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第12章:修羅の洞窟 その10

 岩の剛腕が横殴りに急襲するのを床に転がり避ける戦士たち。勢い余った巨大な拳が壁を宝玉の列ごと大音響を立ててごっそり削り、にわかに周囲が暗くなる。同時に天井すれすれの高さからねめおろす水晶の目の輝きが薄れ、巨体の動きがわずかに鈍る。瞬間、閃くままに赤毛の剣士が立ち上がりざまに剣を投げ、金属の打ち合う音と固い物が砕ける音が洞窟に鋭く反響する!


「同じ判断か。だが裏目に出たな」

 荒い息をつきつつ振り返ったアラードの目に、活動を停止した敵を見上げるボルドフの厳しい顔が映る。その視線を追うように向き直った若者のはるか頭上で、わずかに前傾した巨人の顔面に突き立つ二本の剣。すると石の巨体がみるみる傾ぎ、振り上げたままの両腕で壁をこそげながら倒れ込んできた。危うく下敷きを逃れた二人だったが、水晶玉の単眼を砕いた二本の剣は根本から折れてしまった。

「これで二人とも丸腰か」

「すみません。つい……」

「まあやむをえん。判断自体は決して悪くなかった」

 いいつつ懐から取り出した太いスパイク付きのグリップを両の拳に装備すると、洞窟の奥を見据え言葉を継ぐ巨躯の戦士。


「これだけの騒ぎで新手がこないとなると、かえって院長どのやグロスたちが気がかりだ。おまえは呪文で援護に専念してくれ。行くぞ!」

 駆け出す師に追い縋りつつ、師と自らの無数の傷に癒しの術をかけるアラード。だが彼には想像もできなかった。行く手の闇の奥での暗闘が、いまやいかなる様相を呈しているかなど。



--------------------



「さあいえ。不死の探求の記録はどこだ!」

「誰が貴様などに、っ!」

 呪文を唱えるや光の縄の締め付けに声を断たれ苦悶する醜悪な罪人。怒りと区別できなくなった焦りに駆られ、容赦なく悪党を締め上げるオルト。その目にはもはや、相手が自分の人生を阻む元凶とも、果ては牢獄に閉ざされたも同然の境遇に置かれた妹の獄卒とさえ映っていた。だが締め上げた相手がまたも喀血するにいたり、僅かに残る理性がようやく責めるその手を押し止める。殺しては元も子もない。這いつくばった男を歯噛みしつつ足蹴にすると、弱々しい呻き声がその耳に届く。

「やめてくれ……いう、いうから、やめて、くれ……」

「ふん、口ほどにもない奴め。ではもう一度訊く。記録はどこにある?」

「……未完成だから、書いてない。俺の頭の、中だ。書くから、手を、ほどいてくれ……」


 たちまちこの男が両手から放つ炎で自分を追いつめたあの姿が脳裏に蘇り、オルトは相手を蹴り上げる。そこに脅えが、恐怖が滲んでいることさえ自覚しきれぬほど衝動的に。

「どこまで私を愚弄するか! 誰が貴様など信じるというのだ。私が書くからいうがいい。だが」

 短く唱えた呪文により光の縄が一筋、相手の首に絡みつく。

「忘れるな。私はいつでも貴様を絞め殺せるのだ」


 オルトは思いもしなかった。自分が罠に落ちたとは。だが彼にどうして予測できただろう。これほどの魔導師がまさか読み書きできぬことなど、想像できるはずがなかったのだから。



--------------------



 とうに何度目かもわからなくなった十字路のまたも真ん中へと走り込もうとしたグロスが足を止めた。からくも踏みとどまったアルバが背後から声をかけた。

「どうしたのじゃ? 急に」

「気づかれなんだか老師よ。あれは声では?」

「声じゃと……?」


 訝るアルバにもはや答えず、白衣の神官は左の通路の奥の闇に目をこらす。そのまま左へ踏みだそうとする腕をアルバは掴み、抑えた声で叱責する。

「どこへいくのじゃ。そっちではない!」

「泣き声がしたのだ。幼子のような声が。助けなければ!」

 踏みだそうとするその前へ割り込むアルバ。老いたる修道士は声を荒げぬよう用心しつつ、宥めるように話しかけた。


「しっかりするのじゃグロスどの。こんな洞窟に幼子などがおるわけがない。おったとしたら、それは……」

 続けようとした言葉を遮った白衣の神官が、堰を切ったようにいい返す。

「あの子は泣いておったのだ。なぜ化け物だなどといい切れる。間に合わぬなどとなぜいえる! ましてほうっておけなどと! 子供を見殺しになどできぬ。見捨てることなどできはせぬ!」

 なおいい募ろうとするその肩をぐっと掴み、老いたる修道士はいい放つ。

「己が幻に惑わされてはならぬ!」


 撃たれたように立ち竦み、やがてわななくその身で洞窟の壁にすがる白衣の神官。そんなグロスを老アルバは、沈痛な面持ちで見つめた。やがて老修道士は、情を深く込めて語りかけた。

「見たじゃろうグロスどの、我がアーレスに安置された小さな棺を。持っておるじゃろう、あの形見の黒い石を。赤子のあなたを狼から庇い姉上は荒野で亡くなった。形見を手渡したわしだからこそ、心痛は察したつもりじゃった」

 その言葉をグロスは呆然とした様子で聞いていた。自分が相手のなにかに触れつつあることをアルバは感じた。


「だが、あなたの言動はそれだけでは説明がつかぬ。それ以外になにか抱えておいでとしか思えぬのじゃ。イルの村でのあなたの怒りは外に向く以上に内に向いておるようじゃった。そして今もあなたの内のなにかが焦りをかき立てておるようにしか見えぬ。そのなにかに、あなたは姉上の非業の死を重ねてはおられぬか。しっかりされよ! 姉上の御霊はこんなところにおわしはせぬ。わしらが行くべき道はそちらではない!」

「……私は……私は罪人なのだ」

 両手で顔を覆いつつ、グロスは絞り出すように呻いた。

「かつてアルデガンで吸血鬼に遭遇したとき、私は仲間を見捨てて逃げたのだ。ために仲間は死ぬこともならず、魂を歪められた果てに堕ちてしまった……」

「……悔やんでこられたのじゃな、ずっと」

 その呟きに、白衣の神官は老いたる修道士に取り縋る。

「老師よ! せめて確かめさせてもらえないか。でないと私は、また」

「その思いで行かれたイルの村で、どんな目にあわれたかお忘れか!」

 その一喝に打ち据えられたもののごとく、膝を屈するグロス。アルバの視線を受け止めることもできず、面を伏せ身をわななかせるばかりだ。その姿にため息つきつつ、アルバは呟かずにいられなかった。

「我らはなぜ、己が心ひとつ御することすらできぬのか……」


 そのときアルバの耳にも届いた。おぼろげで幻聴めいた、だがまごうかたなき赤子の泣き声が。たちまち総身がちり毛立った。にもかかわらず、老いた修道士は感じざるをえなかった。そんな怖れのただ中に、抑えようもない憐憫が入り混じるのを。そして思った。自分でさえそうならグロスにはどう聞こえているかと。記憶に留めようのなかった姉の幼い面影に憑かれた、優しすぎる白衣の神官。戻した視線に縋るようなまなざしが絡みついたとたん、再び届いた幽かな哀哭についにアルバの心も屈した。あえて憮然たる顔つきを装い、彼はグロスをせき立てた。

「そこまで心乱しては戦うどころではあるまい。いい合うだけの時間も惜しい。確かめるだけじゃぞ!」


 左の通路へ踏み込むや、かそけき声をたどって走る術者たち。同じその道を魔性の少女もまた駆けたことなど知るすべもなく。いかなる光景を見るのか覚悟すらできぬまま通路はとぎれ視界が開けた。広大な空洞の両側に口を開けた地獄の獄舎の列また列。ほとんどは鉄格子は開いていたが、たった一つ破られた鉄格子が床に押し倒されているものがあった。それを踏みつけて聳え立つ小山のごとき黒い影! 通路の中央の魔法陣にその腕を突き出し硬直したままの、かの巌の拷問者の巨体だった。


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