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通りを通そうとすると理が引っ込む

今回は、エガリヴと救道者についてです。

前半のダレンの文章、話の主軸とは関係ないし、あまり面白くないので、省こうかどうか、かなり悩んだんです。一ヶ月ぐらい。

けど趣味のものだし、載せなかったら骨々個人がなんかスッキリしないので、お目汚し覚悟で(ここまでも盛り上がる部分がほぼないのは秘密)。

「こげなとこで何しとる」

「おっお祖母ちゃんっ」

 そこには、さっき話をした黒髪の娘と、初めて見る老婆がいた。

 老婆は音波言語で、高圧的な風だ。アステリアなまりのある、リオルド語。腰を曲げているが、顔を賢明に上げて、俺を睨み付けている。

「ちょっとお祖母ちゃん」

 が、その威嚇に最も強い反応を見せたのは俺ではなく、黒髪の娘だった。威嚇された当の本人である俺は、大して何も感じていないのだが。

 娘は転けそうになりながら老婆に振り返り、腰の曲がった老婆と目線を合わせるために、膝に手を突いて身を屈める。

「駄目だよ、お祖母ちゃん。アーヘラからいらっしゃった救道者キューダー様に、そんなこと言っちゃ」

 救道者キューダー様ねぇ……。そう言う娘が、俺に敬服していないのは、その声色テレパスから察していた(敬服する必要もないのだが)。そして、そのことに気付いているのは、俺だけでもなかったらしい。

 老婆は鼻を鳴らして娘から目を逸らし、俺を睨む。そして再度、今度は俺に対して鼻を鳴らして、言った。

救道者キューダーつっても、ただぁ洟垂れ小僧じゃねぇが。こげなよく解んねぇモンに、頭下げちゃる必要なんかないて」

 娘と違って、婆さんの方はストレート過ぎるな。悪い意味で清々しい。

「え、あ、ゑゑゑゑゑゑゑ」

 人間がビープ音を鳴らすこともあるんだな。

 一通りその奇っ怪な音声を鳴らし終えると、娘は止まりかけの独楽こまのようにくるりと半回転。俺に振り返って、

「えっと、ごめんなさ――じゃなくて、申し訳ございません!! うちのお祖母ちゃん、悪い人じゃないんです! だからお命だけはっ……」

 顔を真赤にし、涙目ながらに訴えてきた。

 頼まれたって命なんぞ取らん。俺は悪魔か? 救道者キューダーは法を司る者でもなければ、そんな権限もない。救道者キューダーをなんだと思っているのか。……あー、でも異端者狩りやってるし、救道者キューダーが殺生をしないこともないか。

 どうしたものかな。この地の者が俺に対して、微妙な感情を抱いているとは気付いていたが、それをこうも分かりやすい形で表されると、どう対応していいのか迷う。

 とりあえず、まずは誤解を解いておくか。

 そう思った俺は、まずはこう切り出してみた。

「確かに、お婆さんの言う通りだろう」

 俺は音波言語で――喉と舌を使って、そう言った。

「エガリヴは、救道者キューダーあがめるべきものだと仰っていない。あくまで救道者キューダーとは、正しい行為によって人を助くことが真理を知るすべである、と云う命題を信念に持つ者だ」

 そんな意味不明なことを言われても、訳が解らないけどな。

「俺も、正しい行為とはなんなのか、何故、人を助くことが真理を知ることに繋がるのか、理解していない」

 この正しい行為について、救道者キューダーを抱えるエガリヴ聖教会では「正しい行為とはすなわち聖術ディヴァイションである」としている。だが、これには様々な解釈と説が存在し、聖教会に次ぐ勢力である、エガリヴ教ルッテ派では、布教活動こそが正しい行為と解釈されている。他にも、イラァの民が信仰しているファナ教は、節制と禁欲に励むことが最も正しい行為であるとし、オートリスなどの地方に行くと、聖術ディヴァイションの行使の他に、布教活動や性的な側面を持つ儀式も、正しい行いだと認識している場合もある。

 だが、これらの如何なる行為を継続しても、未だ人類は、エガリヴの言う真理には、達していない。

「実態が把握できていないものを手にする手段など、分かる筈がないからな。こんなことを他の救道者キューダーに聴かれたら困るが、俺は真理なんてあるのかないのか判らないものに、興味はない。いや、あると論理的には存在を証明できたとしても、どのみち人間の脳では理解できないものなのは解り切っている」

 つまり、真理を理解できる人間が登場した瞬間から、もはやそれはヒトとは呼べるものではないらしい。そして、その突然変異でも起こした奇異な存在に引っ張られるようにして、人類を含む全生物は、その在り方を変質させるのだと、エガリヴは仰っているのであります。

 神秘主義者のありがたい言葉は、精神異常者の傍迷惑な妄想と良く似ている。

「解することができないものについて論じても、満たされるのは恍惚感だけ。下手をすれば、悦に入って高慢になる者もいる。そんなもの、ただの脳のトレーニングにしかならない上に、害悪だ。だがな、真面目な救道者キューダーとは、その陶酔に浸ることに心血を注ぐ、気狂いのことを言う。とても、敬服に値するような手合いではない」

 実際のところ、俺も敬愛の念を抱くことはあっても、敬服などしていない。だが、そんな俺でもエガリヴは罰しないのだ。

「しかし言うまでもなく、俺のような不真面目な救道者キューダーも、尊敬されるような者ではない。そもそも、俺は緑襟グリーン・カラー最下位救道者ロウエスト・キューダーと呼ばれる、下っ端中の下っ端だ」

 第一、助く者と助けられる者の立場は、同等で然るべきだ。もし、助く者が助ける者を下に見ていたら、それは助けていることにはならない。ただの自己満足。……まぁこれは、助く者の心構えだが。

 老婆と黒髪の娘は、ぽかんと口を開けて呆けている。ハバネロを放り込んだら、面白そうだ。

「要約するとな。貴方たちは、俺に謙遜する必要もなければ、畏怖する必要などもない。俺が使命を完遂するための手伝いをし、それがなったときに感謝する心を忘れていなければ、それでいいんだ」

 こんなのに喉を使ったのは久しぶりなので、喉が痛い。

 説教の際には音波言語を用いなければならない、などと云う下らない戒律を作った奴の頬を、ヒス女に引っ叩かせたい。

 確か、エガリヴの弟子の一人と云われている、ヴェーアだったかな。晩年は穴倉か樽の中に引っ込んで、筆のみに拠る布教を続けたと云う。自分は喉を使わないのに、なんて勝手なこと言う奴だ。

 ……実在していたかも判らない人物に対して、文句を言うのもやめよう。本当にいたとしても、もう二千年近くも前の人だしな。まぁ、モデルぐらいはいただろう。

 などと、古い時代へ思索を巡らせている合間に

「その……救道者キューダー様の仰った――あ、いえ」

 さっきから、ぽかーんと口を開けていた娘が、正気を取り戻した。

救道者キューダーの言ったこと、って、あれ? えっと、なんてお呼びすれば……」

「ダレンだ」

「……ダレンさんの言ったこと、難しくて、よく分からなかったんですけど」

 そうだろう。言った本人も受け売りで喋ってただけだから、意味など理解していないしな。

「今まで、ここにいらっしゃった救道者キューダーの皆さんも、同じくらい難しいこと言ってました。なのに、ダレンさんの言ったことは、同じ難しいでも、なんだかちょっと違うんです」

 彼女の言葉テレパスは、つっかえつっかえだった。

 本来なら、狭量きょうりょうな俺のことだ。イラついて仕方がないところだっただろうが、不思議と、そんな感覚には襲われなかった。

 何故だろう、と考えて、彼女のテレパスに心を傾ける。

「今までは、何をすればいいのかすら、よく分からなかったんですが、ダレンさんの言ってることって、つまり――」

 ……ああ、そうか。なるほど、簡単な理由だ。

「普通に生きていたら、それだけで、どうにかなることなんですよね? 余程、心が寂しい人でない限り」

 それは、彼女が一生懸命だからだ。言葉にならない言葉を、自分の感覚や感性の中にある意味を、他者にも分かるように情報化するのは、手間取る作業だ。彼女は、そう云うことに慣れていないのか、もしくは、今感じた感覚が、初めてのものだったから、言葉にするのに時間がかかっているのか。

「ああ、そうだな」

 そのどちらにせよ、彼女は必死に言葉を編んでいる。

 その辿々《たどたど》しい様が、赤子の掴まり立ちを思い起こさせる。これから歩こうと、賢明に目を見開いて先を見据え、ゆっくりと、手を支えから離そうとする様を。

 そんなものに苛立ちを覚えるのは、器どうこうの問題ではない。単純に育ちが悪いか、余裕がないか、理解力がないか、自分のことを振り返る能がないかの、どれかだ。

「前に何度か、ここに来た救道者キューダーの方々のお話を聞いたときは、なんだか、今の自分が否定された気がして、何かやらないといけないって、急かされていたような気がしたんです。けど、そうじゃないんですよね? 今のままで……全部、今のままでいいんですよね?」

 他人を無闇に急かすのは、詐欺師の常套手段だ。

「貴方の声色テレパスは、とても朗らかな色をしている。素朴で、飾らない響きだ。そのままで、俺は構わないと感じている」

 そう言うと、娘は少し照れくさそうに含羞はにかんだ。

 黒髪純朴乙女ルートなど、攻略したところで、俺にはなんの益もないのだが。嘘でもいいから、眼鏡をかけると賢くなれると言ってやろうかな。



 それにしても、この二人は、なんでこんなところにいるのだろうか。

 俺が調査していたところにくわしたのだから、ここは山のそれなりに深いところに違いない。そんなところに老婆と娘。もう日が暮れるから、山に入るなと言ったのは、この娘だろ。

「それで俺は狼の痕跡を辿っていたら、ここに出たのだが……お二人は、ここで何を?」

 老婆は難しい顔をして口を噤んだままだったが、黒髪の娘は、その質問に答えた。

「薬草を摘んでいたら、人影が見えたもので……」

 またこの黒髪の娘は変なことを言う。確かに、山なのだから薬草は生えているだろうが、そんなことは日暮れにやることではない。

 流石の俺でも、もう疑問を述べるのは飽々して来たのだが、異なことは解消しておかなければ居心地が悪い。そう云う性分なのだ。

「危なくはないのか? 人を襲う獣も出ると云うし……。ここは結構、山の深いところだろ?」

「え? ここ、私たちの家から、そう離れた場所じゃありませんよ?」

「へ?」

 あまりのことに、間抜けなテレパスが出てしまった。しかし娘は、そんな俺の素っ頓狂な様子を意に介することはなく、何かを指差して、俺に言った。

「ほら、こっちから、この垣根の間から覗いて見て下さい。あそこに、林檎の木が植わってる家があるでしょ? あそこが私たちの家です」

 娘が指差した木は、ここから離れている上に、実がなっていないので、林檎の木かどうかは判別できないが、どうも何かの果樹と思しき木が、人家の庭先に生えていた。

 そう云えば、いつの間にか神の加護は復帰し、助力も届いており、神の目もここを捉えている。

 俺はいつの間に、人里にまで下りて来たのだろうか。

 幻術イリュージョンか何かの類か? なんだか、化かされた気分だ。

「このモニュメントは?」

 その場を取り繕うように、適当な質問を放ってみる。

「む昔に使われていた何かの儀式のものらしいで、す……」

 テレパスも尻切れ気味になることがあると、俺は初めて知った。にしても、嘘が下手な娘だ。

 生まれながらにして高位の術者である俺にとっては、声色テレパスでその者が何を心の内に抱えて言葉テレパスを発したのか、ある程度までなら分かる。そもそも、テレパス言語と云う意思疎通の方法が、そう云うものなのだ。ましてや、まともな術式も使えないだろう相手なら、その精神にアクセスして、丸裸にすることも可能。しかし、そう云った術は魔術や精霊術の類になるので、国際法でもエガリヴの教義でも禁止されている。

 なので今のところは、この娘がなんのために、そんな嘘を吐いたのか、知る術はない。今のところは。



 牙か何かを模した石のモニュメントを意味もなく繁々と観察する作業を終えた俺は、娘と老婆に二言三言、何か適当な挨拶を告げた後、畑の脇をのほほんと散歩する作業に移った。

 自棄やけに広大な畑だ。更地にしてしまえば、ちょっとした飛行場くらいなら作れそうな程の。

 何かの豆を育てているらしい。茎や葉は立派で背も高いが花は咲いておらず、実が大きいことから、旬はもうそろそろか、今の時期なのは推測できる。だが種類は知らん。緑色の豆は全般的に嫌いだ。これが夕食に出て来ないことを祈ろう。

「さて、どうしようか」

 夕飯までは、まだ時間がある。このまま宿に帰って、無為に時間を浪費するのも、若者の特権かもしれないが、それは味気ない。

 しかし、強いて何かすること……ここまで考えて、ふと、あることに気が付いた。今まで、墓狼と云うの“狼”の部分ばかりに囚われて“墓”の部分を気にしていなかったことにだ。

「この里……墓は何処にあるんだ?」

 何故、今まで、このことに思い当たらなかったのか。



 思考誘導の術式を掛けられていたようだ。いや、これは一種の結界の類に近いかもしれない。このエルゲノコンの地そのものが、墓狼にとって優位に働くようにできてる。俺が不用意に足跡を追って、道を見失ったのも、根本原因はこれだろう。

 現代の術式は、それぞれの体系が確立されており、個々の役割に特化したものになっている。

 だが、術式……超能力と云うものが、この世界に表れた当初は、その区分は曖昧で、その効果や仕組みも無秩序なものだったと云う。理論で構築されたものではないので、今のように開発した術式を他者とシェアすることもできず、その制御も感覚的なものに頼るしかなかった。故に、確固たる対応策がない。学問によって術を学んだ現代の術者にとっては、未開の領域だ。

 原始術式。

 一説に拠ると、それは自然と共に存在し、かつての人類には知覚できなかった現象なのだとも云われている。

「もし、墓狼が――遺体が消えると云うのが、生物の仕業ではなく、現象なのだとしたら……」

 考えが空転する。

 馬鹿馬鹿しい。だとしたら、俺の手を噛んだのはなんだと云うのか。

 俺が山の中で探査法――これも一種の原始術式か――を使ったときに見付けたあれは、確かに意思を持っていた。意思を持っていれば、それは現象ではない。

 風は枯れ葉を落とそうとして吹いているのか? 波は音を立てるために揺れるのか? 雨は誰かを濡らすために降るのか? 自分の意思で?

 冗談はやめてくれ。タルナドやエガリヴの考え方に、そんなものはない。山岳信仰やアニミズムじゃあるまいし。全く、原始的な考えだ。

 原始的、か。

伏線だとか布石は、次の次ぐらいで張り終わるので、そこから話が本格的に進みます。

進んだと思ったら、直ぐに終わっちゃうんですけどね……。

モノカミ殺しと同じパターンだ……。どうしよう。

で、でも戦闘シーンだってあるしキットダイジョブダトオモワレ。

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