世界の常識
この人は一体何者なのでしょうか?
門番と一言二言話しただけで私たちを連れて簡単に街に入れ、疲れているだろうからと連れてこられた宿屋はいかにも高級そうな場所。私たちに払わせる魂胆かとも思いましたが、宿の人たちとは顔なじみの様で、私たちの分の料金を涼しい顔で(いえ、顔は相変わらずフードで見えませんが雰囲気的に)払っています。もう訳がわかりません。そしてさっきの行動もです。
借りた部屋の前まで来ると彼は、
「さて、俺はこれからギルドに依頼達成の報告に行く。戻って来るまで3時間は掛かるからそれまでゆっくりしててくれ。 この国、と言うよりこの世界の常識についてジョゼフ……受付にいたあの執事なんだが、に説明してやるよう頼んどくから話を聞いとくようにな。 はっきり言ってルーフェリアの常識は世界からすると極めて非常識だ。 後、一応当面の生活費としてこれ渡しとく」
等と言ってやけに重い革袋を渡してくると宿から出ていきました。
ギルドの事を私は知りませんが、普通3時間も掛からないのではないでしょうか? この時間は私たちがジョゼフさんから説明を聞く時間、そしてアッシュさんへの対応を考える時間としてくれたのだと思います。
何故彼がここまでしてくれるか分かりませんが、とりあえず部屋にまでやって来てくれたジョゼフさんから話を聞くことになりました。
どうやらルーフェリア出身だということをアッシュさんから聞いたらしく、ジョゼフさんは私たちに足りない知識をピンポイントに教えてくれました。
彼が話してくれたことは大まかに分けて3つ。
先ずギルドの事。ギルドは大抵の冒険者が所属する組合の事で、全世界の8割の国に存在し、民間、国家問わず依頼を集め、ランク分けをしてそのランクに合った組合員に提供するそうです。ギルドに登録するとギルドカードが発行され、自身のランクの証明だけでなく通行証の代わりとしても使用されるそうです。なぜルーフェリアに無かったかというと人種差別がある国には創らないそうです。これは人種、性別、年齢に関係なくただ実力のみを絶対の判断基準にするためとのことです。そのため一般的には人種差別が無く、それをすると周囲から非難されるのでしないようにときつく言われました。ランクは高い方からS、AAA、AA、A、B+、B、C、D、E、Fと十段階あり、最初は全員Fランクから始まります。依頼を達成すると、それに応じた報酬、ギルドポイントが入り、ギルドポイントが一定値を超えるとランクが上がるそうです。Cランクが平均的な冒険者、Bランクからがベテラン、Aランクの時点で人間をやめかけている存在らしく、AAAからは人外で、二つ名が存在するそうです。最高ランクのSランクは10人しか存在せず、彼らは小国なら1人で潰せるらしいです。
……本当に人間なのでしょうか?
次に貨幣の事。ギルドが存在する国には共通貨幣という物があり、他の貨幣はほとんど使われていないとのことです。価値の高い方から白金貨、金貨、銀貨、銅貨となり、100枚でワンランク上の貨幣1枚の計算らしいです。ちなみに一般的な家庭の月収は金貨2~3枚、Cランクの段階でその倍稼ぐらしく、冒険者は割とお金持ちだそうです。私たちが泊まる代金として金貨10枚も払い、生活費として大量の銀貨を置いていったアッシュさんのランクはいくつなんでしょう?
3つ目……これが驚いたのですが、魔導具は一般的ではなく非常に高価なものだということです。なんでもルーフェリアが技術のほとんどを独占して外に漏らさないからだそうです。そのため、ルーフェリアより数段劣ったものしか世界には存在せず、数も少ないそうです。ルーフェリアが他国との貿易をほとんどせず、出荷する魔導具も古くなってほこりをかぶったような物だけなのが原因でしょう。しかもルーフェリアの魔導具は分解が不可能なように細工されていますから技術を盗むのも困難です。ルーフェリアでは一般家庭で当たり前のように使っているものが、世界では一部の貴族、超一流の冒険者しか使えないというのは妙な気分です。
説明が終わり、立ち去ろうとするジョゼフさんに私は気になっていたことを尋ねました。
「あの、ジョゼフさん。 アッシュさんについて教えてもらえませんか?」
「アッシュ様についてですか…… ふむ、一般的に知られていることでよければ。 それ以上の事は本人から聞いていただきたい」
「はい、それでかまいません」
では、と一度咳をした後ジョゼフさんは話し始めました。
「アッシュ・ウィンド様……最短、最年少でSランクにまで上り詰めた天才冒険者。 常に漆黒のコートを着用し、フードを目深にかぶっています。よほど信頼された者しかその素顔を見せないとされています。 精霊が鍛え上げし漆黒の大剣、ブラック・レイヴンをふるい魔物をなぎ払う姿から『黒衣の剣聖』の二つ名がつきました。 現女王を助けたそうで、ソリア聖王国と深いつながりがあり、なにかあったのでしょう、ルーフェリア魔導国に嫌悪感を抱いているらしいです。 ギルドに登録したのはこの街で8年前。 当時はまだ小さな子供でしたが、既に身の丈を超えるブラック・レイヴンを自在にふるい、風の魔術を使いこなしていたそうです。 私から話せるのは以上でしょうか」
「ジョゼフさんは素顔を見たこと無いの? 信頼されてそうだったけど?」
とアニスが聞きます。
するとジョゼフさんは意味深な笑みを浮かべました。しかし質問には答えず、一度会釈をすると去って行きました。
この後、今後についてのこと、アッシュさんへの対応等を一通り話し合い、どうするかまとまったところで扉がノックされ、返事をするとアッシュさんが入ってきました。美しい銀髪の少女を連れて……
銅貨1枚=10円の価値です。