彼女の豹変への対策。6ページ
視界の端で、橘さんが動く。紺色の髪が跳ねる。
慌てて橘さんの動きを目で追いかける。
と思ったら、橘さんが目先数センチの所にいる。腹に何かが当たる。目に映るのが空だけになる。浮遊感を感じる。
背中に衝撃が来る。
「がっ!」
思わず声が出てしまった。一体何が起こったのか、背中がジンジンと痺れてる。
「朝道!」
白羽が近づいて来た。起き上がろうとしたが、元々折れていた左腕にさっきの衝撃で、痛みが半端ない。それどころか身体中が痛くて起き上がれない。
「大丈夫か?」
健も俺の所にやって来て、白羽と一緒に、上から俺の顔を覗き混んでいる。
「な……何が起こった?」
俺の顔を覗きこんでいる二人に、俺は掠れた声で問い掛けた。白羽はしゃがんで、俺を起こそうとする。俺の上体にてを添えて、白羽は言った。
「一言で言うと、あの子が朝道君を『殴り飛ばした』。でも……」
「どうした?何かあるのか?」
「あの子、手加減してる。いつも大声を上げて、鬱憤を晴らす様に、数分で疲れて倒れるぐらいに全力で暴れてるのに……手加減してる」
手加減してんのに宙を舞ったんですか俺は。
でも、コンクリートの壁をぶち壊すあの拳に殴られて、数メートル宙を舞うだけってのは、考えてみれば不思議だ。65kgぐらいの俺なら、屋上の広さを超える程飛ばされているかもしれないのに。
だからと言って、痛くない訳じゃないが。
「あっ」
不意に、健が小さく声を上げた。白羽も顔を上げて、「あっ」と声を漏らす。そして、それから二人は動かない。黙って、ただ一方を見つめている。
ザッザッと言う足音が耳もとでした。何だ?そう思って目を動かしてみるが、何も見えない。足音は大きくなる。
「………………」
目の前の、空の景色に人の影が割り込んできた。逆光だが、誰かは分かる。暴走状態の橘さんが、屋上に大の字で倒れたている俺を見下ろしていた。
……いや、見下しているのか?
そう思っていると、視界に写っていた橘さんの顔が近づいた。多分、しゃがんだのだろう。
そして、じーっと俺の顔を覗きこんでいる。
「………………」
誰も何も喋らない。ただ橘さんが俺を見ていた。あの殺気に近い様な恐怖を、今は感じない。たが、どうすればいいのか分からない俺には、この空気は重たい。
無言のまま時間が経った。昼休み終了を知らせるチャイムが鳴ると、橘さんは、溜息みたいに、フーッと息を吐いた。
「朝道君、どうしたの?」
橘さんが俺に問い掛けてきた。穏やかな瞳が、俺を見ている。
「…………日向ぼっこだ」
栗色の、肩までとどかない髪をみながら、俺はボソリとつぶやいた。




