猫のシャルルと永遠に
Ⅰ
「君は何時もこうやって邪魔をする。」
そうなんだ。でも邪魔なんかしていないもの。ただ、ご主人様の胸や腕に顔を擦り寄せているだけだもの。
「シャルル!」
また叱られちゃった。そんなに読みにくい?この「シャルル」が僕の名前。最初は"シャーロット"と名付けられようとしていたんだ。でも奥様は「ブロンテね!でも女の子かしら?」って。 ご主人様はそう云われて僕のあそこを見たんだ。まだ幼かったとはいえ恥ずかしかったな。そして「男の子だ。じゃシャルル!」。何でもフランスのショウチョウハの詩人の名前とか。でもピンとこないなあ。
「シャルルが来てくれたお陰で随分明るくなったわ。」
「そうだね。自覚している。病気になってからは塞いでいたから。確かにこの子のお陰で笑うようになった。正直あの貸別荘での転地療養で一番の成果はシャルルと会えたことだ。でも因果だね。殺処分される猫を逃がしたばかりに動物愛護法違反だなんて。きっとシャルルはその時保護された子猫の仲間なんだろうけど。」
新聞に写っている人、確かにその時の人だ。ゲージの扉を開け僕たちを追い出した、いや、逃がしてくれたんだ。ゲージを棒か何かで叩くんで驚いて一目散に走ったのを憶えている。でも仲間とはぐれ一人ぼっちになっちゃって。だんだん辺りは暗くなってくるしお腹は空いてくるし。そうして歩いているうちに魚が地面に落ちているのを見つけたんだ。地面に落ちているものだし失敬したって大丈夫だよな。ちょっぴりしょっぱかったけど。今度は風が吹き出して。寒かったなあ。丁度段ボール箱があったんでそこに入って風をしのごうとしたんだ。しばらくして箱が持ち上げられどこかに運ばれようとした。このまま息を潜めておこうか迷ったんだけど思い切ってミャーンって泣いたんだ。すると箱はふたたび地面に置かれ僕をすくい上げてくれたんだ。
「あの時鳴いてくれなかったら危うく火にくめるところだったよ。この人のお陰でシャルルにめぐり会えたんだから感謝しないと。そうそう。彼のNPO法人に寄付しないと。ブリーダーの元を去って設立したという法人に。殺処分0を目指して頑張ってくれてるみたいだから。」
そして僕を撫でて云うんだ。「やはり出逢いがあれば別れは必定なんだろうな。」
「また、それ!」
こう云ってはご主人様も奥様も暗い表情になるんだ。そんな時決まって顔を擦り寄せるんだ。そしたら微笑んでくれるから。
Ⅱ
夢でした。ご主人様の声で「シャルル」と呼ばれたのですが。でもあろうはずがないのです。あの日病院に行ったきり帰らぬ人となったからです。「必ず帰るよ」と約束してくれたのですが。それからというものは奥様に大変優しくしてもらいました。また、幸いなことに奥様は素敵な写真を飾ってくれたのです。そして机に登ってはそれを見つめていました。それは私がご主人様の膝にのっかっているものです。そこでのご主人様は私に微笑んでくれていました。もちろん淋しくもありましたが、その分奥様はよくしてくれました。お陰で長生きさせてもらえました。
もうこの家に引き取られ二十年になります。私も随分歳を取り老猫となっていました。そうついに時期が参ったのです。この日の夕刻より体が動かなくなりました。もう立ち上がるのもままならないみたいです。でも奥様に別れを告げなければなりません。このまま看取って下さるつもりのようでした。ただ奥様お一人を残すのは心苦しい限りでしたがやむを得ません。といってもお礼を申し上げねばと思い、ありったけの力をふりしぼり奥様にその手を伸ばしました。「シャルル!」奥様は私の名を呼び私の手を握りしめてくれました。
気付けば暗い場所でした。あの段ボール箱よりずっと暗くありました。しばらく此処がどこなのか考えました。そうしてようやく違う世界に来たのだと悟りました。ただ、そう悟ったといいましても恐くもありました。こんな時こそご主人様か奥様がいらしてくれたらと思いました。不安は募るばかりです。だからこらえきれず私はあの日のようにミャーン!と鳴いてしまいました。するとご主人様の声がしました。「シャルル!」間違いありません。その手はご主人様のものです。忘れもしない感触です。全くあの時と同じです。段ボール箱からすくい上げてくれた時と。そして頬ずりをしてくれました。私は救われた想いがしました。もう離れることはありません。ご主人様は「この世に永遠はないんだ」とよくおっしゃっていました。でも此処では永遠なのです。だって違う世界なのですから。




