結婚式 Ⅱ
「じゃ、先生。早速だけど、服脱いで!」
「…えっ!?…脱ぐの?」
いきなりのことに、心の準備のない真琴はたじろいだ。
「だって、ドレス着るんだもん」
「えー?ドレスは最後でしょ?先に髪やメイクをするんじゃなかった?」
「あっ、そうか」
「でも、髪をセットしたら、服脱げなくなるんじゃ…?」
真琴を囲んでああだこうだ言っている生徒たちに業を煮やして、平沢がもう一声かける。
「賀川先生のその服は、後からでも脱げそうだから、ケープだけかけて、ここに座ってもらって」
平沢が指し示した椅子の側には、すでに美容師が道具を並べて待ち構えていた。
真琴は借りてきた猫のようにそこに座り、ただ黙って、美容師からされるがままになった。
「ほら見て!先生。こんな感じにしてもらうからね!」
と、一人の生徒がウェディング雑誌の可愛らしい花嫁さんの写真を見せてくれる。
今から自分がこんな風に変身するとは、真琴は俄かに信じられなかった。
かたや生徒たちの方は、真琴の周りでせわしなく動き回っている。
「先生に着けるアクセサリー、どこに置いてる?」
「準備室の戸棚の中に入れておいたよ!」
「靴は?」
「靴はドレスの側に…。先生、妊婦さんでも大丈夫なように、ヒールの低い靴にしたからね!」
「大石先生から、誰かブーケを預かってる?」
「ああ!後でこっちに持ってきてくれるって、大石先生が言ってた!」
周囲でそんな会話が交わされて、ようやく真琴も自分の置かれている状況を理解し始める。
「あの……、結婚式って…。本物の『結婚式』?」
真琴のその一言を聞いて、生徒たちの動きが止まり、一斉に視線が真琴に集まった。
「やだ!先生!!さっきのあのウェディングドレス見たでしょう?」
「そう!正真正銘の『結婚式』だよ!!『ごっこ』なんかじゃないんだからね!」
「今頃、古庄先生も準備をしてるし、男子が式場の設営をしてくれてるはずだよ」
「先生の好みとかもあったかもしれないけど、私たちが先生を史上最強に可愛いお嫁さんにしてあげて、最高の結婚式をしてあげるからね!!」
口々にそう言う生徒たちの意気込んだ様子に、真琴は言葉を潰えさせ息を呑む。どうやら本当に、本格的な〝結婚式〟が行われるみたいだ。
真琴の心の動揺はよそに、そうしている間にも美容師により〝お嫁さん〟は、どんどん作り上げられていく。
やるべき準備が整った生徒たちは一人二人…真琴の側に集まって、真琴が美しく変貌して行く様を見守った。
「これは、私から賀川先生へのお祝いです。いつも私の爪を綺麗にしてくれる友達に頼んで、作ってもらいました」
髪のセットアップとメイクが終わった真琴に、平沢が差し出した小箱には、清楚で可愛らしいデザインのネイルチップが入っていた。
「あ…、ありがとうございます」
とりあえずお礼は言ったものの、真琴は生まれてこの方こういったもので飾ったことがないので、戸惑ってしまう。
すると、平沢はその箱からチップを取り出して、一つ一つを真琴の爪に着けてくれる作業を始めた。
真琴の爪をリムーバーで拭き、チップを爪に当ててサイズを微調整し、装着していく。
その様子を生徒たちは、丸く取り囲んで眺めている。
自分を見つめる生徒たちの中に、いつも職員室の古庄の机の周りやいろんな場所で、古庄にまとわりついていた女子生徒がいることに気が付いて、真琴はその子の目を見て語りかけた。
「……古庄先生が結婚してるって知って、ショックじゃなかったの?…私のこと、憎らしく思わなかったの?」
それは、モテすぎる古庄を夫に持ってから、真琴がずっと恐れていたことでもあった。
その女の子は、恥ずかしそうに肩をすくめて、真琴に答える。
「そりゃ、古庄先生はカッコいいし、彼氏になってくれたらなぁ…なんて思ってたけど。古庄先生見てたら、ホントに賀川先生のことが好きなんだな…って。あんなに純粋な想いは、もう誰にも邪魔できないっていうか…。私のただの憧れみたいな気持じゃ、太刀打ちできないっていうか…」
「逆に、あんなにイケメンなのに、あんなに一途な古庄先生を応援したくなっちゃったんだよね」
やはり古庄の取り巻きだった他の子も、そう言って口添えする。
「それに……」
そのやり取りを聞きながら作業をしていた平沢が、おもむろに口を開いた。
「…賀川先生が、私たちとは全く違う次元で古庄先生を愛していることも、私たちは解ってます。……幸せになって下さいね」
古庄のことを〝落とそう〟と、なりふり構わなかった平沢からそんな風に言われて、真琴は何と言って応えたらいいのか分からなかった。ただ目の奥が熱くなってきて、涙が込み上げてくる。