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シークバー 運命を見通す動画  作者: Rastarock
未来予知でラクラク資産運用
6/19

一攫千金のチャンスを見つけた

 ワンルームマンションの小さなテーブルの上にmodを搭載したノートPCが赤い花を咲かせている

 計画にマッチするようなコメントが無いか、俺は目を皿のようにして探していた。画面を見続けた眼はギンギラギンに赤くなりかけていた。

 十月一週目の週末、夜のニュースを見ながらmodの使い道を考えている。テレビでは難病の子供に募金を呼びかけていた。

 俺に募金呼びかけたらどうなるかな?絶対に誰もくれないなぁ。健康だしね。

 でも金は…欲しいなぁ。あって損するもんじゃないし。

 絶対使えそうだよなぁ。テレビを消した俺は、modの画面をロックオンする。

 未来を覗き見て、気に入らなければ変更できる怪しいPCがここにある。

 極めてチートなmodというプログラムなら、賭け事は全戦全勝なんじゃないだろうか?


 月初にあった会議をmodの力で乗り切った俺は、この不思議な力を九割がた信じていた。

 残りの一割は俺の頭がどうかしちゃったっていう可能性だけど、それを言い出したらキリがない。幸せな妄想なら、妄想している俺は幸せって考えよう。

 ちなみに、会議を成功に導くためコメントを編集した際に、それより前の動画は消えていた。

『更新します』的なメッセージが出ていたので、この時に消えたのだろう。なので、花蓮と代官山で喧嘩したシーンは失われている。

 俺の視点で撮られた記録なので、記念として残したい気もしたけどね。

 だけど、無い物を悔やんでも仕方がない。未来に目を向けるんだ!

 出鱈目なほどの前向きが現代日本人の美徳なのだ!


 modの画面右側のコメント欄には、重要イベントがハイライト表示されるので、いくつか気になる場面を再生してみたりした。

 あれから、色々なシーンをチェックしたよ。

 modに記録されている動画は、全て再生すると三十万時間にもなる。六百倍速で見ても五百時間かかってしまう。

 仕事をしながら、帰宅後に五百時間も確保できるわけもなく、ましてや六百倍速ともなればものすごい速さで場面が移り変わるので、見ていても何が起きているのか理解するのは難しい。

 だが、それでも大まかな流れは確認できたと思う。

 走馬灯ってやつが本当にあれば、こんな感じかもしれないね。


『花蓮と結婚する 2021/06/12 13:00』

『再生時間:23606:38:46/320271:21:21』

 結婚式はこの辺りで再生される。 

 そう。俺は今から三年後に花蓮と結婚するのだ。

 今から約二万三千時間後に、花蓮との結婚式が控えているのだと考えると、感慨深いものがある。

 ヴァージンロードの花蓮は、とても綺麗だった。

 結婚後すぐに『娘が生れる』とか、かなり後になって『孫が生まれる』なんてイベントもあった。


 それから、動画の最後の方も倍速機能を駆使して再生してみた。

 まあ、動画の最後といえば、要するに最期だよ。

 これを見るのは気持ち的に相当痛かった。経験した人しか分からないと思うけど、見ていて気分が良いもんじゃないよ。

 俺には死ぬ前の三年ぐらいを、病院のベッドの上で過ごす未来が待っているらしい。

 ラストの数日なんて、花蓮に似たおばあさん(多分花蓮本人)やら、花蓮に似たかわいい女性(多分俺達の娘)が付きっきりで、見てて申し訳なくなった。二人は俺の前ではほとんど泣いててさ。

 だんだんと、一日の大半は真っ暗(多分寝ている)の画像しか映らなくなった。

 たまに視界に入る手(多分俺の手)は皴だらけで、聞こえてくる声(多分俺の声)は嗄れ声で、呂律が回ってなくて……。年取るって残酷だね。

 花蓮は俺の口から発せられるノイズに頷きながら、シクシクと泣いてたよ。

 涙を拭いたハンカチが迫ってきて画面の近く(多分俺の口元)を拭いていた。涎でも垂らしているのかもしれないね。ずっと家族をやってきたんだなって思ったよ。

 結婚式のシーンでも思ったけど、俺にはもったいないくらい花蓮はいい女だね。顔だって可愛いと思うが、やっぱり性格がいい。

 客観視できる分だけ花蓮の愛情が伝わってくるね。いつも身近にいると、家族のありがたさって分からないんだよな。

 いやいや、惚気てごめんね!


 ざっと計算してみると、三十万時間といえば三十四年くらいだ。つうことは、俺は六十歳を少し過ぎたあたりで死んでしまうらしい。

 三十四年後の未来も人は普通に死ぬと知り、少しがっかりしたよ。サイボーグになって永遠の命を得たりとかはできないみたい。

 現代人の平均寿命からすると短い部類だろうなぁ。それとも未来の平均寿命は短いのかね?未来の俺が寿命に強い興味を持ってるわけでもないようで、その手の情報を見て取ることはできなかった。

 今の俺からすれば、三十四年後の死というのは有名人の訃報みたいなもので『よく知ってる人も死ぬんだなぁ』くらいにしか感じられなかったよ。不思議な感じだよね。

 ていうか…………この話はもう止めよう。

 自分が死ぬときの思い出を語るなんて、楽しいわけないでしょ?

 なので、modを楽しく使おうと思う。

 俺は一旦シークバーを左に寄せ、コメント欄も一番上にフォーカスした。


 一瞬コメント欄の比較的上の方にあるテキストを二度見してしまった。

 お!おぉおぉ!?

 これだよこれ!テンション昇天しそう!今夜はパーティーか?

 この方法がうまくいけば、バラ色の人生が待っているぞ!摩天楼もバラ色だぞ!

 俺は直近のイベントに最適なものを発見した。


『花蓮と競馬に行く 2018/10/28 11:05』


 これはもうやるしかないでしょ!?

 花蓮とのデートだ。彼女は競走馬という生き物が好きなようで、いままでも競馬場で何度かデートした経験がある。

 花蓮は一レース百円ずつ程度の少額を賭け、目をキラキラさせながら馬たちが走る姿を見ていた。

 彼女曰く、馬券は好きな馬を応援するチケットなんだとか。秋葉原の総選挙みたいなもんだね。


 十月二八日、すなわち秋の天丼賞でのイベントを発見した時、俺の間欠泉からアイディアが湧き出たよ。

 競馬なら、modを使って金儲けできるんじゃね?

 深く考えるまでもない。

 当然、ザクザク当てられる筈だ。


 タネン家の不良息子だって、怪しげな老人が差し出したスポーツ年鑑が、まさか未来からタイムスリップしてきたマジックアイテムとは信じなかった。

 初めの頃は、欲の深いビフでも信じなかったんだ。

 だけど、スポーツ年鑑に書かれた通りに試合が決着する様を見て、不良息子はマジックアイテムの使い道を閃いた。年鑑の通りに金を賭けるんだ。ちなみに、スポーツの試合が広く賭けの対象となっているのが、ビフ少年の住むアメリカという国らしいね。


 ビフ・タネンにとってのスポーツ年鑑に、俺のmodは互換するね。マシン本体としては地味だけど。

 でもmodの方が使い勝手はいいから上位互換だぞ。未来の年鑑はスポーツの勝敗しか分からないけど、modは俺の目の前で起こる事が全て分かるからね。

 ビフ少年だって、年鑑を手に入れた後に起こる未来が分かっていれば、有利に事が運べたかもしれない。何度も馬糞に突っ込む羽目になるようなライバルは、俺にはいない。


 紙とペンを用意した俺は、ノートPCのタッチパッドを操作して、天丼賞当日の動画を確認した。


 ◇◇◇◇◇


 雨が降っている。

 少し先が水煙に包まれて見えないほどの雨。府中駅で待ち合わせ、花蓮と競馬場への道を行く。

 花蓮はかわいらしい色の雨合羽を来て、膝までの長靴を履いている。濡れるのを恐れない彼女だけが妙にはしゃいでいる。

 十月二八日は土砂降りの雨だった。


「また外れた―!」

 ネガポジ逆転したかのようなテンションで、俺の声が叫んだ。

 第九レースまで全敗で、第十レースのもみじおろしステークスの馬券もこの瞬間で紙屑になる。

 続く第十一レースが天丼賞だ。

 これは泥沼の十一連敗もあり得る。


「もう。翔太はすぐに熱くなってぇ。お金が貯まらない人の典型だよ。いくら負けたの?」

 十回の勝負を負け続けた結果、俺の財布の中には福沢さんが一人だけだ。

 来る途中で三万円をATMから引き出してたけど、かの明治のインテリが二人揃って去ってしまった。

 本当は一万円で競馬を楽しんで、残りは花蓮とおいしいレストランへでも行く予定だったらしい。

 ダメな負け方だなぁ。


「そういう花蓮は結構勝ってるじゃん」

 一レース百円の花蓮が、トータルでウン千円も儲かっている。これだけ馬場が荒れると、逆に予想が楽なのだそうだ。熱く語られてるが、素人たる俺は浮かない返事だ。


「天丼賞で取り返す!見ておれ!」

「『見ておれ』じゃないわよ。ほら。次がメインレースなんだから。落ち着いて見ようよ~」

 花蓮が困った顔をして笑っている。


 天丼賞秋は、大方の予想を覆して大荒れに荒れた。

 数々のGⅠを制した、ぶっちぎりの一番人気がまさかの着外。

 雨に強いとか弱いとか、馬ごとの適正もあるのだろう。荒れたコンディションは予想外の結果をもたらす。野球やサッカーでも、大雨の試合は様々なドラマを生み出してきた。

 人気が分かれた結果、今秋の天丼賞は馬連で五千円の配当が付いた。

 二番人気だった馬が一着となったのだが、二着以下は乱戦となり、高配当が続出した。


 俺の福沢トリオは全員が旅立った。若手の会社員には悲しみの別れだ。

 給料日までどうするつもりなんだろう?

「そろそろ帰ろっか?晩御飯食べていこうよ!」

 花蓮が雨に濡れた顔でこちらを見て笑った。

 最終レースは残っているものの、俺の財布の中身に同情してくれたのだろう。


 それにしてもすごい雨だね。レースが荒れたのも頷ける。

 振り返ればあちこちに、呆然と雨空を見つめるオジサン達の屍。開けた口に遠慮なく雨水が飛び込んでる。さながらゾンビ映画を観ているようだぞ。

 雨の中トボトボと帰るアングルに、そのゾンビは飛び込んできた。

 なんと言うか、ゾンビ オブ ゾンビとでも表現したものか。

 生気が抜け切ったオジサンがいた。

 ずぶ濡れでいて、放心状態の目は焦点が合っていない。安物のスーツもびっちょりで、髪の毛が顔に貼り付き、顔色も悪いその姿はゾンビになってから半年程の発酵著しい個体みたい。

 花蓮はそのオジサンの所へ歩み寄ると、一言か二言だけ言葉を交わして小銭を差し出した。


「所持金ゼロでスッカラカンなんだって。可愛そうだから電車賃だけあげてきたよぅ」


 レースの結果以外は倍速でmodを確認した。

 俺と花蓮は、オケラのオヤジへの善意について議論するでもなく、府中駅に向かって歩いていく。

 動画を見ながら、俺は花蓮の行動に疑問を感じないではなかった。

 この日の東京競馬場には、絶望するオヤジが一体何人いるというのか。

 そのオヤジ達全員に花蓮が施せるわけではないだろう。

 オヤジ達に必要なのは、電車賃ではなく治療だ。

 自分の欲望を抑えられない彼らは、きっとまた同じことを繰り返すように思える。

 動画の中の俺達はそんな議論などせず、強い雨に半ばはしゃぎながら歩くと駅が近づいてきた。


 学芸大学まで電車を乗り継ぎ、駅前のホルモン焼き屋さんでホッピーを飲んでいる。

 ハンガーにかけた花蓮の雨合羽から水が滴っていた。

 焼酎の量が多いようで、ホッピー一本で中身のお代わりを三回もしている。乾杯の生ビールと併せて五杯を飲んだ計算だ。こいつら、そろそろ酔っぱらっているだろう。

 聞いた事の無い名前のホルモンの部位で花蓮と盛り上がっている。

 それなりに楽しそうだね。


 競馬で一万円近く勝ったらしく、どや顔の彼女が奢ってくれた。

 すごい雨だったし、競馬は負けた。

 でも、どことなくほっこりする休日。そんな印象だ。

 福沢トリオの離脱は痛そうだが、これは現実に起きた事じゃない。

 俺にとっては編集可能なイベントだ。


 セレブな未来が俺を待ってる。

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作者のテンションが上がると、翔太のテンションも上がる……カモ。

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