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第10章:禁断の魔牢 その6

「うあぁあーーっ!」

 勢い余った石の指にあばらの下半分を砕かれ絶叫するリア。人間ならショック死を免れぬ深手に耐えられたのは人外の身ならではだったが、堅く握られた巌の拳にぐずぐずに崩れた骨も組織も再生を阻まれ、尾を引く激痛に危うく意識が飛びそうになる。


 そんな魔性の娘を握りしめたまま鉄格子を突き破り、黒き導師のもとへ歩み寄る石の巨人。魔法陣を背にする主に向き合うと、胸の高さに掲げていた拳を腰の位置へ下げる。その中で苦鳴するリアの意識に割り込んできた思いがけぬ感情の色に、人外の娘は驚きに見開いた空色の瞳を魔術師に向ける。見上げる顔は仮面に隠され直接その表情を伺うことはできなかったが、天与の能力が転化したことで格段に強化されたその感応力は対面する相手からはるかに多くのことを読みとることができたから。ほんの一瞬にその脳裏をよぎった膨大な想念の結果、己が動揺を押し殺しつつあえて冷酷な言葉を放つ仮面の邪法師の複雑な内心さえ。


「……思い知ったか、俺はいつでもきさまの身を握り潰すことができるのだ。観念して吐くがいい」

 続く呪文に僅かに石の指が緩み、瞬時に骨や組織が本来の形を取り戻してゆく。見上げる男を信じられぬ思いで見下ろすリアの目が、振り乱された色褪せた金髪を認める。そんな自分を仮面の奥から見つめる男から、その内なる呟きが聞こえてくる。

>……しっかりしろ。こいつの目は空色じゃないか<


 思わず見返したリアの瞳が闇を見通し、仮面の左穴に残された緑の瞳を見つめる。顔を思い出せなくなった小さな妹への思いに縛られ、苦悶する自分の姿に心乱した男の内なる揺らぎを隠せぬまなざしを。

 その揺らぎがもととなり、一瞬のうちに流れ去った男の意識の奔流の一部がリアの脳裏に再来する。家族との希望に満ちた旅の断片的な記憶。全てを根こそぎ破壊した黒髪の民の村での夜襲。邪悪な魔術師の手に落ちてからの無限地獄さながらの日々。激痛のさなかの一瞬にかいま見た膨大な記憶が告げる相手の実像は、思い描いていた邪悪な姿とはあまりにもかけ離れたものだった。とまどうリアに男のいらだつ声が再び問いかける。


「さあいえ。記憶も意識も保ったまま、きさまいかにして不死の身となった!」

「なぜそんなことが知りたいの! あんなにたくさんの人たちを犠牲にまでして」

 呪わしき生に縛られた娘の叫びに、だが瀕死の男は返す。

「俺の人生を取り戻す」


 わずか一言のその背後で閃光のごとく明滅した情念の奔流に、リアは言葉を奪われる。不死の魔性となり果てた自分も、実際は六年あまりの年月を過ごしたにすぎない。だがこの男は五十年に及ぶ人生のほとんどを残酷な魔術師の忌むべき実験や嗜虐的な戯れに苛まれて過ごしてきたのだ。今の自分のように石の拳に苦しめられたこともあった。そのときの名残が、ずれたまま固着した腰骨ゆえの上体の傾きに留められている。

 そんな苦痛の中で、彼は自分を苛む敵の呪文を心に刻みつけたのだ。リアは悟った。この地に来たときなぜ自分がラルダの夢を見たのかを。目の前で殺された両親や見失ったままの妹弟の薄れた面影を抱きつつ、人生のほとんどを地獄の責め苦の中で過ごした果てに死を目前にしているこの男は、彼を苛んだ魔術師のような嗜虐性とは無縁だった。黒髪の民の襲撃がなければ家族とごく普通の農民としての一生を送れた少年を、無惨な運命は天を呪う瀕死の邪法師にまでねじ曲げてしまったのだ。己に降りかかった運命を呪うあまり免れた者の存在を許せず、生き身のまま自分を吸血鬼に堕としたラルダと魂の色が似ていて当然だった。むしろその憎しみの対象が両親を殺し全てを奪った黒髪の民に絞られていることを思えばその恐るべき罪にもかかわらず、縁もゆかりもない者さえ牙にかけずにいられぬこの身より罪深いとは必ずしも断じ得ぬとさえ、堕ちた娘には感じられてならなかった。


 その姿以上に生そのものを歪められた男を見つめる人外の娘のまなざしは、いまや深い悲しみに染められていた。


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