第5話「変身」
いよいよ、というかやっと逃亡生活の始まりですw
「う、ううん……もうちょい寝かせて……」
何かが体を揺さぶっているのに気がついて、俺は目を覚ました。
「うをっ?!」
目を開けると、超どアップの馬の顔が視界いっぱいに。
死ぬほどビックリした、って基本不死身なんだけど。
俺を揺すっていたのは賢そうな目をした茶色い馬だ。
でもよく見ると、なんか見覚えのあるような無いような。
「お前……ひょっとしてロックか?!」
俺が問いかけると、嬉しそうに首を上下に振る。
間違いない、俺の愛馬のロックだ。
でもロックは真っ白な毛並みのカッコいい馬だったはず。
お前、どうしてこうなった?
辺りを見回すと森の中らしい。
ここは何処なんだろう。
しばらくして俺は気を失う前のことを思い出した。
そっか、俺、光の女神に願い事をして飛ばされたのか。
俺の傍らには雷神の剣があった。
気を失う時には抜身で持っていたが、ご丁寧に鞘に入れてある。
光の女神さま、サンキュー。
でも何となく違和感がある。
服がブカブカで袖が長すぎるし、靴も大きい感じがするぞ。
よいしょっと。
俺は立ち上がってみた。
なんか身長が低くなってる。
ズボンの裾が長すぎて殿中でござる。
仕方ないから裾を何重にも折った。
なんか違和感があるんだけど、妙にしっくりくるような気もする。
手もやっぱり小さくなってるけど、これも何となく見慣れているような。
あ、そう言えば収納魔法で鏡持ってなかったっけ?
――開け、ゴマ
この収納魔法の呪文、適当に決め過ぎたな。
どれどれ、大したものは入れてないけど食料はある程度あるな。
水もあるからこれでしばらくは生きて行けそうだ。
金貨もあるからお金には困らない。
あとは武器とか防具とか、薬とか。
ああそうだ、鏡だよカガミ。
あった、どれどれ……って、うぉっ?!
そこに映ったのは見慣れた俺の顔。
ただし転生した勇者のイケメン面ではなく、元の世界の冴えない俺の顔だった。
外人顔で髪も茶色かったのに、純日本人の黒髪に戻ってる。
勇者の顔に比べたら鼻も低いし、目も一重であっさりしたもの。
外人ぽい顔に慣れてきた頃だったから、妙に平たく感じる。
懐かしいなあ、これなら誰も勇者だとは気付かないだろう。
とりあえず魔法の水筒を取り出してのどを潤す。
毛が茶色くなったロックにも水を飲ませた。
この水筒どれだけ飲んでも水がなくならないんだよね、すんげえ便利。
とりあえず辺りを散策してみよう。
誰かに見つかった時のために雷神の剣は収納魔法に入れて他の剣と交換。
これもドラゴンのところで見つけた、見た目は地味だけど実は業物なんだよな。
あと布の袋を取り出して、食べ物とか弓とか矢とか入れておく。
金貨も1枚だけ隠しポケットに。
これも途中で人と出会って、収納魔法が使えないときの為ね。
念には念を入れて、と。
ロックを連れて森の中を歩くが、かなり深い森だ。
木々には蔦が絡まり、足元には木々の根が這って歩きにくい。
荷物袋を肩に掛け、剣を抜いて草や蔦を斬りながら進む。
ロックは手綱を曳かなくてもちゃんとついて来てくれるから楽だな。
勇者だろうが虫に刺されると痒くなるのは辛いところだ。
力は変わらないみたいで、軽く剣を振るだけで蔦も枝もバシバシ切れる。
弓で遠くを飛んでる鳥を狙ってみたけどあっさり命中。
すんごい遠くに落ちたから面倒くさくって取りに行かなかったけどね。
収納魔法もすんなり使えたし、どうやら能力は変わって無いっぽい。
こりゃ人に会ったらかなり注意深く行動しないと。
勇者だとバレたらそれこそ大ごとだ。
……って言っても、誰とも会わないなあ。
進んでも進んでも全然人の気配がない。
ひょっとして無人島だったりしたらどうしよう。
この能力があったら生きては行けるだろうけれど、それじゃあ寂しい。
そんなことを思いながら歩いていると、気配を感じた。
これは魔物、いや、獣か?
集団で走ってる。
何かを追っているようだ。
「ロック、付いて来い!」
俺はその気配の方へ走り出した。
結構な距離がありそうだが、俺の脚ならなんという事もない。
陸上競技でオリンピックに出たら全種目で金メダル確実だ。
しばらく走ると気配がはっきりしてくる。
これは灰色狼の群れだな。
灰色狼は獣だが、攻撃力と危険度から言えば魔物に近い。
よく人が襲われて犠牲者が出るし、家畜が食べられるのはしょっちゅうだ。
唸り声も聞こえてきた、近いぞ。
速さを緩めて気配に近づく。
ん? これは……人の気配もする。
急ぐぞ!
木陰から覗き込むと、灰色狼の群れ10匹程度が何かを包囲している。
狼たちの視線の先の崖下には、一人の少年がいた。
元の世界で言えば小学3年生ぐらいかな、崖を背にして怯えている。
そりゃこれだけの狼に囲まれたら怖いよなあ。
少年は子羊をしっかり抱きしめていた。
助けるしかない、それは当然だ。
ただ勇者だとバレないようにしないとなあ。
力をセーブする、魔法は使わない、瞬殺しない……と。
「こっちだ!」
俺は剣を抜き、木陰から出て大声を出した。
少年が驚いたようにこっちを見て、狼どもも振り向いた。
そのまま狼の群れの中を突っ切って走る。
世界記録とか出さないように速さはセーブして。
「大丈夫か?」
少年に話しかけると、少年は涙目でうなずいた。
偉いぞ、よく頑張ったな。
さてこの狼ども、退治するのは簡単だが派手にやるのはまずい。
だいたい普通の人間は灰色狼には勝てないものだろう。
それが群れならなおさらだ。
とりあえず近づいてこないように目で威嚇する。
こういう野性の獣は殺気に敏感だ。
ほんの少し視線に殺気を込めてやる。
グルルルルルル……
よし、俺の殺気を感じて狼どもは少し後退した。
これは勝てそうにない相手だと感じたようだ。
これで簡単には攻撃してこないだろう。
ピイーーーーッ!
俺は指笛を鳴らし、ロックを呼んだ。
ロックは一声いななくと、灰色狼の群れの中を真っ直ぐ走ってくる。
キャイーン!
一匹の狼がロックに蹴られて悲鳴を上げた。
よしよし、よく来てくれたな。
俺はロックの首筋を軽く叩いて褒めてやった。
子羊を抱いた少年を子羊ごと抱えてロックに跨る。
ロックは軽く拍車をかけるだけで俺の意図を汲み取り、一気に駆けだした。
しばらくすると森を抜けて一面の草原に出た。
「〇×△□×!」
少年が何かを叫んである方向を指さす。
何言ってるかちょっと分かんない。
あの方向に何かあるのか、行ってみよう。
少し行くと、そこには十数頭の羊たちがいた。
そうか、この子は羊飼いだったのか。
「□△〇△」
少年と共に馬から降りると、何やら言いながらしきりにお辞儀をする。
んー、この言葉、どっかで聞いたことがあるような……あ、ひょっとして。
「……キミハ ヒツジカイ ナノカ?」
俺が話すと少年は驚いた顔をした。
「おじさん話せるんだ! 話しかけられた時、知らない言葉だったから話せないのかと思ったよ」
おい、誰がおじさんだ。
でもやっぱりそうだ。
まだパーティーを組んでいた時、はるか東方から来たという冒険者がいた。
その時に少し言葉を習ったんだが、それがこの言葉だ。
ちょっと習っただけで話せるところが勇者ってチートだわ。
「おじさんはやめてくれ。俺はまだ若いんだぞ」
「ごめん、でも凄いや! あの狼の群れから助けてくれるなんて」
「いや、この馬のおかげだよ。あのままじゃ危なかった」
「うん、凄く速かったね! おいらこんな馬、見たことないや」
「そうだろう、ロックって言うんだ。賢いんだぞ。君の家はこの近くなのか?」
「うん、そうだおじさん、家に寄って行ってよ! お礼に何か御馳走するよ」
「だから、おじさんじゃないって……」
とりあえず俺は少年の家に行ってみることにした。
明日も投稿します!