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結婚式 Ⅵ

 


「君の花嫁である賀川真琴さん。彼女のどんなところが好きになったのか、私たち立会人の前で言ってみなさい」



「は……?えっと…」



 古庄は校長の顔を凝視して、言いよどんだ。いきなりそんなことを尋ねられても、答えを用意しているわけではないので、戸惑ってしまう。



「君が彼女に惚れておるのは、ここにいる皆が分かっていることだが、彼女のどこが好きなのか、言ってみたまえ」



 物分りの悪い古庄に、校長は眉根を寄せながらそう言葉を言い換えた。すると、その問いに対しては、古庄は即答する。



「もちろんそれは、全部です!」



 単純で解りやすい古庄に、観衆からはまた笑いが起こった。


 古庄がそう答えるのはうすうす予想できていたが、それでは話が始まらないので、校長は更に言葉を言い換えた。



「それでは、彼女の全部を君はどのように好きなのか、それを述べてみたまえ」



 この問いに、古庄は少し考え込んだ。

 目の前にいる校長と、自分の横で緊張した面持ちをしている真琴と、順に見つめて口を開いた。



「真琴と出逢った瞬間、僕は一目で真琴のことが好きになりました。

 それから真琴は僕の心臓の半分になり、僕が日々を生きていく原動力になりました。

 一緒に働き、同僚として共に過ごす時間が多くなっていく中で、真琴の声や仕草、日常のほんの些細なことさえも愛しく感じるようになりました。

 そして、真琴の仕事に向き合う真摯な姿。生徒への深い思いやり。いつも思慮深く冷静に本質を捉えようとするところは、とても尊敬しています。

 僕にとって、本当にかけがえのない人です。

 僕は真琴の全てを、僕の全身全霊でもって愛しています」



 飾ることのない古庄の素直な言葉が、真琴のみならず、式場にいた観衆の心に響いて、シーン…と静まり返った。


 その静けさを破って、校長が先を続ける。



「古庄くん…。君の容姿は、何かと周りの女性を惑わせやすい」



 校長に真実を衝かれて、古庄が言葉もなく眉をひそめたのと同時に、列席していた理子や平沢、その他古庄に告白したことのある女の子、心の中で密かに古庄に憧れていた女子たちは、少し気色ばんだ。



「思いも寄らぬ誘惑もあるかもしれないし、その度に賀川さんは気をもみ、苦労をするかもしれない。これから二人で生きていく中で、色んな困難に遭うこともあるだろう。それでもどんな時でも、君は彼女を守り、永久(とわ)に彼女だけを愛すると誓うか?」



 そう校長から問いかけられて、古庄はしっかりと頷いた。



「…はい。誓います」



 校長は微笑んで古庄に頷き返し、それから今度は真琴の方へと向き直った。



「賀川真琴さん」


「はい」


「君の花婿となる古庄和彦くん。彼のどんなところをどのように好きなのか、私たち立会人の前で言ってみなさい」



 心の準備が出来ていた真琴の方は、先ほど古庄に投げかけられたものと同じ言葉を、戸惑うことなく受け止めた。


 その想いを言葉にする間、じっと目の前にいる校長を見つめ、それから口を開いた。



「出会った当初、私は和彦さんのことが怖くてたまりませんでした。

 彼の圧倒的な容姿の前で、平凡すぎる私は足がすくみ、言葉も震えるので会話もままなりませんでした。

 けれども和彦さんは、釣り合いも取れない、何の取り柄もない、こんな私を愛してくれました。

 優しく大らかな心で、どんな時でも私を包み込んでくれました。

 和彦さんの飾ることのない素直さは、私の臆病で錆びついていた心を解き放してくれ、私が一人の人に恋をし、こんなにも深く想うことができるということに気付かせてくれました。

 彼が見据える未来には、常に希望が開けていて、力強く私をそこに導いてくれます。彼の側にいれば、何も怖いものはありません。

 そして私は、彼が与えてくれるのと同じものを、それ以上のものを、彼に返したいと思います。

 彼の全てを、私の全てで愛していこうと思います…」


 

 真琴の言葉を聞きながら、古庄は堪えきれずにうつむいた。

 こんな場面で男の方が泣いてしまうのはカッコ悪いとは思ったが、改めて知る真琴の深い想いが心に沁みて、涙が抑えられなかった。


 そんな古庄の様子を、列席する誰もが暖かい眼差しで見守る。



「賀川さん。君はこの古庄くんの妻になることで、気が休まることがなくなるかもしれない。いわれなく妬まれることもあるかもしれない。さらに、もっと大きな困難も待ち受けているかもしれない。君が教師を続けていくとなると、主婦として母親として、君の負担は今以上に重くなるだろう。それでもどんな時でも、夫となる古庄くんを信頼し、彼を支え、永久に愛すると誓うか?」



 観衆と同様、校長は優しい眼差しで見つめた後、真琴に向かって質問する。



「はい!誓います」



 曇りのない心を映したように、真琴ははっきりと返事をした。


 その言葉を聞くまでが、校長の役割だったのだろう。校長はニッコリと微笑むと、一礼をして元の場所へと戻っていった。






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