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後悔は役立たず

ダレンがエルゲネコンに向かうことになった経緯。

 最初は、ただの小遣い稼ぎ感覚だった。

 エガリヴにとって野茨ドックローズ協会ソサエティ(DR‐S)が、どう云うものかは知っていた。双方は、思想や利害の不一致を起こすことがあり、しかし利害が一致することもあった。だから暗に反目し、暗に協力するときもある。そんな微妙な関係であることは、理解していた。

 しかし俺が救道者キューダーになったのは、タルナドとエガリヴの政治的な理由だけではない。興味があったからだ。知的好奇心。欲と言ってしまってもいい。とりあえず、社会に対して……タルナド以外の社会に、関心があったからだ。

 だから、DR‐Sに会員登録してみた。

 これを咎める戒律はない。エガリヴ聖教会の上の方は、DR‐Sと、ある程度のパイプは持っているのだ。それは暗黙の了解であり、広く知らせていることもでないが、特に隠されているわけでもなかった。だから、俺のことも公に咎めることはできないし、することなどないだろう。少々、言い訳を求められるかもしれないが、別に悪いことをしようと云うわけでもない。強く窘められることもないだろう。

 更に言及すると、救道院キューディンの学徒の中にはバイト感覚で、これを利用するものが割と多くいた。決して、大多数と云うことでもなく、多数ですらなかったが、無視できない程度の人数が、これを利用していた。そして教師メンターたちも、半ばこれを黙認している節があったのだ。

 最初はこの事実に、少し驚いた。「え? ええんか?」と。しかし「教義とか宗教とかはな、元々、人間が人間らしく、豊かで誠実になるためにあるんや。それが、そうなることを阻害したらあかん」……と、教師メンターが、小さい声で教えてくれた。公に、これを声高に叫ぶ者はいないが、これもまた、暗黙の了解なのだ。

 世間とは、中々難しい。

 だから、俺も小遣い稼ぎ感覚だった。少しでも知見を広めようと。なんとはなしに、知的好奇心の穴埋めに使おうと。

「あっ、見ろよ。あれが竜狩狗ドラゴン・ハウンドだぜ」

 今は後悔している。

格九ランク・ナインの魔神指定されていたドラゴンを、一人で排除したんだってな」

「怖ぇー……。マジであれが緑襟グリーン・カラーかよ」

「なんでも、あまりに力が強すぎるのと、動物寓意譚ベスティアリに置くには政治的にあれとかで、赤襟レッド・カラーにすることができないんだって」

「ギロチンは?」

「本人が拒んでるらしい。思想が合わないんだと。ネイルが直接勧誘したらしいけど、蹴ったんだってさ」

「あのネイルの誘いを断るかよ、普通。おっかなくてできねぇよ。どんな肝してるんだ?」

救道者キューダーになるよう勧めたのも、ネイルなんだって」

「ネイルも認めた実力者ってことか」

「それどころか、聖教主様も認めることになるらしいよ」

「字を与えられるって話だろ? なんになるんだろうな? 動物寓意譚ベスティアリなら、そろそろヴォルデランド教師メンターやカーネギー爺さんが引退だし、ウルフとかドッグの席が空くけど……」

ドラゴン……は、ないだろうな。まだ現役だし」

「そのまんま、竜狩狗ドラゴン・ハウンドじゃね?」

「いやいや、聖教主様のことだ。もっとこう、俺らには及びも付かない、捻ったものだろ」

飛竜ドラグーンとか」

竜殺ドラゴン・スレイヤー?」

「だから、もっと皮肉な感じだって。逆に、弱そうなのとか」

蜻蛉ドラゴン・フライとかだったら、俺は笑う」

 俺の知らないところで、勝手に話が大きくなっている……。

 呼び出しを受けた俺が、救道院キューディンの廊下を歩いていたときだった。こんな潜々話を耳にするのは、最近では日常になりかけている。ああ、なんてこった。

 信じてくれないかもしれないが、俺はそんなに目立ちたがり屋ではない。他者からガン無視されたいわけでもなく、ただ一般的な、普通の、平均的で、ありきたりな注目度を維持して生活したかった。

 確かに、俺はエガリヴからしてみれば珍しいタルナド人だ。どんなのもなのかなと、近寄って観察されてみたり、ちょっと離れたところから覗かれてみたり、そろそろと近付いてジっと、こちらを窺われるなんてことも、されてみたりするだろう。珍獣扱いは覚悟の上。俺だって、救道者キューダーになろうと思ったのは、先にも言ったように興味本位からだし、それを誡める気もない。

 しかし、なんだってこんなことになってしまったのか。俺はただ単に、ちょっとした小遣い稼ぎ感覚でだな。ドラゴンに対する対処法だって、タルナドの民なら会得していても不思議なことではない。俺は何も悪いことをしてない。「ほうほう、教会からの依頼なのか。ドラゴンへの対処法は心得があるし、やってみるか」と思っただけだ。

 俺は、なんで、呼び出しを食らったのか。



「君に、お願いしたいことがあってね。一つ、化物退治を頼みたい」

 俺が呼び出されたのは、ある教師メンターの部屋だった。

 そう広い部屋ではない。唯一の出入り口である扉は樫。壁は書物が占領し、たった一つの窓まで塞がん勢いだ。部屋の中央に、立派な古い机が一つ。それに備え付けの椅子が一つ。全体的にこじんまりしていて、無駄なものは許されない部屋。

 俺がノックして部屋に入ると、挨拶を飛ばして、その教師メンターが俺に送ってきたのが、先程の言葉テレパスだ。

「はい? 緑襟グリーン・カラーの俺が一人で?」

「そうだ」

 俺の目の前に立つ、黒い襟を持つコートを着た男が無慈悲に答えた。俺を呼び出した人物だ。

 彼はイーゲルストレーム教師メンター対精霊術アンチ・スピリット対邪術アンチ・ソーサリー対呪術アンチ・マジック対幻術アンチ・イリュージョン対妖術アンチ・ウィッチクラフトの専門家で、科目は戦術理論。部屋から出ることなく、目標を探知し補足、そのまま遠隔で浄化させることができるらしい。エガリヴの教義故、先制攻撃を仕掛けることはないが、敵の結界や防壁を破ることに長けているため、籠城戦よりも攻城戦の方が得意とのこと。

「一体どのような思惑があって?」

竜狩狗ドラゴン・ハウンド

 俺が質問を言い切るかどうか、と云う間だった。彼は俺の言葉などには、大した意味などないとでも主張するような態度で、一人で勝手に話し始める。

「ダレン、君は野茨協会ドックローズ・ソサエティ(DR‐S)では、そう呼ばれているらしいな」

「他人が勝手に付けた呼び名ですよ。気に入ってなど、いないのですが」

「問題はそこではない」

 どうも、自身の主張を伝え終えるまでは、こちら黙っておけと云うことらしい。彼は、半ば俺を無視するような態度で、再び語り出す。

「DR‐Sが我々にとって、どのような組織であるか理解しているか?」

 と思ったら、今度は質問を振ってきた。ただの語り口調なのかと思い、再び彼の言葉が始まるのを待ったが、微妙に間が開いていることから察するに、俺に答えろと云う意味らしい。やれやれだ。自分のペースだけで話したがる人と言葉を交わすのは、実に疲労が溜まる。

 兎も角、どうも俺はイーゲルストレーム教師メンターから、あまり好かれていないことは感じているし、彼もその様子を隠すつもりもないらしい。下手に口を滑らせて、ここで言質を取られたり、揚げ足取りなどされたら癪だ。有体に答えるのが最善だろう。

「信仰を知らない者たち、ですよね? であるなら、我々の教えを広めるためにも、パイプを持つことは悪いことではないのでは?」

 俺の返答を受けたイーゲルストレーム教師メンターは、顎を擦って、何かを思案している。俺の答えは、彼の望むようなものではなかったらしい。しかし、思案の間は大して長くはなく、こちらが別のことに考えを移すよりも先に、イーゲルストレーム教師メンターは、口を開いた。

「それが建前であることは、君も分かっていることだろう」

 一瞬、呆気に取られた。いや、一瞬どころの呆気ではない。まさか、彼が建前を放棄した会話を、俺に求めてくるとは、思いもしなかったからだ。イーゲルストレーム教師メンターは、俺に言質を取られることを、恐れていないのだろうか。

「……それを言っては、お仕舞いですよ。特に、教師メンターの貴方が言ってしまっては」

「君は、自分の立場を理解しているか?」

 間髪もなかった。真に高圧的だが、威圧するようでもない声色テレパスだった。自分が上の立場であることを、無意識に示している。

 イーゲルストレーム教師メンターは、俺の質問など、本当に重要視していないらしい。ただ、自身の主張を聞き、問いだけに答えろと云う態度。

「学徒。見習い救道者キューダーです」

 ……尋問されている気分になってきた。

救道者キューダーの役割は?」

 子供に向けるような問いだ。変に捻らず、定型文で返すのが妥当だろう。

「求道を歩むことです」

「エガリヴ聖教にとって、求道とはなんだ?」

「真理の探求です」

「真理へ近付くには、どうすればいいとエガリヴは仰られた」

「救済です」

「君の行いは誰への、なんのためのものだ?」

「自他へ安らぎを与えるためのものです」

 ここまでの問いに、なんの意味があるのか。馬鹿らしくなってきた。そう考えて、思考が他所へ行きかけたとき、それは来た。

「それに力が必要なのか?」

 唐突だった。何を考え、何を思って、イーゲルストレーム教師メンターが、こんな質問を俺にしたのか後々になって考えても、俺には解らない。しかし、この問いは俺にとって、とても重要な意味を持っていた。けれど、今までそれを誰にも語ることなど、したことはない。ただ一人、ネイルを除いて。

 イーゲルストレーム教師メンターは、このことをネイルから聞いていたのだろうか? それとも、別の何かがあって、そこから思い付いたのか。もしくは、そんなものとは別の何かの手段を講じて……?

 ――俺が救道者キューダーになった理由の一つが、この問いに解を見出すためだった。もしかしたら、それが最も大きい理由だったのかもしれない。俺が住んでいたタルナドの郷では、俺の存在は、俺の価値は、ただそこにあるものを乱すだけのものでしかなかったからだ。そんな俺が、なんのために、何をするか。その解を得たくて、俺は――。

「俺の力は、そのためにあります」

 ひょっとすると、解なんてないのかもしれない。けれど、こう言い訳することで、俺が俺に価値を見出すことができるなら、それは立派なことだろう。これに間違いがないとは言い切れないまでにしても、少なくとも、誰かから咎められたりなどしないはずだ。

 イーゲルストレーム教師メンターは、考えあぐねている様子だった。口を緩く閉じ、目は俺に向いているが、それは何も見ていない。強いて言えば、自身の思考に目を向けているようだった。彼は、前歯に空気を当てるように軽く息を吸い込んでから、新たな問い掛けを始めた。

「……君の産まれは、どこだったかな?」

 わざとらしい問いだと思った。

「エガリヴは、産まれで人を判断しろと仰いましたか?」

 彼からこう云う質問を引き出したなら、この問答は今のところ、こちらが優位に進んでいると判断しても、いいのかもしれない。

「質問に質問で返すのは良くないことだ」

 イーゲルストレーム教師メンターは、腕を組んだ。

「ダレン、君は賢い人間だ。現実的に物事を考えよう」

 おだてて隙を生み出そうと云う腹か。罵詈雑言を浴びせ怒らせるのとは別に、相手の虚を突いて発言を引き摺り出すのには、有効な手だ。

「この世の中、神の意そのままに努めることができる人間は、一人もいない。その中に、君のことを疑う者も出て来るわけだ。その疑いを持つ者も、悪気や悪意があってのことではない。ただ義憤に駆られ、ありもしない敵を追ってしまうだけなのだよ」

 他人事のように、よくもまぁ抜け抜けと……。腹を割るように誘って置きながら、その実、自身は見透かされることを恐れず、しかし言葉尻は取られないように会話を進める。面倒な人だ。

 なら、こちらは、天然なふりをして返してやろう。

「愚かですね。そんなに敵を欲しているのでしょうか」

「敵とは、組み伏せてから始めて、その正体が明らかになるものだ」

 神話からの引用か。こう云う場面で引用を用いられると、こちらは否定し辛い。何故なら、その引用元まで否定しているのかと取られてしまうからだ。この場合、引用であることを確認した上で、その一節が用いられた箇所と、現状の違いを指摘し、引用が適切ではないことを述べるのが最善の手だ。だが、俺はこのフレーズが用いられた箇所に付いて、深い知識や解説が行えるわけではない。それに、見習い救道者キューダー教師メンターなのだ。この分野に関して論争をすれば、確実に負ける。

 俺は肩を竦めることで、言葉ではなく動作で、暗に肯定を表した。本題とは違うところで言葉を交わしても、不毛なだけだからでもある。

 イーゲルストレーム教師メンターは、再び問う。

「この問題、どのようにして解決すべきと思うか?」

 俺はイライラしながら答える。

「疑問を持つことをやめればいいのです。興味すらも」

 イーゲルストレーム教師メンターは、落ち着いたテレパスで、問いを重ねる。

「それは本気で言っているのか?」

「まさか……」

 溜息混じりに、そして自嘲するかのように答えた。

 教師メンターは、そんな俺の様子を無視するように、語り始める。

「人は疑問を持つことをやめ、思考を捨ててしまえば枯れてしまう。それは死んだも同じだ。生きているとは言い難い」

 もはや、ご高説か何かだな、これは。まぁ、学徒と教師メンターと云う間柄。軽く、右から左に聞き流しておこう。

「疑いを持つことは悪ではない。ただ、それが感情に因ってしまったらお仕舞いだ。しかし私は君に、感情に因る疑いを持っているわけではない」

 俺は大いに皮肉を込めて、鼻で笑いながら訊ねる。

「導き手である教師メンターが、お疑いを?」

 もはや挑発にも近い態度の俺に、イーゲルストレーム教師メンターは、動じるどころか、咎めることすらしなかった。彼は淡々と答える。

「人を導くには必要なものだ。信じるだけでは、悪心を見抜くことができない」

 やりにくい。

「君には、私の疑いを払拭する手伝いをしてもらいたいのだよ。この悪徳の種を」

「それが、化物退治と?」

 あまりにも飛躍し過ぎではないか。

「私の心中は今、君への疑いで騒めいている。君の力は、他者を救うためにあるのだろう? ならば、私に安らぎを与えるために使っても、誰も嘆きはしないのでは?」

 ……しばらく考えたが、この言葉を否定する言葉を、俺は持っていなかった。



 全く、馬鹿みたいな話だ。単に、俺を使いたいだけの詭弁だろ。そもそも、俺がアーヘラ救道院に入ることを、最後まで反対していたのが、あのイーゲルストレーム教師メンターだと言う。

 まぁ、彼の考えを全面的に否定するつもりもない。あの人の専攻からして、外部に対する警戒心が強いのは当然のこと。彼のような人間が、こう云うことを疎略そりゃくにしていたら、組織は忽ち害悪に侵食されてしまう。仮想敵すらも使おうと云う抜け目のなさは、評価してもいい。

 しかし、その抜け目のなさと疑いが自身に向けられるのは、甚だ遺憾だ。これは理屈ではない。単純に嫌だ。当たり前だ。そんなことは嫌ではないと答える者がいるなら、直ぐに出てきて理由を述べてみせろ。

 腹の中に一物あるのならば、それは仕方ないと云うか、疑いを向けられて当然だが、俺は本当に、エガリヴに対して、何も悪意を抱いていないのだ。

 確かに一時期、あることを理由に、エガリヴに対して少し疑いを持ったこともあった。しかし、友人や信頼できる教師メンターに、それを投げかけたことで、その疑いも解けた。疑いと言うより、誤解だった。別に、全面的に友人や教師メンターのことを信じたわけではなく、俺が独自の探求で得た情報と、教師メンターたちから齎された情報に矛盾がなく、論理的に考えても、友人たちの言っていたことに筋が通っていたからだ。

 だから、俺の誤解は解けた。

 そこでイーゲルストレーム教師メンターは「今度は、お前が疑いを解く番だ」と言ってきたわけだ。それを行動で、命を賭けて証明してみせろと。おそらく、その証明は一度や二度では終わらせてくれないだろう。ていの良い手駒にする腹積もりなのだ。そんな計略に乗ってやるのは、かなり癪に触る。だが、ここでそれを癪だと突っぱねれば、また面倒なことになる。

 ネイルを頼るべきだろうか。少なくともネイルなら、俺のことをぞんざいに扱うことはしないだろう。あいつは性根が捻じ曲がって入るが、腐ってはいないからだ。しかし、ネイルを頼れば、その代わりに俺は赤い《レッド》断頭台ギロチンに入信しなければならない。それも嫌だ。彼らとは馬が合わない。下品な奴が多過ぎる。

 人の世は、とかく生き難い。

ダレンとネイルの馴れ初め(?)話は、欲者シリーズの、かなり後半になると思います。

もう、ネイルに関するエピソードは半分近く書き終えていますが(シリーズ全体を再構成するので書き直すつもりだけど)。

というか、ネイル編を書いている最中に登場させることになったキャラがダレンですし……。

そもそも、後半とか言っておきながら、元はその後半がメインの話だったのに過去編を書き出したら止まらなくなってry

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