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第10章:禁断の魔牢 その1

 地下深くの通路の脇に刻まれた魔法陣が光を放ち、よろめき出ずる傾いだ影。姿勢を崩しつつも、血走ったその隻眼の緑の瞳が岩肌が剥き出しの通路の奥を貼りつくようにねめつける。やがてざらつく岩壁に右手を添え、荒い息をつきつつ歩み出す魔導師。開いた鉄格子がずらりと並ぶ地下牢にやっとの思いでたどり着くと、ただ一つ閉ざされた牢獄へと這うようにして歩み寄る蝕まれた男。掲げた左手の水晶玉の輝きが、暗がり淀む石室をおぼろに照らし出す。

 燐光のような淡い光に浮かぶ小さな白い顔。堅く閉ざした目と捩れた眉に留められた怯えの痕跡も明らかなその顔の上で、闇に溶けた髪が微かな光を纏う。差し上げた左手が硬直し、見開いた目を離せなくなる男。あのときのような呟きこそからくも抑えるものの、残された眼窩の奥に映える光の揺らぎを隠せない。


 イルジーがついにそれと悟ることのなかった長い暗闘の日々、メリーやポールのことはほとんど意識に登らなかった。自分たちを守れなかった父母のことが呪詛へと歪められながらも繰り返し思い出されたのと対照的に、幼かった妹や弟のことは意識の奥に封じられてきたのだ。苦悶への恐怖の裏側でいや増すばかりだった憎悪を支えにするしかなかったあの年月、守ってくれなかった両親への思いを生け贄とするためにこそ、守れなかった二人のことは封印されねばならなかったのだから。

 けれど遅すぎた勝利により仇敵の責め苦から解放されたとき、それらの封印はゆるみ始めた。病魔の責め苦に呻吟し自らの死を意識するにつれ、顔を無くした家族が頻繁に夢に出てくるようになったのだ。それはあまりにも長く掛かり続けた負荷がなくなったことによる変化であり、損なわれたものの回復であるべきもののはずだった。たとえそれが、どれほどささやかなものでしかなかったとしても。

 だが迫る死への焦燥は、そんな自覚を許さなかった。だから彼は、自問するしかなかったのだ。

「なぜだ。髪の色も年格好もまるで違うのに……」


 そのとき発作に襲われ咽せ返るその耳に、死神の姿をした者の幼い声がする。あなたはわかっているでしょう。もはや無駄だということなど。あの薬はもう使い切り、残されたのは探求の礎となったものだけ。この期に及び最初からやりなおす時間があると思うのと。

「諦めろと……、いうのか?」

 老い嗄れたその呻きに、幼い声が返す。

 無駄だとわかっている以上、罪を重ねてどうするの? 似てもいないその娘になぜメリーの面影を追ってしまうのか、あなたはわかっているでしょう? だって、あなたが望むのは、

「黙れ、俺の邪魔は許さぬ! なにもかも奪われたまま、偽りの安逸に落ち込めると思うか。俺は生きる。なにがなんでもながらえて、なにか一つでも取り戻さずにおくものか。失せろ死よ! まだ貴様の刻ではないわっ」


 たちまちゆらぐ小さな影がかすみ始めた仮面を外す。自分でも思い出せなくなったおぼろな少年の顔の、まだ揃っていた緑の瞳が潤むように消えてゆく。しばし立ち尽くすその歪んだ背中が、やがてゆっくりと向きを変え、指の欠けた手が鉄格子の脇から突き出た重いレバーを握る。凝固した数瞬の後、己が手の震えを振り払うかのように褪せた髪を振り乱し天に叫ぶ堕ちるしかなかった男!

「今こそ黒き真理を我がものとなさん。閉ざされしものよ、暴かれよ!」

 蝕まれた身を折り渾身の力でレバーを下げるや、闇の奥で歯車が鎖を噛む音が、そして岩の擦れる重い音が呪わしき獄舎に響き始める。


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