第9話「露見」
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「これはっ?!」
「これはすっかりやられたねえ」
トーリの家に着くと、羊たちを襲ったらしい灰色狼たちの死体があちこちに転がっている。
灰色狼はトーリを助けた後の臭いを嗅いできたんだろう、うかつだった。
その狼が殺されているのを見ると、魔物がさらにその狼を襲ったようだ。
魔物の姿は見当たらないが、辺りにはまだ気配が色濃く残っている。
「トーリっ、ミオンっ、無事かっ?!」
小屋に飛び込むと、無残に荒らされて中も血と魔物の臭いで一杯だ。
必死で見回すと、倒れた棚の下にわずかに足が見えた。
慌てて棚を起こすと、そこにはトーリがいた。
――頭から大量に出血して、虫の息で。
「トーリっ、しっかりしろ!」
「ああ、サトル兄ちゃん……」
抱き起すと、トーリは弱々しく目を開いた。
「灰色狼が襲ってきて……でっかい化け物も来て……おいら、姉ちゃんを守ろうとしたんだけど……」
「姉さんは、ミオンはどうした?!」
「化け物に……連れて行かれちゃった……はぁ、はぁ、兄ちゃん、助けて……」
トーリの呼吸が荒くなる。
やばい、このままじゃもう持たない。
――高位治癒呪文
俺はためらわずに呪文を唱えた。
光がトーリを包み、表情が穏やかになる。
血が止まり、頭の傷口がふさがっていく。
ふう、これで何とか大丈夫のはずだ。
「ほう、回復呪文とは面白いことが出来るんだねえ」
ルーサーが後ろでなんか言ってるけど知るか。
今はそれどころじゃない。
よし、トーリはなんとか落ち着いた。
次はミオンの番だ。
姉ちゃんは俺が絶対助け出すからな、待ってろ。
俺はベッドの上にトーリを寝かせると小屋を飛び出した。
ロックに跨り全速力で魔物の気配を追う。
「さっきは良く気付いたねえ。しかもあの呪文だ。君はいったい何者だい?」
ルーサーが平然とロックに並んで走りながら話しかけてくる。
人間ではありえない速さだが息ひとつ切らす様子もない。
さすが魔王の息子だ。
「うるさい、今は黙ってろ」
「おや、雰囲気まで一変したじゃないか。今は強い気が溢れているよ。ますます面白い、じっくり観察させてもらおう」
「勝手にしろ」
思った通り、魔物の気配は例の森に続いている。
トーリと出会ったあの森だ。
しばらく森の中を行くと、木が邪魔で走りにくくなった。
仕方がないからロックを残して徒歩で探すことにする。
魔物の気配はますます強くなる。
トーリを助けた崖に沿ってぐるりと迂回すると、洞穴を見つけた。
相当大きな入り口で、奥もかなり深そうだ。
気配は中に続いている。
「どうやらこの中のようだね」
ルーサーが洞窟の中を覗いている。
「行くぞ」
俺はためらわずに中に踏み込んだ。
さあ、どんな化け物が出てくるか。
ミオンを無事に助け出すのは当然だが、一応ルーサーの事もある。
俺は魔法使いだということにして、魔法主体で行くことにしよう。
さっき回復魔法も見られてるしな。
ウネウネ曲がった洞窟の中をしばらく進むと、いよいよ気配が濃くなる。
同時に真っ暗な洞窟の先に微かに灯りが揺らめくのが見えた。
火を使うということは知能の高い魔物か、厄介だな。
ルーサーに静かにしろとサインを送り、剣を片手に忍び足で近づく。
曲がり角からそっと奥を覗くと、かがり火をたいた部屋に魔物がいた。
あれは見たことがあるぞ――巨大類人猿だ。
手が長く大型のオラウータンを倍にしたほどの大きさの猿が3匹いる。
奴らは知能が高く、食糧確保の為だけでなく遊びで獲物を殺す。
特に女や子供をいたぶるのが好きな、残虐性の高い猿だ。
殺された羊が何頭も積まれている。
3匹が車座になってそれを引きちぎって食べている。
その奥に――ミオンが寝かされていた。
わずかに胸が上下しているのが分かる。
よし、気を失っているが生きてるな。
一挙に行くぞ。
俺は部屋の入り口に立った。
それに気付いた大猿たちの血走った目が俺を捕える。
その瞬間、俺は魔法を唱えた。
――空気円斬!
高速で回転する空気の塊が円盤のように飛んでいく。
見えない円盤はそのまま手前の猿の右手を切り落とした。
ギョアアアアア!!
片手を失った大猿が悲鳴を上げて悶える。
同時に残りの二匹が俺目掛けて襲いかかってくる。
――氷結槍突!
すかさず唱えた俺の魔法で鋭い氷の槍が飛んでいく。
巨大な槍は俺が指さした2匹目の大猿の胸元を貫いた。
ギョエエ……
貫かれた猿は両手で槍を握りしめ、そのまま崩れ落ちて息絶える。
だがその間にもう一匹が至近距離まで迫っていた。
ゴアアアアア!!!
3匹目はその長い両手を俺を捕えようと伸ばしてくる。
大きく開けた口には鋭い牙が見える。
捕まえて嚙み付くのがこいつらの攻撃パターンだ。
――空気波動砲!
俺は捕まる寸前に手のひらを大猿の腹に向け、呪文を放った。
圧縮された衝撃波が高速で発射され、腹を直撃する。
猿は2、3歩後ろにヨロヨロと後退すると、口から血を吐いて倒れた。
衝撃波で内臓はぐちゃぐちゃになっているはずだ。
「お見事、凄い魔法じゃないか」
後ろで見ていたルーサーが拍手をしている。
ミオンはと見ると。
片手を斬り落とした大猿が、残る手でミオンを鷲づかみにしていた。
大猿は俺の方を見てニヤッと笑うと、そのままミオンを口に運ぶ。
こいつ、敵わないと見て嫌がらせにミオンを!
させるかっ!
だが呪文じゃミオンに当たる可能性がある。
俺は持っていた剣を一瞬で鞘から抜き、跳躍した。
ズバアッ
大猿がミオンに嚙み付くよりわずかに早く、俺は大猿の首に斬りつけた。
ブシュウウウ
首は転げ落ち、切り口から大量の血が噴き出す。
着地した俺は、すぐに振り返って倒れようとする大猿からミオンを奪い取った。
「あはは、そうだったのか! これは傑作だ。あはははは!」
ルーノスが腹を抱えて笑っている。
「……何がおかしい」
俺は血まみれのままミオンをゆっくりと地面に寝かせる。
ミオンが息をしているのを確かめて、そのままルーノスと向き合った。
「僕としたことが全然気づかなかったよ。その気、その動き、その強さ。間違いない。君は勇者だ、そうなんだろう?」
「なんのことだ?」
「とぼけなくていいさ。君なら僕の正体を知っていて当然だ。会ったばかりなのに全く姿が変わっていて、僕としたことがすっかり騙されたよ。君みたいな人間が二人といるわけがない」
チクショウ。
完全にバレてる。
「それにしても勇者ともあろう君がその姿、どうしたんだい? ああそうか、人に利用されるのが嫌で姿を変えて身を潜めたって訳か。あははは」
「だったらなんだ。何がおかしい」
「そりゃ笑えるさ。人間どものために魔王を倒したのに、その力の為に人間どもの目を誤魔化して生きなきゃいけないなんて滑稽な話じゃないか」
ルーサーはひとしきり大笑いした後、急に真顔に戻った。
「しかしまさかこんな形で君と再会するとはね。運命というのは皮肉なものだ」
「それで、俺と再会してどうしようというんだ?」
俺は剣を握る手に力を込めた。
こいつがやる気なら受けて立つ。
ここなら人目もないし、ミオンも気絶してるしな。
「そう緊張しなくてもいいさ。君とやり合う気はないから。君が父をある意味救ったのは分かっているし、君とやり合っても勝ち目はないだろうしね」
それを聞いて安心した。
負ける気はさらさらないが、揉め事は起こさないに限る。
「ならいい。だったら俺の前から消えろ。俺に関わるな」
「それはつまらないなあ。僕はね、途方に暮れてたんだ。父に静かに暮らせと言われても、僕は魔物だ。魔王の息子だよ。恐らくこれから途方もない時間を生きることになる。それを何もないまま生きていくなんて、退屈すぎるとは思わないかい?」
「知るか。俺には関係ない」
「冷たいなあ。僕がこういう状況になったのは君が原因なのを忘れないでほしいな。それに、君はその子になんて説明するつもりだい?」
そうか、考えてなかったな。
助け出したはいいが、トーリとミオンになんて説明しよう。
困ったぞ。
明日はどうだろう……微妙