電流のようなものが走った。魔族特有の波長による魔力反応。……間違いようがない。魔王ディストと凍刻のクロノディアスによる念話通信だ。相手は誰?
もしかしたら場所を掴む手がかりがあるかも。私は全神経を一点に集中させ、魔力の波長に介入し、聞き耳を立てる。弾けるようなノイズが耳を苛みながらも、彼らの声を聴くことが出来た。
(脳みそを起立させよ! 頭蓋から脳髄まで全てを意識せよ! これから貴様は魔王様より直属の命令が下される! これより命令以外のことを思考するのは不敬であると思え!)
クロノディアスの声だ。通信相手は私に何かを投げつけてきたカウンターの男。確かあの銀髪の美少女にバロンとか呼ばれていたか。こんな大声を頭のなかで叫ばれて苦痛だろう。ちょっといい気味。
(これも魔法ってやつ……魔法ですか。どんな……ンン! どのようなご用件……でしょうか? お魔王様)
念話は言葉の音ではなく意味的なものでやり取りをする。だから言語が通じないとかじゃなくて、この男が単純に敬語下手なだけだ。もしくは抵抗があるとか。
(こうして呼び出したのはほかでもない。部屋にある書類を謁見したところ、るーむさーびすなるものがあるそうではないか。食事を運んでくれるのであろう? この宿がどの程度のものであるかを理解する良き機会と思ってな。一番旨い料理と酒を用意しろ)
ルームサービス? 食事? あの魔王は私が来てることに気づいてないの? それとも盗聴にも気づいていて、こちらを挑発してる? けどこれは紛れもなくチャンス。
私は急いでエントランスに向かおうとベランダに出てそのまま飛び降りた。バサリと翼を扇いで急降下、着地。ホテルの外は整備されたレンガの道。人工の川があり、そこで異種族たちが楽しそうに遊泳していた。
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「ごめんなさい何言ってるか分からないです!」
日光浴をしていた浅黒い肌の神官が理解できない言語で声をかけてきたけど私に答える時間はない。急いでエントランスへと入り支柱に身を隠した。こういう隠密行動みたいのは慣れていない。勇者の戦いはいつだってターン制か一撃決着だ。なんだか周囲の客に不審な目線を向けられてる気もするけど、カウンターの男を監視することはできた。
……動きがあれば追いかける。そしたらきっと、魔王の部屋を特定できるはずだ。日頃の行いかな。私はラッキーだ。小さくガッツポーズを取っていると、無意識のうちに尾が激しく揺れていたらしい。猫っぽい客達が狩人の目になっていた。