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第5話:税の闇と、五年前の残影

 翌朝。

 カスピの村に用意された、三棟並びの平屋 。

 その中央にある僕の執務室のドアが、控えめに叩かれた 。


「……失礼いたします。財務局より派遣されております、ヴィラール村担当文官のケビンと申します。リオン殿下、お呼びでしょうか」


ドア越しに聞こえる声は、極度に緊張して上ずっていた 。

 僕は昨晩から格闘していた帳簿から目を離さず、短く応じる 。


「……入って」


扉が開き、一人の若い文官が入ってきた 。

 彼は部屋に入るなり、直立不動で深く頭を下げる 。


「お、お招きいただき光栄に存じます! 財務局所属、ケビンであります!」


「あぁ、いいよ。座って」


僕が椅子を指すと、ケビンはガタガタと音を立てながら腰を下ろした 。

 その顔は、まるで処刑台に向かう罪人のように真っ青だ 。


(……そんなに怖がらなくてもいいのに)


 自分では気づいていないが、今の僕は、こんなにもカスピの村を苦しませる数字を並べる目の前の文官に対し、前世の決算期を彷彿とさせる「殺気」を無自覚に垂れ流していたのである 。


 そこへ、ハンスが音もなく近づき、ケビンの前に湯気の立つカップを置いた 。


「どうぞ。心を落ち着かせるハーブティーです」


「は、はひっ! ありがとうございます……ッ!」


ケビンは震える手でカップを掴んだが、一口も飲める様子ではない 。

 ハンスは僕の隣に立ち、冷徹なモノクルを光らせてケビンを無言で圧迫している 。


 僕は、昨晩の修正で半分ほど真っ黒になった羊皮紙を、机の上にトンと放り出した 。


「……ケビンくん。不備どころじゃないよ、これ。なんなの、この数字」


「ひっ……!」


「なんで、税率が十五パーセントも上乗せされてるのかな 。村長は算数ができないからって、デタラメな計算を教えちゃダメだよ」


僕が淡々と指摘すると、ケビンは驚いたように目を丸くし、首を傾げた 。


「え……? デタラメ、ですか? いえ、そんなはずは。私はただ、引き継いだマニュアル通りに計算しているだけですが……」


「マニュアル?」


「は、はい。五年前、私がここに配属された際に上官から説明された『辺境統治用・税率算定表』です 。五年前からこの村の計算はこれで行うように、と伺っております」


ケビンの顔には、悪びれる様子も、隠し事をしている様子もなかった 。

 ただ、命じられた「間違ったルール」を正しいと信じ、忠実に守っているだけなのだ 。


 「五年前」という言葉が出た瞬間、ハンスのモノクルが鋭く光った 。


「……殿下。五年前、財務局の局長に任命されたのが――グレモリー公爵閣下ですな」


僕がその名を口にすると、ケビンは「?」という表情でポカンとしていた 。


「えっ……。グレモリー公爵閣下、ですか? ……失礼ながら殿下、グレモリー閣下が我々の仕事のような些事にかかわるだなんて、そのような話は聞いた覚えがなく。何か別の件とお間違いでは……?」


ケビンは、本気でそう思っているようだった 。


(……なるほど。グレモリーは、そんな簡単に証拠は残さないか)


証拠を残さず、ただシステムそのものをわずかに歪ませる 。

 現場の役人は無知なまま、真面目に仕事をするだけで、村を殺し、金をどこかへ運ぶ「歯車」として機能する 。


 不気味な寒気が、背筋を通り抜ける 。

 公爵は清廉潔白を装いながら、こうした「淀み」を五年前から用意周到に仕込んでいたのだ 。


 だが、今の僕にとって、そんな陰謀はどうでもよかった 。

 最大の問題は、この「計算ミス」のせいでみんなが不幸になっている事だ 。


「……ま、理由はどうでもいいよ。この帳簿を直さないと、僕が気持ち悪くて眠れないんだよね。ハンス」


「はっ」


「今すぐ、この修正した税率を正式なものとして通達して。マニュアルは破り捨てていいよ。あと、五年前から取りすぎた分を計算して、今年の税金から差し引いてあげて。還付だよ、還付」


その言葉を聞いて、ケビンが驚きに目を見開く 。


「還付……。王家が一度受け取った金を、民に返すとおっしゃるのですか?」


「だって、間違ってるんだもん。合わない帳簿なんてゴミだよ 。さっさと返してきて。僕、早くリーゼと散歩に行きたいんだから」


「……御意に。殿下のお言葉、しかと承りました!」


ハンスは勝手に熱い眼差しを向けているが、僕はただ正しい計算をしただけだ 。

 

 一方で、窓の外ではリーゼが、ひび割れた土を愛おしそうに見つめていた 。



読んでいただき、ありがとうございます。


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