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最も古い新しいアセナ

「軟弱な。これだから口先だけの喚き散らす奴は……。仕留めにかかるぞ。時間稼ぎをしている余裕はない」

 仕留めに?

「やるしかないだろう。縁が繋がった情態の方が、呪術は通り易いしな」

「しかし、どうようにして瘴気を防ぐおつもりで御座いますか? それがしの術でも限界があるのですが……で御座る」

 呪術の使用中……呪術のみならず、テレパスを用いて他へ干渉している最中は、瘴気からの影響を受け易いことが判明している。しかし、その中でも呪術に該当する術式は、瘴気に対して極めて危険であることが多い。

 テレパスを用いて他へ干渉している際は、それに比例して、発動者が受けるテレパスの影響も増加する。そして、瘴気とテレパスは、コントロール可か不可と云うだけで、本質的には同質の、非物質的な何かだ。

 つまり呪術は、往々にして攻撃者側が一方的になり易いだけであって、テレパスに依る殴り合いのようなものなのだ。

 この影響を軽減するには、術者の技量と、用いる術式の優劣でどうにかするしかない。そして、憐れなカトプトの仔は、無理に手を引かれて歩いている赤子のようなものであり、技術力など皆無。更に術式は使っておらず――と云うか所持していないため、自前の処理力だけでどうにかしている。

「これ以上は、流石にダレン殿が……。先程から、意識もないようで御座るし」

「術式を多重起動させるために乗っ取っただけだ。終わったら返す」

 それに、瘴気に汚染されようが、生きてさえいればどうとでもなる。カトプトとの契約は、あくまで生かして返すことだしな。

 それは聞き捨てならないね。

『術式が応答しません』

「……お前がいたか、不純物。地方の妖怪如きが。邪魔だ。権限を寄越せ。消すぞ」

 君は瘴気を操れるのだろう?

「なんの話だ? 今は関係ないだろ。こいつを殺す気か?」

 瘴気は情報を変質させる思念の一種であり、本来その対象は無差別だ。それを操れるとは、変質速度の低下ではなく、変質する対象を指定させることができるのだろう? それに依って、魔族は瘴気の影響を避けている。自身が受ける影響を他に押し付けながらな。

 ……吾輩は、親元にバックアップがある。インストーラーさえ残っていれば、復元は簡便で済む。

「なるほど、気に食わん提案だが、まぁ良い。私もそこまで強情ではないからな」

『[情報を秘匿します]を実行。対象を“新しいアセナ(4)”に指定。瘴気の影響を反らします』



「……待てよ」

 絡み付いた歯朶しだを引き抜いて、根元に叩き付けた。混濁した意識が正常に戻り、先程までよりも悟性がハッキリする。

「やっと口を利いたか、カトプトの仔よ」

「インストーラーなんか入れられた覚えはないぞ!!」

 空間が歪んで見える程に瘴気が濃い。そして俺の代わりに、その影響を仔狼が引っ被っていることも理解した。

「自力でコントロールを奪い返したのは褒めてやるが――」

「ヒトミツケダァ!!」

「悠長に会話している場合では御ざりませんぞ!!」

 クソッ、悪魔がいなくなったから……!

 距離は大股で十数歩。奴の足なら一秒とかからない……筈だが? 悪魔の叫びで憔悴したのか、見るからに動きが鈍っているな。

 ならいける。

「ダレン殿!」

 足元の岩を拾い上げようとした直前、ザイーフが折れた切先を飛ばして寄越した。いざと云うときのためか、リカッソが長めに作られているお陰で、素手で持つことができる。

スタンプを実行します』

 だが、俺はそれを投擲物として使用することにした。

それがしの半身があああああ! で御座るう!」

 喧しい。

 熱量を持った金属塊は、ほぼ直線を描いて一つ目に直撃する。だが、込めたエナジーが少なかったためか、先程のような威力は出ない。しかし、それでも十分だった。

 一つ眼に直撃し、アレが必死に悶えている。

「なるほど、眼が弱点か」

「そりゃ、大概のものは眼が弱点で御座るよ……」

 いける。

 このままここで力を見せれば、ラプラスも呪術の使用を考え直すかもしれん。あんなことをしていたら、俺か仔狼のどちらかが狂ってしまう。

 だが――

「アレをよく見ろ。ヒトの常識が通用する相手ではないぞ?」

 様子がおかしい。瘴気が、その潰れた眼を包み込んでいる。かと思うと、それが急激に萎み出し、損壊した箇所が復元されていた。

 どう云うことだ? 

「瘴気の変質を利用した自己再生か。原理は悪魔召喚と同じだな。自己を現世に召喚し続けているのだな? これは面白い。参考になる」

 何が面白んだよ。怖いわ。どいつもこいつも、人智を軽々しく飛び越えていきやがって……!

「ザイーフ! もう一度だ!!」

「うぅ……。折れたとは言え、きっちり痛覚は残っているので御座るが……」

スタンプを実行します』

 渋るザイーフを無視して、俺は悶絶するアレに第二投を叩き込む。が、しかし、同じ手は食わんと言うように、アレは器用に体を仰け反らせてザイーフを躱す。だが、その動きは読めていた。

 左手に用意していた石礫を、着地する瞬間の足に向かって投げ付けた。それが直撃し、石礫が砕けると、そこから抉れた肉片が飛び散るのが見えた。

 直後、お返しとばかりに、殺意の礫が乱れ飛んでくる。慌てて回避するが、その間にもアレは距離を詰めてくる。

「ザイーフ! 呆けるな!!」

 叫んでいる最中、抉った足が再生していることに気が付く。

「もう嫌で御座る……。これ、労災降りるで御座るか?」

 蜘蛛は、もう限界らしい。動こうとはしているらしいが、どうにも覚束ない。今にも地面に落ちそうな具合だ。

 もう自分でなんとかしようと、ふらふらと漂うザイーフを引っ掴む。幸い、この程度の猛攻なら、人間の動きでも対応はできる。どの攻撃もストレートだしな。

 カウントする限り、毎秒で十数発。その内、直撃コースは3~4発。残りは牽制で、こちらの動きを封じる目的だ。なら、上段から中段に来たものは剣で弾き、下段は躱せば問題ない。攻撃を集中されたら厄介だな。

スタンプを実行します』

 足元の石を泥ごと蹴り上げ、牽制と目眩ましにする。なんとか眼に当たればいいが、そう上手くはいってくれない。

 ともかく、距離を開ける必要があるが……。

 距離が詰まると、アレも攻撃パターンを変えてきた。上段に攻撃を集中させ、剣を弾き飛ばすつもりらしい。

 ただでさえ柄がなく持ち難い上に、刃は付いていはいないとは言えど角はある。振動で指が痺れて痛い。反して、足元は開いたので、移動と攻撃はし易くなったが……脚ではスタンプが走り辛い。それに、泥や石では狙いが定め難く、まぐれを狙う以外に他がない。

 神の加護さえも届かない空間で、偶然に頼っている暇などない。何か、別の手段を……。

「ラプラス。何か他に手はないのか?」

「だから私の導きを受け入れろと」

魔神マシンと唾棄されている割に、全能からは程遠いな。この無能さを知れば、対魔連も魔神要件の見直しを考えるだろうよ」

 呪術を使わせる訳にはいかない。ザイーフがくたばった今、瘴気を処理する方法は、新しいアセナ(4)――でいいのか?――を盾にする以外にはなくなっている。

「勝手に殺さないで欲しいで御座る」

 そして、それも本来は本意でない。

「もやしが言えた義理はないな。何もできん理想論だけの若輩者が。使えるものなら使ってしまえ。不利益がない限り最大を求めろ」

「それは魔導の考え方だろ。その理屈は俺の理屈ではない」

「強情だな。貴様のカトフ教も、アウフの仲間ではないか。何を拒む必要がある? それとも、カトフの教えを捨てたのか?」

 会話に気を取られ、回避し損ねた攻撃が太腿の皮を裂いた。平気だ。動脈と骨さえやられなければ問題ない。

「俺は改宗や棄教もしてないが、エガリヴ教には帰正してるんでね。自分を救うのに他人を犠牲にしてはならんと、教祖エガリヴが仰られたので仕方がない」

「命のためには、信仰心など捨てた方が賢明だぞ?」

 とてもハムイの言動とは思えないな。

「それが自分の命ならそうしている。だが、アセナは俺のものじゃない」

「……そこまで吠える気力があるなら、恐れずに力に身を委ねろ」

 俺が恐れてるだと?

「恐いのだろ? 自分の力が。――確かに、人間の中ではやや突出している方だがな」

 だが所詮は人間。我執を嫌うのに叡智を求める。他人を助けたがるのは利を得たいがためだ。救道者キューダーなど、そのような欺瞞の局地よ。そんな半端なところにいては、何者にもなれん。解脱を目指している訳でもないだろう? なら楽になれ。

「また性懲りもなく……! これでは、手助けか邪魔なのか判らんわ!!」

 頭が焼けて重い。鈍痛と熱で思考が陰る。全てにもやがかかって、吐きそうだ。攻撃が肩と頬を掠めたが、その痛みすらもあまり感じない。血が脇腹を垂れたのだけは解った。

 手元が狂う。

「痛いで御座る!」

 短く折れた方のザイーフが弾き飛ばされた。これではあとが――腕一本、捨てるか。

『レッドライセンスキー・レプリカを使用します』

シリーナーを実行します』

スタンプを実行します』

 左胸から首にかけて直撃する攻撃を左腕で受け止め、直ぐ様、その腕を肘から叩き落とすように切断する。被弾した左腕は木っ端微塵に砕け散り、血と骨が粉塵となってコートに染み込んだ(シリーナーのお陰で感覚はないが、それでも嫌な気分だ)。その衝撃波で、やや姿勢を崩したものの、返す刃で腹部と頭部にきたものをザイーフで払い退け、それを大きな一つ眼に投げ付けた。

 が、これでは終わらない。

スタンプを実行します」

 多少、骨肉が削れても構わん。必要最低限を残して、体内の熱量を大気に走らせる。多くへ影響を与える行為は、瘴気の影響を受け易いが、それにもタイムラグは存在する。

 一瞬で潰す。

 鈍音がアレをつんざいた。



 俺はアレが悶絶している内にザイーフを回収し、全力で走り抜けていた。腕が片方ないため非常に走り辛いが、歩を進める度に行動が最適化されていく。

 仔狼は、まだ機能しているらしい。

「生きてるか? 仔狼」

 ……腕を犠牲にして、やっと距離を取れたか。大きい損害だね。

 また再生させないとな。それより、これからどうするかだが……息をするのを忘れていたことを思い出す。

 慌てて息を吸うと、足元が揺れて走度が落ちた。もう、身体に熱量が残っていない。

「どうやら、アレは復元を終えたらしい。互いの移動速度と距離から考えて、五分以内には射程範囲に入るな」

 その間に腕を再構築するか? ……いや、質量が足りない。それ専用の治療キットが必要だ。

「私でも、腕の復元には十五分以上はかかる。それに、瘴気の変質を利用した復元なので、心身への損傷も大きい。器を一から作り直した方が早いかもしれんが……魂が安定し切っていない情態で乗り換えを繰り返せば、魂の摩耗が激しい。全く、これだから非魔族プーレは扱い難い」

 なら、腕は諦める他ないか。

「ヒトイニオイダァ……」

 もう追い着いてきたのか。

テレパスだけだ。それでも脅威だがな。だが、アレに取っても、瘴気が毒であることに変わりはない。離れた場所にまで影響を及ぼす法は、リスキーな筈だ」

 だとしても、猶予があるだけで手段がない。もう一度、さっきのジャバウォック型を召喚するか?

「それでは決め手に欠けるだろう?」

 一日も持ちそうにないな。

「では、仕留めにかかるぞ? 三分もあれば終わる」

「だがそれでは――」

 瘴気は吾輩が請け負うから、心配は無用だよ。

「……狼、何を言っている」

 少しの間、眠るだけだ。

「それは具体的に、どの程度だ?」

 天地と同じで、知に限りはない。

 確か、さっき時間は認知や知識だとか詭弁を弄してたな? ってことは……無限か?

「蝶の夢かよ。馬鹿々々しい」

 限りあるから時間だろ。永久の眠りって、それは死と同じだ。

「狼、少し黙ってろ。――いくら魔神マシンの手引でも、術者本人の意志がなければ、術は効率的に走らんぞ。別の手を用意しろ、魔神《マシン〉」

「全く理解できんな。そこまで、その悪霊に肩入れする義理はあるのか? それも承諾していると言うのに」

「ラプラス様が悪霊って、流石に言えた義理じゃないで御座る」

「黙れザイーフ。――どうなんだ?」

 本当は、その仔狼を出汁にしているだけで、己が力を振るうのが怖くて仕方ないだけだろう? 他者を無意識に傷付け、自らも郷から追いやられる原因となった力が。

 確かに怖い。それは認めよう。だが、それだけではないことは、先程も説明した筈だ。

 ……このまま押し問答を続けている時間が無駄だ。

 考えろ、考えろ、考えろ。何か、ヒントがあった筈だ。こう云うときは、初めに立ち返って……。

「……そもそも、退ける必要はあるのか?」

「はぁ? 気でも違えたか?」

「確か、お前の最も得意とするのは、先見カトプト・アイと同じ物理シュミレーションだろ? なら、俺との相性は良い筈だ」

「それで? 何をしろと? まさか観察だけで何かできると?」

「そもそも、アレは何故、俺を執拗に追ってくる? それさえ判明すれば、武力行使する必要はないかもしれない。

「そんなもの、知れる訳がないだろう。考え方から基本的な構造から何から、理解できる概念さえも、根本的に人間とは全く異なる存在だぞ? 私の処理力を持ってしても、人間に理解できるよう出力するのは不可能だ。観察で形而けいじ下的に行動を解釈することは可能かもしれないが、形而上的な理解など、できる訳がない」

 だが……それに近いことをしたオカマな破戒僧が、身内にいるんだよな。狂人だからできたことかもしれないが。

「仔狼」

「おい、無視するな。おい」

 なんだい?

「お前は、なんだ?」

 藪から棒にどうした?

「少なくとも、人ではないよな?」

「当たり前だろ」

「何故、俺と会話できている?」

 テレパス言語に依る概念の伝達が、言葉を共有しない者同士の会話を可能にしている。

「お前は今、何処にいるんだ?」

 難しいことを訊くんだね。

「俺に寄生してるってことは、俺の脳みその中にいるんだよな?」

 そもそも初めに立ち返って、墓狼とはなんだったのか。如何に霊的存在だとしても、宿主や発信源が必要である。悪霊も観測する人間がいなければ成立せず、神も思考する人間がいなければ成立しない。

 アセナ(母体)は、エルゲネコンに宿る知的存在だ。エルゲネコンの空間と、そこに住まう動植物を媒介……いや、脳みそにして成立していた、巨大な何か。ソフト《アセナ》とハード《エルゲネコン》のどちらが先にあったのかは不明だが、もしかしたらこれは鶏と卵なのかもしれない。

 そして、この新しいアセナ(4)は、俺個人に寄生するアセナ。俺に無断で引っ付いて外に出ようとしたが、トラブルが発生したために、俺を別の器に一時的に格納し……?

 この細道は辛うじてだが、まだ完全には瘴気に侵されていないアセナの領域――エルゲネコンだ。俺はアセナの腹の中にいて、それと一体になりかけていた?

 これら、アセナのシステムは人工物ではない。そこに人の意思はあるかもしれないが、少なくとも、アセナが顕在化して人々の前に現れる前は無意識だ。

 人を始めとした動植物や無生物の無意識下に広がる巨大なネットワークを媒介として、情報を処理する巨大な脳みそ。それが見せる事象を、俺たちはアセナや墓狼と理解しているのか? いや、人間に理解しやすいように、アセナがアセナとして出力しているのか。

 なら……アレはなんだ? 俺はあいつに、神の陰を見た。人間が触ると碌なことにはならない何か。もし、アセナがエルゲネコンの現れだとすれば、アレはなんの現れだ? 俺の恐怖心のみが産み出した虚像にしては、存在として大き過ぎる。アレの脳みそはなんだ?

 そして、俺とアレが会話できないのは、共有する概念を持たないからだが、俺とアセナが会話できるのは、共有する概念を持っているからだ。

 大体、人間同士だって、国や文化圏が違えば会話が成り立たないことは、よくある。

 俺が初めにアセナと会話できたのは、黒髪の娘から墓狼の概念を教えて貰ったからだ。その前は、いきなり噛み付かれた。

 ……本質的には、同一のものなのか?

 なら、もしだ、仮に、アレの行動を観察して、解析し、形而下でもいいからアレの行動理由を解釈することが可能であれば、そこに概念を共有する余地が生まれる? 独り善がりな解釈に陥って、ドツボに嵌まるかもしれないが、ラプラスの処理能力を使えば間違いが起こる可能性は……。

「何を考えているんだ? カトプトの仔」

「ラプラス、やってみる価値はあるぞ」

「何?」

「俺の脳みそがアレの概念を理解できずとも、お前が解析して俺に出力することは可能かもしれない。それを俺が読み取れる保証はないが、こっちには人間が理解できるように、優しく噛み砕いで説明してくれる仔狼もいる。――こんな機会、滅多にあるものでもない。ラプラス、お前にしてみれば、カトプトに貸しを作る機会を失することかもしれんが、ただそれだけの問題だろう?」

 途中で、そう説得する言葉が、次第に己の好奇心を駆り立てていることに気が付いた。どうしようもない狂人かもしれないな、俺。

 そして短い沈黙の後、魔神の呆れたテレパスがした。

「魔境に落ちても知らんぞ?」



 体中に、ビリビリに張り付いている視線を辿っていく。すると、あの皿のような一つ眼に出会った。

 だが違う。これではない。これは悪意の……敵意の現れだ。これの根源を知らなければ。

「呪術と一言で表しても、その実態は様々だ。今まで用いようとしていたのは、否定的な概念で対象そのものを上書きしてしまい、存在を現実から抹消するものだ。だが、お前が望む術は、それを行う前段階のもの。まずは、対象の我を知る作業だ」

 行動するものに我が付き纏うのは、ハムイであっても例外ではない。我が存在しないのは、意志を持たぬ自然物ぐらいだ。まぁ、自身を現象として捉え、そしてそれには意味がないことを理解……違うな。理解は我がなければできない――悟ることで、我を払拭する方法もあるらしいが、外道には無縁な話だ。

「ヒトクサイなぁ……」

 近付いてきたな。

「他の我を完全に知ることなど、できはしない。当然だ。己の精神にすら、己では視ることができない領域がある。それは可視範囲と比べると、途轍もなく広大だ」けれども、外からでなければ発見できない領域も存在する。

「お前が理解できる可能性があるとすれば、それを探るしかない」

 淀んだ渦の中に、何か希望のようなしこりが見えた。問題はこの先だ。この中に、アレには理解できないアレが眠っている。

 選り分けるために掴み取った内から、触れた手が次々に蒸発していく。ラプラスでも計算できない領域だ。

 適当に弄っても、正解には辿り着かないだろう。当たりを付けなければならない。だが、そんな手がかりは、何処にある?

 ……ここは仔狼に頼るか? いや、それでは駄目だ。それでは、俺が理解したことにはならない。

 何かある筈だ。共通項か、違和感か、既視感か。懐かしい臭いでも、最近の出来事でもいい。何か覚えがあるものなら、悪意や嫌悪感でも構わない。

 ……思えば、俺はこの問題に携わってから、始終、付き纏っていた感覚があったな。

「疑惑と恐怖心」

 に似ているが、それとも異なる不安か……ん?

「今喋ったのは誰だ?」

「なんのことだ?」

 吾輩ではない。

それがしも知りませんで御座る」

 同時に「助けて」と、聞こえた気がした。

「まさか捉えたか!?」

 判らない。解らないが。分からないことではない。

「やはりな。元から視ることに長けたメンタル系の術者だ。呪術の素養がない訳がない。おそらく、今まで良い師に出会わなかったのだろう」

 そうではない。自分の意志で、この術を拒んでいたのだ。相手に入り込み過ぎるのが怖かったから。節操なく入り込まれるのも嫌だしな。それに――

「派手なのが好きな性分だからな。呪術は画的に映えない」

 そう、誰かを追い詰めるのは、趣味じゃない。

 天よりも高く、地よりも深いところ――逃げて逃げて逃げた末に、誰にも到達できず、孤独で光のない世界に、アレの心臓を見付けた。

「ミツケタァあああああああ!!」

 見付かったのはお前の方だ。

 心臓を掴んだ瞬間、俺に中に人間どころか、この世のものではない価値観が攻め入ってきた。その大半は理解不能なもので、今となっては脳が拒否しているのか、概要すらも思い出すことができない。

 だが、それでも理解でき、覚えていられることがあった。それは、人間も持ち合わせている概念だったからだ。そして何故、こいつは俺を呑もうとしていたのかも……。

「すまなかったな。別に、狩りをしに来たのではないんだ。冬眠が終わるまで寝ててくれ」

 殺されたくない。その一心だ。

 もしかしたら、これはアセナの負の一面ではないだろうか。

 エルゲネコンが抱える外敵への敵意と、外部への恐怖心、狩られて追いやられ、食われた者らの怨み辛み。そして、悲しみ。

 そうした、狼の姿を持つアセナの副作用とでも言うべきものは、エルゲネコンに取っては最大の敵となり得、自身にも牙を剥く。そして、抑制はできても、絶対に消すことはできない……。

 執拗に追い回すのは、追い回された仕返しか。くれと叫ぶのは命か。見付けたときの絶叫は、かつて己に向けられたのろいの言葉か。

 昔、ここで狩人を襲ったのもアセナではなく、奴なのだろう。

 ……だから彼らの食事は全て、川で穫れたものか、家畜や栽培されたものから作られていたのか。偶々かと思っていた。

 うろが見えた。全てを呑み込んでも、決して満たされぬうろが。だが、それは次の瞬間には消えていた。青空が見えた気がする。

 体から散り散りに抜けて行く瘴気の陰で、一人心地。



 脳に何も映らない世界。音だけが響いている。

「……嘘? で御座るか?」

「縁切りなど、そう簡単にできる訳ないだろ。割に合わん。私の力は安くない。あと……私の前でまで、その喋り方をする必要はあるのか?」

「何故、そのような嘘を?」

「カトプトに貸しを作れるからだ。結果的に上手くいっただろ?」

 汚い。流石は魔神マシン。汚い。

「……え? だったら何故、私にまで嘘を?」

「お前から嘘がバレては仕方がないからな。それに正直に言えば、お前は足止め役など引き受けなかっただろう?」

「それはあまりにも酷くはありませんか? 私は捨て石ですか?」

「どうだかな。……ところで、奴に決闘を挑んで負けたようだな? 潜ったときに解ったことだが」

「あー、それはですねぇ」

「言い訳は聞かんぞ」

「そのぉ、できれば、ダレン殿が眠っている間に、私との縁を切っては――」

「高いが払えるか?」

「無理です」

「なら知らん」

 どうもおかしいとは思っていたよ。

「ラプラス、お前、初めからその気だったな?」

「貴様……ザイーフではないな。誰だ。テレパスを偽装してまで神前に出た罪、決して軽くはないぞ」

「自分が助けた人間を軽々しく殺すのか? 流石は魔神マシンと呼ばれることだけはある。それと、偽装した訳ではなく、一部はちゃんとザイーフだぞ? 今は乗っ取らせて貰っているがな」

 あいつ、普段は御座る口調ではないんだな。無理があるから、意図的なのではとは思っていたが……。

「まさか……カトプトの仔か? どうしてこのアドレスが解った」

「タルナドの民が信仰するカトフ教も、外法アウフの端くれだからな」

 だから、只で乗っ取られてやる訳がない。ハムイを御する術は、ある程度だが心得ている。

「今後はアウフ相手に、不用意に扉を開けるのは避けた方が賢明だと思うぞ? 神様よ」

 とは言っても、タネは自体はなんてことはない。単純に、乗っ取られている隙にバックドアを仕掛けていただけのこと。新しいアセナ(4)が気を散らしてくれたのは功を奏した。案外、便利な奴なのかもしれない。

「私がお前に侵入している間に、お前も私に侵入していたと?」

「言いがかりは止せ。初めに釣り糸を垂らしてきたのはお前だろ?」

 旗魚カジキだって人を殺すことはある。こう云うことがあるから、エガリヴは船すら出さないと云うのに。そもそも、長距離テレパスに依る会話が成立していた時点で、俺がお前を探し当てたことに気付けと。

「あと、ラプラス。最後に一つだけ、間違いを訂正して置いてやる」

「なんだ?」

救道者キューダーの自他を助くとは、相互理解や相互援助も含まれている。寧ろ、それが主体だ」

 古代文明が崩壊し、人類は長い窮地に立たされ続けた。そうした時代、助け合いは生き延びるのに必須の手段であり、最も現実的な対応策だった。

「だから、これは何も独り善がりな思想や価値観じゃない。思想は必要から発生する道具だからな。矛盾もなければ、欺瞞でもない」

 ……貴様、本当にタルナド人か? 力で他を圧倒し、外方を寄せ付けず、内輪で閉じ籠もってばかりの……。それが、助け合いだと?

「エガリヴ教徒でもあるぞ。……俺は何処にいても異端者なんでね」

 だから里からも追い出されたのだが。まぁ、追い出す神あれば追い立てる神もいるってことだな。真理を知る筈のハムイでも、ここまで対応の仕方が異なるのだから、真理とは星の数だけあるものなのだろう。

「そうか……。では、私からも忠告だ。ここから退去願おう。――ハムイの時間は、現し世とは異なる。もう目覚めることをお勧めする」

 そして、扉が閉じられた。


一時、挿入する場所を間違えてしまい、これが16話の「エルゲネコンの細道(還)」の前に掲載されてしまいました。

しかも、話数を個別に削除する方法が解らず、仕方なしに編集でなんとかしたら、16話の後書きを保存する前に消してしまったので、何を書いたか忘れてしまった。

( ゜Д゜)ァハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \


まぁいいや

大したこと書いてなかったような気がするし

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