表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

結婚式 Ⅰ



桜野丘高校の離退任式の日は、暖かい日射しがまぶしいくらいに降り注ぎ、春の麗らかさを存分に感じられる日となった。


例年通り、体育館で離任式は行われ、それが終わると、担任が離任しないクラスの生徒たちは教室へは入らず、そのまま放課となる。



体育館から職員室へ戻る渡り廊下。

澄んだ空気を透して射す、春のまぶしい光を目を細めながら見上げ、真琴は春特有の悲しみに心を震わせる。


1年とちょっと経てば、またここに戻って来られるのに、こんなにも寂しくて仕方がない。


たとえ戻って来ても、1年生の時から一緒に過ごしてきた生徒たちも、そして最愛の古庄も、この学校にはいない…。



卒業生を送り出すのでもなく、離任者として送り出されるわけでもない、そんな中途半端な寂しさが、却って真琴の心を切なくさせていた。


ジワリと目頭を熱くさせながら、渡り廊下を再び歩き始めた時に、真琴は数名の生徒達から拉致された。



「…何?!どうしたの??」



有無を言わさず両脇を抱えられ、真琴は思わず戸惑いの声を上げる。



「いいから、先生。こっちに来て」



その中の生徒の一人、有紀がニッコリして真琴の腕を優しく引っ張る。有紀をはじめとする一同は、真琴の体を気遣いながら階段をゆっくりと上っていった。



訳が分からないながらも、真琴が生徒達に付いて行くと、連れて行かれたのは被服室だった。

そこには、離任式が終わって駆けつけてきた何人もの女子生徒達が待ち構えており、その子たちに取り囲まれて、真琴はギョッとして立ちすくむ。



「さあ、先生。こっちに!」



と、さらにパーテーションの向こうに連れて行かれて、いきなりワンピースの背中のファスナーを下げられた。



「…な、な…!何をしてるの…!?」



真琴は悲鳴のような叫びをあげ、振り返った。



「こらこら、いきなりそんなことしちゃ、賀川先生だってビックリするでしょう?まず、初めにちゃんと説明しなきゃ」



パーテーションの向こうから、平沢が顔を出して、気の逸っている生徒たちを諌める。すると、生徒たちもお互いの顔を見合わせて、一同に押し黙ってしまう。



「……ここは、言い出しっぺの、有紀ちゃんが言いなよ」



どこからかそんな声が上がり、改まって有紀が一歩進み出た。

一旦下げられていた真琴の背中のファスナーを再び上げてあげると、真琴の腕を取って、被服準備室の方へ向かう。


ドアを開けると、明るく優しい光が満ちたそこに、それは置かれてあった。


そのまばゆいほどの美しさに、真琴は言葉もなく息を呑む。

それが何のためにそこに置かれてあるのか…そんな理由さえ推し量ることもなく、誰もが憧れる純白のそれに目を奪われた。


そこにいて、完成品の仕上がりのチェックに余念のなかった佳音が、ドアの開いたことに気が付いて立ち上がる。

すると有紀は佳音の隣に行って、真琴へと向き直った。



「先生のウェディングドレス。みんなで頑張って作ったの。今日は、これから結婚式だよ」



真琴は目を瞬かせて、棒立ちになった。


目の前の現実を自分の中で処理する間、視線は捉えるところが分からず、あてどもなく彷徨った。



「……え?……結婚式……って?」



混乱する思考の中から、疑問が口を衝いて出てくる。



「だから、先生と古庄先生との結婚式。先生たちにプレゼントしてあげようと思って、ずいぶん前からみんなで準備してたの」



有紀のその言葉を聞いて初めて、真琴は自分たちの結婚が、生徒たちに露見してしまっていることを覚った。



「みんな…、知ってたの?」



そう言いながら、真琴の視線は佳音に注がれる。

真琴の認識では、古庄との結婚の事実を知っているのは、佳音だけのはずだった。


「…あの!私がバラしたんじゃなくて、私が気付いた時には、もうみんな、とっくにそのことを知ってたの」



佳音が焦ったようにそう言って弁解するのを助けるように、他の生徒たちも横から口を出した。



「先生は頑張って隠してたつもりかもしれないけど、古庄先生を見てたら、誰だってすぐに判るって」


「古庄先生って、賀川先生から視線が動かなくなるんだよね」


「そうそう。じーっと見つめた後、心配そうにソワソワしたり、そうかと思うと幸せそうにニヤニヤと一人で笑ってたり…」


「いくら古庄先生がイケメンでも、あれはちょっとキモかったりする…」



誰かがそう言うと、それに同意する楽しそうな笑いが、どこからともなく起こった。

そんな話と笑いを聞くと真琴は恥ずかしくなって、どう応えていいのか分からなくなる。



「さあ、雑談をしてる時間はないはずよ。賀川先生が一番時間がかかるんだから!」



平沢からそう声をかけられて、生徒たちは我に返って動き始める。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ