第6話「羊飼いの姉弟」
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草原をしばらく歩くと、小さな小屋が見えてきた。
少年は器用に羊たちを追いながら歩いていく。
「あそこに見えるのがおいらの家だよ」
少年に案内されて家に向かった。
「姉ちゃん! ただいまー!」
羊たちを囲いに入れ、少年が入り口で叫ぶと中から女の子が出てきた。
15歳くらいかな?
茶色い髪をポニーテールにした美少女だ、こりゃあ可愛いぞ。
「あらトーリ、その方は?」
「あのね、ミューが森の中に迷い込んじゃってね、追いかけて行ったら――」
「トーリっ! 森へは入っちゃいけないって言ってるのに! また入ったの?!」
女の子の表情が一変する。
怒った顔も可愛いなあ。
ていうかトーリっていうのね、名前聞いてなかったな。
「うん、ごめん。でね、そしたら灰色狼の群れに囲まれちゃって……」
そこまで聞いた瞬間、女の子は顔面蒼白になって両手で口元を抑えた。
「狼って、あんた、なんで――」
「そ、そしたらこの兄ちゃんが助けてくれたんだよ」
「そうだったんですか! 弟を助けて下さって、本当にありがとうございます!」
女の子は目に涙を浮かべ、深々と頭を下げてくれる。
こんな可愛い子に感謝されるのはいい気分だな。
世界を征服するよりよっぽどいい。
「森の中で迷ってて偶然出くわしたんです。馬で連れて逃げただけなので、大したことはしてませんよ」
「とんでもない、そんなこと普通の方には出来ません! 本当にありがとうございます。あの、わたしはトーリの姉でミオンと申します。お名前は?」
名前か。
当然勇者としての名前は使えないし、どうしようかな。
まあ見た目も元に戻ったし、本名でいいか。
「えっと、俺はサトルと言います。よろしく」
「サトルさん……不思議なお名前ですね。お見かけもこの辺りの方ではないような。異国の方ですか?」
「まあ、そんなところです」
そりゃそうだ。
こっちの人は、みんな西洋人ぽい顔つきだもんな。
100パーセント純日本人の顔は珍しいでしょうよ。
平たい顔族で悪かったな。
「最初に兄ちゃんがしゃべった言葉って、おいら聞いたことない言葉だったんだよ。すげえ遠くから来たんだって! あとこの馬はロックっていってすげえ速いんだよ!」
トーリが嬉しそうに報告する。
「姉ちゃん、兄ちゃんに姉ちゃんのシチュー食べさせてあげてよ!」
ミオンの手料理ならぜひ頂きたいな。
はあ、椅子に座ってホッとする。
粗末だがキチンと片づけられた家だな。
それにしても魔王が死んでから1日も経ってない。
今日はいろいろあったなあ。
「ねえねえ、兄ちゃんは剣士なの?」
「トーリ、サトルでいいよ。あと俺は剣士じゃなくて、まあ旅人だな」
下手に剣士だなんて言うと面倒な事になりそうだしな。
トラブルは避けないと。
「そっかー、ちぇっ。サトル兄ちゃんが剣士ならカッコいいのに」
「まあ、助けていただいたのに失礼でしょ!」
「いいんですよ。トーリ、剣士が好きか?」
「うん、おいらの父ちゃん、前は剣士だったんだって! もう死んじゃったけど。だからおいらも大きくなったら剣士になるんだ! ヤア、トウ!」
そう言ってトーリは椅子から立ち、剣を振る真似をする。
トーリ、戦いなんてそんないいもんじゃないんだぞ。
そこへミオンが料理を運んできてくれた。
「わたしたちの母親はこの子を産んですぐに亡くなりました。父親は元は剣士だったのですが、戦で傷を負って羊飼いをやっておりました。去年、森の中で魔物に襲われて命を落としたんです」
「そうですか……」
それで姉弟二人っきりで暮らしてるわけか、さぞ生活は大変だろう。
狼や魔物がいる森がすぐそこにある訳だし。
「あ、でも羊がいますし、この子はこう見えて羊飼いが上手いんです。わたしも町で繕いものの仕事なんかをもらってやっていますから、大丈夫です!」
俺の表情を見て、ミオンが慌てて明るく手を振った。
健気でいい子だなあ。
「シチューと言っても羊の干し肉しかありませんし、下手ですのでお口に合うかどうか」
「大丈夫だって! サトル兄ちゃん、姉ちゃんの料理はすんげえ美味いんだぜ!」
どれどれ……お、美味いぞ。
お母さんが早くに亡くなってずっと料理してきたのかな。
「いや、これ美味しいですよ。羊の臭みも全然ないし、ハーブがよく効いてる」
「ほんとですか? 嬉しい」
あー、頬に手を当てて照れるミオンがこれまた可愛い。
でもそろそろおいとましなきゃな。
収納魔法の中にキャンプ道具一式もあったから、野宿も大丈夫だ。
「ご馳走様でした。じゃあ俺、そろそろ失礼します」
「えー、サトル兄ちゃん、泊まらないの?」
おいおいトーリ、さすがにそれは無理だろ。
お前の姉ちゃん、年ごろだぞ?
「サトルさん、ぜひ泊まって行って下さい」
まあミオンまでそう言うなら、仕方ないなあ。
エヘヘ。
……特にムフフなイベントもないまま夜が明けた。
寝坊しちゃったなあ、元の世界からの習慣で早起きは苦手だ。
俺はトーリの父親が使っていたベッドを借りた。
外は雨が降っているようだ、泊めてもらって助かった。
「おはようございます。サトルさん、今日のご予定は?」
「いや、今日は特にないけど」
特別な予定なんか一生ないけどな。
ただ勇者だとバレないように逃げてるだけの生活だ。
「だったら、おいら達とムリオの町に行こうぜー! 雨で羊飼いも休みだし!」
「トーリったら。今日は買い物に近くの町まで行くのですが、サトルさんもいかがですか?」
買い物か、悪くないねえ。
トーリがいなきゃデート気分なんだけど、まあそこは仕方ないか。
まずはグループ交際からって感じでいこう。
「いいですね、ちょうど町には行ってみたかったんですよ」
「ここがムリオの町だぜ! スゲエだろう。何でも売ってるし、冒険者ギルドだってあるんだぜ!」
市場を通りながらトーリがはしゃいで言う。
いやトーリ、ここは決して大きな町じゃないぞ。
どう見てもただの田舎の小都市だ。
「サトルさん、すいません。この子ここより大きな町には行った事がないんです」
ミオンが恥ずかしそうに囁いてくる。
その照れた顔、大好物だよ。
ミオンは香辛料や野菜なんかを露店で買っている。
やはり生活は豊かではないのだろう、倹約しているのが分かる。
「ねえねえ姉ちゃん、あれ買ってよ!!」
トーリがお菓子の屋台を指さして大声で叫ぶ。
ベビーカステラみたいなものかな?
甘い匂いがプ~ンと漂ってきて、確かにこりゃたまらないな。
砂糖が貴重なこの世界じゃ、よけい魅力的に見える。
「ダメよ、こんな高いもの買える訳ないでしょ!」
「えー、だっておいら食べたいよ! ねえ買ってよー!」
ミオンが俺に聞かれないようにトーリの耳元で囁く。
お金に困っていることを知られたくないんだろう。
勇者は聴覚も人間離れしてるから丸聞こえなんだけど。
「美味そうだ、俺も食べたいな。トーリ、一緒に食べるか?」
「え、いいの?! やったー!」
「そんなサトルさん、悪いです。こんな高い物を」
ミオンは恐縮してる。
大丈夫、勇者だった俺からすればどうってことないよ。
なんせ収納魔法の中には金貨がたっぷり入ってる。
念のために金貨1枚出しておいてよかったな。
「おっちゃん、それ一袋くれよ。大きい袋に大盛りで!」
「お、兄ちゃん景気がいいねえ。よし、サービスしとくぜ!」
隠しポケットから金貨を出して露店のオヤジに渡した。
「毎度、って金貨かよ?! スゲエな兄ちゃん……ん、なんだこれ?!」
オヤジは手渡した金貨を見て目を丸くしている。
そりゃあそうだ、庶民は金貨なんてそうそうお目にかかるものじゃない。
小銭も入れときゃよかったんだけど、ジャラジャラするのがねえ。
「ちょっと待ってくれよ兄ちゃん、こんなのはダメだ。受け取れねえ」
「なんでだ? 正真正銘の金貨だぞ?」
「俺はこんな模様の金貨見たことがねえ。贋金だろう!」
「違うって! 模様はともかく本物の金貨だ。信じろよ!」
参った、確かにこの国の金貨じゃないが、金であることは間違いないのに。
「なんだ?」「贋金だってよ」「そりゃあ重罪だぞ?」「あの兄ちゃんが犯人か?」
参った、やじ馬が集まって来た。
目立ちたくないのにどうしよう。
いっそ逃げてしまおうか?
明日も投稿予定です。