第八章 家族のかたち①
それから五日後の大晦日。俺は電話の着信音で目を覚ました。笹野だろうか、なんて思って目を瞑りながらスマートフォンを手に取る。誰からかを確認する為にそこで漸く薄らと目を開けると、寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、予想通りの名前では無かった。――母さんだったのだ。……というか、まだ六時半なんですけど…。
「……もしもし…。」
早朝からの電話に少し苛立ちながらも、スマホを耳に当てる。すると、聞き慣れた懐かしい声が聞こえてきた。
『あら、起きてたのかい。』
……。
「母さんの電話で起きたんだよ…。こんな朝からなに?」
『“なに?”じゃないべぇ。律月ぃ、あんた今年もこっち帰らないつもりかい?』
あぁ……今年もそれか…。
「帰っても別にすることないし、帰んないよ。」
こうやって毎年同じように返事をしているが、実は帰ろうとしないのには、きちんとした明白な理由がある。
それは………実家に帰れば、姉さんが居るから…。実家に帰っても落ち着けるどころか、蔑んだ目で睨まれ侮辱されるため、もう五年以上帰っていないのだ。
『なしてそったらこと……偶には息子の顔も見たいさー?』
「なんも変わってねえよ。アルバムでも見といて。」
『そったらことでないしょ。姉さんには会いたくないんかい?あんた、昔はあんなに好きだったのに。』
「…別に、会いたくない。」
今 会ったって、優しかった頃の姉さんはいないんだから。
『あのねぇ…いつもあんた美味しいお肉とか、あきあじとか送ってくれるけど、母さんが欲しいのは物でないんさぁ。偶にはさ、帰っておいで。美味しいハンバーグ作ってあげるから。』
「ハンバーグは、最近ちょべっと胃もたれが……」
………今度…姉さんが仕事で帰れないときにでも帰るか…………。
……いや…………繁忙期が不定期すぎる……。
腹を括るしか無いのか…?
『あらぁ、早すぎるんでない?まて健康に気使ってるのかい?』
「まあ、栄養には気使ってるけど…。……胃もたれしても食うわ。帰ったときに…。」
いつ帰るかは分からないが、母さんのハンバーグの味を懐かしんで言うと、電話の向こうからは嬉しそうな笑い声が聞こえる。
『なぁに、めんこいこと言いさってぇ。』
…………なんか…恥ず……。
「…したっけ、切るから――」
『待って、律月。』
急いで通話終了ボタンを押そうとしたところで、母さんが慌てて止めた。基本 ゆったりと話す母さんの早口に驚きつつ、俺はスマホに近づけていた人差し指を止める。
「なした?」
だが……止めるべきでは無かった。
『彼女は出来たんかい?』
そんなくだらないことを訊いてきたのだ。「くだらない」と思っているのに、俺は不思議と「彼女」という言葉に動揺する。母さんがあまり、口にしてこなかった言葉だからだろうか。
「いないわ。じゃあn――」
『あんたもう二十八しょや。そろそろ、結婚も考えないとでない?』
「いや、すったらこと言っても相手いないさ。それに、別にしなくてもいいだべ。したっけ切るk――」
『だぁめに決まってるしょや。孫の顔も見てみたいさぁ?』
「知らん。切r――」
『あんたが結婚しないと、母さん安心して死ねないよ。』
「したっけ死ぬな。良いお年を。」
『りつ――』と俺を呼ぶ声が聞こえたが、強行突破で電話を切った。
「はぁ……」
何故かめちゃくちゃ疲れた…。俺は大きなため息をつきながら、もう一度寝ようと目を瞑む――
――トゥルトゥントゥントゥントゥントゥントゥントゥン♪
「だーもう!」
母さんからの執拗い電話に腹が立って、俺はスマホを手に取り、乱暴な手つきで通話ボタンを押した。
「だから、すったら はんかくさい話は やめれ!興味無いって言ってるさ!」
『わお…どこの方言ですかそれ!』
「あっ…?」
聞き慣れた子供っぽい声に脳の処理が追いつかず、改めてスマホの画面を見ると……なんと…電話をかけてきた人物は母さんでは無く、笹野だった。
「……悪い…。」
二十八にもなって母親に怒ってしまったことが途端に恥ずかしくなり、俺は謝った。……笹野に謝っても仕方の無いことだが、母さんからの電話かと勘違いしたことも謝らなくてはいけないだろう…。
『いえ♪ お母さんと電話してたんですか?』
「…あー……そう…。」
『やっぱりそうなんですね♪ さっきのはどこの方言ですか?♪』
「……北海道…。」
『碓氷さん、北海道出身なんですか?!なら、ゴキブリ見たこと無いんですね、良かったじゃないですか!』
「……いや…こっち来て初めて見て…………驚愕した…。あまりのキモさに……。」
そう答えると、笹野は察したように『あっ…』と声を出す。
「……それで?何の用だ?」
『あっ、そうですそうです。碓氷さん、一緒に年越しませんか?』
「『年越し』?え、いいけど…笹野は家族と過ごさないのか?」
俺も誘おうかと思ったけど、家族と過ごすだろうと思ってやめたのだが……。
不思議に思って尋ねると、笹野は何だか気まずそうに『あっ…あぁ…』と変に笑った。
『……だっ…大丈夫です!今年は碓氷さんと過ごしたいと思ったので。』
「ふーん…?……なら、いいけど…。」
……まさか笹野にも家族と問題が…?仲良さそうな感じするけどな……。まあ……本人が話したがらないなら、これ以上追及する必要は無いか…。
「あ、そうだこの間、金ローでやってた『エスター』観た?」
『観てません。録画するのも忘れてて……。』
「俺、録画してあるから今日それ観よう。朝十時くらいでもいいか?」
……姉さんのことを思い出した所為で気持ちが沈んでしまったから、早く笹野に会いたい…。笹野に会うと元気が出るからな。
『勿論です!では、十時に――』
「あ、迎えに行くわ。」
『いいんですか?!』
「外寒いしな。」
『ありがとうございますっ♪ では、またあとで♪』
そう可愛らしく言って、笹野は電話を切った。
「……はぁ…………」
早く十時になんねぇかな……。
待ちに待った九時五十分――笹野のアパートの前に到着した。『着いた』とLINEをすると、直ぐに笹野が笑顔で飛び出してくる。
中からドアを開けてやると、満面の笑みで「あけましておめでとうございますっ♪」と言って座席に座った。今日はオーバーオールだ。けれど、前髪を上に上げてくるりんぱしている。――「ポンパドゥール」というやつだろうか。
「メリークリスマス。」
「んふふwwwノリがいいですねww」
…………この髪型……トイプードルみたいで可愛い…。というかこいつ、ほんと肌綺麗だな…。雪見だいふくみたい…。
そんなことを考えていると……
「……うすい、さん…?どうしました…?」
「ん?…――うおっ…?!!わっ…悪い…!!!」
…なんと……俺は笹野の頬を無意識につねるように触っていた…。
何してんだ俺…!!!というか…………めっちゃむにむにしてた…。それに……超スベスベ…――って…!変態か俺は…!!!
流石の笹野でも不快感があったのか、笹野はぷいっと窓の外を向いてしまっている。
「………ごめん…マジで…。」
「いっ…いえっ…!」
「い…行くか…。」とギアチェンジをしながらも、ミラー越しに笹野の様子を伺ってみる。笹野は自分の頬を覆うように小さな手で触っていた。
「あっ、う…碓氷さんっ…!」
道中、笹野が突然俺の名前を呼んだ。
「ん…?」
返事をすると、変に裏返った声で笹野は言う。
「途中…!こここっ…コンビニに寄りましょうっ……!」
「あ、あぁ、そうだな…?」
……どうしたんだ…?もしかして……さっきのキモすぎてまだ引きずってる…?!そうだよな……おっさんに頬触られるとか………嫌すぎる…。
というか……なんで俺はあの時、笹野の頬っぺたを触ったんだ…?どういう意図で……?…………分からん……。……ただ…………触り心地が良さそうだとは思ったけど……。だとしても触るか…?……………くそ……全く分かんねぇ………。
家に着き、いつものようにコンビニで買ってきたお菓子たちをテーブルに広げる。『エスター』を再生して、暫くすると……
――つんっ…
隣に座っている笹野に、何故か頬をつつかれた。人に頬を触られたら、そりゃあイライラするけれど……何故か、不快感は無かった。先程、俺が笹野の頬を触ってしまったからかもしれない。
驚いて笹野の方へ振り向くと、軽く頬をつねられ、今度は手のひらでこねるように触られる。
「なっ…なんだよ……?」
胸がドキドキと脈打って、息の仕方を忘れるくらい緊張した。そんな俺に、笹野も緊張したように言う。
「……さっきの仕返しです。」
「なっ……」
そんなに嫌だったのか…?!!
「…そっ…そうか……好きなだけ触れ…。」
とは言ったものの…………ぜんっぜん映画に集中出来ん…!触られるは嫌なのに、触るのはいいのかよ…!おっさんの肌だぞ…?!!
「私より硬いですが、スベスベですね♪」
なんで楽しそうなんだよ…!
そうやって呑気に心の中でツッコミをしていたが……笹野は突然、両手で俺の頬を挟んで自分の方へと向かせた。そして、戸惑う俺へニコッと無邪気に笑う。
「やっぱり碓氷さんは、可愛いですねっ♪」
その笑顔を見た瞬間――俺は、笹野の手を思い切り振り払ってしまった。笹野は目を丸くした直後、とても悲しそうに瞳を震わせる。
「…ごっ…ごめんなさい……。」
「……あっ…いっ、いやこっちこそ…。」
俺が笹野の手を振り払ったのは、決して嫌だったからでは無い…。
ただ………ただ……………全身が熱くなって、頭が沸騰してしまいそうで、ドキドキと心臓壊れるんじゃないかと思うくらい高鳴って……どうにかなってしまいそうだったから…。
「…調子に乗り過ぎてしまいましたね……。」
「……い、いや…そのっ…………笹野は悪くない…。」
気まずい空気が流れる。
楽しみにしていた映画も、垂れ流しになっていたために今更 視線を戻してたとしても、どうしてもわざとらしくなってしまう。
笹野は、きっと…友達にするのと同じように俺の顔をこねくり回して遊んでいたんだろう。だけど俺は…………どうしても…ドキドキしてしまって……笹野を…………「女性」として…意識してしまった……。
その所為で笹野を……傷つけて…………
……あぁクソ…………………意識出来なければ出来なかったで何人も傷つけて………意識してしまえばしてしまったで、また……一番大切な友達を傷つけるのかよ…………。つくづく自分が嫌んなる………。
熱くなった頬を冷ますように、まだ感触の残っている頬へ手を持っていくと…笹野が突然、尋ねた。
「……碓氷さんは…………私のこと、どう思っていますか…?」
望むような答えを貰えなかったあの日と、全く同じ質問を投げかけた笹野の声は……震えていた。
……俺を試しているのか…?
そう思って、俺はハッキリと答えた。――笹野の望むような答えを。
「…友達だよ……。」
すると、笹野は力が抜けたように変に笑って言った。
「……そう…ですよね…。」
こんなふうにめちゃくちゃ気まずかったが………
「お腹空きましたね。」
「確かに言われてみればそうだな。」
映画を観終わった頃には、完全に「いつも」に戻っていた。
「食いに行くか?」
「いいですね!」
「何食いたい?」
「うーん……ラーメン食べたいです!」
「いいな、ラーメン!」
ということで、俺たちはラーメン屋を探す旅に出た。とは言っても、近所で美味いラーメン屋を知っている。「旅」なんかせずに、俺たちはそこに向かった。
ラーメン屋に着くと、何だか見覚えのある人物が居た。
「ん?あれ、遠藤じゃね?」
「え?」
俺が指さした方向へ、笹野は顔を向ける。
「本当ですね。」
「あれ?でも……」
そして……何かを言いかけた俺を無視して、笹野はラーメンを食べている遠藤へ、尻尾を振る犬のように駆け寄った。
が……
「えんd――」
「待て待て待て!」
俺は慌てて、駆け寄る笹野の腕を掴んだ。笹野はきょとんとして振り返る。
「なんですか?」
「遠藤の正面見てみろよ…!女性がいるだろ…?!」
「あ、そうですね。それが何か問題でも?」
なぜ分からない…?!!
「あれどう考えてもデートだろ!あいつコンタクトだし!」
忘れてるかもしれないが、通常の遠藤は眼鏡をかけていて、如何にも「理系男子」という見た目をしている。
だが、あの遠藤が……今日はなんかオシャレをしているのだ…。
「あ、だから違和感があったんですね。ん?しかも隣の女性って……前に私が『綺麗』だと言った人じゃないですか?『スマイリーホームズ』の。」
「あっ?」
笹野に言われて、もう一度女性の方に目をやる。
すると……笹野の言う通り、仕事先の先輩だった。あまり俺は関わりが無いので、名前は覚えていないが…。
「大晦日にラーメン行くってことは…相当、仲がよろしいんですね♪」
「……うん、そうだな。」
あいつ……前に合コン行ってなかったか…?いや……でもそれは二ヶ月前のこと…。マジか……あいつにも遂に彼女が…?……こうなるとなんか負けた気分だな…。まあ……彼女は特に欲しいとは思わないけど…。
「…まあいい、腹減ったから早く座ろう。」
「そうですね。」
遠藤たちとは離れたカウンター席に座り、注文を終えてから俺たちは何となく遠藤たちを観察していた。すると、笹野がなんともないように呟く。
「メガネなしの遠藤さん、カッコイイですね。」
俺はそんな笹野の言葉に、何故かめちゃくちゃイラついた。つい、「は?」という声が漏れる。
「はい?」
笹野はきょとんとして俺を見つめている。俺も何故イラついているのか分からないが、笹野のきょとん顔にまたしても腹が立った。
「カッコよくも何ともないだろ。眼鏡外しただけだぞ?」
「はあ……そうですが、大分 印象変わりません?」
「変わんねぇよ。」
と、イライラしている間にも笹野は遠藤を眺める。
「あ、髪型も少し違いますね。服もオシャレですし……あれなら、お二人は結ばれるでしょうね♪」
「へぇ?遠藤が『カッコイイ』からか?見た目で判断するのはどうかと思うけどな。」
「『見た目』というか……遠藤さんは中身も結構いい方なので。意外と、碓氷さんのこと心配してたりもするんですよ♪」
「ふん、あんな奴の心配なんか要らねぇよ。勝手に心配されても迷惑だ。」
「碓氷さんは、何に怒ってらっしゃるんですか?」
笹野に訊かれて、俺の訳の分からない怒りは漸く止まった。「止まった」と言うよりかは……その怒りよりも気になる部分が出没したから、気が逸れただけだろう。
「……何に怒ってんだ…?」
本当に分からなかった。
けれど……
「ふふっ、自分でも分からないんですか?♪ やっぱり、碓氷さんは何だかカワイイですね♪」
その一言で分かった。あいつは「カッコイイ」で、俺は「カワイイ」…。俺はそれに腹を立てているのだ。
「俺には『カッコイイ』って言わないのかよ。」
漸く怒りの原因が分かった。だけど、言葉選びをミスった。笹野が頬を赤くしたことでミスに気がついた。これじゃあ、俺がヤキモチを妬いてるみたいじゃないか。
「私に…『カッコイイ』って言って欲しいんですか…?」
息を呑んで、緊張した様子で笹野がそう尋ねてくる。……まるで、期待しているかのように…。
でも、笹野は「友達」の関係を望んでいるんじゃないのか…?
「そんな訳ないだろ。」
そう……そんな訳が無い…。
「では……他の人に…『カッコイイ』って……言って欲しくないんですか…?」
「違う。」
「……でも…………さっきの言い方だと…そうにしか思えません。」
「は……」
笹野に言われて、もう一度考えてみる。
俺が先程言った言葉――「俺には『カッコイイ』って言わないのかよ」なんて……そんなの、「カッコイイって言って欲しい」と言っているようなものじゃないか…。「他の奴に『カッコイイ』なんて言うな」とか言っているようなもんじゃねぇか……。
さっきの俺の「発言」と、「思っていること」は一致する…。つまり……言葉選びにミスってなんかいないんじゃないか…。
「……ヤキモチ、ですか…?」
「…………。」
妙に火照った頬で無意識の上目遣いをする笹野の言葉に、俺は何も答えることが出来なかった。
………どういうことなんだ…?なんで……ヤキモチなんか………。
そう考えていると……
「ヘイお待ちィ!」
ラーメン屋のおっちゃんが、頼んだ醤油ラーメン(大)二つを差し出した。すぐさま取り繕うように笹野が「あっ…!ありがとうございます…!」と笑う。
「ほっ…ほら碓氷さんも、麺が伸びないうちに食べましょう!」
「お…おう……。」
俺たちは同時に「いただきます」と言って、麺をすする。すると……
「う〜ん!美味しい!」
笹野はいつものように笑った。その笑顔で、俺もつい笑顔を零す。
「美味いな。」
「はい!」
先程まではあんなに気まずかったのに、こうやって直ぐに元に戻るのは…きっと……お互い、この関係を壊したくないからだろう。
「そうだ笹野。観る映画も無くなってきたし、これ食ったらTSUTAYA寄ろう。」
「いいですね!沢山借りましょうね!」
「そうだなw」
二人とも食べ終わり、会計をしてから俺は出口の扉を開けながら笹野に尋ねる。
「そういや、今日も泊まってくだろ?着るもの持ってきたのか?」
「あ!忘れてました…!」
「やっぱりなw TSUTAYA行く前にお前ん家寄るか。」
そう笑った直後……
「「あ。」」
なんと……丁度、帰るところだったらしい遠藤たちと目が合った。気づかなかった…。
「遠藤さんじゃないですか!」
……タイミング悪…。
なんて思っているのも束の間、遠藤が笹野の言葉を無視してニヤッとして耳打ちをしてきた。
「今日も『お持ち帰り』ぃ〜?♡」
……会話を聞かれていたか…。
「チッ…そうじゃねぇよ。」
俺と遠藤がこんな真面目な話をしているのにも関わらず、笹野は遠藤と一緒にいた女性に「あっ…あのっ!『コウサカ』さんですよね…!よくスマイリーホームズでお目にかかっておりますっ!本当にお綺麗ですね…!」とかナンパをしている。
「確か、『笹野ちゃん』だよね。翼くんからよく話は聞いてるよ。明るくて元気いっぱいなんだってねぇ。」
「知って頂けてるんですか…!わたくし 笹野明香里、いつでもどこでも元気百倍です!ところで、『ツバサくん』とは…?」
「あっ、遠藤くんのことだよ。ふふっ、『翼』って名前、意外でしょう?♡」
「はい!とっても意外です!似合いませんね!」
随分と平和な会話だな、なんて呑気に聞いていたが……
「嘘つかなくたっていいんだよ〜♡ う・す・い・さん♡ 岸本からクレーム聞いたんだから。『夜を共にしたって言いよったんやでぇ?!酷ない?!俺が狙っとったのに!!』ってね。」
遠藤と会話中なのを忘れていた。
アイツ告げ口してんのかよ……。
「言っておくけどな、ただ『泊まった』ってだけで何もしてないからな?あの時は、笹野が困ってたから勘違いさせておいただけで……。」
俺はハッキリとそう潔白を証明した。だが、なんか「コウサカ」?さんが首を突っ込んできた。
「碓氷くん、好きな子を守ろうと思うなら、最後までそういうウソは貫き通さなきゃダメだよ。」
俺の左胸に人差し指を当てて、そんなことを言ってきたのだ。
「……はあ…。別に、好きじゃないですけど…。」
なんか、面倒臭い人だな…。距離感バグってんじゃん……と思っていると、もっと面倒臭い奴が騒ぎ始める。
「ちょっと碓氷!高坂さんに触るなよ…!」
「いや俺触ってねーだろ。あっちが触ってきたんだ。」
態々、小声で訴えてきやがって…。めんどくせぇ奴。
「そういえば、笹野ちゃんは碓氷くんと付き合ってるの?」
「つつつ付き合ってませんよっ…!!友達です!『友達』っ!!」
「ふーん?」
何だか勝ち誇ったような笑みで、先程 俺にしたのと同じようにコウサカさんは、笹野の左胸に人差し指を押し付けて眉を上げた。
「なっ…なんでしょうか高坂さん…!」
「『トモダチ』ねぇ?」
何なんだこの人……。
笹野を見つめて笑う目付きに嫌な予感がしたので、俺は慌てて間に入った。
「悪いですけど、こいつで遊ばないで貰えますか。」
すると、コウサカさんは満足したようにクスッと笑う。
「そうだよね。こんな可愛い笹野ちゃんで遊んじゃいけないよね。」
本当…何なんだこの人は……。
「はぁ……。ほら笹野、さっさと行くぞ。」
そう言って車に向かおうとするが、何故か笹野は着いてこない。それどころか、この馬鹿…懐いてしまったようでキラキラと瞳を輝かせながら、コウサカさんと遠藤へ尋ねていた。
「高坂さんたちは、お付き合いしてるんですか?」
「おい、ささ――」
「うん!付き合ってるよ。」
「わぁ〜!そうなんですね〜!♡ おめでとうございます〜!」
「ふふっ、ありがとっ♡」
「ずっ…ずっと…オレが高坂さんのこと好きでね、高坂さんってマドンナみたいなものだから、諦めようとしたんだけど……どうしても諦められなくって。」
「おい、笹s――」
「ちょっと碓氷さん黙っててください!今、惚気話を聞いてるんです!」
……。
「チッ…」
なんで俺の方を睨むんだよ…。
「それで、クリスマスの日に告白してくれたんだ〜♡ 十月の下旬くらいから猛アプローチ受けててね♡」
「素敵です〜!♡ 『クリスマス』ってことは……今、ラブラブ期ですねぇ〜!♡」
「うん♡ いつまでもラブラブ期だよ♡」
「ふおおおおおお…!!!碓氷さん、碓氷さんっ聞きましたか今のっ…!!!」
頬を真っ赤にしてぴょんぴょんと跳ねる笹野の横で、遠藤が俺の腕を掴んで揺らす。
「碓氷ぃ〜♡ どうしよ〜彼女が可愛すぎて死にそ〜!♡」
「うっせ黙れ、クソメガネ。」
「高坂さんは、高坂さんはぁっ♡ 遠藤さんのどんなところがお好きなんですかっ?♡」
「ん〜全部好きだけど、やっぱり、優しくて案外カッコイイところかなっ♡」
「ぐはっ!♡」
「なっ…何だか私までドキドキしてきましたっ…!!」
「ふん、在り来りな回答じゃねぇか。」
「ところで笹野ちゃんは、碓氷くんのどんなところが好きなの?」
「へっ…?」
興奮していたところ、突然 振られた話題に笹野はあほ面で全ての動きを止めた。
変に口角が上がっていて、見たこともない その顔は見る見る赤くなっていく。
……な……なんで照れてるんだ…?…いつもなら、俺の好きなところを引くほど言ってくる癖に………。
「あっ…あと……えっとっ………笑顔ですかね!笑顔ぉっ!(クソデカボイス)」
「ふぅん?それだけ?♡」
「いっ……いえっ…!ほほほホカニモ ウスイサンニハ イイトコロハアリマスヨォっ?!!」
「急にどうした。」
「あのっ……えとっ…あっ…!ヒーローみたいなところとか?!真面目なところとかっ………。そっ…ソレクライデスカネェ〜⤴︎︎︎」
「ふ〜ん?♡」
コウサカさんは、めちゃくちゃ動揺している笹野を見てニタニタと笑っていた。遠藤もクックックッと笑って俺を肘でグイグイ押す。
「な…何だよ、触んなクソメガネ。」
それにしても……どうしたんだ笹野は…。
なんて考えていると……
「それで?碓氷くんは、笹野ちゃんのどんなところが好きなの?♡」
なんと、俺に話を振ってきた。
……二人は何か勘違いしてんな…。
………はぁ……。
「…あんたに話す義務は無いです。からかわないでください。……こいつのことも。」
「へぇ?そんな答えでいいんだ。一つくらい好きなところ言ってあげないと、笹野ちゃん可哀想だと思うけどなぁ〜?」
………だる…。
そう思っていたが……チラッと目線を変えると…笹野が期待しているような、緊張しているような、キラッキラとした瞳で俺を見つめていた。
くそ…………可愛い顔すんなよ……。
…………。
…………………。
「…はぁ…………かわ――っ……明るくて、人を直ぐに元気にさせられるところですかね…。」
仕方なく答えてやると、コウサカさんがわざとらしく首を傾げる。
「『かわ』?碓氷くん、何を言いかけたの?」
………………。
「……何も言いかけてませんよ。幻聴じゃないですか?」
「へぇ〜?何も言いかけてないんだぁ?ホントかなぁ?しっかり聞こえたけどな〜?『かわ』って♡ 『かわ』って何だろ〜なぁ?♡」
あぁめんどくせぇ…!!
なんて思っていると、「面倒臭い二号」も参戦する。
「素直になっちゃえよ〜碓氷〜♡」
しかも、笹野もキラキラとした瞳を震わせて、じっと俺を見つめている。
………この顔……苦手だ………。ドキドキして呼吸の仕方も忘れる…。
「…………か……かわいいところも………あるんじゃないんですか…?…そりゃあ……。」
笹野の眩しい眼差しに負けて、俺は答えてやった。すると、笹野はパァっと笑顔を咲かせる。
「わたしっ、可愛いですか?!可愛いですか 碓氷さん!」
「……だっ…だからそう言ってんだろ…。」
熱くなった顔を手で隠すが、ニタニタと笑ってコウサカさんが「ん?」と覗き込んでくる。
クッソ腹立つなぁこの人!
「…ほっ……ほら行くぞ笹野…!」
居た堪れなくなって そう歩き出すと、漸く笹野が「はいっ!♪」と元気よく返事をして、ぴょこぴょこと俺に着いてくる。そして振り返り、勢い良くお辞儀をした。
「失礼します!高坂さんっ、遠藤さん!お幸せになってくださいね!」
そんな笹野に、コウサカさんは「もう幸せだよ〜♡」なんて笑って、手を振っていた。
車に戻ると、直ぐに笹野が嬉しそうに呟く。
「そうですか〜、やっぱり私 可愛いですか〜♪」
そんな可愛らしく照れ笑いをする笹野に、俺は何も言えずに、火傷しそうな程 熱い顔を隠すことしか出来なかった。そんな俺を見て、笹野はコウサカさんを真似るように俺の顔を覗き込んで、犬歯を見せて笑う。
「碓氷さんは可愛らしいですねぇ♡ あっ、『可愛い』って言っては駄目でしたねっ♡ 碓氷さんはカッコイイです♡」
「……掘り起こすな、怒るぞ本当…。」
「へへっ、ごめんなさいっ♪」
…………ああもう……。さっきの気まずそうな反応はどこに行ったんだよ……。
TSUTAYAに着くと、すかさず笹野は様々な映画のDVDが陳列された棚を見て、子供のようにはしゃいだ。
「わぁ〜!碓氷さん!『JOKER』がありますよ!あっ!『シュガーラッシュ』もある!これ、ずっと見たかったやつです…!はぁっ…!『007/セブン』…!!!碓氷さんっ!これ!借りましょう!!」
どうやら、種類の豊富さに笹野のテンションが爆上がりしているようだ。……可愛いな…。
「全部観たいやつ借りよう。」
「はい!!割り勘で!」
「いや、全部俺が払うよ。『TSUTAYAに行こう』って言ったの俺だしな。」
そう笑うと、笹野は「いいんですか?!」と瞳をキラキラと輝かせて尋ねた。
「当たり前だ。」
「やったぁ!ありがとうございます碓氷さんっ♪」
俺の返答を聞いて、笹野は相変わらずの笑顔で「どれにしましょうか〜♪」と好みの映画を探す。その表情は、とても可愛らしくて……
「ふっw 好きなの選べ。」
つい、笑顔が溢れてきた。そして、いつものように俺は感じる。――多幸感を。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思った方は、評価やブックマークおねがいします!
※本作はフィクションであり、実在の団体・人物とは関係ありません。




