動画の内容を見てみた
景気よく連続投稿です。
怪しいPCを操作して、俺はmodと筆記体で書かれたアイコンをダブルクリックした。
全画面表示でウィンドウが開くと、それとは別の小さな窓にメッセージが表示された。
『Memory Operative Dialogへようこそ佐藤翔太さん【OK】』
うぇ!?
やめてくれよ。キモすぎるよ。なんで俺が既にユーザー登録されてるんだよ。
小さな窓に表示されたメッセージの右下にはOKボタンがあるけど、気持ち的には全然OKなんかじゃない。
しかし、『Memory Operative Dialog』ってどういう意味だ?
Memoryって記憶だろ。
Operativeはオペレーションの形容詞か。操作とか、あとは手術って感じかな?手術の事をオペって言うし。
Dialogはよく分からないな。スマホで調べると――対話っていう意味っぽい。
記憶、操作、対話……なんかマインドコントロールみたいだけど、まさかノートPCにマインドコントロールされる心配もあるまい。
俺はOKボタンを押してメッセージを閉じた。
全画面で表示されたmodの見た目は、意外と見慣れた感じだった。
いうなれば、ニコニコした動画サイトにそっくりだ。
画面の左側ほとんどを真っ黒い画像が占めている。画像の左下には再生を表すであろう、右向き矢印のボタンがあり、そのすぐ上には左右にスライドするバーが画像の領域を横断する形で配置されている。
ちなみに、後からこのバーを調べたら『シークバー』って呼ばれていると分かった。
あとは『×1』って書いてあって、小さい下向き矢印がついてる。試しに下向き矢印をクリックしたら『×2』、『×3』、『×4』・・・と続き、一番最後は『×600』だった。
よく分かんねぇ。
で、俺がニコニコした動画サイト風と表現した理由が、画面の右側にあるコメント欄だ。
『キター』とか『wwwww』とか、並んでるアレね。
ただ、modのコメント欄はニコニコのようにカオスな状態ではなく、普通のコメントが並んでいる。
『食事に行って花蓮を怒らせる 2018/09/29 18:20』
何で花蓮の名前が出てくるんだ?
modなるプログラムには、酔った俺が悪徳通販サイトに入力した氏名が登録されていたんだろう。商品の届け先として入力されている筈だ。
だけど、花蓮についての情報は入力していないと思う。買い物に関係ない情報だから。
今どきの詐欺師は、交友関係まで調べ上げてるって事なのか?
すげぇな詐欺師。
それ以外にも、コメントがずらっと並んでいる。
『会議で資料を発表する 2018/10/03 14:05』
意味わからんな。っていうか、すごい数のコメントだな。
俺はキーボードの下キーを押しっぱなしにして、コメント欄をスクロールしていった。
うわ。マジですごい。全然スクロールが終わらない。
コメント欄は文章と日時の組合せで並んでいると分かる。そういや、本家ニコニコの方に日時ってあったかな?
それと、表示されている文字の色が二種類あるのが、特徴と言えば特徴かな。黒と灰色の二色だ。この二色がどう違うのか分からない。同じ日でも黒と灰色が混ざっているから、日付や曜日によるものでもない。
まあいいや。
modとやらが動画を再生するのなら、見てみようじゃないか。
俺は再生ボタンを押して、動画を再生した。
それまで真っ黒の背景だった画像が、色を持ったものに変化した。
何が表示されたかというと、画面が映っている。画面は画像を映すものなので、画面が映っているのは当たり前なのだが、画面の中に画面が映っている。
例えるならば、二枚の鏡を向い合せにした時を想像すると分かり易い。
鏡の中の鏡に鏡が映り、その中に鏡が映り……と、無限に同じような映像が続いていくような、そんな変な画像だ。
画面にはノートPCが映っていて、modの窓が開いている。
modの画面にはノートPCがあり、modの窓を映していて……とずっと続き、最後は黒い点になるまで同じ画面が繰り返す。
壊れているのかとシークバーにある時間表示を見てみると、一秒、二秒と進んでいるので、動画の再生が止まっているわけではないようだ。
ただ、数値がおかしい。
『再生時間:20/309602:40:25』
『/』の左側は、見た感じ1秒に1つずつ数字が増えているのが分かる。1秒の感覚は大体覚えてるからね。
だけど『/』の右側が何を示しているのか分からない。『309602:40:25』って何の数字だよ。
考えても分からないものは仕方ないので、俺は他の表示内容を確認する。
動画の方は再生が続いているようで、よく見ると画面の中のPCの映像は少しだけ揺れている。これは本当によく見ないと気付かない程度の揺れだろう。
三脚で固定されておらず、手持ちカメラで撮られたような映像だ。
ただ、内容的には無限に続くPCの画面が映っているだけでこの上なく退屈だ。
本当によく分からない、得体の知れないPCだな。
そういえば、今日は花蓮と会う約束をしていた。
12時に待ち合わせしてるのでまだ余裕はあるが、昨晩入らなかった風呂にも入りたいし、そろそろ準備しよう。
俺はPCのカバーを閉じて、風呂場に向かった。
◇◇◇◇◇
12時ちょうどに俺は、花蓮との待ち合わせ場所であるJR川崎駅の改札前に到着した。
すでに花蓮は着いていたようで、手元のスマホを見ていた。
「よ、お待たせ」
「あ、翔太。うん、時間ぴったりだね。どこ行こうか?」
俺の彼女の和泉花蓮はにっこり微笑むと、俺に腕を組んでくる。
今日の花蓮は水色のスカートに、白い秋物のブラウスといった服装でデートに来た。女性のファッションには詳しくない俺だけど、まあまあ落ち着いていて、よく似合っていると思う。
172センチの俺と、163センチの花蓮だが、花蓮はヒールのある靴を履いているので、並んで歩くと目線はあまり変わらない。
俺たちは駅に直結する複合商業施設に向かって進んでいく。土曜のお昼時ということもあり、かなり混んでいた。
お互い昼食はまだだったので、フードコートで適当に食事をした。その後は、家電量販店を見たり、ホームセンターを冷かしたりして過ごした。
デートの最中に、今日の朝届いたノートPCの話題を出そうかと思ったけどやめた。
最近の花蓮は俺がする買い物にちょくちょく口を出してくる。コスパの悪い物を買ったりすると、母親みたいに注意してくる。
俺は支払いをしてないから、まだ買っていないのだが、詐欺みたいなサイトからPCを手に入れたとなれば何を言われるか分からない。
藪蛇になるような話題を自分から振る必要はないと判断した。
今日は18時から代官山にあるレストランを予約している。花蓮が行きたいからと予約した店だ。あまり洒落た店だと緊張してしまうので好みではないが、ここは黙って付いて行くとしよう。
代官山のレストランは、当然のようにお洒落だった。俺たちのようなカップルが何組かいるけど、それ以外は若い子同士の女子会みたいになっている。
濃い茶色の木材をふんだんに使った店内、モダンながらも優しげな雰囲気を醸し出す内装、珍しい形をしたパステルカラーのランプシェード。少しだけ暗めの照明で、お洒落さ満点。
店員はやたらと愛想が良く、細かい所まで気が利く。
当然だが全席禁煙。
花蓮だって二十三歳の女子なわけで、この層の感性にドンピシャのお店なんだろう。
ほろ酔い加減のオジサン同士など、店を覗いただけで退散すると思われる。
結界を張り巡らせたような、退魔属性100の店構えだ。
俺としては、むしろ大衆的な居酒屋とかが好みなのだ。モクモクと煙る焼き鳥屋とか、もつ煮をつまみに酎ハイとかが性に合っている。
「ねえ、翔太!話聞いてるの?」
「あぁ、ごめん」
花蓮は何か話していたらしいが、俺は上の空でちゃんと聞いていなかった。たしか、ガレットがどうとか言っていた気がする。
「もう、ちゃんと聞いてよ」
花蓮が機嫌を損ねている。
俺としては若い女子に囲まれ、若干身を固くしながら食事をしており、早い話あまり面白くなかった。そこに来て、ガレットの話題に興味を持てなかった。
追い打ちのように、会話を強要されるような流れになり、思わず強い口調で反論してしまった。
「うるせぇな。こんな店来たくなかったんだよ!」
怒鳴ったわけじゃないけれど、それでも近くの席にいる女子会達の目が俺に突き刺さる。
私達お洒落女子に酷い言葉をかける男は、理由のいかんにかかわらずダメ。女子会の顔に書いてあるようだ。
「ひどい!せっかく私が探してきて、翔太だって『良いよ』って言ったから来たんじゃない」
「来たら良くなかったんだよ!ホント花蓮ってセンス無いよな」
あ、やっちまった。
花蓮が目に涙を溜めて下を向いちゃった。小刻みに震えだして、涙がぽろぽろ落ちている。
「もういい。私帰る」
花蓮はオーダーしただけでまだ提供されていない料理の分まで、きっちり半分の料金をテーブルに置いて、ハンカチで目を抑えながら店を出て行ってしまった。
結局俺は、花蓮が去った後に届いたガレットを、罪人を見る目の女子会に囲まれながらマッハで食べて、そそくさと会計して店を出た。
あれは多分俺が悪かった。でも、俺の居心地が悪かったのも事実で、その辺を察してくれてもいいんじゃないかって意地もある。
すぐに電話して謝れば花蓮は許してくれるかもしれないと考えたが、何となく悔しい気持ちがあった。
悔しい方の気持ちが強かったので、俺は花蓮に謝る事もなく青物横丁のワンルームに帰宅した。
◇◇◇◇◇
部屋の明かりを点けると、当然ながら昼に出た時と同じ光景が広がっている。
開梱した段ボールと、テーブルの上にある血のような赤色をしたノートPC。
なんだか今日は朝から嫌なことが続いている気がする。
二日酔いで起きたら、いきなり不愛想な配達員に起こされた。
買ったノートPCは詐欺まがいの怪しげな代物で、意味不明の動画が見られるだけ。
その上、花蓮とも喧嘩してしまった。
何より嫌なのは、よく考えるとどれも俺が悪いってとこ。
飲み過ぎたのも、衝動買いしたのも、短気を起こして花蓮を泣かせたのも……。
何やってんだろ、俺。
俺は力が抜けてしまい、虚ろな目でテーブルの上に視線を落とした。
そういえば、modのコメント欄には、花蓮と喧嘩するって書いてあったな。
悪徳業者が仕込んだコメントの通りになっちゃったよ。
ノートPCは結局どうなったんだ?
充電してないからもう起動しないかもしれない。家を出るときはカバーを閉めただけだ。
っていうか、シャットダウンするためのメニューも無いからどうしようもないけれど。
PCの状態が気になった俺は画面カバーを開けてみた。届いた時と同じで、デスクトップにmodのアイコンがあるだけだ。
あれ?出かける前にmodのウィンドウは閉じたっけ?まあいいや。とりあえず充電切れはしてないみたいだ。
充電といえば、バッテリーの残量ってどこから確認すればいいんだろう?普通のノートPCだったら、画面の右下辺りにあるんだけど、これにはアイコン一つ以外に何も無いからな……。
俺はタッチパッドを操作して、modのプログラムを起動した。
『Memory Operative Dialogへようこそ佐藤翔太さん【OK】』
だから……OKじゃねぇよ。今の心境はBADだっつうの。
心の中で毒づいてOKボタンを押すと、全画面表示でmodが開いた。
『前回終了した位置から動画を再生しますか【はい】【いいえ】※いいえを選択すると、現在までの記録は失われます』
お?何か今回は別のメッセージが出てきたよ。『※』の後が意味不明だな。別に動画を投稿したつもりは無いから、記録が失われるっていう意味が分からん。
意味は分からないけど何かを失うのは嫌なので、俺はとりあえず【はい】を選択して小さな窓を閉じた。
画像は例の通り、無限にPCの画面が奥に続いているまま一時停止していた。
シークバーを確認すると『再生時間:02:20/309602:40:25』で止まっている。
二分二十秒の間、俺は無限に続くPCの動画を見て、その時点で動画は一時停止モードに入っていたという事だろう。
すると、ノートPCのカバーを閉じると、動画は自動的に一時停止するみたいだ。
便利といえば便利だけど、だからってどうでもいい機能ではある。
俺は何の気なしにシークバーを右にスライドさせてみた。
すると、すぐに無限に続くPCの画像から切り替わり、それはものすごいスピードで画像が入れ替わっていった。
まだ一時停止中なので、シークバーを止めると静止画に変わる。どこかの町の風景が映っていたり、時には真っ黒だったりする。
どこかで再生ボタンを押せば動画になるのだろうが、俺はとりあえずシークバーをどんどん右までスライドさせていく。
スライドさせるスピードが速いと、何が映っているか分からないので、ゆっくりとシークバーを動かしてみた。すると、シークバーの残りが僅かになったあたり……大体、残り5%を切ったくらいから、ほとんど同じ画像が記録されていると分かる。
ずっと白い物が映っている。一つだけ細長い蛍光灯が見える。蛍光灯以外の白い部分には、プツプツと穴が開いている。
天井かな?
シークバーを一番右側までスライドさせると、画面は真っ暗に変わった。動画はここまでって事だな。
再生ボタンの右側にある経過時間のカウントを見ると、『再生時間:309602:40:25/309602:40:25』となっている。
をい!ちょっと待て!
さっきまで再生時間は二分二十秒だったじゃないか。表示単位が『時:分:秒』だとすると、この動画の全体時間は三十万時間を超えているって事か?
何だそりゃ?ありえねぇだろ。
いや、でも、シークバーをスライドした時の、動画のすっ飛び方を考えると少しだけ合点がいく。
それにしても三十万時間って……データ容量にしたらどんだけだよ。想像がつかないわ。
いろいろ指摘したいところはあるが、俺は何だかmodに興味が湧いてきた。
花蓮と喧嘩したのを悪徳業者が言い当てたのも気になる。
『食事に行って花蓮を怒らせる 2018/09/29 18:20』
先ほどの記憶が甦るが、コメント欄の一番上にあるのでとても目立つ。
試しにこれをクリックしてみた。
画像のエリアに、怖い顔をした花蓮が睨んでいる静止画が映った。
一番右までスライドしていたシークバーが左端まで動いている。正確に言うと、左端からほんの少しだけ右にずれたところで止まった。
シークバーは、再生が終わった所までが青くなり、未再生の所は白く表示される。例えば、シークバーを真ん中で止めると、バーの左半分が青、右半分が白く表示される仕組みだ。
コメントをクリックしてシークバーが左に寄った時、左に微かな青い線が見える。動画全体の中で、ほんの僅かに再生してるっていう意味だ。
『再生時間:07:17:50/309602:40:25』
開始してから七時間十七分五〇秒後の場面だ。
俺は再生ボタンを押してみた。
「ねえ、翔太!話聞いてるの?」
「あぁ、ごめん」
「もう、ちゃんと聞いてよ」
今までは静止画が表示されるだけだったが、今回はちゃんと動くし、音声もついていた。
動画は花蓮の顔を中心に捉え、画面下には料理や飲み物が置かれている。
「うるせぇな。こんな店来たくなかったんだよ!」
動画のアングルが、花蓮の顔から逸れて女性の集団に映る。女性達もこちらを見ている。
「ひどい!せっかく私が探してきて、翔太だって『良いよ』って言ったから来たんじゃない」
「来たら良くなかったんだよ!ホント花蓮ってセンス無いよな」
花蓮が下を向いた。うつむいた花蓮の顔の辺りから、水滴が落ちた。
「もういい。私帰る」
俺は恐ろしくなって、ノートPCのカバーを閉じた。
体が震えている。
震えは時間が経ってもおさまるどころか強くなっていく。
俺はタンスから冬物のセーターを出して着込んだが、それでも全然治らない。
だってそうだろ?
あれはつい何時間か前に俺達が居たレストランでの光景だ。
どこかの撮影スタジオで撮ったにしても、あまりにもリアル過ぎる。
なにより、さっき見てきた光景に寸分とも違わない。
いくら俺でも花蓮の顔を見間違えないし、あのアングルから動画を撮影できるのは俺しかいない。
このmodってやつはどう考えてもヤバすぎる。