煙と血肉の話
目に映るものは炭と瓦礫と炎。
それと、人だったもの。
人だったものの山。
我々はどうやら戦争に勝利したらしい。
らしい、というのは戦勝国の民としては些か他人行儀に見えるかもしれないが、仕様がない。私は我が国が一体どこで何と戦っていたのか、敵国の民を滅ぼした今でさえよく分かっていないのである。
私だけでなく、兵隊以外の『文民』にとって、いや、兵隊たちでさえも戦争はどことも知らぬ遠い他国がしていると噂に聞くだけの他人事だった。それはいざ戦争が始まり、当事国の民となっても同じであった。
我々は圧倒的だったと聞いている。遠距離攻撃兵器がうまくいっているらしい。連日そんなことを聞いていた。
だが、敵国とて素直にやられはしない。たとえそれが自らの勝利に繋がらなくても、もう戦局が絶望的でも。
文字通り最後の抵抗、敵国が一矢報いるべく放った最終兵器は我が国に着弾し、ここら一帯を焦土に変えた。
敵国はこの被害を防げなかった我が国の面子を保つための報復攻撃によって消えてなくなったらしいのだが、生き残った国民に、いや、私にその実感は無く。
今のところ、ただただ運ばれてくる人だったものを淡々と焼くのが私と、私の同僚との唯一の責務である。
「三、二、一。それっ」
運ばれてきたら、抱えて、火の中に放り投げる。
不完全燃焼の黒煙を吹き出しながら燃えるそれらに目を向けるものは居ない。
誰もが虚ろな目をして、空か、あるいはどこか遠くをぼんやりと眺めながら、歩いたり、座ったりしている。寝ているものもいる。
バチバチと燃える音しか聞こえない。
汗をかいている同僚の顔しか見えない。
減らしても減らしても無くならないそれの山をどんどん、どんどん放り込み、火だるまにしていく。
一人の男が人だったものをひとつ持ってきた。
「そこに」
顎でしゃくり、置き場を指示する。
「ああ、ありがとう」
男は返事をしてそれを山に立てかけ、すぐさま、何かの破片で首を突き刺した。
何度も何度も突き刺し、血が溢れる。
足りないと思ったのか、男は自分で胸を二、三突き、さらに腹も突いて山へ倒れこんだ。
そして数分もないうちに動かなくなり、山の一部になった。
「それ、湿っぽいから少し後回しな」
「ああ」
同僚に返事をする。同時にひとつを火にくべた。
もはや掛け声は必要なくなった。阿吽の呼吸が完成していた。
どんどん、どんどん放り込む。
そうして放り続けて、流石に腕がしんどくなってきた。作業していた汚れで赤黒く、黄色くなってしまっている。水で洗っても落ちそうにない。あるいは油で洗えばいいかもしれない。
「少し、休憩しよう」
「そうだな……ん?」
同僚が目を向けた先には女が立っていた。なにやらひどく汚れた布に包まれたものを抱えている。
「ああ、お前か。家は無事だったか?はははっ、そんなわけないよな。ウチのチビすけは怖がって泣いてたりしなかったか?」
女はかぶりをふり、同僚の方へ腕に抱えていた塊を差し出した。同僚はそれを受け取り、その布をまくって中身を確認したようだ。
「……ああ、なるほど。お前もこれを持ってきたんだな。だけどこれはまだ少し湿っているから後回しだ。それと、俺たちは今休憩時間なんだ。だから燃やすのはだいぶ後になるけど大丈夫か?」
同僚が聞くと、女は何も言わないまま炎が立ち上っている方の山に歩いていき、そのまま倒れこんだ。すぐに炎が女を包み込み、黒煙が少し増えた。
「あ、あ、はっ。あははははははははははははははははははははははっ!!!そ、そりゃいいや!楽だ楽だ!これで俺たちが投げ込まなくてもすむじゃないか。全部歩いてくるならどれ程いいか!今日は早上がりだなぁ。あいつとチビすけになにか土産でも買っていってやるか!……ああああああああああああああああああああああ!!」
それを見た同僚は意味不明に笑いだし、手にさっき預かった人だったものを抱えたまま炎の中へと姿を消した。代わりに人だったものが追加で一つ燃えた。
同僚が居なくなってしまってはどうしようもない。私はしばらく座ってまだまだ高く積み上がる仕事の山をぼんやりと眺めていた。
男が一つ持ってきて、山に加え、そして去った。
女が一つ持ってきて、ぞんざいにそれを山に投げ加えた。
そして男が一つ、女が一つ。
男が一つ、また男が一つ。
女が、珍しいことに二つ、持ってきては山が積み上がる。
すると私の肘くらいの高さであろうか、火炎でなくきちんと太陽に焼かれた小麦色の肌で、それと対照的に明るい金色の髪を頭の後ろで束ねた少女が一人、独りでやって来た。
おそらく外国人であろう。
少女は山のふもとに座り込み、人だったものを眺めている。つい数時間ほど前に自らを山に加えた男であったものだ。流石に表は乾いているが、中身はまだまだ水っぽいはずである。
「イタダキます」
何となく声が聞こえた。
何かするのかと眺めていたら、少女はその人だったものの、腕だったものに、突如、歯を立てた。
山に群がっていた羽虫が一気に飛び上がる。
バチバチと燃える音に混じって、ギリギリ、と歯ぎしりのような音が聞こえる、気がする。
少女はその人だったものを噛みちぎろうとしているようだった。
「こらこら。腹が減っているのは分かるが、そんなものを食べるんじゃない。それはまだ他のよりは新しいかもしれないが、だとしてもそれはあまり口に入れてよろしいものではないぞ」
一応注意してみるが、少女は食事に夢中であるようだった。なかなか頑丈らしい皮を、懸命に噛んでいる。
なにか少女にやる食べ物はあったかと懐をまさぐるが、めぼしいものは見当たらない。代わりにカミソリが一本見つかった。たしか実家の家業を継いだ兄が餞別としてくれたものであったか。研げば何度でも使える優れものであったと記憶している。
私は重い腰を上げて山の方まで歩いた。足元を軽く砂ぼこりが舞う。
「これ、使うか?」
肩をたたき、少女にカミソリを差し出す。
「……?」
少女はキョトンとしている。言葉はあまり通じていないのかもしれない。
「少し退いてみな」
しゃがみ、少女が歯を立てていた跡のある場所に切ってみせる。さっ、さっ、さっと三拍子で皮に四角い切れ込みを入れることができた。
「これで少しは楽になるはずだ。渡しておくから、満足したら返してくれ」
こちらを見上げる丸い瞳を覗き込み言い聞かせる。理解しているかは分からないが、かまわない。
少女の右手にそっとカミソリを握らせて、私は再び山を減らす作業に戻った。
一人であるから、どうしても軽いものから順になる。なるべく小さいもの、小さくなっているものを選んで火にくべていく。
途中、若くて体格の大きい、帽子の男が二つ持ってきた。
「それは、そこに」
「ああ、よっと。町中まだまだこればっかりだ。あんたも骨が折れるね」
「これが私どもの役目ですから」
少しだけ会話をして、ふと思い付いてお願いしたおかげでこの帽子の男が同僚の代わりに仕事を手伝ってくれることになった。親切な男である。聞けばこの帽子の男、自主的にそこらの人だったものを片付けているそうだ。
「実は向こうにこれの半分くらいを集めてあってな。こちらで燃やしているのが見えたからこちらに来たが、後で向こうから持ってきても構わないか?」
「ええ。その際には手伝わせていただきます」
「なら決まりだ。んじゃいくぞ、せーのっ。ほらっ」
どさっ、とまた一つ。炎はバチバチと燃え続ける。
そして再び単調な時間が流れ、日も傾き始めた頃。
一人の男が一つ持ってきて、山に加え、去っていった。
それを見た帽子の男の血相が変わった、気がした。
「それ、もしかして?」
「ああ。俺の、姉だ。間違いない」
「でも……」
「左手見てみろ。指輪ついてるだろ、あれは姉ちゃんが三月前に結婚した男から貰ったものでな、よく俺に自慢してきたよ。たしかその時、宝石もついてねえただの金属細工なのに嬉しそうだな、って、思ったんだ」
「なるほど、それで分かったんですね」
人だったもの、帽子の男の姉だったものは。
「これが、姉だと」
ひどく壊れていた。
右目の下から右肩の辺りまでが大きくえぐれている。右足は太ももから、左足は足首から先が無い。かっと見開いた目は飛び出しかけていて、乾いた血と何かがこびりついた腹には拳大の穴が空いている。背中側からも大きく損壊していることが伺えた。
「それなりに時間がたっているようですね。指輪はどうしますか。一応貴金属ではありますよ」
「この状況だ、取っておいて役に立つとも思えない。一緒に燃やしてしまおう」
帽子の男は、姉だったものを眺めながら、ふと、思い付いたように付け足した。
「……姉ちゃんも、きっとさ、指輪は持っていたいと思うんだよな」
言われてみて、私はハッとなった。指にはまった結婚指輪は死者本人にとって大切な遺品であるはず。一緒に燃やしてやるのがよいのだと、私は知っていたはずだった。
なのになぜだろう。
このとき、私はそんなことを全く、思いもよらなかった事態のように感じた。
「……そうですか。ならば、今このまま燃やしてしまいましょう」
同時に私は、その山の中からたった一つ、帽子の男の姉の死体を真っ先に灰にしてしまいたい衝動にも駆られていた。
それとか、これとかの人だったものを燃やすのに順番は気にならなかった。
が、その死体だけは早めに思考から外しておきたかった。
帽子の男は頷いたが、動かない。
確かにこの壊れかたではどう抱えようか困るところではある。この死体を持ってきた男はどのようにして持っていたか、あまりしっかりとした記憶がないのが非常に歯がゆい。
仕方なしに死体を肩に担ぎ、炎の元へと持っていこうとすると、私の制服を引っ張る者があった。
後ろを振り向いても誰もいない。
瓦礫にでも引っ掻けたかと思ったが、立ち止まった尚も感じる抵抗力の正体はもう少し下に視線をやると見えた。
金髪の頭が見える。つむじは二つ。
先ほど山の一部を食べていた少女だった。
「ア、ウェ、えー」
左手で制服を引き、右手に持ったカミソリで私が担いでいる死体を指し示して何かを訴えている。
ああ、この子はこの死体を食べたいと言っているのか。
すぐに察しはついた。どうせ燃やしてしまうのだから、最初のように、好きにさせようと思った。
だが、地面に、少女の手の届く範囲に担いだ死体を下ろすのに、私は妙な抵抗を感じた。
「どうぞ」
構わず死体を下ろし、すぐに駆け寄った少女を何となく眺めていた。
真近くから死体を眺め回す少女。
そんな少女を見て、ふと。
気持ち悪い、と。
少しばかりの嫌悪感を覚えた。
そしてまた、その嫌悪感を、不思議に思った。
理由の分からぬ嫌悪感。正体は何であろうか。
少女は死体の、比較的しっかりとついている左腕を引っ張っていた。引きちぎろうとしているのかと思ったが、違うようで。
少女は、私がうつ伏せに置いた死体をひっくり返そうとしていた。
カミソリを渡したときほどすんなりとはいかなかったが、私は少女へ手助けを申し出ることにした。
「すみません、あなたも少し手を貸してください」
ぼうっと突っ立っている帽子の男に声をかける。私一人で裏返そうとすれば胴がねじ切れてしまうかと危惧したからだ。
どのみち燃やす死体に、要らぬ気遣いをした。
帽子の男は意外にすぐやって来た。私が頭と肩を、帽子の男がもものあたりを持ち。
「せーの」
と声を合わせて死体を返した。
「あ、ア、アリガト」
少女はぎこちなく礼を言う。
帽子の男も私も、不思議と返事をする気にはなれなかった。ただ、少女を見下ろしていた。
今食うのか、と思って眺めていた。
しかし少女は、すぐにカミソリを使うことはなかった。
少女は死体の腕や足を、あれこれと整え始めた。
ほとんどちぎれかかっている右腕を持ち上げて、穴の空いた腹の前で左手と組ませた。
足首の無い両足を揃え、小石などで傾いていた頭にまっすぐ空を向かせた。
そして半壊した顔に手を添えて、まぶたを閉じて、外れかけているあごをあるべき形になるべく寄せて戻した。
一連の動作は少女が勝手にやったことで、説明などなかったが、何をしているかは一目で分かった。
食事なんかではなくて。
これではまるで。
葬儀ではないか。
少女はその場で手を合わせて、しばし硬直したのち。
ようやく。
「イタダキます」
と告げ、遺体の右腕にカミソリをあてがい、私がやって見せた三拍子で、皮膚を四角く切り抜いた。
少女は切り抜いた遺体の皮膚をゆっくりと剥がした。乱暴な他の損壊とは違い、丁寧で、綺麗な穴が遺体の右腕に空いた。
そして少女は、切り抜いた四角い皮膚を。
口にはこんだ。
すぐに飲み込むことはしない。
噛む、噛む、噛む。
手を組んだ遺体のそばに座り、目を閉じ、ゆっくりと、どうやらあまり柔らかくはないらしい皮膚片を噛みほぐしてゆく。
少女は目を閉じたまま空を仰いだ。西に傾いた陽に染め上げられた橙色の空に向かって、一瞬だけ顔をしかめる。
少女の喉がびくりと動く。もぞもぞとうごめく。
ぎゅるり、と音がした。気がした。
少女は皮膚片を飲み込んだ。
食し、本格的に体内へと取り込んだ。
口に含んだ遺体が喉元を通過してもなお、数秒は顔をしかめていた少女だったが。
すっと立ち上がり、おもむろに手を合わせて。
「ありがとう」
と、言った。
呆然と少女を眺めていた私はそこで気がついた。
少女が昼からずっといた場所には、いくつもの遺体が並んでいた。
老若男女、判別のできないもの。
それらすべてが、空に向かって目を閉じ、手がある者は手を組み、足がある者は足を揃え、目をおおいたくなる傷のなかに一ヶ所だけ、綺麗な四角い切り抜き痕をもって横たえられていた。
遺体の中には少女が最初に噛みついていた男も居た。
虚ろな目で自らを殺したとは思えぬほどに、安らかな表情をたたえていた。
最初に動いたのは帽子の男であった。
彼はその辺りの瓦礫から大きめのガラス片を掴み、姉の遺体の前に膝まづき。
姉の右の腕を切りつけ始めた。
よく切れるカミソリとは違い、すんなりとは切れない。
ガラス片を握り込む右手からは血が溢れる。
帽子の男は相当な痛みであろうに、構わず、小さめに皮膚を剥がすことに成功した。
そして躊躇い無く、自らの血と共に、帽子の男は姉の一部を口に含む。
直後、帽子の男は喉をクツクツと鳴らし始めた。
やや虚ろであった目から、涙が溢れ出る。
もはや隠すことはできない嗚咽。
だが帽子の男は決して口を開こうとはしない。
歯を食い縛り、何かに耐えている。
その何か、まではこちらから察することは出来ない。
帽子の男は奥歯で肉片をすりつぶし、すりつぶし、飲み込んだ。
ぜはっ、と呼気が肺から絞り出される音がして。
なおも嗚咽しながら、泣きながら。
「姉ちゃん、ごめん……ごめんなさい。でも、ありがとうっ……」
そこには居らぬ姉に向けて、もはやどこにも居ない誰かに向けて、帽子の男はただただ謝り、礼を述べる。
私の制服が再び引かれたのは、ちょうどその時であった。
金髪の少女が、私の方へとカミソリの柄を差し向けて。
少女はなにも言わなかった。
しかし、私はそれを手に取った。
その瞬間から不思議な嫌悪感が私の中でかさを増し始めた。何かに対する嫌悪感。嫌悪感は不安感、恐怖感と言い換えることもできそうだ。私は薄々気がつき始めているようだった。
嫌悪感の正体に。
私は積み上げられた遺体の山からこぼれ落ちたのであろう一人の男性のそばに膝をついた。
この遺体は比較的綺麗だ。
ただ左肘から先が吹き飛んでいるだけである。
私はまず、少女のしたように遺体の両足を揃え、片方しかない手を胸にのせて、半開きになっていた男性の両目を閉じさせた。
たったそれだけのことで、私の中の嫌悪感はさらに膨らんでいく。
これ以上は駄目だ。
そんな声が聞こえるが、無視する。
今聞こえるのは、火の燃える音、帽子の男の嗚咽と、飛び回る虫の羽音だけのはずだから。
また、少女のしたように手を合わせる。
特になにも考えていなかった。
考えないようにしているのは明白だった。
だから私は。
「いただきます」
そう宣言して、男の皮膚にカミソリをつき立てた。
さっ、さっ、さっと三拍子で皮膚に四角い切れ込みをいれる。
いよいよ嫌悪感は私の目から、鼻から溢れだし、動作の一つごとに視界が濁り、耐え難い悪臭が鼻を突いた。
だが、そこで止まるわけにはいかなかった。
皮膚をつまみ、切れ込みに沿って刃を入れながらゆっくりと剥がしてゆく。切れ味の優秀な私のカミソリはほとんど止まることなく、皮膚片を剥がしきった。
よく知らぬ男の皮膚片。
こんなものを口に入れるなど常軌を逸している。
私が内側から警告を発する。
耳元では羽虫が飛び回り、目はほぼ見えない。あまりの悪臭に、ともすれば嘔吐してしまいそうだった。
だからなんだと言うのだ。
そんなのは、今さらだろう。
今さら隠したって、仕方がないだろう。
人を人とも扱わず、ただ流れ作業のように火の中に投げ棄て、目の前で人が狂おうが、死のうが、現実から目をそらし続けている方が。
よっぽど、常軌を逸している。
私は皮膚片を口に入れた。
とたんに猛烈な嘔吐感に襲われる。
それでも噛む、噛む、噛む。
ひたすら噛み続ける。
不味い。
全くおいしくない。
味も歯応えも気分も、なにもかも最悪だ。
それでも噛む、噛む、噛む。
込み上げる嘔吐感に、喉が痙攣する。
それでも決して吐くまいとし。
枯れていた感情が溢れ出る。
こんなに沢山の人が死んだのになんとも思おうとしなかった自分に腹が立つ。
どこか遠くで沢山の人が死んだのになんとも思おうとしなかった自分に腹が立つ。
目の前で絶望して命を絶つものが居たのになんとも思おうとしなかった自分に腹が立つ。
遺体を食うなんて狂っている。
全く見ず知らずの遺体を片っ端から食うなんて狂っている。
それを一人の少女に押し付け、現実から目をそらし続けていた自分に対する。
嫌悪感が、溢れる。
目をそらし続けていた現実。
敵国の人間を多数殺し、まわりの人々を多数殺されても、戦争という出来事の前に全て常軌の範疇であるという現実。
一瞬で消えた命に誰もが対応できず、唯一残った自己の無意識に任せて死者を処理、抹消しようとしたことが、まるで違和感なく受け入れられていたという現実。
そしてなにより、こうして葬儀のようなことをしたところで、無理矢理口に入れたところで、私が全うするべき職務であった国民の安全の確保という責務を全うすることができておらず。
あまつさえ、守るべき対象であった、居なくなってしまった人々のことを全く覚えてなどいないという現実に。
涙が溢れる。
「ごめんなさい」
自然と口に出された謝罪の言葉。
「ごめんなさい」
どこか自己弁護を含む、汚れた言葉。
「ごめんなさいっ……」
悔やんでも悔やみきれぬ、後悔の言葉。
「そして」
現実を見るきっかけをくれた、金髪の少女に。
死者への謝罪を思い出させてくれた、目の前の男に。
きちんと大切なことを留めておいてくれた自分自身に。
全ての人々に。
全ての死者に。
「ありがとうっ……!」
感謝の言葉を、口にすることができた。
さめざめと泣いた私がふと気がつくと、周囲には沢山の人がいた。
相変わらずこうこうと燃える炎の周りで、人々は思い思いに泣いている。
死者を悼み、弔う声。
そのとき初めて、私は羽虫を憎いと思った。
汚く群がるんじゃない。
死者に、遺された者たちに、無礼だろう。
人々はさすがにもう、遺体を食うようなことはしていなかった。
泣き、唄い、別れを告げて、遺体を焼いていく。
処理ではなく、火葬として。
死者たちは、煙となって空高く、昇ってゆく。
星空を覆うほどの煙。
それくらいがちょうどいい。
幻想的な光景は覆い隠されていた方が好都合だ。
私たちはやがて現世離れし始めていた自らの魂をきちんと引き留め、現実に向かって生きて、立ちなおっていかなくてはならない。
私は人々の模範となり、治安を守る責務を負っている。
そうしてようやく、死者に顔向けできるというものだ。
「ナイタ?」
「泣いたさ」
金髪の少女が、地べたに座り込んでいた私の隣に立っている。
「オワカレ、した?」
「したよ」
少女に見下ろされるように覗き込まれている手前、いつまでも座っているわけにもいかず、とりあえず立ってみた。少し立ちくらみがした。
「モウイイ?」
「十分だ。今からは、これからのことを考えなきゃならん」
「ソレハ」
少女はこちらを見上げ、世界共通で好印象を伝えそうな、そんな笑顔で言った。
「よかったね」
「……」
先のことはよく分からない。
もしかするとここら一帯はもう住めないのかもしれないし、皆に住む気があるのかも知らない。
どこが誰の土地だかも区別がつかない。
人々の模範となり、治安を守る。
具体的にどうするのか、実は全く考えていなかったが、とりあえず今するべきことは決まった。
「君はこれからどうするつもりなんだ」
「……?」
「ははっ。そうか。まずは言葉の勉強かもな」
「ベ、ベンキョウ……」
嫌そうな顔をしている。所々通じるのを見ると、この子の両親はここの国に来て久しいのかもしれない。
「とりあえず私は、復興手伝いの傍らで君のご両親を探すことに決めたよ。でもここらは今ご覧の通り、瓦礫だらけでどこが何だかも分からない。だからしばらくの間、君を私のところに預かろうと思う。ちょうど国が応急的に用意した指令所があって、そこならたくさん人がいるだろうし、私のような者のためのテントなんかもあるから……ダメか?」
言った後で、なんだか妙に照れくさくなって疑問形になってしまった。そして案の定少女には通じていなかったらしい。子首をかしげている。
「一緒にいてほしい」
「アア!うんうん、イイヨ」
言い直すと余計に恥ずかしかったが、構わない。
二つ返事で妙に嬉しそうである少女にさらに恥ずかしくなるが、構わない。
とりあえず、前に進もう。
皆のために早急に手配しなくてはならないことがいくつもある。
この子の両親も見つかる保証はない。
だからこそ、どんどん前に進もう。
死者のために、皆のために。
自分のために。
「それじゃ、今すぐにでも向かおう。子供があまり夜遅くまで起きているのはよろしくないぞ」
声をかけたが、返事がない。さっきの今で既に半目になっている少女を背負う。
その背中に寄り添う温かさに、私はまた涙を流しそうになったがこらえた。
もう十分だと言ったはずだ。
再決心し、私は夜が更け行く瓦礫の中を歩き出した。




