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第10章:禁断の魔牢 その7

「吸血鬼の餌食になった人間は、一昼夜たつと甦る。だがそれは記憶どころか意識すらない動く死体の状態にすぎぬ。体だけが不死身でも人格が失われては意味がない。だから奴は死んだ状態を短くしようとした。そうすれば甦ったときに記憶を残せるのではないかと考えたのだ。変化を早めようとして、奴は得体の知れぬ素材を片っ端から俺の体で試しては調合し、それを村のやつらに投与した」

 リアの脳裏にあの薬置き場の異様な光景が、羊皮紙に記されていた唾棄すべき書き込みが甦った。ではあれは吸血鬼の不死性を肉体の次元でしか考えなかった魔術師による、見当違いの探求の記録だったのだ。自分の顔がこわばるのを人外の娘は覚えた。

「確かに変身は早められた。だがいくら変身を早めても記憶を残すことはできず、ただ不死性が損なわれただけだった。脆い体の惨めな抜け殻。奴には、そして俺にも、そんな出来損ないしか作れなかった」


 そして村人たちは記憶や意識ともども存在の尊厳すら奪われ、あんな亡者に堕とされたのだ。自分が村で焼き殺したのがいかに浅はかな愚行の犠牲者だったか、その憤りがあの絶望的な悲嘆に加わり、リアは自分を抑えられなくなった。

「体さえどうにかすれば不死身になれるとでも? そんなことであの人たちをっ」

「やはり知っているのだな!」

 仮面の奥の隻眼が射抜くように睨み上げた。

「奴は最後まで自分の考えに固執していた。だがきさまのいうとおり、あのやり方は間違っている。俺も散々試したからわかる。意識や記憶を残すには体以外にもなにか秘密が……っ」


 突然体を折り激しく咳き込む男。地面を向いたまま苦しむその姿から、強烈な血臭が立ち上る!

「いやあああーーっ」

 石の拳に戒められたまま絶叫するリアの口から、音さえ立てんばかりにせり出す鋭い牙! 異様な叫びに自分を見上げる仮面の裏から喉元に伝う赤い筋。血色に変じた目を無理やり背けた人外の娘は両腕を石の拳に握られ顔を覆うこともできず、噛み合わぬ牙の隙間から切れ切れの訴えを絞り出す。

「見ないで。こんな、姿を、見ないでっ……」

「フ、化け物はしょせん化け物か。そんなざまでよくも綺麗事など……っ」


 またも発作に断ち切られたその言葉の裏から、リアの心に漏れ聞こえる内なる声。

>こんなものに間違われたのか、俺たちは<

 一皮剥けば亡者どもと変わらぬ厭うべきこんな化け物として、父母は殺され自分は地獄に落とされた。恨みとも無念ともつかぬそんな男の思いがリアの心を深々と穿ち、我が身への逃れようもない嫌悪と惨めさを抉る。

 だからこそその内なる声に、少女の心の吸血鬼は必死に言葉を返す。覆いがたい嫌悪の裏に渦巻く悔しさと呪詛に、思いが届くことを願って。

「だったら、こんなものに、ならなきゃ、いい。私だって、なりたかった、わけじゃ、ない」

 だが黒き男が返した声は、切迫したものだった。

「それしかすべがないのだ! もう……」


 内心と一枚岩のその声に、紅き狂気に軋みゆく心は返す言葉を紡げなかった。必死で保とうとする意識を突き上げるような衝動が乱し、欲望がじわじわと思考を濁すのを、堕ちた娘はどうすることもできずにいた。


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