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最も夜明けが美しい時

 頭の中が自棄やけに静かだ。

『メールですよぉぉおおお!! メールっでっすっ……よぉぉおおおおお!! 起きて起きて起きて起きて!! 皆さん、心配なさってまっすよおおおおおお!! 早く返事しってっくっだっさぁあい、なああああ!! ――ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……』

 俺が覚醒したとき、メーラーは消魂けたたましいテキストを吐き出していた。

 ここは何処だ? 俺はダレンだ。

 親に貰った名はズィン。氏はカトプトロニス。姓はダーナ。歳は数えで17。満で16。誕生日は9月2日。両親は健在。姉が1人。出身はタルナドの郷、リューケツ。今はネイル・ガーネットの庇護下にあり、ダレン・ガーネットと名乗っている。五体満足で怪我や持病もなければ、記憶も失っていない。相も変わらず、無敵である。

 自分の無事を確認できたので、今度は周囲の状況を確認してみる。

 ふむ。ここはどうも、走っているワゴン車の中らしい。

「やっと起きたか。もう少しで、腿まで痺れるところだったぞ」

 身を起こすと、聞き慣れたテレパスがした。

「ルイゼット……。なんで?」

「お前の帰りが遅いからだ。酋長から連絡があってな。墓狼の一件を解決したと連絡が入ってから、かなり時間が経つのに、一向に戻って来る気配がなかったからな。一時はエガリヴの加護も途切れたようだし」

 ルイゼット・サン。ネイル・ガーネットの懐刀。赤襟レッド・カラーのみで構成された、エガリヴ聖教会の監査組織――通称、赤い断頭台レッド・ギロチンの副長だ。

「俺は、どれくらい気を失っていたんだ?」

「それはこちらの質問だ。お前を見付けたのは、今さっきのことだからな。だが……連絡が付かなくなってからは、二日程だな。エルゲネコンまでの山道を踏破するのにかかる日数と同じぐらいだが……。あと、さっきから貴様のメーラーが、うるさくて仕方ないのだが」

 通りで腰が痛い訳だ。腰を摩りながら、メール・クライントを開く。

 一番古いのが、オートリス教師メンターとルイゼットからのもの。続いて、ユーリとジゼル。少し遅れてクリス、コリーン、ネル、ジェニス、ルディ、ルロイ、デボラ、ロー……。おお、アーリックの双子からも来ているな。あいつら、槍でも降らす気か。

 クリスからのものが2件。オートリス教師メンターが3件。ジェニスが――コラージュ画像が添付されている3件を含め――4件。あの野郎、帰ったら覚えておけ。ユーリが――受信と同時に治癒術式が発動する7件を含め――8件。コリーンが21件。その他諸々が1件づつで、ジゼルが15283件!?

 あっ、またジゼルから新着。ほぼ分単位で、術式が実行されるものを自動送信しているようだ。こんなことしたらハムイから「スパムやめろ」って、お手紙が来るぞ……。所詮は気休めにしかならないから、重ねがけしても、殆ど効果ないんだけどな……。添付されていた術式は、メーラーと調和者アコードの判断で、全て実行されていた。

 メーラーがうるさいのは、こいつが原因か。あいつの心配性は、どうにかできないものか。

 それに引き替え、ネイルからのものは1通もない。

「安心しろ。お前の寝顔画像は、ちゃんとあの馬鹿がバラ撒いてやったらしい」

 己、ネイル……! そのせいで、ジェニスの馬鹿がコラ画像を……。俺はフリー素材ではないぞ!!

「いや待て。撮ったのはあんただろ」

「暇だったからな。迎えに来てやったのだから、これくらいの楽しみは許せ」

「他人を玩具にするとは、実に殊勝な楽しみだな」

「実に高尚だろ? 同種族の別個体を弄って笑うなど、知恵のある生物にしかできないからな」

 だから神は、人に知恵を与えることを渋ったのか。悪徳とは、よく言ったものだ。

 悪徳の種、か。

『君には、私の疑いを払拭する手伝いをしてもらいたいのだよ。この悪徳の種を』

 嫌なことを思い出した。ああ、もう、性格の悪いことを考えるのはやめよう。魂が穢れる。疑を胸に抱くことは、悪いことではないが……。

 疑と云えば、基本的な疑問がある。

「ネイルが迎えに来るべきではないのか?」

「それは私も同感だ。私の上司は、一応、お前の保護者だからな」

 まぁ、あいつがそんなことをする人間でないことは百も承知だったが、ここまで徹底されると、溜息すら出ない。そしてそれは、ルイゼットも同じらしく――

「あんなタマなしを上司だと思いたくないが」

 ただそう言って、かぶりを振っていた。

 ここで二人して、元気の出ない会話を続けていても、生産的ではないな。そう思った俺は、少し、言葉の選び方を変えてみることにした。

「新手のツンデレだな」

「両手で屠々《ほふほふ》するぞ」

 肩の荷が下りて、冗談を言える余裕が出て来たみたいだ。

 ルイゼットが、両の掌で俺の頬をグリグリする。

「しかし……お前をエルゲネコンの入り口付近で見付けたときは、私もきもを冷やした。左腕もなくなっていたからな」

 ルイゼットが、緊張の解けた、震えたテレパスで、そう言った。

 エルゲネコンの入り口……あの細道か。

「新手の保護者ポジションだな」

「お前どうしたんだ。今日は自棄やけに機嫌が良いな。変なものでも食べたのか?」

 多分、治癒術式のせいだな。プラシーボ効果を誘発させるものだから、変に気分が高揚しているんだろう。

「牛肉のソテーと鮒のレモンソース和え」

「え? あっ、ああ……食べたんだな。美味おいしかったか?」

「不味くはなかった」

「それは良かった」

 ここで俺は、意味の分からないものには、永遠にその言葉の意味が分からないことを呟いてみることにした。これに対する反応で、ルイゼットが、何を知っていたかを判断するためだ。

「牛の出入りできない空間でも、牛を飼うことはできるんだな」

「そうだな」

 その淡白な言葉テレパスには、淀みがなかった。さっきのように、籠もる感じが一切ない。その言葉テレパスを受けて、俺は俺が持っている疑問の答えの一つを、ルイゼットが持っていることを確信した。

「一つ、教えて欲しいことがある」

「なんだ?」

「解っていたのか? 全部」

 そう、初めから全部。墓狼の存在や、エルゲネコンの歴史。そして、アステリアの考えに至るまで。

「お前がなんのことを言っているのか分からないが……全部は知らなかった、としか、言えないな」

 そうか。

 更なる説明を求める、と云う意味を、俺は沈黙で体現する。

 ルイゼットは黙っている。その沈黙は、何も語りたくないと云う意味でもなさそうだ。ただ、語るべきことは決まっているのだが、何から話したらいいものか、考えているらしい。

「こちらとしてもな」

 ルイゼットが静かなテレパスを放つ。

「どうこうしようと云う気は、あまりなかったんだ。ただ、建前がある。他への示し――特に、イラァへ示しを付ける必要もあった。だから、あえて気付いていない振りをしていた。そんなものがあると確認されれば、エガリヴの立場上、問題提起せざる得ないが、初めからないのならば、そもそも問題すら存在しない」

「それが何故、表に現れるようなことになったんだ?」

 ルイゼットは言う。

「今のエガリヴは荒れている」

 ルイゼットの言葉テレパスには、嘆きとも怒りとも取れない感情が詰まっていたが、それに近いものが、色濃く出ていた。 

「では、荒れていないときは、いつだった?と言われれば、そんなものはないかもしれないが、少し前と比べると、確実にエガリヴは混乱の中にあり、混乱を周囲に伝播させている。従来の方法でエガリヴを広めるのは、改めなければならなくなったからな。元より、長く続けられることでもなかったが……。しかし、それに反発する層もいれば、これを機にエガリヴ内でのポストを確立しようとする者、奪い盗ろうとする者、他者を蹴落とそうとする者……それら有象無象が出て来るのは、当然のことだ」

 信心も鰯のなんとかからと云うが、腐るときはそれからなのだから、どうしようもないな。聖教主サン・ラークが代替わりしたのも、これと無関係ではないだろう。

「更に、そうしたエガリヴの混乱を突いて、東から新たな勢力が台頭して来ている」

「帝国のラゴ教か?」

「違う。いや、全くは違わないが、ラゴ教は新たな勢力ではない」

 ここでルイゼットは、ポケットから紙を取り出した。今の時代、物理媒体に依る情報交換は、殆どないと言っても過言ではなく、紙は一部の工業製品を残して、廃れている。符などに用いられるのは、保存のしやすい合成樹脂だしな。それを態々《わざわざ》、持ち出したのは、今回のことについて言葉テレパスを交わすのは、何かしらの危険を孕んでいることを意味していた。

 ルイゼットは、その紙に、紙と同じく現代では珍しい万年筆で、何かの言葉を書く。今の時代、こうした文字の読み書きができることも、かなり教養があるものでなければ、できないことだった。

 紙を受け取る。それに書かれていた文字列は、それ自体では意味を成さないものだった。それは記号に近いもので、発音することさえも不可能な並びだ。

 ルイゼットから、鍵付きのテレパスが飛んでくる。パスワードに、紙に書かれた文字列を使用した。鍵が開かれ、言葉テレパスが意味を持つ。

世界樹論イグドラシズムと云う言葉を、聞いたことがあるか?」

「……ないな」

 と、逡巡を交えて返答したものの、それは嘘で、そのトンチキな名前に聞き覚えがあった。だが、俺がこれを知っているのを知られるのは、あまりよくない。

「なくて当然か。世界樹論イグドラシズムに関しては、エガリヴ圏では規正がかけられ、情報を入手できないからな。まぁ、お前なら、かつてのように、いずれは自力で気付くことになっただろうが……」

 世界樹論イグドラシズムは、とある哲学的な観点、または心理学的な方法論、もしくは科学的な思想から発生した新興宗教の類だ。新興とは言っても、その歴史は半世紀にも及び、普及の波は中央大陸ガズンドオルスの中央部……ハルテ圏からラゴ圏にまで達している。また、学問的ではあれど、それはあくまで学問っぽいで留まっており、実際の学問とはかけ離れている。

 この世は、ガズンドオルス神話を原点とする世界七大宗教が幅を利かせている社会だが、こうした宗教が立ち上がること自体は珍しいことではない。しかし、それが広範囲に受け入れられるのは、今までの時代ではあり得なかったことだ。

 これは世界が多様性を認めた結果だから、喜ばしいと祝杯を上げるべきなのか。それとも、人類総出で先行き不明の暴走片道列車に乗車してしまったと、悔やんで涙を呑むべきなのか……。

 生物は争いを避けるために住み分けており、人間も各々の土地に根付いた文化と共に生活している。社会の枠組みとは、こうした事態を避けるために自然発生した壁なのだ。なのだが――

「そう云う壁を破壊するのは、俺の十八番だからな」

 皮肉を込めて自嘲してみる。そう、この自体に、俺が嘆いていい義理はないのである。

世界樹論イグドラシズムは、大陸東部大戦の末期にセヌス教やハシャル教の荒廃と共に、流行り出したものらしい。一応、科学の体を取っているが、実態はカルトだよ。帝国では、これを基盤に持つ新興宗教が広まり始め、既に揉事が起きてる。それに、ガズンドオルス神話を基盤に持つ既存の十二宗教を全て目の敵にしているようでな。エガリヴ圏では、まだ目立った騒ぎは起きていないが、この考えに共感を覚えたか、利用できると踏んだ貧乏な地方権力者やインテリ崩れ、ご意見番気取り、投資や情報技術の利用で財を成した小金持ち――要するに山師アイゼンフートだが、これらが自らを誇示する目的で、これを用いようと企んでいる節がある」

「後ろにいるのは誰だ?」

 揉事の具体的な内容には、あまり興味はない。問題は、誰がなんのために、そんなことを起こしているかだ。

「判らない……と云うよりも、ここまで騒ぎが広まれば、企みは自立し始め、首謀者も意図していなかった方向に物事が動き出すからな。だが魔王国ジルディガンズ辺りが、これを利用しようとしていると思われる向きがある」

「ロズデルン帝国と魔王国ジルディガンズは同盟国だろ? 経済的な繋がりも強い」

 ルイゼットも言ったように、ラゴ教を国教に据えるロズデルン帝国は、世界樹論者イグドラシラーに依る被害が最も大きい国だ。

「だが、アルネシア列島や、その周辺での出来事から、お互いに利権を奪い合う関係でもある。そして、経済的な繋がりが強いと云うのは、同時に、顧客を奪い合う敵である。最近は、その軍事同盟も見直すべき点が多いと、両国の識者が意見を交わすことも増えて来たしな。更に言うと、魔王国ジルディガンズはロズデルンと禍根があるカノ諸島の国家群と、関係を強く持とうと画策しているようだ」

 ロズデルンと魔王国ジルディガンズは、その得意とする技術分野にも、共通するところが多い。これは、商用利用できる技術が似通っていることを意味している。

 また昨今、ロズデルン内部の治世に揺らぎが出始めていることから、ロズデルン帝国周辺の衛星国家が、その依存先を鞍替えしようとする動きが見え始めた。その依存先の最候補として真っ先に上がるのは、あらゆる物事に関する規制が非常に緩く、ロズデルンとの距離が物理的にも時間的にも、そして情報的にも近い、魔王国ジルディガンズだ。

 ロズデルンから西にあるディエ・ラーパ共和国は、その独立性を強くし、周辺国家やエガリヴの一部都市国家なども巻き込んで、その存在感を増している。

 そんな迷惑な現状を加速させる切欠を拡めたのは、何処の誰なのか……。

世界樹論イグドラシズムを唱えだしたのは、もう五十年以上も前に死んだ東方の哲学者だ。だが、この学者ではない。これに神秘主義的なファンタジーを付与して喧伝した、別の何者かがいる。そして――」

「そのファンタジーの中に、墓狼を持ち出すものがあった」

 その言葉を認識した瞬間、俺は腹に石を放り込まれたような重みを感じた。と同時に、全てを合点がてんして、目眩がした。

「それで、エガリヴ聖教会内部から、あえて気付かない振りをしている場合ではないとなってしまった訳か」

 エガリヴに取って、異教の存在は悪に等しいものだ。最近は、その考えも革める傾向にあるが、異教が異教であるのは変わりなく、エガリヴがその全てを受け入れる訳ではない。

 エガリヴの発展には吸収と融合もあったが、排除と淘汰があったことも事実。完全に廃絶され、文化のみならず、土地や血筋が失われたものも多い。イアムネーゼやヘステゴル、そしてエルゲネコン――奉ろわぬものを挙げれば切りがない。名が後世に伝わっているだけでも、まだ良い方なのかもしれない。

 エガリヴが他の文化を吸収し、それと同化できるのは、エガリヴと云う確固たる基礎が存在するからだ。だが、そのシステムの中核となる部分同士は、どうしても競合し、互いにエラーを吐き出す。システムの一部を簡略化させ……ソフトとしてなら、多重起動させても問題なく、システムは走るかもしれない。その場合は、そのソフトを起動させる側のパフォーマンスが高いことが求められるが、エガリヴには長い歴史と交流に拠って裏打ちされたパフォーマンスがある。

 だが、その簡略化と吸収は、相手を下に見るのと同じ行為であり、対等ではあり得ない。確実に反発は起こるのだ。エガリヴが相手を認めたとしても、相手がエガリヴのことを認めるとは限らない。異なると云う時点で真の対等はあり得ず、必ず何処かの面で優劣が生じる。しかし、それが何よりも、亀裂の原因となる。

「どの民族も、自分たちが最高の民族だと思っているからな。……幸せな生活を送っている場合に限るが」

 世界樹論イグドラシズムとエガリヴとの共存は、まず不可能だろう。それどころか、五大法外アウフとの相性も最悪だな。いくらアウフと云えど、流石にハイムを否定されば根幹を失ってしまう。

 もし、エガリヴが無視して来たエルゲネコンが、世界樹論イグドラシズムなどと云う、外来に取り込まれでもしたら……。

 面倒なファンタジーをこしらえてくれたものだな。

「だが今回の一件で、アセナはエガリヴの神話体系の中に、強引に取り込まれた。表面上。形の上ではな」

「けれど、それも盤石なものにはなってないだろ。アセナに関して、エガリヴとは異なる説を持ち出すものがいても、不思議ではない」

「そこでだ、エルゲネコンにも教会が設置されることになるだろう。そして、里の適当な誰かを救道者キューダーとして教育することになる。エガリヴに取って、アセナは存在しないものではなく、許容できるかもしれない異教になった訳だからな」

 難儀だな。目前に迫る、外部との大きな争いの種を潰すために、歴史と文化を捻じ曲げ、内部での小さな争いの種を芽吹かせなければならなくなるとは……。そしてそれに勝たなければ、エルゲネコンは血を見る羽目になるなんてな。

 間違っている言葉を、正しいと思うことのために紡がなければならないのか。これも、悪と言えるだろうか。しかし、エガリヴの教義には沿う行いなのかな。もう、このレベルになってくると、俺の頭では、どうにも理解できないし、理解できたところで、どうにもならない問題だ。

 確かに、エガリヴはそのように発展して来た向きが――いや、どんな文化でも、そのように発展して来た向きはあるが、エガリヴのために、エルゲネコンの意思を無視しなければらなないのには、気が引けた。

 ……これについて考えるのは、やめよう。俺、タルナド人だし。俺は自分の考えと、さっき告げられた情報を整理するために、暫く頭を抱えていた。

 折を見て、ルイゼットが告げる。

「規正を解いておこう。これで、お前も世界樹論に関する情報を得ることができる」

「いいのか?」

 その疑問への返答には、鍵は掛かっていなかった。

「私たち赤い断頭台レッド・ギロチンは、人に依る断罪と破戒を教義としている。知っているだろう? それもひとえに、人類に対する、無償の愛故の行為だ」

 それはまた、随分と立派なことだ。無償の愛とは、まるで母か神だな。ああ、何が神意エガリヴのお気に召す行動なのやら。

「ああ、そうだ」

 不意に、ルイゼットが何かを思い出したように言う。

「おい、セイントを貸せ。イーゲルストレームからぶんって来た。付けてやろう。喜べ。この私の手で、付けて貰えるのだぞ」

 そう言ったルイゼットは、俺の返答を待たずに、俺の襟に付いていた飾りを外し、それに何かを付けている。

「これでお前は、星十セイント・テン緑襟グリーン・カラーだ。エガリヴ史上、8人目らしい。丁度、50年振りだそうだ。救導者キューディンが現在のような運用されるようになってからは、初になる」

 星が9個から10個になった褒章を見て、俺は微妙な心持ちになった。今回のことが、功績になるのか。

 何かに唾を吐きたくなった。だが、何に吐けばいいのか分からず、俺は軽口を叩くことで、その鬱々したものを誤魔化すことにする。

「できれば、史上初を狙いたかったな」

「タルナド人で初の救道者キューダー。それでは不服か?」

「それは……努力の賜物ではない」

「我侭な奴だ」



 沈黙のあと、俺はルイゼットにあることを切り出した。

「頼みがある」

「嫌な予感しかしないが、なんだ?」

 俺、そんなに普段から面倒事ばかり押し付けてたっけか……? ああ、押し付けてたな。

「エルゲネコンの里に、救導院キューディンに入りたいと云う者がいるんだ。取り成せないか?」

「なるほど、先程の話の続きか……」

 別にそう云う訳でもない。本当なら、帰ってからオートリス教師メンターにでも相談するつもりだったが、どのみちルイゼットらにも話は通しておくつもりだったし、少し話題に出たからと思っただけのこと。

 この様子だと、あまり悩むことなく、この件は解決し――

「残念だが、それは我々《レッド・ギロチン》の仕事ではないからな。エルゲネコンの教長か、東アステリア救導院キューディンの管轄だ。エルゲネコン教長の選出はこれからになるが……」

 ……ないみたいだ。

「何か、コネは使えないのか?」

「いくらなんでも、聖教主サン・ラーク様に頼むようなことではない、雑事だしな。それに、アステリアの派閥と我々は、何かと揉めることが多いし……」

 参ったな。

 まぁ、構わないか。別の手はある。



 そうだ、すっかり忘れていた。これを確認しなければ話にならない。さっきから自棄に静かだからな。

「俺を見付けたとき、仔狼はいなかったか?」

 しかし、さっきから質問してばかりだな。

「仔狼?」

 ルイゼットは、俺の質問の意図を汲めていないようだった。だから俺は、続けて補足の質問を重ねようとしたが、それをルイゼットが手で制す。

それから、少し考え込むような間があって――

「いや、何も」

 含みのあるテレパスで、ルイゼットは答えた。

 俺は、含みの意味を考える。しかし、それが何を含んでいたのか分からない。そしてルイゼットの顔を見るが、それは窓の方を向いており、含んだものの意味を説明する気は、更々ないようだった。



「ともかく、態々《わざわざ》、ありがとな。迎えに来てくれて」

 東アステリア城に到着する間際。俺は全てのことが片付いたことを自覚するために、ルイゼットに礼を言った。

 とにもかくにも、今回の一件は、これで一応の解決を見た訳だ。ああ、実に疲れた。もう、こんなややこしいことには関わりたくはない。

「別に。私も死ぬまでには見ておきたかったからな」

「何をだ?」

「アステリアの夜明け。これを見ずに死ぬのは愚か者かドンクルぐらいと言うだろ? 以前にアステリアを訪れたときは、見損ねたからな。……見ろ。もうすぐ、ロッシュ山脈の頭から、陽明サン・ラーク様が顔を覗かせる」

 東の窓から、一筋の帯が差し込んできた。

 ロッシュ山脈の峰と峰の隙間から、光が漏れている。銀杏の葉のような裾野から広がる高原も、湖も山も、一面の霧に包囲されていたが、その筋はまざまざと、眼に届いた。それ程、強烈な光だった。平地に落ちる山の陰が、霊妙なる様を生み出している緑の空間には、一目でその全体を把握できる、可憐で小さな池沼が無数に散らばっており、それらが磨かれた銀のように、光を弾いている。

 これを見て人は――

「巨人の足跡が輝いている」

 と言うらしい。

「噂に違わず、見事な光景だ」

 最も夜明けの美しい場所、か。

 なるほど……アステリアの地がそう称されるのは、アステリア人の民族優位主義エスノセントリズムから来るものだけでも、なかったのだな。

本来なら先週にでも上げるつもりだったのですが、すっかり忘れてました。


一応、これが最終話なので、完結にはなるのですが、戦闘のみの部分を飛ばしてしまっています。

なので、その部分は追々上げます。多分、年内には。いや、せめて11月までには……!

話の筋は崩れないので(というか戦闘シーン自体、後から付け足したもの)どうかご勘弁を。

この件については、以前の後書きでも少し触れていますが、しかし、前話が間に合わなかった最大の理由は、別にありまして……。


ずっとゲームしてました。


いや、なんというか、あれです。言い訳させてください。

言い訳なんぞ知るかって方は閉じてください。


フリーゲームなんですけど、期待してたゲームがあったんですよ。

フリーゲームなんで、いつ更新されるか、完成するのか、商業ゲームと違って曖昧なんですよね。

それがまさか、二本も立て続けに更新されて、更に面白そうなのが二本も新たに発表されたら、いや、もうね。やらざるを得ないけど、他のことに手が付かないって話でして。こう、計画がね? ずれるっていうかね?

食事や寝る間さえも削って、ずっとやってました。


マジですみません。何より、自分に。


けど、いつものように反省はしない。てか、今更できるような生き方をしていない。

こういう人間なんで、もうそこは諦めて、自分自身と真正面から向き合おう。

と、ちょっと良いこと言った風な体で誤魔化しながら、後書きを終了します。



……いけない。危ない。書く予定だった普通の後書きを書き忘れるところだった。

けどまぁ、それはまた今度にします。


今後の予定については活動報告で。

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