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第10章:禁断の魔牢 その2

 入り口を潜るとともに、ようやく収まる焼け付くような苦痛。白一色に塗り潰されていた視野に、粗い岩肌がゆっくり浮かんできた。視力が戻るにつれ、壁に等間隔で埋め込まれた水晶玉や、それらの奥底の微かな赤い光さえも見て取れるようになる。炎の精霊力が封じられていることを示すその玉の列は、火の山の無尽蔵の力こそがその源たることを証すものだ。

 入れ替わるように感じた新たなひりつくような感触に、人外の身と化した少女は眉をひそめた。かつてアルデガンの洞窟全体を覆っていた尊師の結界や星界の魔物の未曾有の力。それらと別種とはいえ引けを取らぬ魔法的な力が洞窟を満たしていることを、超常の感覚はちり毛立つような違和感として警告しているのだ。それは奥に潜む何者かの、魔術師とおぼしき相手の容易ならざる力量の顕れにほかならない。意を決し翼持つ魔物たちに向き直るや、緊張を隠しあえてさり気なくリアは告げた。

「これならすぐに探し出せると思う。あの子が怖がるといけないから、あなたたちは戻るまで外にいて」

 すると虹色の体に女の顔を持つ妖鳥が、魔少女に視線を投げかけた。紫の瞳が透徹した光を放った。

「それほどの相手と思うなら、一人でいくべきではないのではないか?」


 リアは思わず唇を噛んだ。セイレーンにも自分に似た力があることを知りつつもあえて隠そうと試みたものを、いともたやすく見透かされてしまったから。

 人面の妖鳥の力は自分よりはるかに強い代わりに決ずしも常時働いてはおらず、その気になった時だけ発揮されるらしかった。だから試してみたのだが、どうやら無駄に終わったようだった。やむなく相手の紫の目を見つめ、むしろガルムにこそ聞かせたくなかった言葉をリアは告げた。

「洞窟全体に強い魔力が漲っているわ。これほどの魔術師が相手だと、私たちでは到底かなわない。私ならなにがあっても死にはしないけど、あなたたちの命は保証できそうにないから……」

「足手マトイトイウコトカ」

「翼を封じられて勝てる相手ではないということよ」

 魔獣の唸りに少女が返す。

「だからあなたたちは表にいて。相手がここまできたとしても、飛べる場所なら対処もできるかもしれないから」

 そういい含めつつ、自分の言葉を噛みしめるリア。それほどの力を持つ者が、人々を憎み世界を呪っているのだ。容易ならざる事態というほかなかったが、せめてあの少女だけはなんとしても助けなければ! 表へ出て行く彼らを見届けたリアは踵を返し、微かな硫黄臭が立ちこめる洞窟の一本道に踏み込んだ。



 ほんの少し歩を進めただけで、外からの光は届かなくなった。同時にリアは異様な感覚を覚えた。ひりつくような魔力に取り巻かれていることで、獲物を感じるあの力が麻痺するような、寸断されるような心地だった。闇を見通すその瞳は通路の岩肌さえも鮮明に見分けているが、その他の感覚が遮断されたことで、この洞窟はまだ転化しきらぬ身で探索したあの時のアルデガン同様、秘めた敵意で侵入者を威圧する場と化したのだ。いつしか魔性の力に頼っていた我が身を苦い思いで自覚しつつ、当てにしていた感覚が封じられた焦りに駆られ、リアは足早に直進路を通り抜け右折れの曲がり角に飛び込んだ。

 とたんにリアは棒立ちになった。突然それまでの倍以上に高くなった天井にさえつかえそうな巨体が二つ、なんの音も気配もさせず、眼前にぬっと突っ立っていたから。


 それは石造りの魔法人形だった。大人の背の四~五倍を超える削り出しの太い胴。異様に小さな頭部には顔の代わりに水晶玉が一つはめ込まれ、赤い光をちらつかせていた。床にまで届く長く太い腕の巨大な拳が、太い鎖の束を握っていた。

 それが意味するものを察し、リアは顔が引きつるのを覚えた。この心持たぬ石の怪物こそ、腰に鎖をつけたあの亡者たちの獄卒だったに違いない。悪魔のような魔術師に捕らえられ、あんな身に堕とされたあげく、自らの村を滅ぼすべくけしかけられた黒髪の人々。二体のゴーレムたちは残酷な主がくだすそれらの命令をことごとく、無慈悲に実行してきたのだ。この手で焼き殺すしかなかったあの亡者たちを、巨大な万力のごとき石の拳は苛み続ける中、どれほどの哀訴や怨嗟さえも握り潰してきただろう。そう思っただけで激しい怒りに顔が熱くなり、目の前が真っ赤になった。自分の瞳が赤く変わったことをリアは悟った。


 叫び出しそうな衝動を、だが魔性の娘は必死に抑えた。ここで騒ぎを起こせば、あの少女の救出は不可能になる。自分の進入を相手が知れば、たちまち地獄の獄卒が立ち向かってくるだろう。人間より多少力があったところで、こんなものに捕まれば逃れることなどできはしない。命なき身であるがゆえ、気配を全く感じさせぬ小山のような化け物たち。本来は動作に伴う魔力の流れもあるのだろうが、これほどの魔力の渦の中では感知できるはずがなかった。いつ動き出すかもしれぬ二体の石の巨人を、不気味にちらつく水晶玉の光をこわばった顔で睨みながら、リアは相手の腕の長さぎりぎりまで距離を詰めると、垂直に降ろされた二体の腕の細い隙間に飛び込むや、もはや空洞と呼ぶべき巨大な通路の端まで一気に駆け抜け、ゴーレムが追ってこないことを肩越しに確かめつつ新たな曲がり角の向こうをのぞき込んだ。


 そこに待ち受けていたのは、背後の獄卒のような予想外の怪物ではなかった。十分に予測がつくばかりか、ある意味最も恐れていたことだった。

 通路が三つに分かれていた。行く手がどうなっているか、この先どれほどの分かれ道があるのか、超常の感覚を封じられた身に知るすべはなかった。それでもどれかを選ばなければ、少女のもとへはたどり着けない。深まる迷いに焦っていると、右側の通路から微かな風が吹いてきた、その風には硫黄臭がしないかわり、なにやら覚えのある奇妙な臭いが混じっていた。


 だしぬけに繋がった記憶にリアは叫びを噛み殺した。あの村で少女の両親を殺してしまったとき、変質した血が放っていた臭いそっくりだったのだ。

 ではこの先に、人々を亡者となしたものが置かれているのか。ならば生け贄の少女も必ずや、近くに囚われているに違いない。もはや警戒もなにもなく、リアは通路の奥へと一目散に走り始めた。



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 手の中で輝く水晶玉を、彼は食い入るように見つめていた。薄赤い闇に消えた背に踊る束ね髪の残像が、仮面の奥の隻眼に焼き付いていた。


 ゴーレムの水晶玉が何かを感知したとこの玉の反応が知らせたとき、彼はそれを無視しようとさえした。目の前で始まりつつあることこそは、己が存在の全てを賭けても見届けなければならぬものだったから。けれど視線を戻そうとした瞬間、玉の中に淡い金髪の娘の顔が浮かび、たちまち目を離せなくなった。その顔に浮かぶ驚愕と嫌悪が、変わり果てた自分に向けられているような錯覚を覚えたとたん、娘の顔が怒りに歪むや瞳が真っ赤に変じたのだ。驚いて玉をのぞき込むうち、やがて娘は警戒しつつもゴーレムに歩み寄るや、一気にその間を走り抜けた。通路の水晶玉にあわてて視野を切り替えたとき、娘は足下もおぼつかぬはずの闇をものともせずに走り去っていったのだ。

 その特徴は吸血鬼のものとして、彼のよく知るところだった。だがかくも豊かな表情やその変化の激しさは、亡者たちが決して見せたことのないものだった。いまやその意味するところは明らかだった。イルジーが、そして自分が探求し目指していたもの。あの娘こそはその大いなる鍵に違いない!


 いったん寝室まで戻り、大水晶を持ってこなくてはならない。なんとしても探し出し、その身の秘密を暴かねば! もはや牢の小娘のことなど念頭になく、発作に悶えつつも魔法陣に踏み込み姿を消す黒の邪法師。哀れな少女が牢屋ごと久遠の闇へ呑まれるや、はるか奥から鎖の音がその身に向けてにじり寄り始めた。


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