母子家庭~シンデレラ姫は哀しみ
売れっ子という代名詞の脚本家はリゾート地に転居し療養と休養を兼ね別荘に住んでいた。
殺伐とする東京を離れることは肉体的にも精神的にもリフレッシュである。
リフレッシュの源
好き放題に女優やタレントの卵を招き入れてはひとときの快楽を楽しむ。
だが
シンデレラ姫キャンペーンで実の娘と再会をしてからは事情が異なっていた。
リーンリーン
静かな佇まい
別荘の電話が鳴る。
「あらっ嫌だ」
女子高生の娘はリビングに走り寄る。
「こんな時に限ってっ」
どうしようかな。
別荘で留守番役をする娘が悩んでいる。
「どうせお仕事の連絡だからなあ」
お父さんは散歩がてら買い物に出てしまう。
娘は電話を迷うのである。
スイッチひとつ
留守録音にできた。
「もう~ひっきりなしに電話だ」
当代のテレビ売れっ子No.1の脚本家
別荘などに暢気にいてはいけないのである。
原作やドラマ台本を何本も手掛ける辣腕さ。
テレビメディアの秘蔵っ子がバリバリ働かずの長い休養はいけないのである。
リーンリーン
電話は鳴りやまない
「面倒ね!」
エイっ~
「モシモシ」
電話を掛けた局のディレクター
あらっ
若い女の子が出たぞ?
なぜ女の子なのか?
ふつふつ疑問がわきあがるも引き下がらない。
「先生がお帰りになさいましたら」
他のテレビ局から出し抜かれドラマ依頼があるとも限らない。
筆を取ればベストセラーたる脚本家
どうしても
我が局に取り囲んでおきたい
リーンリーン
とにかく脚本家の別荘にテレビ局の数だけリンリン掛かるのである。
ディレクターやドラマ制作者は何らかの要件を言い出し局とのコンタクトを取ろうとする。
娘が対応しても立ち行かない。
「ふぅ~私はテレビでしかお父さんを知らなかったんだけど」
こんなに頻繁な電話を受けるとは
引っ張りだこ
売れっ子ライターさん
夢にも思わなかった。
「あのぅ~つかぬことをお聞き致しますが」
電話をしたマスコミ関係者は首を捻る
独身を標榜する脚本家に
なぜ"娘さん"?
外出から"お父さん"は帰ってくる。
「入院してベッドに寝たきりは運動不足だな」
暇を見つけては散歩も悪くはない。
「お父さん。これだけ電話を承けたわ」
走り書きメモを渡した。
附属病院に検査入院し前々から違和感のある内臓疾患を徹底的に治したかったのであるか。
メモをジロッ
「そりゃあなあ」
テレビ局の名前が目に入る。
台本の依頼は脚本家の天分ではある。
私は作家さんとは違うんだがなあ。
「表立った休筆宣言をしているわけではない。ほとぼりがさめたらバリバリやるさ」
文学的な言葉で『椽大の筆』を夢にみていた。
『椽大の筆』
垂木のような大きな筆という意味から転じて立派な文章を仕上げること。
堂々たる大文章を言う。
●椽筆
出典:
「晋書-王珣伝」
「夢人以大筆如椽与之」東晋の王王旬が垂木のごとき筆を与えられた夢を見た。
程なく孝武帝が崩御しその弔辞たる諡号を書くことになる。
深く感銘を受けるものとなった。
王王旬は「大手筆」と称され長く名を残すことになる。
「『椽大の筆』は大学時代に憧れた」
一口に文章・物書きやドラマ脚本と言っても人の為せる業である。
更々と気楽に思うところを書いて感銘を与える。
一生懸命に構想を練りに練り用意万端な姿勢で認めても世間からは駄作という評価を下される。
「テレビのドラマ脚本家という生業は生き物だよ」
視聴率という絶対値的な数字との戦い
この数字がなければのびのびとした台本を書ける自信がある。
「0.1%でも高くあれば評価は高まり大先生とチヤホヤされる」
テレビの世界に埋没するとお茶の間の御機嫌取りに卓越してしまい自分を見失う。
「ドラマ台本なんてやつは楽なもんさ。ドラマ出演一覧の俳優や女優の名前を聞いてイメージしてやる」
トレンディ俳優と熱愛女優のラブロマンスがサアッ~と浮ぶ。
「端役をまわりに配置して盛り上げてやれば」
テレビドラマなんて簡単な仕掛けであるかもしれない。
別荘の療養は娘の存在からいっそうリフレッシュされていく。
「お父さん散歩したら顔色がいいみたい」
何気ない言葉
血を分けた娘が元気の源であるかもしれない。
脚本稼業についたころ
大学出たての駆け出し時代は糊口を満たすためがむしゃらに仕事をこなした。
テレビ局が欲しがる脚本を常に心掛け好きも嫌いもなくリリースしてしまう。
中年期の今は常にパソコンに向かいドラマ脚本を練るスタンス。
構想力や想像力は大卒じぶんから確実に衰えをみせている。
「いくら文学を学びストーリーテーラとしての訓練を積んだとしても。人間の想像力に限界がある」
マスコミ志望の専門学校での講師や学生セミナーで20歳前後の若者文化についていけないこともある。
「テレビドラマの寵児はメチャクチャ走り過ぎたようだ」
ストーリーテイラーに息詰まる。
好きなだけホテルやスタジオに女を呼びつけてはフラストレーション発散をしてみる。
駆け出しの女優
タレント志望
声を掛けてたら誰も彼も尻尾を振ってベッドを共にした。
常日頃のストレスは女遊びに媚薬をみている。
ゆえに
"女に手の早い""好色脚本家"は中年も昔もたいして変わらない。
だが今回の別荘シケコミは事情が異なっていた。
「お父さん。お昼はなにが食べたいのかな」
娘の存在は違う。
「あまり難しい料理はできないけどね。私はお父さんにパスタを作ってあげたいなあ」
今の"お供"は実の娘であった。
「ああっなんでもいいよ」
女子高生の調理など期待はしない。
「おまえの好きなものならお父さん文句は言わないよ」
うーん
「だったら」
冷蔵庫が淋しいもん
「スーパーに買い物いこうかな」
離婚歴1回目の産物が女子高生になる"ひとり娘"であった。
「お父さんにご馳走したいわ」
娘の声は凛々と父親の本能を揺さぶる。
「ご馳走かい。そりゃあ楽しみだね」
初婚の妻は大学を卒業をした売れない時代を支えてくれた。
内助の功だった。
売れない時代は妻がしっかりして陰で支えてくれた。
大学の1年後輩の妻は所有する教員免許を生かす。
縁故で私立高校に英語担当の非常勤を探し無収入の夫を支えた。
女の細腕で食わせて貰うことは武士の家系として耐え難いのである。
妻が収入を得るとなお一層真剣に原稿用紙(当時)に向かう。
日中であろうと
深夜であろうと
四角いマス目を
ひたすら埋める作業に没頭した。
その努力はたちまち実りテレビ局主催のドラマ脚本大賞を金賞で受賞する
(賞金は1千万円+ドラマ化)
ドラマ化された脚本は世間の共感を呼ぶ。
起用された人気俳優の力量も手伝い好評を博す。
一躍無名のライターが有名人の仲間入りをした瞬間であった。
エプロンを掛けた娘がチラッと振り向いた。
「パスタでいいね。お父さんって好き嫌いがないんだね」
ご馳走なんて言ったから
「大袈裟なことはできなかったエッヘヘ」
ペロッと可愛い舌を出す
横顔は妻に面影があった
かつての妻がいるのかと錯覚してしまう。
「それともご馳走に期待してくれますか」
私に遠慮して料理がまずくても。
「無理やり食べてくれるのかしらっエヘヘッ」
脚本大賞金賞の受賞の実力者である。一躍トキの人となると次々仕事の依頼は入り高額な収入が約束されていく。
「おまえのエプロン姿はお母さんそっくりだな」
金銭的に余裕ができて非常勤講師の妻は家庭のため働く必要がなくなった。
「エッヘヘお母さんの娘だもん。似てるわ」
収入と脚本家の地位を得た夫。
妻にはおとなしく家庭に入って欲しいと頼んだ。
だが教員という聖職に自らの適性を見いだした妻。
即座に辞すことを拒んでしまう。
「先生っ先生と私になついてくれています」
せっかく勤め始めた高校講師である。
「お金ではありません」
結局はひとり娘を身籠り出産するまで非常勤は続けてしまう。
頑固な女は厄介な存在に見えていく。
「私がお母さんに似ているのォ~」
イヤ~ン
「恥ずかしいなあ」
エプロン越しに娘はダイニングでにっこりと笑い掛けた。
妻の妊娠と高校非常勤。
妻の我が儘な性格。ひとつ嫌な面を見せつけると夫婦のひび割れがにょきっと現れる。
若くて才能のある夫
常に妻の態度にイライラが募り常軌を逸脱する。
「女は妻だけではない」
一時の迷い
若い女優に手を出してしまう。
「そんなお父さんをお母さんは繋ぎ止めておけなかったんだから」
ひとり娘は物心がつく頃に父親の存在を知らない。
離婚した妻は娘に父親を聞かれた当初は交通事故で亡くなったとか嘘の作り話を吹き込んでいた。
「私ねっお父さんのお墓参りがしたいなあってお母さんに頼んだの」
この何気ない一言。
年頃の娘から母親独自の脚本シナリオは破綻を見てしまう。
「おばあさんにお父さんを聞いたの」
父親がいるのなら写真ぐらい見ておきたい。
「だってお母さんわけのわからないことしか言わないから」
孫の質問に祖母は涙ながらに答えてしまう。
孫娘に隠した"父親の存在"を教えてしまう。
「でもね。私は薄々わかってはいたんだ」
お母さんのテレビドラマを見る真剣さ
「お父さんの脚本ドラマをみていると違っていたもの」
夫は順調に売れっ子の脚本家になっていた。
家に足を向けることがなくなり"女の影"がちらほらしかけたあたり。
離婚を前提に別居を始めてから約五年掛かった協議離婚。
脚本家の収入はうなぎ登りに高額化し安定していた。
調停に入ってくれた弁護士に安心をして慰謝料請求を依頼している。
数千万…数億円
当時の芸能女性週刊誌に離婚争議は嗅ぎつかれている。
「お父さんテーブルにきてちょうだい」
エプロン姿でパスタ料理と小皿のサラダを一通り列べる。
「こりゃあ~立派なご馳走じゃあないか」
父親は喜びを表した。
エプロンを外した娘がにっこりとして尋ねる。
「まだお母さんを恨んでいるの?お父さん慰謝料ガッポリ取られちゃったもんね」
物心のついた娘。
赤の他人と思った脚本家を父親とわかる。
存在すら知らなかった父親が出現してテレビを見ていく。
思春期になるとトレンディドラマやサスペンスも父親が制作に加わっていることを知る。
「お母さんとおばあちゃん。いつもお父さんのドラマ見ていたんだけど」
母親はガッンとして父親の存在など一言も言わず。
じっと無言で毎回ドラマをひたすら見続けていた。
「お母さんが忙しい時はねおばあさんに録画を頼んでまで見ていたのよ」
ドラマの風景に一家団欒な家庭の風景が出てくる。
母ひとり娘ひとりの母子家庭はなんとも言えぬ気持ちでいる。
ドラマの円満な家庭
脚本家に理想像なのだろうか。
「お母さんからはお父さんのことを聞いたことはないの。これはおかしいなあって思ったの」
思春期に至り母親を女として意識し始める。離婚をしサバサバした感じとも言えぬ母親である。
祖母はそんな独り身ではいけない。
娘の将来を独り身での老後を案じ再婚話をいくつか持ってくる。
「おばあさんの話でお見合いもしたんだけどね」
"コブツキ"は縁談が難しいという
見合いした男はその美貌に再婚でも構わないと乗り気になることもあった。
若いみそらはまだまだ充分に魅力的な女性でもあったのかもしれない。
「おばあさんが言うのはね…。縁談がまとまらないのは娘の私が邪魔者なんだからって」
母親が再婚相手から娘は邪魔者と言われたら。
「おばあさんと私はね」
邪魔者は消えよ
「お母さんと別に住みましょうって決めてたの」
娘が茹でたパスタは甘くも辛くもなく。
だんだん味覚がなくなってしまう。
あの時に…
若い夫婦にすきま風が吹いた家庭に時間はタイムスリップしてしまう。
「お母さんはまだお父さんが好きなのかなあ」
毎日暗い顔をして家にいた妻と安易に別居はすべきではなかったか。
辛気くさい妻とは別居し始める。
脚本依頼は順調で仕事はいくらでも舞い込んだ。
忙しない毎日を送るとすぐに離婚の話が持ち上がる。
離婚の直前に女出入りがさらに激しくなっていた。
「離婚したことは後悔かもしれない」
娘の存在は眼中になかった。
ひとり娘は母親が離婚して育てたのだ。
父親としていとおしいと思えなかった。
それよりも若気の至りである。
家庭不和の現実逃避として不倫をしていた。
ドラマに出たがりな女優の卵を次から次とベッドの対象にしていた。
二十歳前の彼女らは何にも増して魅力的。女としての峠を越えた妻など肉体的に魅力を感じなくなる。
「あらっお父さんパスタは美味しくないのかな。あまり食べていないもんね」
娘はどうやらせっかちな性分である。
「あっ驚いた。お母さんがいるかと思ったよ」
そろそろ
娘には
おいとましてもらいたくなってしまう。




