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第12章:修羅の洞窟 その17

「なにをいう! 誰がそんな穢れた技など!」

 叫び返した若き戦士に嘲笑で応じる黒衣の魔導師。

「この期に及びなお欺くか。オルトとやらが全て吐いたわ!」

「なんじゃと!」

 色を失い立ち尽くす修道士とおぼしき老人を、仮面の奥の隻眼が睨みつけた。

「図星であろう。奴はぬかしおった。たとえ完成しておらずとも自分が完成させれば永遠の命もこの世の栄光も我がものになろうとな。俺が得られなかったものを、俺の死骸を踏み台にして掴むつもりだったとな。だから唱えてやったのだ。知りたがっていた呪文を、未だ血を腐らせる役にしかたたぬ未完成の術式を!」

「ああ……、なんたることじゃ……」

「おのれ外道め!」


 ショックを隠し切れぬ老修道士を支えつつ、だが神官姿の弟の顔は憤怒に歪んでいた。

「長きに渡りこの地を毒し罪なき人々を亡者となしたばかりか、仲間まで欺き無惨に殺めし罪の数々、もはや許せぬ!」

 放つ気弾を炎の鞭で打ち払いつつも、胸の痛みに自嘲する兄。そら見たことか! 分かり切ったことをよくもまあ、あんな夢に惑わされたことよと。かくなる上は最後まで弟の目に映るまま、悪党として振る舞うのみとばかり、あたかも己が思いを振り払うかのごとく弟を足元への鞭の一撃で退けるや、あえて醜い半貌を歪ませ憎々しげにいい放つ!

「きれい事をぬかすな! 奴の仲間であるからはうぬらもこれが欲しいのだろうが! だが渡さぬ、誰にも決して……っ」


 その言葉を断ち突き上げる発作を噛み殺し、口の端から溢れる赤黒き苦渋に身を捩りつつ炎の鞭を床へ叩きつければ、さしもの怒れる弟もたまらず後退するその隙に、折れた身を立て直しつつイルジーの覚え書きを、文盲の身にはついに紙屑でしかなかったものを高々と掲げ絶叫する!


「ついに完成できぬままこの命尽きる定めなら、我が身もろとも地獄の炎へ投ずるのみ。聞くがいい! この魔法陣の下の洞窟はすでに溶岩が溢れ出ているのだ。ただ一言呪文を唱えるだけで、この身ともども灰も残さず汚れた手の永遠に届かぬところへ行けるだろう。だがうぬらとて同じことだ。走って逃げられるなどと思うな。崩れる通路に埋まり溶岩に呑まれ燃えつきよ! これが盗人への罰と知れ!」

「おのれ貴様あっ!」


 敵愾心もむき出しに立ち向かおうとする弟の足元に牽制の鞭をくれつつ、仮面の奥の隻眼が伝え得ぬ思いを必死で送る。互いの生き様も知らぬまま別れる定めであろうとも、これだけは呪文とともになんとか届いてくれ。俺はこうすることでこの世の地獄を生き延びてきたんだ! そして涸れた声を振り絞り転移の呪文を唱え始めたとたん、巨漢の戦士が叫ぶのが聞こえた。

「転移するぞアラード! その呪文を聴き取れ!」


 瞬間、膨大な赤き光に呑まれた兄は呟いた。ポールよ、それがおまえの仮の名だったのかと。



--------------------



 炎でグロスを追い立てる敵を前に、だがアラードはとまどっていた。見た目の派手さにもかかわらず、なぜか殺意を全く感じることができなかったから。

 喀血する姿を見なくても、癒しの術を学んだ若者は相手の命が尽きかけていることを察知していた。しかも敵はグロスに完全に気を奪われ、全くこちらに注意を払っていなかった。今ならこの拳のスパイクを投げつけさえすれば、師を助けるのみならず敵を斃すことさえ可能なはずだった。


 だがその拳を、違和感が押し止めていた。


 命の遣り取りを重ね磨かれた剣士の勘は、相手がグロスに炎を当てる気がないことを告げていた。そのうえ自分たちにも注意を払わないとなれば、戦いを挑むにしてはあまりに不自然だった。だがそうだとすれば、かの魔人はなんのためにわざわざこの場へやってきた? 赤毛の若者は思い惑い、隣のボルドフへと視線を向けた。応えた師の視線が告げた。注意しろ、目を離すなと。


 そのとき敵が絶叫した!

「この魔法陣の下の洞窟はすでに溶岩が溢れ出ているのだ。ただ一言呪文を唱えるだけで、この身ともども灰も残さず汚れた手の永遠に届かぬところへ行けるだろう!」

「転移するぞアラード! その呪文を聴き取れ!」

 その師の叫びを待たずアラードは敵の呪文に集中した。それは容易に聞き取れた。噛んで含めるようにさえ感じられたほどだった。そして影は消え失せた。下に跳んだのは明らかだった。


「確かに下へ転移しました。九八番と唱えてもいました……」

 釈然としないまま報告したアラードに、剛剣の師は眉を寄せ、低い声で問い返してきた。

「罠だと思うか?」

「……わかりません。でも、奴の言葉があながち嘘だとばかりは言い切れないような気も……」

 ボルドフは頷いた。

「俺もそう思う。少なくとも奴が死ぬ気でいることと、オルトのことについては真実味を感じる。それに」


 言葉を切ったごつい顔が、未だ立ちすくんだままのアルバへと向いた。

「老師もそう感じればこそ、ああまで取り乱しておられるのではないか」

「でも、それなら奴はなぜここへ? 黙って通り抜けさえすれば我々を全滅させられたはず……っ」

 ひときわ大きな揺れにアラードはあわてて壁に手をついて身を支えた。ボルドフがグロスたちを呼び集めた。


「アラードが転移の呪文を聞き取った。そして奴が九八番を唱え下に向かったのも確かめた。俺たちは上へ、十八番へ跳んで脱出する!」

「待ってくれ! 奴を見逃すわけには」

「冷静にならんかグロスっ!」

 雷鳴のごとき一喝に、口さえ閉じきらぬまま自失し立ち尽くす白衣の神官。そんなグロスに同い年の戦士は沈痛な面持ちで語りかける。

「……この旅がおまえにこれほどの重荷を課すのかどんな因果か知らんが、屈していては生き残れぬだろうが。老師やアラードがいなければどうなっていたか考えろ」


 それだけいうと、巨躯の戦士は改めて全員に語りかける。

「奴を追うのは論外だ。もし奴のいうとおりなら溶岩に跳び込むことになるし、嘘だとしても揺れる山の奥深くへ潜るばかりか、手負いの獣を深追いすることになる。その気になれば奴は我らをオルトと同じ目にあわせることもできるはずだ」

「だが奴が上から来たのなら、罠を仕掛けておりはせんのか? 一つ上にはゴーレムがおったのじゃろう?」

 アルバの言葉に頷き、ボルドフは続けた。


「だからこそ一気に十八番まで跳ぶべきだと思う。どのみち罠の可能性がある以上、少しでも出口に近づくしか生き延びるすべはない。それに途中の魔法陣をゴーレムに壊されでもしたら脱出は不可能になる。もはや迷っている場合ではない!」

 追い打ちをかけるように激しさを増す揺れに急かされて一同が魔法陣に入った瞬間、聞き覚えたばかりの呪文を高らかに唱えるアラード! たちまち魔方陣から吹き上げる膨大な赤光が四人の視野を一気に塗りつぶす!


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