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第七章 調和のとれた関係③


 それから少し話し込んで、俺たちは彩葉たちと別れた。

 別れ際、彩葉は「またね!おじさん、おねえさん!」と笑顔で手を振ってくれた。

「またな、今度は はぐれないようにするんだぞ。」

「うん!」

「またどこかで会いましょう、彩葉ちゃん!風邪ひかないように暖かくしてくださいね♡」

「がんばる!」

 何度も振り返り、手を振る彩葉とお辞儀をする家族を見つめて、笹野は貰ったお菓子を俺に見せて笑う。

「結局、『白い恋人』貰っちゃいましたね。」

「そうだな。」


 ………。


「「『ちょんまげ』って……ベレー帽だったな(でしたね)…。」」


 最後の最後に解けた謎について同時に呟くと――いつの間にか、点灯式が始まっていたようで「三、二、一」という掛け声がスピーカーから聞こえてきた。

 俺たちはお互い顔を見合せて、心を躍らせながら笑う。


 そして……



「メリークリスマス〜!」

 女性の掛け声と同時に愉快な音楽が流れ、一面が金、白の光で包み込まれた。辺りは歓声で響く。隣に居る笹野もテンションが上がり、「わぁ〜綺麗〜!」と瞳をキラキラと輝かせて辺りを見回した。


「とっても綺麗ですね!」


 そう笑いかけた無邪気な笹野の笑顔が、白金の世界をゆらゆらと映す笹野の瞳が、とてつもなく綺麗で俺はため息混じりに「そうだな。」と答えた。

 全てが完璧で、この世界で一番幸せなのは俺だと確信した。それは、思わず「幸せだなぁ…」とだらしない笑顔で呟いてしまうもので、いつものように感情を隠す、と言ったことは出来なかった。

 耳に突き刺さる程の冷たい空気さえも心地よくて、胸の内は徐々に熱くなっていく。瞳を輝かせた笹野が呼吸する度に消えていく白い息が、とても綺麗でイルミネーションよりもそちらに見入ってしまった。流石に自分がキモいことをしていることに気づき、俺は慌ててイルミネーションに視線を戻す。

「こうやって、誰かとクリスマスを過ごすのは初めてだ…。」

 そう笑顔を零すと、笹野もこちらを向いて笑ってくれた。


「私も、こんなに楽しいクリスマスは初めてです!」


 とても嬉しかった。こうやって笹野がいつでも俺の気持ちを受け入れ、応えてくれることが。こうやって笹野が、笑ってくれることが。


「碓氷さん。」


 笹野に笑顔を返しながらも、幸せを噛み締めていると……笹野は俺の名前を呼んだ。

「ん?」

 振り返ると、キラキラと輝くイルミネーションを背景に笹野は小指を差し出す。



「来年のクリスマスも、こうやって一緒に過ごしましょうね。」



 俺は口を力いっぱい横に広げて笑い、赤い手袋をした笹野の小指に、少し大きな小指を絡ませた。


「当たり前だ。」


 暫くお互い微笑みを浮かべながら見つめ合って、また手を離して歩き出す。


「碓氷さん。」

「ん?」

「子供は好きになれましたか?」

「うん、そうだな。案外、簡単に好きになれた。」

「ふふっ、良かったです♪」

「それはそうと笹野、お前って子供相手にも敬語使うんだな。」

「はい!どんな人にも敬う気持ちは忘れません。同い歳や家族には、不自然なのでタメですが。常に相手を敬うようにしています。」

「へぇ、凄いな。笹野のそういうところ俺s――」


 言いかけて、俺は言葉を止めた。言っちゃ駄目だと思った。別に、そういう意味を含んでいる訳では無いのに、何だか……言ってはいけないような…そんな気がしたのだ。こうやって褒めても、笹野が「セクハラだ」なんて言うことは絶対に無いと分かっているのに。

 けれど、笹野は嬉しそうにニヤッと悪戯げに笑って俺の顔を覗き込んだ。


「『好き』、ですか?」

 そんな笹野の笑顔にホッと安心する。今日くらいは素直になろう。


「そうだな。笹野のそういうところ、好きだな。」

 俺の珍しい「素直」に丸くした笹野の瞳には、白金の光が揺らめく。そして、笹野は――

「なんですかぁ今日はデレですかっ?」

 目を線になるまで細めて、犬歯を見せて笑った。キャッキャと笑って俺の腕をつつく笹野が、可愛らしくて笑顔が(こぼ)れる。

「うるせぇw」

「へへへっw」





 今日は帰り道でも笑いが絶えなかった。車の中で大熱唱して、二人とも酒を飲んでいるかのようにテンションが高かった。


 だが……


「…ん?」

 赤信号で停車したとき、笹野が突然 歌うのをやめた。


 不思議に思いながらも、俺も一度 歌うのをやめる。車内にはback numberの『ヒロイン』が爆音で流れているのにも関わらず、笹野の荒い息遣いが聞こえてきた。


「…どうした?」

 「はぁ…はぁっ……」と肩が動く程、息を荒くしている笹野の視線の先は窓の外だった。


「笹野…?」

 何だか俺も怖くなって、手袋をはめた笹野の手に触れようとする。だが、そこで笹野が何か呟いたので、俺は思わず手を引っ込めた。




「…な…んで……」




 聞こえるか聞こえないかの掠れた声で、そう言ったのだ。


「『なんで』…?」

 聞き返してみると、笹野は漸くこちらへ振り返った。そしてゆっくりと俺の手に小さな手を重ねる。その手は小刻みに震えていて、冷たかった。

「……ごめんなさいっ…信号が変わるまで…………にっ…握っててもらえますか……。」

「…おう?」

 予想外の言葉に俺の胸はトクントクンとスピードを増すが、今はそんなこと言っている場合では無いと判断し、俺は安心させるように笹野の手を握り返した。それによって、少しだけ笹野の手の震えは治まってくるが、笹野はずっと窓の外を眺めていた。笹野の「恐怖」の原因は、窓の外にある筈なのに。だから、俺は笹野に声をかけた。


「おい、笹野。こっち見ろ。」


 その声に反応して、笹野はこちらを見る。だが、そこで信号が変わってしまった。……手を離すしかない…。そう思った頃には、笹野が手を引っ込めていた。だけど、笹野は怖くなくなった訳では無い。怖いのに、気を使って俺から手を離したのだ。笹野の小さく靱やかな手は、相変わらず小刻みに震えていた。だから……俺は、笹野の小さな頭に手を載せた。髪が崩れるだろうから、撫でたりはしない。案外、怖い時は頭に手を載せられるだけでも安心するものだ。笹野は驚いて、こちらを見つめた。だが、俺は前を向いてなくてはならない。


「…そっちに何があるのか分からないけど、何があっても俺が守ってやる。命に変えてもな。」


 安心させる為に絶対に破らない約束をすると、笹野はとても嬉しそうに頬を緩ませた。そして、可愛らしく笑って言う。

「命には変えて欲しくありませんが、嬉しいです。」





 二十時、家に着いた俺たちは急いで夕飯の支度を始めた。極限まで腹が減って、極限まで疲れてはいるが、俺も笹野も不機嫌になるなんてことは無かった。寧ろ、二人ともハイテンションで支度を進めていた。そのお陰か、作業効率も完璧。いつに無い豪華な料理ばかりだというのに、支度は三十分で済んだ。


「わぁ〜!全部美味しそうです…!!」

 ローストチキンやローストビーフ、ビーフシチューにグラタン、洒落た鴨のソテーやサラダ、笹野特製の味噌汁など食卓に並べた料理を眩しいくらいの笑顔で、笹野は見ていた。そんな笹野を見ていると、やはり勝手に口角が上がってしまう。

「よし、食べるか。」

「ですね!せーのっ」

 笹野の合図で俺たちは同時に手を合わせた。

「いただきます。」「いただきます!」

 挨拶の直後に、俺はノンアルコールのワイン(ぶどうジュース)をワイングラスに注ぎ、笹野は普通のワインを注ぐ。そして、顔を合わせて……


「「メリークリスマス!」」


 乾杯をした。笹野はグイッと一気飲みをするが、俺はまだ飲まない。ずっと飲みたくて仕方なかった、笹野特製の味噌汁から口をつける。

 うん、相変わらず美味しい。安心する味だ。

 心の中で呟くと、正面からは「ぷはぁ〜!」と気持ち良さそうな声が聞こえた。

「折角のワインなのに品が無いなw」

「外ではしませんので、安心してください!」

 笑顔で答えた笹野は、相変わらず宝石のような瞳を輝かせて「お肉お肉〜♪」と歌いながら、切ってあったローストチキンを頬張る。そして……

「ん〜!うっまっ!!」

 天使のような笑顔で、俺の顔を見た。

「とっても美味しいです碓氷さん!初めてこんな美味しいお肉食べました!」

 可愛い。

「ご満悦みたいで何よりだ。」

「はい!ご満悦です!ほらほらっ、碓氷さんも食べてみてください♪」

 ウキウキで皿を押す笹野に言われて、俺もひと口、ローストチキンを口に入れてみた。すると……

「えっ、うまっ…!!」

 一瞬カリッ、からの身はプリっとしていてとても美味しかった。味付けも丁度いい。我ながら上手くやったな、と一人ドヤ顔をしていると笹野が俺に笑いかける。

「ですよねですよね!♪ やっぱり碓氷さんは、料理の天才ですよ!♪」

 そんな笹野の笑顔に俺は暫くの間、見惚れてしまっていた。けれど、笹野は俺の視線に気づく気配は無く、とても美味しそうに料理を食べ進めては酒を飲む。料理や酒に夢中な姿も、可愛くて仕方がなかった。胸の奥がきゅうっと締めつけられるように痛くて、息の仕方さえ忘れていた。

 この気持ちの正体は、きっと「幸せ」だからだと思った。

 ……そうだ…。きっと………きっと、笹野といると幸せ過ぎるから、だから壊れるのが怖くて胸が痛くなるんだ。

 きっと、「幸せ」とはこういうものなのだ。そう考察して、俺は勝手にそれを「答え」にした。一人で納得して、自分を安心させていた。











✶ --­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­--­­- ✶


 それから私たちは、今日のことについて沢山語り合った。料理を食べ進めていくにつれて、碓氷さんは顔が赤くなり、少しだけ舌が回らなくなっていった。「空酔(そらよ)い」というやつだろうか。脳が本物のアルコール飲料を摂取したと誤認し、お酒に酔ったような感覚になってしまっているのかもしれない。ワイングラスに入れたのが間違いだっただろうか……。

 ――いや…でもこれ、使える……!御園さんが「男はみんな猿よ」って言ってた…!お互いお酒に酔ってるときは判断が鈍りやすいらしい……!ということは…………今この状態で私が酔ったフリをしたら……碓氷さんは…………私を………………。やり方も準備もよく分からないけど……でも…………碓氷さんは歳上だから…なんとかなるよね…!初めてがこんなやり方なのは少し嫌だけど…………碓氷さんはきっと、こうまでしないと…私を好きになってくれない……。

 私は暫く考えてから、漸く決心した。殆ど残っていない料理の皿に気をつけながらも、だるそうな演技で机に頬杖をつき、そして……ゆったりとした声で言う。

「うすいさん……わたし、よっちゃったかもしれません…。」

 甘えたように、上手くできているのかも分からない「上目遣い」というものをしてみる。御園さんはこれをするだけで「大体の男はイチコロね」と言っていた…。この後のことを考えると心臓がうるさくて、顔が熱くて……早く碓氷さんから目を逸らしたかった。…少し、怖かったのだ。自分が仕掛けたことなのに。碓氷さんは顔を更に赤くして、「きょ…今日……泊まってくか…?」と訊いてくれるのだと思っていた。私はその言葉を待っていた。


 だけど……


「はっ…?お前が…?!大丈夫か?!頭痛い?気持ち悪い?!クラクラはしてないだろうな…?!」

 理想とは違い、青ざめた顔でガタッと席を立った。酔いを覚ましてしまったようだ。思っていたのとは違かった筈なのに、私は何だか安心してしまった。

 女として見られていない、または、大切にされているという二つの解釈があるが、私は後者の解釈をした。凄く嬉しかった。だが、答えに少し迷った。

「……どこも痛くありません…きもちわるくもないです…。ただ…………」

 「ただ」…?この先に続く言葉は……?


 ……うーん……よし、口説いてみよう。


「ただぁ、うすいさんが きらきらして()()()()してるだけです。ふふっ、いつからうすいさんは()()()()()() できるよーになったんですかぁ?」

 完璧だ。これで碓氷さんも少しはドキドキしてくれるだろ――


「マジか…重症だぞ…。えっと………ふ…袋…!持ってくるから待ってろ…!まだ吐くなよ…!」

「えっ」


 上手い口説きだと思ったのに、碓氷さんは勘違いをして急いで立ち上がり、キッチンへと袋を探しに行ってしまった。

 若干、むくれながらも私は残った美味しい料理を食べて碓氷さんを待っていた。一分もしないうちに、碓氷さんは戻ってきた。その姿を見て、つい笑顔になるが……その笑顔は直ぐに消え去った。

「おっ…おいもう食わない方がいいだろ…!それと、酒も禁止!」

 怒られて料理もワインも奪われたからだ。

「わー!なんでですか…!いやですたべます のみます!」

「駄目だ、吐くだろ。」

「はかないですよ!かえしてください!」

 なるべく酔っ払いを意識しながら、頼むが…………暫く碓氷さんは顎に手を当てて考えた。そして……


「お願いしますは?」


 何故か、ドSモードに入った。悪戯げに笑いながら、料理の皿とワインを持っている。


 …………仕方ない…。料理とお酒の為なら……。


「…おねがい…します……。」


 自分でも、苦虫を噛み潰したような顔をしていると分かった。碓氷さんは「もっと可愛く頼めねぇのかよ。」と文句を言う。

 「可愛いってなんですか?!」とキレそうになるのを我慢して、私はぴえんの顔をして「おねがいします」ともう一度頼んでみた。


 すると……


「ふっw」


 優越感たっぷりの笑顔で、碓氷さんは料理とお酒を返してくれた。

 …………この頼み方…屈辱的すぎる…。というか碓氷さんはこういうのが好きなのか…?

 碓氷さんのドSモードのお陰で新しい学びを得た私は、ぶりっ子モードをONにしてみた。

「うすいさんっ、うすいさんっ♡」


 が……


「……な…何だ急に…?」

 喜ぶと思っていたのに、碓氷さんは思い切り額に皺を寄せた。

 ………………この人よくわかんない……。

 そう思いながらも、碓氷さんの返事は無視して黙々と美味しすぎる料理を食べ、ワインをグイグイと飲んでいると……


――カサっ…


 碓氷さんがテーブルに置いた袋を、こちらに寄せた。

「……だから はきませんよー…。」

「いや、吐く。お前の『酔った』は致死量だからな。」

 そう言いながら、碓氷さんはパクパクと料理を食べる私をじっと見つめていた。

「…なんですか?わたしのかおに、なにかついてますか?」

 少しむくれて尋ねると、碓氷さんは一瞬目を丸くする。ツッコまれると思ってなかったようだ。そして、甘ったるく笑って言った。


「いや?酔っててもめっちゃ食うんだなって思って。」


 …………なんっだその笑顔は…!碓氷さんの方が酔ってるんじゃないか…?!!可愛すぎる…!反則!ずるい!!

 そんな碓氷さんの可愛らしすぎる笑顔に、私も自然とへにゃっへにゃな笑顔になってしまう。顔が火照って、まるで本当に酔っ払ってしまったみたいだ。私たちは暫く見つめ合っていた。碓氷さんが何を感じているのかは分からないが、私には…こう…………カップルに近いような……そんな雰囲気がこの部屋に漂っているように感じた。だからかは分からないけれど、私の口からは勝手にこんな言葉が出てしまった。


「わたし〜、碓氷さんの人柄がだいすきです」

 胸がドキドキと高鳴って、身体が熱くなった。もしかしたら、これは私にとっての「告白」だったのかもしれない。凄く恥ずかしいのに、碓氷さんから目を逸らせなかったのはその所為だろうか。

 碓氷さんは私の言葉を聞いて、目を覚ましたかのように目を丸くした。それは決して、「いい反応」とは言えなかった。何かに戸惑っているような――若しくは、怯えているような……そんな表情。だけど、一度開いてしまった私の口は……一度語ってしまった私の想いは止まらなかった。

「いっつもびっくりするくらい安全運転なとことか〜、そんなマジメなところとか、わたしを心配してくれて、守ろ〜としてくれるところも〜、『子供きらい〜』とかいいながら、ひっしに いろはちゃんを笑顔にさせよーとするとこも…」

 や…やばい……止まらない…。

「いたずらっぽいえがおも、歌うときのたのしそうなひょうじょーも、いつもごはんをキレーに さらえるとこも」

 好きだ。ぜんぶ、ぜんぶ。



 けど……碓氷さんは……。

 止めなきゃ…。

「みえっぱりでプライドたかいのに〜…けんかしたらいつもわたしより先に あやまってくれるところも、ほかの人とはちがって『かわいい』ってなかなか言ってくれないところも」

 止めなきゃ…!

「ときどき、目がすっごいキラキラしてるとこも、『かわいい』って言ったらおこるところも……すっごいドンカンなのに、たまにするどいとこも、強くてヒーローみたいなとこm――」



「ありがとう。」



 何度も止まれ止まれと頭の中で信号を送っていたのに、「碓氷さんの好きなところ」は止まらなかった。そして、私の言葉を遮るように碓氷さんは、そう言った。その声は少しだけど震えていて、やはり動揺しているようだった。

 ……しまった、言い過ぎて恐怖感を与えてしまっただろうか……「お付き合いしたい」とは言ってないけど、流石の鈍感な碓氷さんでも、この想いに気づいてしまっただろうか……なんて思っても、もう遅い。


 顔を上げると、碓氷さんは私と目を合わせてくれなかった。綺麗に完食した料理のお皿に視線を落として、何も言わなかった。


 だから、私は静かに立ち上がってお皿を片付けようと手に持っ――


「あっ……」


 お皿を手に持ってキッチンへ歩き出した瞬間、何故だか足が(もつ)れた。どこかに手を着こうと思っても、両手は何枚ものお皿で塞がっている。そのまま床に倒れて頭を打つと思った。


 だけど、私は倒れることはなく……清潔感のある上品な柔軟剤の香りに包まれていた。その拍子で手が滑って、しっかり持っていた筈のお皿が手から離れ、落下していく。「パリンッ!」と響いた大きな音で、私は漸く頭が追いついた。


 ……碓氷さんが、咄嗟に抱きしめるようにして支えてくれたのだ。


「ごめんなさいっ…!」


 慌てて謝ると、碓氷さんはガバッと勢い良く私から離れた。そして、第一声はやっぱり……


「けっ…怪我はないか…?!」


 これだった。お皿を割ってしまったというのに、一番に私の心配をしてくれているのだ。そんな碓氷さんの「些細な優しさ」に、またドキドキとしてしまう。完全に脈ナシだって分かっているのに。

「ないです…。」

 そう答えると、碓氷さんは優しく「そこ動くな。」と言って、ぴょんっとガラスが飛び散っていないところまで跳ねて、私に手を伸ばした。「酔ってしまった私」への配慮だ。またふらつくかもしれないから。

 碓氷さんの大きな手を握って、私は碓氷さんに抱き寄せられた。けれど、先程みたいにハグした訳じゃない。碓氷さんがすぐさま一歩後ろに下がったから、実際は私たちは手しか触れていなかった。けれど……そんな大きな手に、また私はドキドキしてしまう。

「……ありがとうございます…。」

「………ち…ちりとり持ってくる。絶対触んなよ。」

「はい……。」

 何してるんだ私は…。碓氷さんのお皿割るなんて………


 ちりとりと何枚かの新聞紙、ガムテープを持って戻ってきた碓氷さんは、すぐさま陶器の破片を回収して、しっかり新聞紙へと包んだ。

「…ほんとにごめんなさい……。」

「謝らなくていい。酔っ払いのお前に片付けさせたのが悪かったな。」

 安心させるように、碓氷さんは私にそう笑いかけた。出会った当初は、一度も見ることのなかった気遣い。いつからこんな優しさを見せるようになったのだろうか。


 あぁ、やっぱり好きだな…。


 こんな時にも、私はそう思ってしまった。碓氷さんは、そんな私に気づかず、ガムテープで床をぺたぺたとして目に見えない破片を取っている。


「そろそろ笹野も帰る時間か。」

 碓氷さんに言われ、私は時計を見てみた。

――もう、午前一時を回っている。


「………かえりたくないです……。」

 これだけ迷惑をかけているのに……まだ、碓氷さんと一緒にいたかった…。私の言葉に、碓氷さんは顔を上げた。そして……

「泊まってくか?」

 私の望んでいた言葉をくれた。こくりと頷くと、碓氷さんは困ったように笑って、片付けの作業を再開して言う。

「風呂入ってこい。バスタオルはいつもの場所。」

「……わかりました…。……ごめんなさ――」

「大丈夫だって。気にすんな。あの皿、セールで買ったやつだし。溺れんなよ?」

「はい…。」





 お風呂から出て、私は困っていた。下着は今日着てたものを着ればいいものの、パジャマが無いからだ。


「うすいさーん。」

 脱衣所で、私は碓氷さんに助けを求めた。すると、こちらへ走ってくる足音が聞こえる。その足音がドアの前で止まった直後、「どうした?」と大好きな声が聞こえた。

「着るものが…ありません…。」

「あっ、忘れてた…。俺の貸してやる。持ってくるから待ってろ。」

「りょうかいですっ…!」

 碓氷さんのパジャマ…!


 ドキドキと高鳴る心臓を押さえながら待っていると、直ぐに碓氷さんは戻ってきた。「ドアの前置いとくからな。」と言われ、私は足音が遠ざかった頃にドアを開ける。そして、綺麗に畳まれた碓氷さんのパジャマを抱えて、静かに扉を閉めた。


 まずはフワフワとしたグレーのズボンを履――

「……あれ…」

 ズボンを――

「…あれ………」

 履こうとしても、サイズが大きくて直ぐにずり落ちてしまった。まあ……碓氷さん…私より三十センチ以上大きいもんね…。ズボンはいいか。このパーカーで隠れるだろう。

 そう思い、今度はズボンとお揃いのフワフワのパーカーを羽織る。大分ぶかぶかではあるが、チャックを一番上まで上げれば問題無い。というか……めちゃくちゃ碓氷さんの匂いする…!やばいドキドキしちゃう……。なんか悪いことしてる気分…。


「…よしっ。」

 私は気を取り直し、鏡の前で身なりを整えてからバスルームを出た。

「うすいさーん、おふろお先です。」

 碓氷さんにお辞儀して、「んー」と返事する碓氷さんの前を――


「はぁっ?!!おおおお前ズボンは?!!!」

 通ろうとした時、碓氷さんが突然騒いだ。


「……? ここにありますよ?」

「はっ…?えっなんで履かないの…?!!」

「ぶかぶかで、おちてきちゃうんです。」

 そう伝えると、碓氷さんは「あぁそうか……」と顔を手で覆った。耳が真っ赤だ。


 パンツ見えてるのか…?

 碓氷さんの反応で不安になって、私はお辞儀をするように平行角度から丈の長さを観察してみる。だが……

「パンツみえてませんよ?」

 パンツが見えないどころか、丈が長すぎて膝上まではしっかりと隠れていた。私の声を聞いて碓氷さんは顔を上げるが、直ぐにそっぽを向いてしまう。

「………サイズ合わないのしかねぇわ…ごめん…。」

「わたしはだいじょーぶです!」

「…と…とりあえず履いとけ……。落ちてくるなら押さえてろ…。」

「りょーかいです♪」

 ニコッと笑った私に碓氷さんは「じゃ…おっ、俺も風呂入ってくるから……。」と言って歩き始めてしまった。だが……


「まってくらさいっ!」


 私は碓氷さんの袖を掴んだ。少し噛んでしまったが、碓氷さんは特に気にしていない様子で「…なんだ?」と尋ねた。だが、振り向いてはくれない。自分の足元を見ているようだった。

「…ドライヤー、つかってもいいでしょうか。」

「…あ、あぁ、ドライヤーか…。持ってくる。」

 そう言って、碓氷さんはバスルームへと歩いていった。



 リビングにて。碓氷さんが持ってきてくれたドライヤーで、私は髪を乾かしていた。バスルームの鏡の前で乾かしたいと頼んだが、却下されてしまった。

 ……今日は、髪サラサラでいきたかったんだけどな…。

 そう思いながらも、熱風を当てる距離や角度を意識して、極力 丁寧に髪の毛を乾かしていた。そうしていると、先程の碓氷さんの火照った耳を思い出す。

 ……明らかに動揺してたよね…。なんであんなに恥ずかしがってたんだ……?も…もしかして碓氷さん…………自分のパジャマを着てる私を見て、「彼シャツ」というものを連想してる…?!!そっ……それなら…………碓氷さんも…私のこと、意識…してくれてる…ってことになるよね……。…碓氷さんがお風呂から出たら……さりげなく誘惑…してみようかな…………。

 ……よ、よし…………おさらいをしておこう……。

 まずは…「女」を見せるんだよね……。甘えてみる……?…し……下の名前とか呼んでみようかなっ…!

 そう思って、私は小さく呟いてみた。


「…り……つき…さん………。」


 ただ苗字から名前に変更しただけなのに、その名前を呼ぶだけで、全身が火傷するんじゃないかと思う程 熱くなる。物凄い速さで、心臓が全身に血液を送っているからだろうか。

 私は一度、ドライヤーのスイッチを消してみた。自分の声で碓氷さんの名前を呼ぶと、どんな響きなのか知りたかったからだ。

 何だか悪いことをしているような感覚になりつつ、もう一度小さく息を吸って呟く。


「……りつき、さん………。」


 その響きは、思ったよりも弱々しいものだった。…声が震えている。


 や…やばい……めちゃくちゃドキドキする……。こんなんで、「誘惑」なんか出来るのだろうか……。そもそも……「誘惑」することで…碓氷さんを傷つけてしまったりしないだろうか…………。………い、いや……………バレないようにやれば……大丈夫…………だよね……。






「ん……せま………」

 身動きが取れない程の狭さに、私は目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのだろう。そう思いながら、寝ぼけ眼を擦ると――


「いやあああああっ!!!」


 なんと碓氷さんが同じベッドで眠っていた!道理で狭い訳だ!驚いた拍子に、私は碓氷さんの脚を思い切り蹴ってしまった。「いっ…!」と小さく叫びながら、碓氷さんも目を覚ました。


「ごっ…ごごごごめんなさいっ…!!!」

 慌てて謝るが、碓氷さんは怒ったりはしない。……いつもの調子なら、「痛ってーな!蹴ることないだろ!」とか怒りそうなのに。蹴られた太腿を痛そうに擦りながら、「おはよ。」と優しく微笑んだ。

「……おはようございます…?」

 なんでこんなに機嫌がいいんだ…?というか……なんで私たち同じベッドで寝てるの?!!


「もしかして、昨日のこと覚えてない?」

 何かあったんですか?!!


 意味深なセリフに首を傾げて、私は一旦 深呼吸をしてから、改めて昨日の夜を思い返してみた。


 えっと……昨日の夜は…………ドライヤーのあと…碓氷さんを誘おうとして……………


「……あ、そうだ…。」


 碓氷さんが遅いから、眠過ぎて先に寝ちゃったんだ。碓氷さんのベッドで。

「…碓氷さんと一緒に寝ようと思ったのに、碓氷さんが長風呂過ぎたので……先に寝ました…。」

他人(ひと)のベッドで勝手に寝たところまでは覚えてるんだな。でも俺、十五分くらいで出たけど?」

「えっ、嘘です!一時間くらいお風呂に入ってましたよ!」

「酔ってたから時間の感覚狂ってたんだろ。」

 あぁ……昨日の私…本当に酔っ払ってたんだ………。

「……あれ…?でも……碓氷さんはベッドを奪われたら、床で眠るタイプだと思いますが……」

 不思議に思って尋ねると、碓氷さんは楽しそうに笑顔で教えてくれた。

「昨日、床で寝ようとしたらお前が突然起き上がって……」



 昨晩、碓氷さんがお風呂を出た頃には、私は碓氷さんのベッドで爆睡していたらしい(碓氷さん曰く、私の寝顔は面白いくらいに「あほ面」だったという)。

 寝る支度を終えたが、仕方が無いので碓氷さんは、私が爆睡しているベッドの下に布団を敷こうとした。けれど、その瞬間に突然、私が起き上がって訊いたらしい。

「ん……うすいさん…そこでねるんですか…?」

「そうだけど?笹野はそのまま寝てていい。」

 珍しく酔っ払っていた私に、碓氷さんは優しさでそう返した。

 だが……


「やだやだ…!いっしょにねてくださいっ…!うすいさんのとなりじゃないとやだ!」


 私は子供のようにめちゃくちゃごねたそうだ……。


「いやさっきまでお前…爆睡だったろ…。」

「それれも おきちゃいました!きょうは いっしょにねてください!すこしでもくっつきたいんです!」

「わっ…わかったわかった…!隣行くから……ちょっと黙れ…。」

 呆れた碓氷さんは(「呆れた」とか言ってたけれど、恐らく恥ずかしくて耐えられなくなっただけ)、これまた仕方なく私の眠っている布団に入ったらしい……。



「なんですかそれ…!…覚えてないです…!」

 身の毛もよだつような話に、碓氷さんは至って冷静に「ま、あんだけワインがぶ飲みしてたら記憶も無くなるわな。」なんて言って、二度寝をかまそうと目を閉じた。

「……あの…………ご迷惑をおかけしました…。ごめんなさい……。」

 まさか知らないところで、あんなに好意を剥き出しにしてしまっていたとは……。しかも、勝手に碓氷さんのベッド奪ってるし…。大人として、恥ずかし過ぎる……。

 私は自分の犯した行動に羞恥心を覚え、しっかりとベッドの上に座り直してから謝った。けれど、碓氷さんはゆっくりと開けた目で私を見つめて、優しく微笑んだ。


「別に迷惑なんかじゃない。」


「えっ…」

 なんでこんなに優しいんだ…?!!


「まあ、お前のお陰でこっちは殆ど寝れなかったけどな。」

「うぅ…すみません……。」

「そういや、体調は?」

「げ!元気です…!」

「よかった。おやすみ。」

「おやすみなさいっ…!」

 碓氷さんが目を閉じたことを確認してから、私はゆっくりとベッドから下りた。それから洗顔とうがいを終え、部屋に戻ると――


「あ…」


 私が昨日プレゼントした、碓氷さんのマフラーが目に入った。綺麗に二つ折りにしてハンガーに掛けられている。

 私はごくりと生唾を呑み込みながら、そのマフラーに近づく。

 ……実は…少し彩葉ちゃんに嫉妬していたのだ…。………子供相手に嫉妬だなんて、大人気ない…。そう分かっていても………私も…………碓氷さんのマフラーを……。


 …私は後ろを振り向き、碓氷さんが眠っていることを確認してからマフラーに手を伸ば――


「あ。」


 ……伸ばそうとしたところで、眠っている筈の碓氷さんが呟いた。ビクッと肩を跳ね上げさせ、マフラーを隠すように振り返ると、こちらに寝返りを打った碓氷さんが言う。

「悪いけど、朝ごはんは勝手になんか作って食って。」

「あっ!はい!そっ…そうしますっ!」

 バレてないよね…?!!

「ん。おやすみ。」

「おおおやすみなさいっ!!」

 よ…よし…………寝た……よね……。目瞑ってるし……。

 私は深呼吸をしてから、もう一度マフラーに手を伸ばして、そっと首に巻いてみた。



――ふわふわとして、心地良い…。そして、何よりも………………




「…いい匂い……。」



 思わず私はそう呟き、碓氷さんの匂いがするマフラーに両手で触れて、口元をうずめる。

 く……くんかくんか…してみても……いいかな………。

 なんて…変態な言葉が頭を過ぎった。その瞬間――


「寝れねぇ!」

「わああああああっ?!!!」


 碓氷さんがバサッと布団から起き上がってしまった。つい出てしまった大声で、碓氷さんはこちらを向く。バチリ、と目が合ってしまった。


 シン…と部屋が凍りついたように静まり返る。

 だが………

「ちっ…違うんですあのっ…!――」


「寒いのか?もしかして、具合悪い?」


 こんな変態な行為をしているのにも関わらず、碓氷さんはいい感じに勘違いしてくれた。けれど、具合が悪いと思われてしまえば、碓氷さんに迷惑をかけてしまう…。

「いっ…いいいえ?!そう…ではなくてですねっ…!そのっ……ああのっ…あっ…!碓氷さんにプレゼントしたものが一体どれくらいの効果を成すのか知りたくてですねっ…!!!」

 必死に弁解をすると、碓氷さんは「あぁ…」と優しく笑ってくれた。

「それなら完璧だな。めちゃくちゃあったかいし、デザインも好みだし、気に入ってる。」

 よ…良かった……何とか誤魔化せた…。

「…あー…俺、全然寝れないから……そのー…か、かおっ…。…顔!……あ…洗ってくる…。朝飯食おう…。」

 肩を撫で下ろしている私に、そう言って碓氷さんはベッドから下り、バスルームへと歩いていった。

 ふぅ………直ぐに言い訳が思いついて良かった。…私って、何気に天才なのでは…?











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 足早にバスルームに向かい、洗面台に手を着くと……目の前には顔が耳まで真っ赤に染まった俺が映っていた。


「………くそ……。」


 心臓は、言わずもがなバクバクと物凄い音を立てている。

 ……『いい匂い』って………なんの事かと思ったら、俺のマフラーかよ…………。


「…はぁぁぁ………」

 胸が……痛い程苦しい………。……笹野は………なんであんな顔してたんだ…。……あの顔………………俺に「好き」だとか言ってきた奴らと同じ顔じゃないか………。いや………それよりも……………………


「……くっそ…………」


 笹野が俺を好きになるとか絶対に有り得ないのに………なんで俺はこんなに期待してるんだ……。…変な希望抱くな…………。あいつのことだから、どうせ意識すらしてないだろ…………。……昨日の夜だって………警戒心ゼロであんな抱きついてきたんだし……。


 ………………。



 …………………………。



 ……………………。


 ……………可愛かったな……。




 ……早く顔洗って戻ろ………。





 朝食中も俺の頭には、昨晩 笹野が言った言葉がぐるぐると駆け巡っていた。

 実は、笹野には教えていない「時間」があったのだ。それは…「いっしょにねてくれないとやだ」とごねた後の会話。笹野は会話をしたことすら、記憶に無いだろう。でも、きっと…教えてしまえば、笹野は混乱する。あれだけ酔っていたのだ。いつもなら話したくないことまで、話してしまったのだろう。だから、笹野が()()()()()()()、昨日話したことについて「話したい」と思うまで、深くは訊かないようにしよう。

 それにしても……朝から食いっぷりがいいな…。相変わらず美味そうに食べるし……

 なんて、笹野の幸せそうな顔を眺めていると…


「私の顔になにかついてますか?」


 ……見ていることがバレた。俺は急いで目を逸らす。

「いや……」

「………なんか、今日の碓氷さんおかしいです。」

 いやお前の方がおかしいだろ…。昨日から……。……とか言ったら墓穴を掘りかねないな…。

「……そうか…?」

「そうですよ!何だか今日は()()()優しいんですっ。私の顔見て微笑んだりしますし……。いや、いつも微笑んでないかと言われればそういう訳では無いのですが……とにかく!今日は微笑む回数が多いんです!」

 寝起きの俺の反応が気になっているのか、笹野は真剣な表情でそう訴えた。

「…いや…気の所為だろ――」

「気の所為なんかじゃありません!…もしかして、昨日の夜……碓氷さんが教えてくれたこと以外にも何かあったんですか…?」

 勘の良すぎる笹野の質問に、俺は思わず顔を上げた。だが……ここで教える訳にはいかない…。


「なんも無いな。」

 嘘をついていることがバレないように、俺は味噌汁を口に運んで答える。

 けれど……


「なんも無い訳ありません…!」


 やはり、笹野のことは騙せないようだ…。それなら……「優しくない」フリをするしかない。…いや、元々俺は優しく無いのだが…。

「それ終わったら直ぐ帰れ。あ、洗い物していけよ?洗濯と風呂掃除も頼んだ。」

「え゙っ…」

 そうやって、笹野が絶望の顔を見せた直後――


――ワニャワニャワー♪ワニャワ♪


 笹野の携帯電話が鳴った。「ちょっと失礼します。」と未だ怪訝そうに俺を見つめてから、スマホを手に取って電話に出た。

「もしもし()()()()?」

 「知弥」…?!!「知弥」って確か…………あのクソチャラ変態関西人だよな…?!

 俺は危険を察知して、朝食を食べながらもめちゃくちゃ耳を澄ませた。すると、あのチャラチャラとした声が聞こえてくる。


『もしもし明香里ちゃん〜!朝からほんまカワイイ声やなぁ〜!あっ、そんで用件なんやけど〜、あんなぁ、今 俺の手元になぜか映画のチケットが二枚あんねん!どーや?一緒に行かん?!』

 ……デートの誘いかよ…。合コンしたの十月だろ…アイツも懲りないな……。


「知弥さん、何度も言いますが……二人きりでは出かけられません。」

『やっぱかぁ〜……でも明香里ちゃん…一回くらいデートしてくれてもええんやない?俺、フラれるのこれで十回目やで?』

「知弥さんが十回も誘ってくるからですよ。申し訳ありませんが私、そういう気は一切無いんです。…前も言いましたが…。」

『分かってんねん…でもな……一回だけ………一回だけでも…!デートしてくれたら絶対惚れさせるから…!な?!明香里ちゃん…!』

 ………本気だな…。

「う〜ん……『惚れさせる』とかそういう問題では無いんですが…。」

『ほんっまに好きやねん!明香里ちゃんのことが…!こんなに人を好きになったのは初めてなんや……!!』

「それは……ありがとうございます…。」


「………。」


 …………なんか腹立ってきた…。一回くらいしか会ったことない癖に……あんたに笹野の何が分かるんだよ…。……まあ…………こいつにそれくらいの魅力があるのは、知ってるけど……。確かに、センスはいいな。そこは認めてやろう。けど……なんっかクソ腹立つ…!!

 胸の奥で何かが沸々と沸き上がっているようで気持ちが悪い。だから、俺は――


「笹野、貸したパジャマは昨日の服が乾いてからでいいから。」


 わざと、「匂わせ発言」というものをした。「あ、はい。」と笹野が言いかけたところで、笹野のスマートフォンから騒がしい声が聞こえてくる。


『オトコォッ?!あ…あか……あかりちゃん…………今…男とおんのか…?!!待った……なんか聞いたことある声やぞ…!』

「え?あ、はい。今は碓氷さんと朝食をとってるところです。」

『どこでぇ?!!』

「…? 碓氷さんのお家です。」

『なんっでや?!おいコラ、イケメン野郎!前に“興味無い”ゆーてたやろォ!!』

 やっぱ来たか、ここは煽ってやろう。腹立つし。そう思い、俺は笹野からスマホを奪って半笑いで言ってやった。

「あぁw あれは、あんたが必死だったから安心させてやったんだよw 残念だったなぁ?ww」

『はぁっ…!サイッテーやな自分!!も…もしや…………昨日…明香里ちゃんを連れ回したゆーのは……』

「正解。よく分かったなぁ?w じゃ、そゆことだから――」

 ボロが出てしまう前に、早く電話を切ろうと思った。けれど……


『待てぃ!!』


 興奮したクソチャラ関西人が大声で叫んだため、俺はつい切ろうとする手を止めてしまった。……聞いてやるか…と、仕方なく続きを待っているとゼーゼーと息切れと共に、耳に飛び込んでくる。


『……明香里ちゃんとォ……………よ、夜を共にしたんか…?』


 そんなチャラ関西人の言葉に、俺は息を呑んだ。そして、意を決して最後の一撃を決め込む。


「『夜を共にした』?ま、そーいうことになるなw ってことで、じゃあな関西人。」


 切る直前に『まっ…!』と言う声が聞こえてきたが、今度こそ俺は電話を切ってやった。


 …………一応……嘘はついてないもんな…。少し可哀想な気もするが…………まあ、執拗くて笹野も困っていただろうし、いいだろう。


 そう思いながら笹野へスマホを返す。笹野はやっぱり話の内容が分からなかったようで、何とも普通の顔で「なんだか楽しそうですね。」と俺の手からスマホを受け取った。そして、上目遣いで尋ねる。

「そういえば……これを返すのは『昨日の服が乾いてから』って………ご飯が終わっても、帰らなくていいってことですか…?」

「…あ…あぁ……そういうことになるな…。」


 ……笹野は………少しでも俺と一緒に居たい、と……思ってくれているのだろうか………。一瞬、そんな疑問を抱いたが、直ぐに答えは分かった。

「やったぁ!」

 笹野が無邪気に笑ってくれたから。キラキラとしたその笑顔に、俺はとてつもない安心感を覚える。

「それにしても……さっきは『帰れ』と仰ってたのに、どうしてですか?♪」

「……特に理由は無い…。気が変わったんだよ。」

「そうですか♪」

 …嬉しそうな顔をしやがって………。……そんな笑顔を見せられると…………勘違いしてしまいそうだ……。





ここまで読んでいただきありがとうございます!


クリスマスの翌朝、なんで律月は明香里にあれ程優しかったんでしょうね(*ˊ˘ˋ*)

その話も今後、伏線回収?として出てきますので、ぜひお楽しみに!



※本作はフィクションであり、実在の団体・人物とは関係ありません。

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