森林の邂逅
私はその光景を信じられない気持ちで見ていました。突然現れた黒ずくめの人が瞬く間に最凶最悪と言われたマナイーターを倒してしまったからです。その人は大剣をしまうと先程斬った核石を回収しました。魔導具の材料にでもなるのでしょうか?その間に最後まで闘ってくれていた護衛2人が倒れている3人の元に向かいました。私とアニーの付き人2人は変わらず馬車の傍にいます。
黒ずくめの人についていろいろ考えているとアニーから声をかけられました。
「とりあえず、馬車から下りてあの人にお礼を言いましょう。どうせもう馬車は使えないんだからいつまでも乗ってる意味ないし……」
「そうね。名前はどうするの? 考えておいた偽名を使う?」
「その方がいいんじゃない? どれだけ警戒してもしすぎってことはないでしょ」
いくら落ちこぼれの烙印を押され、亡命してきたと言っても私たちは貴族です。人によっては利用しようとするでしょう。アニーの考えは当然だと思います。
私たちが馬車から出ると、黒ずくめの人がこちらに歩いてきました。付き人のカーラとマリーが身構えましたが、私たちはそれを手で制しつつ、お礼を述べました。
「このたびは助けていただき感謝の念に堪えません。私はレナ・クーフェと申します。こちらはアニス・クーフェ」
「……アッシュ・ウィンドだ。 依頼を遂行しただけだから別に礼はいい……」
「依頼?」
こちらのお礼にそっけなく答えた黒ずくめの男性、アッシュさんにアニー……いえ、アニスが聞き返しました。確かに依頼と言われてもよく分かりません。アニーのご両親が雇ったとも思えませんし……
けれどそのことにアッシュさんは怪訝そうな顔をしたと思います。フードを目深にかぶっているので顔は見えませんが……
そして彼は少し考えた後、驚くようなことを言い放ちました。
「……ああ、なるほど。 あんたらルーフェリアの人間か。 貴族さまが亡命でもしてきたのか?」
「「「「なっ!?」」」」
彼の発言に私とアニス、付き人の2人は驚愕の声をあげました。おそらくアニスの疑問で気づいたのでしょうが、どうしてだかが分かりません。すると、こちらの考えを読んだかのように、彼は笑いを噛み殺しながら告げてきました。
「なに、簡単な話だ。 依頼って聞けば普通はギルドの依頼だって思いつく。 なのにあんたらは分からなかった。 ギルドの事を知らないんじゃないか? ギルドはこの世界の8割の国に存在しているし、このあたりで存在しない国はルーフェリアだけだ。 それに、この森にマナイーターが出現したことは3日前からカーラルタでは発表されている。 わざわざこんな危険な森を通るやつは普通いない……すぐ側に街道もあるしな。 それに加えて、お前らの髪の色、あの国の特徴を考慮すると亡命してきたって考えられる。 そして平民は亡命するのに馬車なんか使わんだろ」
「…………」
まずいです。亡命……つまり後ろめたいことがある貴族だとばれた以上、黙っていて欲しければ~、等と無茶な要求をしてくる可能性が高いです。
この人が弱ければ力ずくで黙らせることもできたでしょう。しかし、さっきの戦いでこの人がすごく強いのは分かっています。ここにいる全員でかかっても恐らく勝てないでしょう。彼がどんな要求をしてくるのか戦々恐々としていると、アッシュさんは肩をすくめて、
「別に何かを要求しようとは思ってないから安心しろ。 ルーフェリアは嫌いだから亡命してきたやつをどうこうしようとは思わん。 落ち着いたらカーラルタまで案内してやるよ。 ああ、カーラルタってのはここから一番近い街で徒歩1時間ってところだな」
と驚くようなことを言ってきました。そして、近くの木に寄りかかり、こちらの準備が整うのを待っています。
確かに貴族なのに亡命してきたということは、国にとって不都合な存在であることを意味します。そんな存在を助けたのなら、亡命した人の重要性次第ではルーフェリアへの嫌がらせ程度にはなるでしょう。
しかし、いくらルーフェリアが嫌いでもここまで親切にするでしょうか?どうすべきかアニスに視線を向けると、彼女は難しい顔をして小さくうなずきました。完全に信用はできませんが、とりあえずカーラルタまで案内してもらうつもりなのでしょう。
私も小さくうなずき返し、護衛の人たちを見ます。倒れた3人の確認をしながらもこちらに注意を向けていた2人は話し合いが終わったのを確認すると、魔術で穴を掘りだしました。穴を3つ掘っているということは3人とも亡くなったのでしょう。私たちを守り、散っていった彼らに感謝と謝罪の念を送りつつ、埋葬が済むのを見届けると私たちは街に向け歩き出しました……