銀月の射手
夕暮れ時という時間の事もあり、市場は依頼から帰った冒険者達や仕事帰りの人達で賑わっていた。
「相変わらずこの時間帯は賑やかね、アッシュ!」
「そうだな。 まあ、賑やかなのはいいことだろ」
会話をしながら俺たちはぶらぶらと市場を回る。俺の左腕にはセラがぎゅっと抱きついている。そのせいで時々、嫉妬の混じった視線を感じるが気にはしない。元々Sランクというだけで様々な視線が向けられるのだ。Sランクになってからもう5年が経っているし、正直これぐらいの事には慣れた。
それに、視線は向けられてもちょっかいを出してくる馬鹿はこの街にはいない。ふと、そうなった原因を思い出し、苦笑する。
「? どうかしたの?」
「ああ、いや…… ちょっと昔を思い出してな。 あの頃はお前とこうして歩いているだけでよく突っ掛かれたなって……」
その言葉にセラも苦笑する。
「Sランクになりたての頃? ちょっかい出してくる人は全員ぼこぼこにしてたよね? そのおかげで視線は向けても突っ掛かってくる人いなくなったし」
「まあな。 っと、おっちゃん2つくれ」
「はいよ! 銅貨20枚ね!」
夕飯までのつなぎにちょうど良さそうな豚肉の串焼きを発見し、セラの分も合わせて購入する。
精霊であるセラに食事は必要ないが(というより俺から常時送られている魔素が食事に当たるのだが)、人と同じ食事ができないわけではない。実体化させるだけの魔素を送れば可能なので、セラの存在を隠したい時以外は基本的に一緒に食事を取るようにしている。
セラも食事を楽しみにしている節があるし、一人でするよりもよほど健全だろう。それに……
「美味しいね、アッシュ!」
それにこんな嬉しそうに満面の笑みを浮かべられたら、また食べさせたくなるに決まっている。
そんなことを思いながら俺達2人は市場巡りを続けた……
*****
(さて、そろそろ宿に戻るか……)
懐中時計でもうじき3時間経つのを確認し、宿に戻ることにする。
「セラ、そろそろ帰るか」
「ん、ちょっと待って。 アッシュに用がある人が来るから」
「? 誰……」
だ、と言う前に後ろから肩をトントンと叩かれる。振り返ると、そこには見覚えのある少女の姿があった。
「やっほ~アッシュ、セラちゃん! 元気?」
「元気だよ、リル! 半年ぶり!」
「リル、お前か……」
元気よく答えるセラとは対照的に俺は脱力する。
目の前にいる少女、リルカーナ・ウェイウッド。俺と同じ銀髪で、俺とは正反対の純白のローブを着こんでいる、水色の瞳をしたエルフだ。リルは水の高位精霊と契約している。精霊同士には特別な連絡網のようなものがあるらしく、そのためにリルの用事に気付いたのだろう。
「セラ曰く俺に用があるそうだがなんだ? 『銀月の射手』の用だと嫌な予感しかしないんだが……」
「あはは、まあ厄介事なんだけどね。 Sランクの中でも上位3人に入る『黒衣の剣聖』の力をどうしても借りたくて。 絶対倒したい魔物がいるんだよね~」
ぎこちない表情で笑うリル。まあ、共闘依頼と考えていいだろう。で、討伐対象が何かなんとなく予想はつくが……
「ダークネスドラゴンの名付き、一緒に倒さない? 前に防衛依頼で闘ったんだけど逃がしちゃってさ~ 今度はどうしても倒したいんだよね」
リルのその言葉に驚く。確かに街や城を守る防衛依頼は敵を追い払うだけでいい。いいのだが、Sランク冒険者ともなれば逃がすことなどまず無い。つまり、その名付きがそれだけ強かったということだ。
「……お前一人でやったのか?」
「ううん、『深慮の狂戦士』も一緒だった。 なのに逃げられたから余計に仕留めたいの。 報酬は白金貨3枚だから1.5枚で良い?」
俺はその言葉に二重に驚く。1つはSランクが2人掛かりで仕留められなかったということ。もう1つはいつの間にか受けること前提に報酬の話をしだしたことだ。
「とりあえず落ち着け。 もうちょいゆっくり話を聞きたいから宿に行くぞ。 どうせそっちも『至高の頂』に泊まってるんだろう?」
「うんそうだよ。 確かにゆっくり作戦練る必要があるよね。 よし、宿に行こ~!」
だから俺がいつ受けるっていった!?、と怒鳴りそうになるのを堪え、俺達3人は宿屋に向け歩き出した。
リルが意気揚々としているのを見て、俺は頭を抱え、セラはリルと俺の姿に苦笑しながら……