結婚式 Ⅳ
一方、真琴が準備をしている間にも、他の生徒達はせわしなく動き回っていた。
男子達は式場の設営。
校門脇のしだれ桜の下に、小さくて低いステージのようなものを置き、そこから正面玄関までのアプローチにレッドカーペットを敷いていく。
放送部の部員たちがマイクや音響機器をセッティングする。吹奏楽部の部員たちは、パイプ椅子と自分たちの楽器を持ってきてチューニングし、スタンバイする。
そんな風に、こちらの準備は着々と進んでいく。
真琴と古庄のクラスの生徒達をはじめ、二人を祝福したい全校の生徒たち、そして同僚の教員たちが集まって来た。
真琴の両親と弟の正志、古庄の両親も、事前に内密で連絡をもらい、この場所へと駆けつけた。
初対面の双方の親たちは挨拶をし合い、同年代の生徒たちの中、一人だけ違う制服を着る正志は、少々緊張した面持ちだ。
そして、準備は万端に整って、あとは新郎と新婦を待つばかりとなった。
しかし、申し合わせていた時刻になっても、花嫁の真琴はおろか、古庄の姿も見えない。何も変化が起こらず、手持ち無沙汰な時間だけが過ぎていく…。
「古庄くんは何やってるの?賀川さんはお父さんと入場するから、先に来て待ってないといけないのに…」
気をもんだ石井が、そう言って表情を曇らせる。生徒達も心配して、ざわめき始めた。
…と、その時、一台の軽トラがエンジンを吹かせながら爆走し、校門から入ってくる。
生徒達はわらわらと逃げ惑うように進路を開け、来客用の駐車場に停車したこの場違いな軽トラに、みんなの視線が集まった。
そして、皆の視線はそのまま、軽トラから降りてきた人物に釘づけになる。辺りは数百人が集まっているにもかかわらず、皆息を呑んで、シーンと静まり返った。
「…何やってるんだよ!古庄ちゃん!!こんな時、どこ行ってたんだよ!!」
沈黙を破って、ラグビー部の堀江がそう叫んだ。
「え…!?あれ、古庄先生?タキシード着ると、イメージが違う…」
「でも、どっちにしても、古庄先生、カッコよすぎる…っ!!」
「…ヤバい…!!見てるだけで、ドキドキしてくる…!」
ざわめきが起こる中、数人の生徒たちが〝古庄らしき〟人物に駆け寄り、背中を押して正面玄関の前に立たせる。
合図が出されて、放送部の女の子がマイクを持つ。
「本日は、古庄先生、賀川先生の人前結婚式にご列席頂きまして、誠にありがとうございます。これよりお二人が、ご両親、同僚の先生方、教え子の生徒の皆さんの前で、結婚を誓い、ご列席の皆様に承認して頂きます。どうぞ本日は、お二人の新たな門出を祝して頂きたいと思います。…それでは、新婦に先立ちまして、新郎古庄先生の入場です」
澄み切った空気にふさわしい声が響き渡って、厳かな足取りで〝新郎〟がレッドカーペッドを歩いて行く…。
そこに登場したのが、〝本物〟の古庄だ。
しかし、誰もその本物の方には見向きもしない。
自分に注目されるはずが、皆の視線が別のところに集まっていることを不審に思い、視線の先を目を凝らして見る。
「…あっ!姉貴!!そんなところで何してるんだよ!!?」
古庄の一声に、群衆の意識はいっせいにそちらに向く。そして、いきなり目の前に現れた二人の新郎を、交互に見比べた。
「……今、姉貴って言った?古庄先生のお姉さん?」
「ってことは、女の人…!?」
再び注目を集めた古庄の姉の晶は、魅惑的で不敵な笑みを浮かべた。
「なあんだ、残念。真琴ちゃんと誓いのキスができると思ってたのに♫」
――…ば、バカ野郎!!冗談じゃねえよ!!
と、シャレにならない晶の言い草に、古庄は心の中で悪態を吐いた。
そんな古庄の思惑はよそに、その晶の微笑みは、一瞬でそこにいた者たちの心を虜とする。この晶の前では、さすがの古庄も霞んでしまうが、この姉弟が正装をして並ぶ光景は、そこにいる女子たちの目の保養になった。
「何で、そんな男の格好…しかも、タキシードなんて着てくるんだよ?紛らわしいだろ?」
怪訝そうな顔をした古庄から尋ねられると、晶はもっと面白そうに笑った。
「結婚式なんて着ていく服がないから、貸衣装屋に行ったんだ。女の服はどれも合うサイズのものがなかったし、これが一番私に似合ったんだ」
と、悪びれずに晶が腰に手を当て決めポーズをすると、女子生徒の間から「きゃあ!」と声が上がった。
相変わらずの変人ぶりを見せる自分の姉に、古庄は呆れてものも言えない。そんな古庄に、甲斐甲斐しい女子たちが走り寄ってくる。
「さあ、古庄先生。もう賀川先生も待ってるから…」
そう声をかけられた古庄は、レッドカーペッドを歩いて、しだれ桜の下に設えられた小さなステージの上に立つ。
タキシードを完璧に着こなしている古庄のその姿を改めて見て、一同はホレボレとして溜息を吐いた。ズボンの裾がちょっと足りないことは、今のところ誰も気づいていない…。