表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/56

第10章:禁断の魔牢 その5

 複雑にうねり枝分かれする洞窟を駆け下るリアの耳が、遙かな音を捉えた。長大な空洞の中を反響しつつ減衰してきたため幻聴めいたものに変わり果てていたものの、それはまぎれもなく悲鳴だった。魔少女が身を凍り付かせたとたん断たれたようにそれがやみ、絡み合ったこだまが芯を抜かれたもののごとく散り果ててゆく!

「だめぇーーっ!」

 もはや恐慌状態でこだまに追い縋らんばかりに疾走するリア。だが行く手から微かに聞こえてくるのは、息吹なき冷たい音ばかりだった。歯車が鎖を噛み、岩がこすれるとおぼしき音。そして金属が軋むような音が二回したのを最後、冷厳な沈黙が行く手を閉ざす。通路を横切る見えざる魔力の柱をいくつもかいくぐった果てに、ついに目指す魔力の脈動を正面に捉えるリア。明らかにそれはまだ休止しておらず、つい今し方まで動作していたことを伺わせている。その場の光景を想像するより早く呪われた牢獄に跳び込んだリア。巨大な魔法陣の放つ余波が、夜魔の身に墜ちた娘の目に全てを暴く。


 通路の幅と高さをぐんと広げた奥行きの深い長大な空洞。その両側にずらりと並ぶ城門とさえまがう巨大な鉄格子を剥き出す牢また牢。これこそ人々に牙を立て無惨な亡者となさしめた地獄の顎なのだ。それを証し立てるかのようにほとんどの格子は大きく開き、吐き出した亡者たちの次なる獲物を辛抱強く待ち続けている。

 その中にただ一つ、鉄の牙をいまだ食いしばるものがある。


 いくら魔法陣の真横でも、これほど近くで自分が少女の存在を感じ取れぬはずがない。その事実が意味するものを、だが人外の娘の心は拒んだ。そんなひどい、残酷なことがあっていいはずがない。あがく心に揺らぐ瞳は、だが無情にも鉄の牙の向こう側に小さな素足が二本投げ出されているのを見いだしてしまう。

 悪寒に折れそうな膝を泳がせ鉄格子に身をにじらせるにつれ、打ち捨てられた小さな姿が視野の中に入ってくる。近づくものから逃れようとした動作を留めたままの曲がった脚。硬直した腕の支えにもたげられた半身。だが見開かれたままの黒い瞳にもはや光なく、恐怖を張り付かせた小さな顔は蝋のように白い。そして血の気を完全に失くした細い首の横に穿たれた牙の痕。


 そんな骸を、これまで何度も見てきた。限界まで堪えた渇きに屈した己が狂気の犠牲者たちに、幾たび取り縋り詫びたことか。けれどこの骸は、助けたつもりで地獄の顎の餌食にしてしまった少女の姿は、魔性に墜ちた身に縛られた魂へのあまりに深い打撃だった。異様に天井の高い牢の底に吹い殻と化し貼り付いている小さな姿。リアの目にはその上に広がる巨大な虚空が、呪われたこの身の罪深さに溢れるとさえ見えるのだった。噛み合わされた鉄の牙の前についにくずおれ、もはや落涙を抑えられぬまま呻くリア。

「私には、たった一つの埋め合わせもできないの?」


 だが死の沈黙が統べる地獄の獄舎に答える者のあろうはずもなく、少女の心の吸血鬼は身も世もなく慟哭する。そのとき背後の魔法陣から赤い光が迸り、身をこわばらせたその背に枯れた声がかけられる。

「なにを、泣く?」

 その掠れ声を聞いたとたん、悲嘆に塗りつぶされていた心から沸き上がる怒りが瞳を染め、格子にかけた片手が爪を伸ばす。


「……村を全滅させたばかりか、こんな子供まで……っ」

 立ち上がりざまに振り向く魔性のその身が鬼気ともまがう怒気を吹き上げる!

「人間じゃないわ。悪魔よ!」

 だが詰め寄ろうとしたその足が止まり、相手を認めたその目が見開かれる。


 黒いローブに傾いだ身をやつし、仮面に顔を隠した異様な男。だがリアを驚かせたのはその姿ではなく、その身を包む命の流れだった。それは切れ切れに掠れ、今にも消えそうなほど細っている。吸血鬼に転じた娘の目は、相手が瀕死の状態であると瞬時に見てとったのだ。だが、

「やはり心を残しているのか!」

 そんな身とは信じられぬ気力で、よろばいつつも詰め寄る男が叫ぶ。

「きさまいかにしてその身を得た? 吐け! 白状しろっ」

「な、なにを?」


 異様な気迫と予想もしない言葉にリアが絶句したとたん、男が唱える未知の呪文! 反射的に背後に跳び退くリアを、だが轟音とともに襲ったのは正面からの攻撃ではなかった。鉄格子を破り掴みかかる巨大な石の剛腕が、鉄格子の脇の壁の裏に立っていたゴーレムの太い指が握り潰さんばかりの勢いで、華奢な娘の細い胴を鷲掴みしたのだ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ