置いてきた音
短編です
仕事がひと段落して、長期休みをもらうことが出来た。と言ってもたった一週間。その一週間を使って、十年ぶりの帰省をすることにした。
親の反対を押し切って上京して、デザイナーとしての道を模索していたあの頃は自分の店を持つなんて想像すらできなかった。上京して五年、ようやく自分のデザインを形にすることが出来た。それからさらに五年、軌道に乗った店を安定させるのも、一苦労だった。
店は繁盛しているし、自分のデザインにも満足はしている。でも最近、デザインがうまく描けない。もう私の中のアイデアは出尽くしてしまったみたいで、なんとなく、枯渇感。干からびた砂漠を歩き続けるような孤独感がずっとぬぐえなかった。
そこで来たせっかくの休み、さてどうしようかと悩んでいた。気になっていた店や、観光地はどこもピンと来なくて、偶然母親から“元気?”と送られてきたメッセージを見て、なんとなく、“家に帰ろう”と思い至った。
高校卒業と同時に、勘当同然で家をでた私を、両親は優しく迎え入れてくれた。
「ひさしぶり」
「元気してた?いつまでいられるの?」
「お店任せてきちゃったから、3~4日ってところかな」
「あら忙しいのね」
母はそう言って台所に引っ込んでいった。父は相変わらず自室で新聞を広げているんだろうと思ったら、せっせと台所を飾りつけしていた。
「あ、なんだ、もう帰ってきたのか?」
「だから間に合わないって言ったのに、どうしても飾りつけするって言うから」
「そりゃぁ、久しぶりの帰省なんだから、なんか・・・祝いたいだろ?」
こんな父の姿を見たのは初めてで、なんだか毒気を抜かれてしまう。学生の頃の父は、私にとってはすごく怖くて、強くて、厳しい人のイメージだった。
「お父さん、数日前から張り切ってたのよ」
母はなんだか嬉しそうにそう言った。
「あ、はは、ありがとう」
荷物を置きがてら自室に向かう。ホコリは少し積もっているけど、あの頃のまま、手つかずで残っている。
懐かしい、よく読んでいた漫画は少しだけ日焼けして色あせていた。コレじゃ、古本屋も買い渋るだろうなぁ。
押し入れの中は未知の領域。自分ですら何を入れていたか思い出せないような物ばかりが出てくる。
ついつい深追いしてしまって、なんなら大掃除状態だ。
押し入れの奥に「カセット」と書かれた段ボールを見つけた。
データで曲を管理するこの時代に、カセットをまだ後生大事にしまっているとは。コレ、歴史遺産とかにならないかな。
ガサゴソと探っていると、自分が小学生の頃の年代が書かれたテープが出てきた。
レコーダーにセットしてみると、音質は悪いが、どうやら自然の音の様で、鳥のさえずり、木々のざわめき、そよ風の音、私の声が聞こえてきた。
昔、家族旅行に行った時に、父に買ってもらった録音機を試してみたくて、一人で森の中に分け入ったんだっけ。懐かしい。そう言えば昔は自然が好きな女の子だったっけ。
洋服のデザインを仕事にしたいと思うようになったのも、思い返してみれば、鳥の羽や花の色を服に活かしたいと思ったからだった。
じわじわとアイデアが浮かんできて、いてもたってもいられなくなっていた。
「夕飯今日は何にする?お寿司とかとろうか?」
「お母さん、車借りるね!スケッチブック買ってくる!」
「今から!?明日にしたら!?」
「今じゃないとだめなの!」
玄関の棚の上、お父さんの車のキーをかっさらって、私は家を飛び出した。こんなにドキドキとしたの、いつぶりだろう。
——あの頃の自分から——
置いて行った音は今もまだここに。




