忍び寄る非日常③
こんにちは薬師実です。今回は少し長めの話となっています。
現在、我が槙野家は夕食時であり母さんが四人用テーブルに夕食のおかずを並べているところである。
俺は大学の帰りにホームセンターへ行き、バールと水のペットボトルを一週間分と種類の違う缶詰を一週間分ほど用意した。一日に人が必要な水の量は約1.5Lらしいので多めに見積もって一日2Lとして、14Lの水を用意した。バールが約3kgで、一週間分の缶詰が一日六個分で、一つ50gとすると2.1kgほどであった。
これらが予想外に重く、ホームセンターの買い物カーで家までを往復することになってしまった。家からホームセンターまで約1kmほどなのでそこまで労力がかからなかったのが幸いである。チャリはどうしたのかって?奴は置いてきた。
「あなた聞いてよ、今日この子ったら帰りに水とか缶詰とかを買い溜めてきたのよ」
「光⋯⋯、 お前引きこもりだけは許さんぞ」
「違うから! 別に引きこもるために買い込んだわけじゃ無いから!」
この親父は俺が引きこもるために、食料を買ってきたと思っているのだろうか。母さんも俺が食料を買ってきたときにも怪訝な顔をしていたし⋯⋯
「きっとお兄ちゃんの厨二病が蘇っちゃったんだね⋯⋯、 可哀想に」
「それは聞き捨てならんぞ妹、とにかくみんな今日のニュースを見ただろ? 今アメリカで大変なことが起きてるんだよ」
俺は食卓を囲んでいる家族へ話を切り出す。
「それって暴動⋯⋯ って奴だろ? 父さんの会社でもその話で持ちきりだったぞ」
「それもただの暴動じゃ無いらしいんだ、3ちゃんねるだと人が人に噛み付いたりとか、噛まれた人が同じようになるって情報があるし」
すると、食べ物を頬いっぱいに詰め込んだ美乃梨が喉を詰まらせながら話し始める。
「その話題私の学校でも出てたかも! 何でもゾンビ映画みたいな世界になるって! そのうち日本でもアメリカみたいに暴動が起きるようになるとか!」
「そうなんだよ、だからそうなっても良いように食料とか買い込んどいたってわけ、ちなみに空港でも入国規制とか実施されているみたいだし」
そう、今日の正午辺りから日本でも空港での検問が行われているらしいのだ。つまり、日本政府はこの事態を相当重く見ていると考えられるんだよな。
「もしその話が本当だとしても、空港で検問とかしてるなら大丈夫なんじゃないかしら?」
本当にそうなのだろうか、噛まれた者がゾンビになると言うのなら、旅客機を国内に入れてしまった時点でゾンビは日本へ上陸してしまうはずで、旅客機の中にゾンビが一匹でも紛れ込んでいれば、機内は地獄絵図と化してしまうだろう。
「光の言うとおりかもしれん⋯⋯、 何かあったら近くの学校に集まれるようにしておかないとなぁ」
「家から一番近いのって南沢中学だよね?私とお兄ちゃんもそこに通ってたし」
そう、俺と美乃梨は南沢中学校の卒業生で場所は自宅から南に位置している。ついでに言うと美乃梨の通っている道守高校の近くには道守市役所と道守警察署があり、自宅と道守高校の中間に俺の通っている大学がある。そして問題の空港だが道守高校を北東に約3kmほどの距離にあるので、有事の際に危険に晒されやすいのは俺と美乃梨ということになってしまうのだ。
「美乃梨も何かあったらお兄ちゃんと連絡を取り合うのよ?あなたが一番空港から近いんだから」
「はーい、分かってますよー」
「あと父さんから質問なんだが連絡手段はどうしようか、災害時には携帯電話なんか間違いなく繋がらないと思うぞ」
「んー⋯⋯、 携帯が使えないとなるとどうやって連絡すべきなのかしら⋯⋯ 」
「えー、ラインとか使えないの?」
「父さんと母さんはスマホじゃないから無理」
アメリカのような暴動が起きてしまった際、携帯電話は繋がらないだろう。災害時には通信規制が実施されてしまう。
「公衆電話を使うのはどう? これなら災害時にも優先的に通信できるよ」
そう、公衆電話は通信規制に引っかからないため優先的に電話をかけることが出来る、さらに言うと停電時でも電話基地局から電力が供給されることになっているため、災害時における一番の連絡手段じゃないだろうか。
「じゃあ全員の電話番号を書いた紙を持ち歩きましょうか」
こうして俺たち家族は夕食を終え、おのおの好きな時間を過ごすことになった。ふと、本当に映画のようになってしまった時のことを考えてみる。
俺はゾンビを目の前にした時に、取るべき行動を取れるだろうか。虫か何かを殺すわけじゃない、それは人の形をした何かだ。俺はそんな事態が発生しないことを願うばかりであった。
ーーーーーーー
今朝はいつにも増して早く目が覚めてしまった。昨日は不安感のせいかあまり深く眠ることが出来ず、テンションが上がらない。チャリを駅に置いていたのを思い出し早々に家を出ることにしたため、母さんに弁当は遠慮すると伝えた。
もちろんバールは手下げ鞄に入れてある。これを使う状況にならないことを祈るばかりであるが念のためだ、最悪警察に補導されることになっても構わない。
俺はいつものように電車に揺られながら3ちゃんねるを見るがどうやら事態が悪化しているようだ。何でもアメリカがゾンビで溢れた市街地を爆撃、アメリカ政府は洋上の空母に拠点を移したらしい。国のトップが国から離れるというのはおかしな話であると思うが、アメリカはもはや国として機能してはいないだろう。アメリカ国民は見捨てられたというわけだ。
そしてどうやら南アメリカにも同じような暴動が起きてしまったらしい。あの大陸は陸続きだから仕方のないことなのかもしれない。このまま世界中に騒動が広がってしまうのだろうか?それとも既に水面下で、広がっていっているのだろうか?嫌な考えが頭をよぎる。
日本の水際対策は大丈夫なのか?以前なんかの感染症が結局国内に上陸してしまったと言う話を聞いたことがあるような気がする。
日本人は安全保障や危機管理の意識が相当低いと思う。アメリカがこんな状況になっている中、ニュース番組では芸能やスポーツの話題の方が多数を占めていた。つまり国民の関心は未だそれらに向いているということだ。やはり、日本人は平和ボケしていると言わざるを得ないかもしれない。俺を含めて⋯⋯。
俺は胸糞悪い気持ちを抑えながら商店街を進む。大学の語学のクラスに着くと、友人らと話していたであろう上迫さんに話しかけられる。
「槙野くんおはよ〜! 知ってる? なんかアメリカが凄いことになってるみたいだね」
「知ってるよ、日本でも同じことが起きそうだとか何とか」
上迫さんはさも他人事のように話し始める。この状況でその考え方はかなり危ないと思うんだが⋯⋯、 俺の方が間違っているのか?
「え〜大丈夫だと思うけどなぁー、ミサイルが来る来るとか言って結局来ないとかあるし!」
ミサイルとは話が違うのでは無いかと思うがスルーしておく。それにしても昨日会ったばかりだというのに、こうも気さくに話しかけられてしまっては調子が狂ってしまう。これでは友達みたいではないか。
「ところでさ⋯⋯、 槙野くんって彼女とかいるのかな? 講義が終わったらいつもすぐ帰っちゃうみたいだし、彼女さんとデートとかしてるのかな〜なんて⋯⋯」
彼女ね⋯⋯、 彼女いない歴=年齢の俺に彼女がいるかと申すか。すぐに帰るのは友達がいないからだし、早く帰ってアニメを見るためでもある。俺はため息をつきながら返事する。
「すぐに帰るのは大学に用が無いからだよ、サークルにも入ってないし、彼女とかそんなんじゃない」
「そうなんだ! なら今日の放課後どっかに遊びに行こうよ! せっかくの大学生活なんだよ!」
上迫さんは一見気弱に見えるが、意外に押しが強いところもあるようだ。気さくで面倒見もよさそうだし、男女問わずに人気があるに違いない。
「そろそろ教授が来そうだから、席に戻った方がいいよ」
「あっ! じゃあ先に帰っちゃダメだからね! ちゃんと待ってるから!」
すると少し白髪の目立つ教授が息切れしながら教室に入ってきた。どうやら急いでいたらしい。
「みなさんおはようございます、時間になったので講義を始めます。」
俺は語学の教科書を開こうとするが教授の様子が何やらおかしい。教授は苦しそうに咳き込んでいる。
「せんせー、調子悪そうですけど大丈夫ですかー?」
「いや、何でも無いです。 それでは先週の続きからーー 」
その時であった。
『キャンパス内にお客様が参りました。 キャンパス内にお客様が参りました。 学生は職員の指示に従って移動してください。 繰り返しますーー』
途端にクラス内が騒がしくなる。
「おい、このアナウンスって⋯⋯ 」
「まじかよ! こんなことって本当にあるのか! 俺初めて聞いたよ!」
そう、このアナウンスはキャンパス内に不審者が侵入した場合に放送されるもので、大学の運動会館へ集まることになっていた。
「皆さん落ち着いてください。 まずは名簿による点呼をーー」
「キャーーーーーッ!!!」
講義室の外から聞こえてくる悲鳴。俺は嫌な汗をかきながら状況を把握するべく努める。
少しずつ、でもそれは確かに非日常は俺たちの生活に潜んでいたのかもしれない。
俺はこの時になって俺の日常はもう取り返しのつかないところまで来てしまっていると直感が知らせていた。
生と死、希望と絶望の相転移。
この日を境に人類は未だ見ぬ天敵との生存競争を繰り広げていくことになる。
はい、ついに始まってしまいましたね!ここから状況が動き出していくことになります。今回も呼んでくださりありがとうございました。




