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結婚式 Ⅲ

 



 しかし、生徒たちに急かされて、真琴は涙を流す猶予も与えてもらえなかった。



「さあ、それじゃ、先生。ウェディングドレス着てみて!」



 促されるがまま真琴は服を脱ぎ、手伝ってもらいながらドレスを身に着ける。


 髪にヴェールを着けてもらい、グローブも嵌めて、届けられていたブーケを手にすると、正真正銘の花嫁さんが完成した。


 その真琴の姿を見て、女子生徒たちは息を呑む。



「先生っ!!めちゃめちゃ、可愛いっっ!!」


「すごい、キレイ――っ!!」



 自分たちが一生懸命になって作り上げた花嫁さんの出来栄えに、生徒たちは思わず声を上げた。

 挙句の果てには、



「これ、本当に賀川先生?!信じられない!!」



 という言葉まで飛び出した。



「え……」



 それを聞いて、真琴は顔を曇らせた。

 綺麗になったとは言え、自分だということを古庄が認識してくれないのは、やっぱり困る…。自分がどんな風に化けてしまったのかと、心配になってくる。


 そんな真琴を見て、平沢が気を利かせて準備室から姿見の大きな鏡を持ってきてくれた。



「大丈夫ですよ。…ほら。これが本当の賀川先生の姿なんです」



 そう言ってくれながら、自分の方へ向けてくれる鏡を見て、真琴は生徒の一人が放った言葉のように、本当に信じられなかった。


 鏡の中にいる白い妖精のような人物は、自分とはまるで違う別人のようなのに、瞬きをしても、腕を動かしても、自分と同じように動いている。不思議な感覚を伴いながら、真琴は自分の姿から目を離せなかった。


 

 そんな真琴を見て、感極まって泣き出してしまったのは、佳音だった。

 鼻をすすりあげながら涙が止まらない佳音に、皆の視線が集まる。その視線は、どれも納得し共感するものだった。



「佳音ちゃん…。とても頑張ってたもんね…」


「先生のウェディングドレス。半分くらいは、佳音ちゃんが作ったんだよね…」



 有紀がそう言って佳音の肩を抱きながら、自分も涙ぐむ。


 優しくしてくれた真琴のために…、延いては大好きだった古庄のために…、佳音は丹精込めてこのドレスを仕上げた。こんな風に真琴に着てもらえることを、心に浮かべながら…。



 お腹の大きくなった真琴の体に合わせて、胸の下で切り替えられたプリンセスラインの可愛らしいそのドレスは、優しく真琴の体を包み込み、その可憐なイメージにピッタリだった。



「…先生、本当にキレイだよ」


「古庄先生もきっと、すごく喜ぶと思うよ…」



 佳音の涙が伝染して、口々にそう言ってくれる生徒たちの声が震える。


 真琴も胸がいっぱいになった。

 思ってみなかったどころか、ここまでしてくれる生徒たちの真心がとても嬉しくて、涙が込み上げてくる。



「みんな、ありがとう…。本当に…、ありがとう…」



 堰を切ったように溢れ出してきた真琴の涙に、一同は感動すると同時に焦ってしまう。



「あっ!ダメよ、先生…!」


「泣いたら、お化粧くずれちゃう!!」



 すぐさま側にあったコットンで、一人の生徒が真琴の目元と頬をふき取ると、美容師がすかさず化粧を直してくれる。



「花嫁さんは、ニコニコ笑ってなきゃ!…ね?」



 そう釘を刺されて、真琴が言われた通りニッコリと笑顔を作ると、女の子たちも安心したように笑いかけてくれた。



「さあ、そろそろ、予定していた時間だけど…」


「もう移動していいのかな?…確認してみようか…?」



 と、有紀が携帯電話を取り出して、次の段階に入れるのか推し量っていたところで、被服室に一人の女子生徒が飛び込んできた。



「…た、大変なの!!古庄先生のこのズボン!丈が足りなくて、先生が穿くとチンチクリンなの…!!」



「えええぇ~~?!」


「なんで!?股下の長さ、測ってなかったの?!」



 そこにいた皆が一斉に、悲鳴のような声を上げた。



「とにかく…!平沢先生っ!!何とかして…っ!」


「なんで、もっと早く持ってこないの?!」


 眉根を寄せて困った顔をして、平沢が問題のズボンを手に取ってみる。



「3cmくらいしか下せないけど、それでいい?」


「えっ?5cmくらいは下ろしてほしいって言ってたけど…、無理ならそれでしょうがないと思います…」



 雰囲気は一変して、緊迫したものになった。

 ニッパーでズボンの裾をほどき、裾上げをしなおす平沢の集中を乱さないように、誰もが無駄な口を利けず、被服室の中は静まりかえる。



「…このズボン、十分股下長いと思うんだけど…」



 そんな中、誰かがポツリとつぶやいた。



「それなのに、丈が足りないなんて…。古庄先生、どれだけ足が長いの?」


「あれだけイケメンな上に…スタイルもいいなんて。ホントに嫌味なくらいカッコいいのよね…」



 他愛のない会話を聞きながら、真琴はフフッと笑いをもらした。

 高校時代、ラグビーをしていた頃の古庄の写真を思い出して。あの真っ黒で厳つい熊みたいな古庄を見ても、同じように「カッコいい」と言えるだろうか。



「なあに?先生。『そうそう、その通り』とでも思ったの?」


「そりゃ、そうよ。古庄先生のカッコよさは、人智を超えてるんだもん」



 生徒達から口々に、笑いの意味をそう指摘されても、真琴は肯定も否定もせず、ただ微笑むだけだった。

 生徒たちは、そんな花嫁さんの幸せそうな微笑みを見て、もう何も言えず、一様に表情を和ませた。





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