表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シークバー 運命を見通す動画  作者: Rastarock
未来予知でラクラク資産運用
7/19

modを見て競馬やったら二十八億円も儲かった

 雨の中、待ち合わせていた花蓮と共に、府中競馬場に歩いていく。

 当然ながら今回の十月二八日も土砂降りだ。

 今回はもみじおろしステークスが始まるまで、レースを眺めるだけに終始した。

 やたらと落ち着かない感じで、お茶ばかり口元に運ばれる。


 もみじおろしステークスの馬券を買うために場面が動いた。

 視界の中心で自動券売機を操作する指が震えている。

 雨で滲んだメモ書きを片手に、何度も確認しながらもみじおろしステークスの馬券を一万円分買った。

 変な目でこちらを気にしている花蓮がいる。待ち合わせた場面からずっとだ訝しげな視線を送ってきてる。

 いつもと違う俺に、花蓮は何かを感づいているのかもしれない。


 視点がきょろきょろと辺りを見回している。レース中も落ち着きがない。

 ゴールの瞬間も、辺りの人を妙に気にしていた。

 前に見た着順の通りに電光掲示板が光る。

 落とした視線の中で震える手には、もみじおろしステークスの的中馬券があった。

 払い戻しは八八五〇円だった。


「え~!?・・・・・・え~??????え!?嘘!すごい!翔太!え~!?」

 花蓮が驚きの声を上げているが、一瞥もしない。

 自動受け取り機で払戻金を受け取る。

 紙幣が一枚ずつ数えられているであろう、カツカツという音を聞きながらも視線の移動は忙しなかった。


 間をおかず、次のレースに賭けるべく券売機の列に早足で並ぶ。GⅠレースだけあって、すごい人の数だ。

 隣の列に並んだオジサンは見覚えのある顔だった。前回見た動画では天丼賞でゾンビになり、花蓮から電車賃を貰ったオジサンだ。

 この後のレースで大負けすると教えれば、不死の呪いを受けずに済むかもしれない。

 それどころか、勝利する馬をそっと囁けば、オジサンへのお裾分けになるだろう。

 倍率が下がる可能性を気にしたのか、それともオジサンには気付かなかったのか、結局声を発する事なく死者の行列は進んでいく。

 再び震える手で馬券を購入している。さっきよりも大きく震えている。

 不思議なことに、一点買いをしたことで倍率が多少下がったのを見た後、馬券を持つ手の震えが少しだけおさまっていた。


 八十八万五千円の一点買いを横で見ていた花蓮は、途中で何も話さなくなった。券売機に福沢さんを入れていく俺は鬼気迫るものがあるのだろう。花蓮がドン引きしているのがよく分かる。

 その後はドン引きを通り越してガン引きになるのだが、花蓮はレース中もお馬さんよりこちらを気にしている素振りがあった。

 的中した時の賞金額を計算しているのだろうか。それとも、怪しい賭け方の理由に思いを巡らせているのかもしれない。

 前のレースでの勝ち方も、この後のレースの買い方も、花蓮から見ればおかしな点だらけだろう。

 どちらも大穴の一点張り。

 あたかも結果が分かっているような買い方をしているのだから。


 天丼賞の着順が確定した。それ自体に驚きは無い。

 当たり前だ。スタートからゴールするまで、先ほど見た展開と全て同じだから。

 だが、その後に続いた初のシーンは、一種の緊張に包まれていた。


「ねえ。翔太?なんか危ない事とかしてないよね?」

「・・・・・・・・・ああ。してないよ」

「私に言ってない事なんて無いよね?」

 そのシーンを包むものの正体を敢て言い表すのならば背徳感だ。


 思わずといった風に動かした視線の先には、泣きそうな顔をしてこちらを見ている花蓮がいる。

 隠し事を指摘された本人は、どんな顔をして聞いているのだろう。

 想像に難くはない。いうなれば、拾ったお金をネコババするような。それを恋人に見られているような。とても情けない顔をしている筈だ。

 今回は他人の金を盗んだわけではないので、法に触れるような事はしていない。

 だけど、完全なイカサマだ。

 土砂降りの雨が背徳的なムードをさらに盛り上げる、GⅠレース直後で悲喜こもごもの府中競馬場。

 時間が止まったようなそんな状況でも、花蓮は真剣に俺を心配してくれていた。


 二十八億四千五百万円。端数もあるけど、大体それくらい。

 天丼賞秋の払戻金だ。

 百万円以上の額の払戻金は、自動支払機ではなく窓口へと表示がある。

 これは受け取るにしても現金で持ち歩ける量ではない。

 窓口で馬券を見せると、現金の用意が無いのでその場でお支払できないと言われた。準備に時間が必要との事。後日また府中へ来る必要があるらしい。


 一生遊んで暮らせる額。

 一生遊んで暮らした人に会った事が無いので、足りるかどうかは分からない。

 ただし、足りなくても問題ないだろう。

 modを使えば金なんて簡単に掴み取れる。


 ◇◇◇◇◇


 今度は銀行に電話している。電話を受けた人から、担当の人に繋がるまで五分近くかかった。

 コールセンターにおける他の部署への引継ぎ(エスカレーション)としては、褒められた対応ではないだろう。それとも、俺の希望が相当なイレギュラーだからなのか。

 やっと繋がった責任者へ、競馬の払戻金の二十八億余りが持ち運べない量だと話している。

 責任者からは現金輸送車を府中へ向かわせると言われた。

 府中、現金輸送車と来て、白バイを連想してしまった。まさかこの現代に、三億円事件が再来する可能性も低いだろう。


 二十八億とちょっとを銀行に預金したら、色々なサービスを勧められた。

 少々の額の年会費を払うと、様々な特典が受けられたり、一定以上の投資額でコンシェルジュが相談に乗ってくれるといった物もある。

 いくつかの契約書にサインすると、銀行員からは高額な買い物にも対応できるブラックカードを渡された。

 スマホで確認した口座の画面には、イチジュウヒャクセンマンと数えなければ桁が確認できない数値が並んでいる。

 画面の中の主人公は、この時何を思っているのだろう。


 別の日には、たまたま目に入った不動産屋の自動ドアをくぐっていた。

 最初は事務的な対応だった不動産屋のセールスマンだったが、こちらから購入の意思を察し始めてからは、お客様を神と称える三波春夫さんに早変わりしていた。

 見学したマンションは、最上階とその下の階をぶち抜いたメゾネットだった。

 赤坂にあるタワー型で、ベルサイユな共用部を誇っている。

 吹き抜けが開放的なその部屋には、数億円のお値段が付いていた。


 マンションを買った帰り、電車に乗ろうと駅へ向かった。ふとショーウィンドウを見ると、外車ディーラーだった。

 ここでも、三波先生への早変わりを見ることができた。

 外車ディーラーの窓ガラスには、派手な車に試乗する佐藤翔太がいる。

 車に似合っていないと判断したのか、その足でブランド品の服を買い漁る。ファストブランドのそれよりゼロが一つ二つ多い服を、駄菓子のように手に取っている。

 若い女がこちらを潤んだ眼で見ていた。彼氏と二人でブランドショップを冷かしているようだが『声をかけて。あなたに付いていくわよん』と、モイスチャーな瞳が訴えている。


 地道に金を稼ぐ必要など無いと判断したのか、コールセンターの仕事を辞めている。

 部長や加藤さんからは退職の理由を聞かれたが、本当の事は説明していない。

 可愛がって育てた雛が、羽ばたく練習もせずにUFOで巣立っていくのを見送るような、二人はそんな表情を浮かべていた。

 送別会の席では大した量の酒も飲まず、退職の理由を有耶無耶にしていた。


 仕事を辞めて昼も夜も無い生活が始まった。

 南国のリゾートホテルでふやけながら過ごす。日本語以外話せないが特に問題は生じていない。通訳ガイドを伴っての豪遊だった。

 ラスベガスのカジノで、大量のドル札を砂に変える晩もあったが、特に落ち込んでいる様子は無い。

 ベガスまでのついでとばかりに運転手付きの高級車をチャーターし、グランドキャニオンまで足を延ばしたりしていた。

 海外には美女を伴って旅行する。それも、いつも違う女だ。昼も夜も関係なくエッチをしていた。

 表情までは垣間見えないが、佐藤翔太の声は場末のホストのように浮かれている事も少なくない。

 こうして一年のほとんど遊んでいる。きっと楽しめているのだろう。


 ほとんどを遊んで暮らしているというのは正鵠を射ている。

 遊んでばかりいるのも正しいが、動画の主人公は少しだけ仕事らしい動きも見せた。

 早送りした動画は時折、掌に株価情報を映す。スマホのアプリで内外の株価をチェックしているようだ。

 最初は気付かなかった。本当に一瞬だけしか株価を見ないし、やらない日もあった。

 だが、十五時ぴったりにチェックする事が多いと気付いて、その目的も分かった。

 ある日、株価をチェックする傍らにはmodのノートPCがあった。

 modが映す株価情報と、スマホの株価を比べて投資判断をしているようだ。

 十五時の株価チェックの習慣は、modで未来の株価を確認しやすくする工夫だろう。

 延々と動画を再生し、運よく株価が映り込む瞬間を捉えるのは効率が悪いと考えたか。動画をチェックする時間帯を揃え、一日ずつスキップすればいいだけの操作とは、作業量に雲泥の差がある。

 こうして確認した株価の変動に基づきmodを編集し、ごく稀に投資会社に指示して運用させる。

 一日数分の株価チェックと、数か月に一回の注文。

 これだけで、資産は枯れるどころか何十倍にも増えていくのだった。


 世間の評判は『天才投資家』にうなぎのぼっていた。努力して勝ち得た成功ではなく、そりゃもう名声だけがヌルヌルとのぼっていた。

 金を持っていると、色々な人が寄ってくる。

 飛行機はファーストクラスになり、レストランは高級になった。こういう金の匂いのするところで、しばしば知らない人間から声をかけられた。

 それは、美女であったり、紳士風の男であったり、深い知性を湛えている(ように見える)アラブ人だったり、色々な人種がそれこそヌルヌルと寄ってきた。

 社交界というのはこういう物なのだろう。

 この頃から天才投資家と社交界の鰻たちの華やかなシーンが毎晩の恒例のようになっていく。


 社交界の人脈がもたらした成り行きから、経済紙の賞を受ける身となった。

 大胆な判断と、世の流れを見通す先見の明で、経済界へ多大な影響を与えたという理由らしい。

 事情を知らない他人から見れば、そのように感じるのだろう。

 先見など持ち合わせておらず、酔っぱらって通販で買った怪しいPCがあるだけとは、天才投資家は口が裂けても言わないようだ。


 鏡にはタキシードに着替える天才投資家がいた。

 多分俺なのだが、鏡の中の金持ちのオーラを纏った人は、良く知る佐藤翔太ではなかった。授賞式ではマクロ経済と投資判断について語っている。声も話す内容も、なんだか俺の脳がひり出した言葉と思えない。

 授賞式では、佐藤翔太はあたかも立派な人のように扱われている。

 少し滑稽だった。


 タキシードは授賞式とスピーチをつつがなく終え、赤坂のタワーマンションへ帰宅する。

 蝶ネクタイを外しながら寝室の扉を開けると、そこには見知らぬ男がいた。

 ファストブランドで固めたような、目立たない服装をしている。

 男は背が低く、げっ歯類を思わせるような顔立ちだ。

 だが、見知らぬ男の侵入よりも驚くのは、その手に赤い物が提げられてた点だろう。血のような赤色をした物体を持っている。

 耐火金庫に厳重に保管されたあのノートPCを持っていたのだから、相対するタキシードも相当驚いた筈だ。

 泥棒だなこりゃ。


「こいつはお前が持っていていい代物じゃないんだよ!」


 ネズミ顔の男は、ヒステリックに甲高い声を出して威嚇してきた。

 その男とノートPCを巡ってもみ合いになる。

 俺より二十センチは身長が低いだろうその男は、意外にも頑固な抵抗を見せmodを簡単には渡そうとしなかった。

 しばらく視界がめちゃくちゃに揺れたりしていた。多分、殴ったり殴られたり、投げたり絡まったりしていたのだろう。一人称で見る殴り合いの喧嘩シーンは、映画やFPSゲームよりもずっと地味だった。

 立った姿勢で男と掴みあっていると、突然ストンと膝が折れるように落ちた。

 いや、視線が床に近づいているので、実際に膝をついたのだと分かった。

 その床に、みるみる赤いものが広がっていく。

 どうやら俺が刺されたらしい。

 映像が端の方から白く霞んでいく。

 膝立ちだった視点は、うつぶせで床からソファーの下を捉えるアングルに変わっていた。

 ソファーの下にはハンカチが落ちている。ヨーロッパへ旅行した時に、シャンゼリゼ通りで買った物だった。

 しばらくその派手な色のハンカチを捉えていた視界だが、次第に霞んだ部分が大きくなっていき、ほどなく真っ暗になった。


 百二十時間ほど真っ暗な画面が続いた後、視点は見覚えのない天井を映していた。

 ベッドに横たわっていると分かる。病院にいるようだ。

 医師から説明を受けた。俺は左の脇腹を刺され、意識不明の重体だったらしい。ナイフの傷は内臓にまで達していて、角度とか深さとか捻り次第では死んでいるくらいの大怪我だったと聞かされた。

 危険なケースの一つに捻りという要素を加えてきたあたり、この医師にはマニアックな志向がありそうだ。

 聞くと狩猟の免許を持っており、大自然の中で捕まえた獲物を自分で捌いて料理したりするという。


「とどめには、ナイフを刺してから、こうやってグッと捻るんですよ」

 どこか人好きのする吉田という医師は、聞いてもいない野生動物の仕留め方について楽しそうにレクチャーしてきた。

 こちらは重体だと言うのに、拍子抜けするくらいあっけらかんとしている。

 脳外科の医師らしいのだが、不思議とすぐに打ち解けていた。グランドキャニオンに行った話で盛り上がった。この医師も、俺とちょうど同じ頃にアメリカ中西部を旅行していたらしい。


「グランドキャニオンに昇る朝日は壮観ですよね~。」

 用途のよく分からない機器が示す数値を見ながら、吉田医師は誰もが口にする感想を楽しそうに語っている。


「それと、佐藤さんには脳腫瘍がありますね」

『ハズキルーペのCMってすごいよね』くらいの軽いノリで、吉田医師はさらりと告げた。あまりにもあっけない宣告だった。

 俺は暴漢に刺された傷による入院で、偶然にも脳腫瘍を発見されてしまったようだ。


 そこから先は、以前見た映像と似たような流れだった。

 毎日を病院のベッドで過ごし、衰え、眠る時間が長くなり、突然modの画面中央に再生ボタンが表示される。

 一時停止ボタンが再生が終わり、動画の終わりを告げる。

 すなわち俺が死んだのだ。

 立派なはずの天才投資家の死は、看取ってくれる家族もいない寂しい最期だった。


 ふう。やっぱりラストはキツイな。

 俺のフィナーレを映すmodには、以前のケースとは違う点が二つあった。

 一つは、脳腫瘍で死んだこと。

 これには散々抵抗していた。

 何でも、俺の腫瘍は手術が難しい部位にあり、相当なテクニックを要するらしい。こんな手術ができる医師はほとんどいないそうだ。

 手術ができるのは、世界広しといえど吉田医師くらい。

 だが、あの飄々とした医師は、難病の子供を救うために世界中を飛び回っており、予約しようにもスケジュールが抑えられなかった。

 未来の俺が取った言動は、駄々っ子と同じだった。いや、金を持っていて、社会的な地位も得ている分、駄々っ子よりも始末に悪い。

『難病の子供と、俺のどちらが大切なの』要約すると、この一点でごねていた。

 事実、吉田医師は俺よりも子供達を選んだのだろう。

 だが、動画の中の俺は無茶なクレームをつけていた。札束で頬を叩くような事も言っていたし、吉田医師を偽善者扱いして罵ったりもしていた。

 そうした俺の態度は吉田医師を取り込むどころか、言えば言うほど彼を遠ざけていくようだった。


「あなたのような人を救うために、私は医師になったわけではない」


 感情が一切こもっていない言葉が、俺に鳥肌を立たせた。

 まさか、人の好さそうな吉田医師がここまで言うだろうか。だが彼をそこまで頑なにさせたのが誰なのかは明らかだ。

 一歩引いて客観的に見られる俺からすれば、吉田医師の決定に『そりゃそうだ』と納得がいく。しかし、当の本人は諦められないようだ。

 そりゃそうだ。自分の生死が係っている。食い下がるのは当然だろう。

 将来のある子供と成金の命を天秤にかけて、吉田医師は「成金の命や軽し」と判断したんだよ。

 お前は負けたんだよ。諦めろよ。

 俺は動画を見て、自分のことながら潔く死んでほしいとさえ思った。

 快復の望みを絶たれた俺はみるみる衰弱していき。

 そして、あっけなく死んだ。

 以前と違うもう一つ。

『再生時間:125592:58:00/125592:58:00』


 動画の総時間がずいぶんと短くなっている。

 没年若すぎ!

 前に動画を見たときは、若いと言っても六十台までは生きていた筈だ。なのに、今回はずいぶん早くして死んでいる。

 計算してみたら四十二歳になる少し前だった。


 運命(コメント)の編集が俺の死期を早めた。

 生のにんにくをガッツリ食べたくらい、胃の中が気持ち悪い。

 modで見た将来像は、どうやって消化すればいいんだろう。


 俺は頭を抱えてしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ