スタジオの祖父~心臓発作
倒れて横になる高齢者。
「おじいさん」
なぜスタジオに
俺の祖父がいるんだ。
「どうしちゃったんだ!おじいさん」
変装して
赤の他人のふり
孫のスタジオ収録を隠れて見ている。
「おいマネージャー!」
教えろ
「おまえは知っていたんだろ。頭に来るなあ。祖父を黙っていやがったな」
薄々ではあるがマネージャーの態度が空々しいとは思った。
俳優に隠し事があると気がついていた。
胸ぐらを持たれたマネージャー
ひきつる。
グイッ
グイッ
「すいません。身内が見学されていたらドラマに集中できないかと」
ひたすら謝るだけである。
「おじいさん気をしっかりするんだ」
周りは騒然となる。
「ありゃあ~顔面蒼白だぞ?」
倒れた老人は事実である。
じいさまにはどんな持病があったのか。
動転しながら思い出す。
昔日に父親と談笑し祖父は血圧が高いと話をしていたことを思い出す。
高血圧かっ
普段から菜食主義者でアルコールも飲まず暴飲暴食はしない。
本態性の高血圧症を疑われていた。
担架に乗せ医務室に担ぎ込まれる。医務にいるドクターは単なる貧血ではないかと診断する。
「顔いろからの診断です。高齢は高齢でしょうからね。後は救急医に頼みます」
医療ドクターは残念ながら内科は専門外。
胸に聴診器をあてる程度で正確な診断は自信がないそぶりである。
※所見では心音が乱れ不整脈が疑われる。
なにせ患者は普通の人ではなく医学の権威だった。
医者ならばまず知らぬ者はいない名のある内科医院の院長である。
名医に対し誤診など犯したら取り返しがつかない可能性が高い。
応急措置をされて救急車に搬送される。
報せを聞いて大御所は駆けつける。
「私がスタジオに招かねばよかった。責任を感じる。申し訳ない」
近くにいる局のスタッフから倒れたいきさつを聞かされる。
「なんだって!」
収録を見ていたら突然倒れたのか。
「顔面蒼白で倒れたれたのか」
そんな程度でバタンキュー?
横に寝てるだけで意識は回復するのではないか。
長く役者をやっていると様々な緊急な場面に遭遇をする。
例えそれが日常的なことであれ造りモノのドラマの中でも。
こんな場面に遭遇したことがあった!
「あれは先輩の役者さんが倒れた時だ」
心臓に疾患があるとわかっていた。その場にいたスタッフが役者の手荷物を開け心臓薬を探し出す。
「心臓の可能性はどうなんだ」
人命救助の場数を踏む救命士は知っているのではないか。
顔面蒼白の疑い。
「心臓でしょうか?おいクランケの手荷物はどこだ」
心臓疾患が持病ならば肌身離さずである。
「あっ!ありました。ニトロです」
救急車はサイレンを鳴らし救急医に搬送された。
収録スタジオに孫は残っていた。
付き添いたくとも本日中に撮らなければならぬテイク(場面)はまだ終わらない。
マネージャーには救急車から逐一連絡が入っていた。
「はいっわかりました。そちらの救急病院ですね。ええっ収録が終わりしだい向かいます」
救急医療に搬送されるとただちに蘇生法が施され一命は危機一髪取り止めた。
救急医療のニトログリセリン投与が救命に結びついたのである。
「ふぅ~心臓疾患に気がつかなければ危なかったぞ」
偉大なる老医に対して取り返しのつかない事態に陥るところである。
「容態が落ち着きましたらご自宅の医院に。救急車でご案内いたします。我々医療スタッフよりご自宅の医師が優秀でしょうから」
救急医も畏敬である。
院長が大学教授時代に発表した論文や医学書で内科学を学んでいた。
医院に連絡すると副院長が出た。
「そうですか。はい心臓弁膜でして。助かります。院長は高齢ですからね。ありがとうございます」
蘇生で施した術式をカルテを見ながらひとつひとつ伝えておく。
「まだ収録は終わらないのか。早く自由にしてくれ。今からNGを出した役者は承知しないぞ。テイク(撮影)はどんどん巻いてくれ」
俺のセリフだけ先回しにバンバン収録させてくれ。
俺が映らなくてもいいテイク(場面)はかなりある。
祖父の容態が気になって苛立って止まらない。
「早く終了させてくれ」
これがサラリーマンであれば
身内の不幸は早退届だぞ!
ドラマ担当者に当たり散らす。
「先生っあとテイク2です。焦らない焦らない」
我が儘なタレントは有名である。
「こちらの収録が終わりしだいスケジュールは変更いたしますから」
重要なドラマシーンを簡単に終わらせたい気持ちがよそにある。
人間だれしもセリフとちりや演技ミスをこの場で招きがちである。
極力平常心をみせるよう努める。決してタレントと同じ慌てふためくことはない。
リーンリーン
マネージャーの携帯が鳴る。送信先は救急病院。
「はいっはい。わかりました。院長先生は気を取り戻しになられたんですね。小康状態ですか」
一命は取り止めた報告。
ひとまずホッとする。
収録中でも俳優には大丈夫ですと伝えておく。
「容態を見計らって医院にお帰りになるのですね。えっ…副院長先生?」
うーんこれは困ったことである。
「弱ったなあっ。院長先生は祖父なんだけど。副院長は確か(トレンディ俳優の)お父さんになるんだよなあ」
家出してしまい実家の医院とは長年にわたり音信不通はマネージャーも知っている。
「おじいさんを案じて実家の医院までお見舞いに行かれるであろうか」
歴史のある医院の家庭内事情は仄聞程度しかわからない。
他人のマネージャーが憶測で思っている医院環境はこうである。
将来を期待し医学部へ行く高校を中退してしまう。
医学部受験をスポイル(挫折)したことから家族の祖父や父親らに反感をもたれてしまう。
「双子の弟さんは医学部を卒業されて医師になってはいる」
双子は祖父にどうみえるのであろうか。
俳優は双子の長男である。
「おじさんの院長先生は多大な期待を医院に生まれた長男に抱いただろうか」
家を出てからは縁があり将来は不安なものだが俳優になる。
縁の下の力持ちなマネージャーとしては背が高くハンサムなパーツはいかんともしがたい宝に見える。
「医院は継げないにしろ」
僕が医院の息子だったら…
先祖代々の医院を継続させるため最大の努力を惜しまないだろうか
「それともエリート医師の弟さんを大切にするか」
どうかな?
祖父の身になれば
父親の身になれば
江戸時代にお城医師だった家系は誰が継いで子孫繁栄させるのか。
俳優と医師
比較することすら無理がある異次元な世界。
院長は祖父はどうなったかっ。
マネージャーは聞かれた。
「じいさんは大丈夫か。やれやれだな」
救急病院で応急処置をされてから自宅の医院に戻ったとその場で知らされる。
「なんだって?」
医院に…
戻った
自宅に帰れば副院長の父親が診るのである。
「…戻ったか」
久しぶりに見た祖父の顔。
高校を辞める時に厳格な祖父院長に怒鳴られ罵られた瞬間を思い出す。
「おじいさんも高齢になったものだ」
老人のクランケは若者が倒れたとは事情が異なる。
単なる貧血も危篤に陥る可能性が高い。
「マネージャー。俺は疲れたよ。収録が済み次第マンションに帰るわ」
祖父がいなければ救急医には用がない。
ガックリと肩の力を落とした姿が見えた。
「そんなにも」
意地を張らず頭をさげて医院に戻れたら…
マネージャーは喉元まで医院のお坊ちゃんに意見を言いたくなった。
「おいっ明日のスケジュールはどうなっている。午前中だけキャンセルできないか」
キャンセルを希望する声は僅かに震えてよき聞き取れなかった。
マネージャーの運転する車は都心を軽快に走り抜けた。
行き先は…
俳優のマンション
うん?
マンションならばスタジオから幹線道路をまっすぐ走っていく。
マネージャーは後部座席が眠りについたことを見越してウインカーを左折点滅させた。
そこは首都高のランプが見えた。
「意地を張るのも…」
スーパーサルーンは微振動。空調もよく効き深夜の今は快適な睡眠を提供されていた。
「えっと。医院へ行くにはっと」
ランプの前にカーナビで道を調べる。
「よし!」
早朝には医院の玄関に"不肖の息子(孫)"は届けることができるであろう。




