黒衣の剣聖
彼女たちの事をジョゼフに頼むと俺はギルドに向かった。ジョゼフに任せておけば問題は起きないだろう。3時間という時間は長いが、市場でも回れば時間はつぶせる。
ギルドの扉をくぐると扉越しにも聞こえていた喧騒が急に止み、ギルド内にいた冒険者がこちらを見てくる。もはや慣れて気にしないことにしている俺は受付嬢のいるカウンターに行き、討伐証明部位であるマナイーターの核石を懐から取りだした。
「マナイーターの討伐依頼、完了した」
俺がそう告げるとおぉ……、というどよめきが一瞬起こる。しかしそれもすぐに止み、さすがSランク……、化け物だな……、などのつぶやきが聞こえてくる。全て聞き流しているが……
受付嬢はにっこりと笑い、さすがですねと報酬の金貨50枚が入った袋を渡してきた。報告も済んだし市場でも見て回るかとギルドから出ようとすると、
「あっ、待ってくださいアッシュさん。 ギルドマスターから話があるそうです」
と受付嬢に呼び止められた。
此処のギルドマスターとは親しい仲だし、恩もある。まあしばらく暇だしなとカウンター横の“関係者以外立ち入り禁止”と書かれた扉を開け、応接室がある奥へと入る。そこには壮年のおやじ、カーラルタのギルドマスター、ドルトの姿があった。
「久しぶりだなアッシュ! まあ座れ。 セラの嬢ちゃんは元気か?」
と笑みを浮かべて席を進めてくる。俺も座りながらフードを取り、挨拶を返す。
「お久しぶりですドルトさん。 3か月ぶりですかね? ……セラ」
最後の一言は、傍から見たら虚空に話しかけたように見えただろう。しかしドルトは疑問に思わない。そこに誰がいるかを知っているからだ。
俺の中の魔素が1割ほど減るとともに、一人の少女が現れた。見た目は16~17歳程度の美少女で、若草色の髪を腰まで伸ばし、髪と同じ色の瞳でドルトを見ている。しかし彼女は人間ではない。俺と契約している風の精霊、セラフィード、通称セラである。精霊には下から順に微精霊、下位、中位、上位、高位、大精霊とランクがある。セラは俺と初めて会った時、セラは上位精霊だったが、今では高位精霊へとランクが上がっている。
セラはにっこりとほほ笑むと、ドルトに挨拶をした。
「久しぶり、ドルトさん! アッシュと一緒に仲良く楽しくやってますよ~」
「そうか! 仲がいいのは良いことだ!! アッシュはイケメンだから他の女にとられないよう気をつけろよ!!」
そう言ってからからと笑うおやじ。それにハイ、と元気よく答えるセラ。
恒例のやり取りだが、勘弁してほしいと毎回思う。確かに、それなりに整った容姿であることは自覚している。男にしてはやや長めの銀髪も、黒い瞳や黒のコートとあっているだろう。しかし精霊と契約していることを隠すために普段はフードをかぶっているから(精霊と契約すると片目だけ精霊の属性に合わせた色に変化する。俺の場合、左の瞳が若草色になった。)、容姿について知っている者は少ないんだが……
とりあえず俺は一度、空咳をして話を促す。
「で、俺たちを呼んだってことはなにかあるんでしょう? さっさと話してください」
「なんだ、藪から棒に? 俺が旧交を温めようと考えたとは思わんのか?」
「そういう台詞は昔の事を思い出してから言ってください。 会うたびにAAA~Sランクの依頼を受けさせられてる記憶があるんですが?」
俺の言葉に不満げな様子を見せたのでそう返すと、ドルトはうっ、と言葉を詰まらせた。
「マナイーターはもう倒しましたが他にも何かあるんですか?」
と問い質す。すると口ごもりながらも、
「うん、まあ、その、なんだ…… 最近この近くにダークネスドラゴンの名付きが来たらしくてな。 気をつけてくれって、まあ、言おうと思ったんだわ」
等と言ってきた。
俺はその言葉に眉をひそめる。明らかに討伐して欲しそうだ。だが、ドラゴンは赤ん坊でもない限り、最低でもAランク評価される魔物だ。そして、Sランク相当の力があるドラゴンには名前がつけられ、名付きと呼ばれる。はっきり言って名付きのドラゴンは他とは別次元の力を持っており、俺でも苦戦は免れない。
「……名付きの龍が相手だと即答はしかねます。 知っての通りSランクの魔物の強さはかなりバラバラです。 勝ち目があるか分からない」
Sランク扱いされる魔物はランク分けが雑だ。AAAランクが勝てない魔物=Sランクの魔物というように分けられるため、他のランクの魔物よりも遥かに実力にばらつきがある。俺もこれまで何度となくSランクの魔物を倒してきたが、最弱の奴は1分で決着がつくほど楽勝だったし、一番手強かった奴は他のSランク冒険者2名の力を借りてようやく倒したほどだ。
「いや、分かってる。 無理を言うつもりはない。 ただ万が一の時は指名依頼を出すかもしれんから聞いておいて欲しかっただけだ」
とドルトが真面目な顔で言ってくる。
俺は溜息をついた。指名依頼はギルドマスターのみ出すことができ、指名された冒険者はその依頼を必ず受けなければならない。その冒険者でなければ達成できない依頼がある時のみ発動できる権限だが、その条件は満たしている。
「……分かりました。 その時は引き受けますよ。 万が一の時って街が襲われるとかでしょう? なら、受けざるをえませんしね」
そう言ってもう一度溜息をつく。Sランクの魔物に襲われたら間違いなくこの街は壊滅する。だからこそ、勝てる可能性がある俺は、闘う覚悟をしておく必要があるだろう。深手を負う可能性も高いが。
「すまんな…… 話は以上だ」
話が終わった瞬間、空気が重くなった。当然だ。極めて危険な依頼をすることになるかもしれないのだから。ドルトの様子だと、万が一になる可能性も高いのだろう。
俺もドルトも立ちはしたがその場を動かず、沈黙が流れる。すると、それを振り払うようにセラが、
「よし! それじゃあアッシュ、デートしよ、デート! 市場でショッピング!!」
と言って俺の腕を引っ張る。
オイ、とあわててフードをかぶる俺と、それを見て苦笑いを浮かべるドルト。少し前の気まずい空気はすっかり取り払われている。
(セラにはいつも救われているな……)
強敵との戦いの時も、今のように空気が重くなった時も、心が沈んだ時も、いつも彼女には救われている。本当に最高のパートナーだと思える。
そして俺は引きずられるようにギルドを後にし、セラと共に夕暮れ迫る市場に向かうのだった……