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第11章:暴かれし荒野 その11

「死体の様子は尋常ではなかった。苦悶を刻みつけた顔は青黒く変色し、侍祭どもなど直視すらままならぬほどじゃった。単なる溺死でないとは一目で知れたが、委細は見当がつかなんだ。だがその凶相を見るからに、まっとうな死に方をせなんだのも当然という気がしたほどじゃ。放置するわけにもゆかぬが墓地に迎えるのもためらわれ、わしらは死体を流れ着いた川辺に埋葬したが、問題は魔導書のほうじゃった。わしがそれに気づく前に、侍祭の一人が院長であるオルトに届けてしもうたのだ」


 ため息をつくアルバだったが、それは三人の聞き手も同じだった。なんたる運命のいたずらかと、アラードもただ嘆じるばかりだった。

「職を譲って一年余り、抜け殻のごときこの者をおいてわしを頼る侍祭どもに、もう院長はわしではないとひたすらいい暮らしておったのが、よもやこんな形で仇になるとは……」

「それがオルト殿を魔道の技へ?」

 老修道士はグロスに頷いた。


「わしが駆けつけたときはもう、食い入るような目で次々と頁をくっておった。そしてわしの顔を見るなり、これは人類の宝だ。なんとしてもこれを忘却の彼方から甦らせ、この世に栄光をもたらすが我が使命などという始末。だが見せられた中身といえば、ラーダの教えを奉じる身には人々に災いをもたらすとしか思えぬものばかり。誰にでも扱える法外な威力を備えた攻撃呪文から、こともあろうに吸血鬼の不死性を模倣しようとした呪わしい探求の記録など、どれをとっても禍々しいものとしか思えなんだが、なにをいっても耳をかさぬ。そして院長の座を譲ったわしには、もはや止める手だてもなかった。散々いい合ったあげく追放まで口にされ、それでは歯止めが全くなくなるとの思い一つで矛先を収めるしかなかったのじゃ」

「……アルデガンの崩壊で魔物を討伐する呪文の探求が無意味になったとき、はるかに広い分野で使えるであろう魔術に出会ってしまったというのですか。それが既存の勢力の後ろ盾がなくても名声を築くに足るものに見えたのだと……」


 苦い思いがそんな言葉となってアラードの口から出たとたん、オルトが微かに呻き声を漏らした。呪文の効力が切れつつあると告げたグロスが思い惑う風情でいった。

「だがそんな事情とあれば、この先院長殿を伴っていてよいものだろうか?」

「とはいえ放置してゆくわけにもいかん。魔物どもはまだ上空にいるようだ。うんと高いところだが」


 その言葉に、赤毛の若者の脳裏に旅路の途中の記憶の一コマが甦った。厳しい目で空を見上げる剣の師に、アラードは問いかけた。

「もしやあの夜、我々の頭上高くを飛んでいった魔物はあの二体だったのでは?」

「断定はできん。だが気配は確かによく似ている。可能性は否定できんな」

「ならば洞窟の悪党は、あれほど遠くの魔物まで支配し使役するというのか」


 表情をこわばらせる白衣の神官に、ボルドフは重々しく首肯した。

「院長殿を置いていくのは論外だな。魔物の餌食にするわけにはいかん。それに敵が容易ならぬ相手となれば、貴重な戦力であるのも確かだ。だが釘だけは刺しておかねば」

 そのとき身じろぎとともに、ついにオルトが目を開けた。まだ朦朧たる面持ちのまま、少壮の院長は呻くようにいった。

「……私は、どうした? 化け物の群れが……」

「完敗だよ。院長殿」


 呆然とその渋面を見上げるオルトに、巌のごとき巨躯の戦士はいい放った。

「わかるだろう? なぜたった二体の魔物に遅れをとったのか。いきなり初手で分断されたのが敗因だ。しかもアラードは危うく焼け死ぬところだったのだぞ!」

「すまぬ……」

 悔しさを隠せぬ院長に、厳しい声でボルドフは続けた。

「どれほど呪文に詳しくても、それだけで勝てるなどと思うな。この先に待つのはただ者ではない。軽挙一つが全滅に直結すると肝に銘じておくがいい!」


 ボルドフの太い指が指し示す岩山の麓に、いまやぱっくり口を開ける暴かれた洞窟。だがその奥でどんなことが繰り広げられているか、神ならぬ身の一行には想像すらできなかったのだ。


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